フタル酸/アジピン酸エステル類の生殖器障害に関する調査研究―発達期ないし有病時暴露による影響評価―(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301296A
報告書区分
総括
研究課題名
フタル酸/アジピン酸エステル類の生殖器障害に関する調査研究―発達期ないし有病時暴露による影響評価―(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
渋谷 淳(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渋谷淳(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 西原真杉(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 福島昭治(大阪市立大学大学院医学研究科)
  • 白井智之(名古屋市立大学大学院医学研究科)
  • 九郎丸正道(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 江崎治(国立健康・栄養研究所)
  • 江馬眞(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
28,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
フタル酸/アジピン酸エステルは食料品の包装材及び医療用具等のプラスチック製品の可塑剤として広く利用され、特にフタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)の使用量が多い。ヒトへの暴露として弁当類の製造過程での手袋からの溶出によるDEHPの高濃度暴露が近年問題となり、乳幼児では玩具の長時間に及ぶmouthing行動によるフタル酸ジイソノニル(DINP)の口腔内溶出が懸念されている。これらの化合物の毒性として現在問題になっているのは精巣毒性と生殖・発生毒性であり、その活性本体は代謝産物であるモノエステル体であると考えられている。その毒性発現の機序に関しては分子的な証明は乏しく、精巣毒性の感受性には種差の存在する可能性が指摘されている。また、精巣毒性に関しては幼弱な時期で感受性が高く、ヒト新生児ではグルクロン酸抱合による解毒が未発達であることから、これらの解毒・排泄機構が成人のそれと異なる可能性がある。よって、脳の性分化の臨界期に暴露された場合、未熟な精巣からのテストステロン(T)・サージの阻害による脳の性分化障害が生じ、性成熟後での性行動障害が懸念される。更に、肝臓や腎臓の基礎疾患がある場合、これらの化合物の体内動態に影響を与える可能性が高く、モノエステル体による影響の増強する可能性がある。本研究では、これらのヒトへの影響評価上問題となる不確実性要因の解明を目的として、精巣と発達期毒性に焦点を絞り、周産期や基礎疾患存在下での暴露影響に関するラットを用いた評価、精巣毒性についての感受性種差と分子メカニズムの解析、及びこれらについての文献調査を行う。
研究方法
周産期暴露影響評価のうち、病理評価研究では前年度投与実験を実施したフタル酸ジブチル(DBP)について検討を終了し、引き続きDINPの投与実験を行った。また性行動評価もDBP及びDINPの暴露児動物について行った。脳の性分化影響評価として、雌雄で異なる分化を示す視床下部の性的二型核を含む内側視索前野(MPOA)特異的なマイクロアレイ解析を行った。そのために、脳の性分化障害を誘発するエチニルエストラジオール(EE)の周産期暴露を行い、生後2日目での発現の性差とEEに対する反応の用量依存性を検討し、標的候補遺伝子を抽出した。次いで、DEHPの周産期暴露例での同様のプロファイリングを行った。基礎疾患による修飾作用については、まず肝障害影響に関して、14年度にラットに対してチオアセタミド(TAA)による肝障害誘発と平行してDBPを併用投与した際に、DBPによる精巣毒性の増強を見出したため、15年度は肝障害を誘発した後にDBP投与し、その精巣毒性の増強の有無を検討した。腎障害に関しては、14年度に葉酸による腎障害下でのDBPによる精巣毒性の増強を見出したため、15年度はその増強メカニズムの解明のために、DBPの活性代謝物であるモノエステル体(MBP)の腎機能低下状態での体内動態を検討した。精巣毒性の感受性種差に関しては、各種動物種について若齢期精巣とその初代培養系でのDEHPのモノエステル体(MEHP)に対する感受性を形態学的に比較して種差を規定する要因の探索を行うが、15年度はin vivoではラット、マウス、モルモット、精巣器官培養系ではシバヤギ、ラット、モルモットを検索の対象とした。精巣毒性の分子メカニズム研究で
は、MEHPによる標的遺伝子の探索を行うが、15年度は前年度に確立したマウス・ライディッヒ細胞MA-10を用いたコレステロール代謝修飾モデルを用いてマイクロアレイ解析を行った。文献調査として、発達期の暴露影響や種差等の感受性要因に関する各種文献検索をアップ・デートした。倫理面への配慮として、投与実験は経口投与が主体であり、その屠殺はエーテルないしネンブタール深麻酔下で大動脈からの脱血により行ったため、動物に与える苦痛は最小限にとどめた。また、動物飼育、管理に当たっては、各研究所、大学の利用規程に従った。
結果と考察
DBPの周産期暴露の病理評価の結果、雌では今まで報告のない下垂体機能を含む性分化影響が明らかとなり、雄では殆ど可逆的な精巣影響の他に、今まで報告のない永続的な乳腺影響が20 ppmより認められ、結果としてNOAELは求められずLOAELは20 ppm (1.5~3.0 mg/kg/day)と判断された。DINPについては、雄性児の乳頭・乳輪の出現、離乳時での精巣影響が400 ppm以上で確認されたが、全臓器の病理組織検索を待って総合的に評価する。性行動評価では、DBPは雄性児の血中T濃度、成熟雄の性腺刺激ホルモンレベルには影響を与えなかったが、性行動を低下させる傾向が見られ、Tレベルの変動を介さない脳への直接作用による性分化影響が示唆された。一方、DINPは全ての用量で雄のT濃度を一過的に上昇させ、間接的な脳の性分化影響の可能性が示唆された。脳の性分化障害の責任遺伝子の探索に関しては、EEによりMPOAで発現が用量依存的に雄で低下ないし雌で上昇するものの中に、雄で優勢な発現を示す複数のG蛋白質ないしその関連蛋白質が見出され、EEによる脳の性分化障害へのG蛋白質シグナリングの関与が示唆された。DEHPでは、雌でのMPOAの分化障害を示唆する変動遺伝子数の増加の他に、雄での発現低下遺伝子にEEと同様のG蛋白質シグナリングの構成要素が見出された。
基礎疾患による修飾作用については、まずTAAによる肝障害誘発後でのDBP投与により、精巣毒性が増強することを見出し、可逆的な肝障害時においてもDBPに対する感受性の高いことが判明した。また葉酸による腎障害誘発後に、血中MBP濃度の増加と尿中MBPの減少傾向が認められ、精巣毒性の増強に対する血中MBP増加の関与が示唆された。
精巣障害の感受性種差に関しては、MEHPのラットへの連日経口投与(5日間)では800 mg/kg/day、マウス(3日間)では700 mg/kg/dayで精上皮のアポトーシス細胞数が最大となり、モルモットへの単回経口投与(2000 mg/kg)ではアポトーシスが時間依存的に増大した。若齢動物の精巣器官培養へのMEHP添加により、いずれも濃度及び時間依存的にアポトーシスが増加した。いずれの実験においてもセルトリ細胞の空胞化が観察された。
精巣障害の分子メカニズム研究では、MA-10に対してMEHPを10-6、 10-5、 10-4Mの濃度で添加後24時間目でのマイクロアレイ解析の結果、10-6Mで発現増加する遺伝子が多くみられたが、1 kbまでのプロモーター領域にPPREを有するものは非常に少なかった。またMA-10におけるDGAT2遺伝子の発現がMEHPにより上昇し、コレステロールのみならず(昨年度報告)、中性脂肪の合成への影響も示唆された。
文献調査では、今年度新たに36報の論文が見出され、その中でDEHPに関する論文が最も多く、フタル酸エステル類のヒト疫学に関する報告では、精子性状、在胎期間または子宮内膜症との関連が検討されたが、直接的な関連性については不明である。アジピン酸エステルに関する論文は1報で、ラット妊娠期でのDEHA暴露により性分化障害は認められていない。今年度の調査ではTDIの見直しを必要とするような論文は出版されていない。
結論
ラットを用いた周産期暴露影響評価のうち、病理評価ではDBPにより雌での性分化傷害が明らかとなり、雄では可逆的な精巣毒性とともに非可逆的な乳腺影響が20 ppmより認められ、NOAELは求められなかった。DINPでは400 ppm以上でDEHPやDBPと同等の雄の性分化傷害を検出した。性行動評価では、DBPは脳への直接作用による性分化影響が、DINPは雄のアンドロゲン産生を一過的に高めることが示唆された。MPOAでの探索により、EEやDEHPによる脳の性分化障害にG蛋白質のシグナリングの関与が示唆された。基礎疾患による修飾作用については、可逆的な肝障害の誘発後でもDBPによる精巣毒性の増強が確認され、腎障害下では血中MBP濃度がDBPによる精巣毒性増強に関与することが指摘された。精巣障害の感受性種差に関しては、各種動物でのin vivoでのMEHPに対する感受性を明らかにし、器官培養では濃度及び時間依存的なアポトーシスの増加が確認された。精巣障害の分子メカニズム研究では、細胞内コレステロール量が増加するMEHP濃度で、MA-10細胞で発現増加する遺伝子が多くみられたが、PPREを有するものは非常に少なかった。文献調査では、新たにヒトの生殖障害に関連した疫学研究が報告されているが、直接的な関連性は不明である。アジピン酸エステル類に関しては性分化障害を示唆する報告は見当たらない。

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