内因性リガンドの存在を前提とするダイオキシンリスクの再評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301293A
報告書区分
総括
研究課題名
内因性リガンドの存在を前提とするダイオキシンリスクの再評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
関澤 純(徳島大学)
研究分担者(所属機関)
  • 菅野純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 江馬真(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 鈴木和博(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 松田知成(京都大学)
  • 加藤茂明(東京大学)
  • 北村繁幸(広島大学)
  • 佐伯憲一(名古屋市立大学)
  • 有薗幸司(熊本県立大学)
  • 安田峯生(広島国際大学)
  • 宮入伸一(日本大学)
  • 秋葉澄伯(鹿児島大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
30,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシンによる健康リスクは国民の関心を呼び、行政施策に大きなインパクトを与えてきた。2001年にFAO/WHO合同の食品添加物専門家委員会(JECFA)や欧州連合の食品科学委員会は耐容摂取量見直しを行い、わが国でも国際的な安全性評価の動向を参考に新たな対応を必要とされている。ダイオキシンの毒性が、アリルハイドロカーボン受容体(AhR)経由で発現することはほぼ確立しているが、生体内におけるAhRの生理的な役割については十分解明されていない。本研究班の松田らがAhRの内在性リガンドとしてインディルビンを見出し、さらにダイオキシンに比べて、はるかに低濃度でAhR経由の特定遺伝子の発現活性を示すことを報告した。われわれはインディルビンとAhRの生理的な役割、およびAhR経由の反応におけるインディルビンとダイオキシンとの相互作用の解明が、ダイオキシンのリスクの再評価に重要な新知見と新たな考え方を提供すると考えた。生体内のAhRリガンドであるインディルビンの存在を前提にダイオキシンによるリスク評価を再検討するため、以下の研究を行った。(1)インディルビンの生体内での動態と可能な生理的な役割について解明する。(2)AhR経由ほかの反応におけるインディルビンとダイオキシンの関係について検討し、ダイオキシンによる有害影響発現の機構について検討する。(3)生体内でインディルビンが、ダイオキシンによるAhR経由の有害作用を抑制する可能性について検討するとともに、人と動物の間のダイオキシンもよる有害影響の種差解明を含め、インディルビンの存在を前提にしたダイオキシンのリスク再評価に重要な新知見を提供する。
研究方法
以下の研究を行った。(1)AhRの生理的な役割の解明に関する調査・研究(2)インディルビンの感度良い分析法の確立(3)インディルビンの生体内における動態の検討(4)インディルビンによるAhR経由活性の経時変化および、細胞の増殖・分化への影響の検討(5)インディルビンとダイオキシンによるAhR の転写制御作用への影響、遺伝子発現や細胞周期制御への影響を比較検討(6)ダイオキシンと併用投与によりCYP誘導活性の抑制、生殖・発生影響の抑制の可能性を検討、(7)インディルビンの生体内存在量の種差の検討(8)極く低濃度のダイオキシン体内負荷によるリスクが、他の内因性リガンドが存在した時に修飾される可能性を視野に入れたダイオキシンのリスク再評価への提言の作成。 なお鹿児島大学大学院医歯学総合研究科において子宮筋腫による子宮全摘手術を受けた患者からインフォームドコンセントを経て、組織および尿の試料を入手した。
結果と考察
インディルビンを純度良く合成し、フェトモルオーダーで感度良く特異的に検出する酵素イムノアッセイ系を構築し、雌雄ラットおよびヒト尿中の濃度を測定した。インディルビンの生体内での機能を解明する基礎として、インディルビンによるCYP誘導や体内での分解、についていくつかの基礎的なデータを得た。すなわちインディルビンがin vitro(ヒト肝がん細胞HepG2など)およびin vivo(マウス)で、きわめて低濃度でCYP1A1やCYP1A2を誘導し、さらに自ら誘導したCYP1A1によって代謝・分解されフィードバック制御の対象となっていることを明らかにした。この誘導はダイオキシンよりも低濃度で見られるがインディルビンが代謝・分解される
ため時間的に継続しない。AhR欠損マウスを用いて本誘導がAhRを介していることを確認した。他方ダイオキシンによる誘導活性は、継続的に見られた。未分化白血病細胞株ML-1に、インディルビンやダイオキシンなどAhRリガンドとTNF-αを同時に投与すると、相乗的に細胞増殖を抑制しその抑制はG1期アレストによるものであり、CDK阻害因子のp21レベルが並行して増加していた。ヒト白血病細胞培養細胞ほかでDNAマイクロアレイ解析を行い、インディルビンにより誘導される遺伝子としてCYP1A1,IGFBP1ほかを同定した。妊娠マウスにインディルビン前処置をした後、2,3,7,8-TCDDを強制経口投与し、胎児の口蓋裂および水腎症を調べたが試験条件下ではインディルビンによる顕著な修飾作用は認められなかった。ヒト前骨髄性白血病細胞HL-60を用い好中球への分化を見る系でインディルビンは活性酸素産生能を有意に上昇させた。リガンドを結合したAhRがエストロゲン非存在下にエストロゲン受容体を活性化し両受容体間で直接的にクロストークすることが示された。予備的な結果であるがラットおよびヒト尿中のインディルビン濃度を調べたところ、ラットの方がヒトより15倍以上も濃度が高い傾向が見られた。これらの結果を基に内因性リガンドの存在を前提にダイオキシンのリスクの再評価に向けて、次のようにまとめることができる。(1)インディルビンが生理的に意味のある低濃度でAhRを介して分子また細胞レベルで重要な役割を担っている可能性、さらにインディビンが易分解性であるため、その機能が生理的に必要な恒常性の範囲に制御されている可能性が推察された。他方ダイオキシンは難分解性のため機能を異常に亢進あるいは抑制しつづけ、結果としてAhRの生理的な役割のかく乱し、生体に障害をもたらす可能性が示唆された。(2)インディルビンの、ダイオキシンあるいは他の生体異物によるAhR経由の有害影響の阻止可能性については、変異原性など一部の機能について観察されたが、生体レベルでこれまでの実験データからは明確な証拠は得られなかった。しかしインディルビンが未成熟白血球細胞の分化を調べる系でスーパーオキシド産生能を高めるなど、ダイオキシンによる免疫系の抑制とは一見逆の効果を持つことも示された。(3) TNF-αとAhRリガンドの同時投与時の細胞増殖G1期アレストの観察や、リガンド結合AhRとER間の直接のクロストークを示唆する結果は、ダイオキシンのリスク評価に現在慣用されている毒性等価係数と毒性量の加算性の仮定が必ずしも適切ではない可能性を示唆した。ラット尿中のインディルビン濃度がヒトよりも高い傾向が見られ、インディルビンがダイオキシンと生体内で相互作用するならば、ヒトとラットではその寄与の程度が大きく異なり毒性における種差の説明のひとつとなりうる可能性が示された。
結論
現在の国内外のダイオキシンのリスク評価はダイオキシンの有害影響発揮に必要とされるAhRについて、その内因性リガンドの存在を考慮せずに設定されており、また実験動物データから人への外挿においてもげっ歯類と人の間の大きな種差の存在についてもその理由を十分説明ができていない。本研究においてAhR内因性リガンドの有力な候補と推定されるインディルビンに焦点をあて研究を進めた結果、現状のダイオキシンリスク評価について、以下の事項のさらなる解明を進めて、見直しが図られるべきであると考えた。すなわち、(1) ダイオキシンよりも低濃度でAhR経由の活性を発揮する内因性リガンドが生体内に相当量存在し生理的に重要な役割を担っていると推定される点を考慮すべきこと、(2) リガンドを結合したAhR がエストロゲン非存在下にエストロゲンレセプターに作用し、エストロゲンにより誘起される遺伝子発現を活性化する受容体間のクロストーク現象が見つかり、ダイオキシンリスク評価で大前提とされてきた毒性発現における加算性が必ずしも成立しない可能性が示されたこと、(3)インディルビンとある種のサイトカインの共同作用による細胞増殖サイクルのG1アレストが見られ、ダイオキシンの有害作用発現の背景に細胞増殖サイクルかく乱とい
う新たなメカニズムの可能性が示されたこと、(4)AhRリガンドであるダイオキシンとインディルビンがAhR経由で異なる遺伝子群を活性化し、またインディルビンによるmRNA活性化はダイオキシンと異なり短時間であるため生理的に異なる効果を生じると推定されること、(5)インディルビンの生体内存在量に人とげっ歯類の間で大きな開きが示唆されダイオキシンの有害影響における種差を説明するひとつの材料と考えられること。

公開日・更新日

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