文献情報
文献番号
200301286A
報告書区分
総括
研究課題名
前向きコホート研究による先天異常モニタリング、特に尿道下裂、停留精巣のリスク要因と内分泌かく乱物質に対する感受性の解明
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
岸 玲子(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
- 佐田 文宏(北海道大学)
- 水上 尚典(北海道大学)
- 工藤 隆一(札幌医科大学)
- 石川 睦男(旭川医科大学)
- 櫻木 範明(北海道大学)
- 野々村 克也(北海道大学)
- 藤田 正一(北海道大学)
- 中澤 裕之(星薬科大学)
- 飯田 隆雄(福岡県保険環境研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
74,285,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
内分泌かく乱化学物質の多くは、次世代影響が大きいのが特徴である。今回の研究では、尿道下裂、停留精巣等の先天異常の疫学研究をpopulation-basedで行い、リスク要因を検討する。まず発生率そのものが近年、真に増加しているかどうかを検討する。同時に、前向きコホート研究で、同意を得られた妊婦を対象に、妊娠時の母体血、出産時の母体血、臍帯血を保存し、内分泌かく乱物質(PCB、ダイオキシン類、有機フッ素化合物等)の濃度の直接的な曝露量の測定を行い、内分泌かく乱物質と疾患との直接的な関連を追求する。これらの環境要因の検討と同時に、内分泌かく乱物質の代謝に関係の深い薬物代謝酵素等の遺伝子多型についても検討する。このような遺伝子多型による個体の感受性の検討は予防上も重要である。
尿道下裂の発生動向は、1990年代以降、米国、デンマーク、ノルウェー等で増加傾向が報告されおり、日本でも、日本産婦人科医会でのモニタリングでは、増加傾向にあると報告されている。しかし、現在行われているモニタリングは、全出生数の1割を把握するに過ぎない上、疾病のリスク要因については研究がなされていないので、今後は一定地域での対象を絞った詳しい疫学研究が不可欠である。実際に、申請者らの班研究では、1985~98年の北海道内における尿道下裂の手術例について詳細に調べたが、手術例では、出生1万人あたり平均3.9人で、増加傾向は認められなかった。一方、停留精巣は、満1歳までは自然下降も期待されるので、わが国では出生時でのモニタリングから除外されている。そこで尿道下裂、停留精巣など生殖器異常に関しては、産婦人科と泌尿器科との協力により、専門医による一定の基準を設けたモニタリングが、真の発生率を把握し、内分泌かく乱物質との関連を明らかにするために不可欠である。尿道下裂、その他の先天奇形の発生率については、神奈川県と比較する。不妊症、不育症など女性の生殖障害についても、疫学的にその原因は解明されていないので、症例対照研究の形で化学物質による感受性との関連を検討する。
本研究は、WHO等で研究の必要性が指摘されながら、科学的な根拠がこれまで乏しかった生殖機能や次世代影響について、日本での前向き研究による疫学データの蓄積をもって応えるもので確実な成果が期待される。
尿道下裂の発生動向は、1990年代以降、米国、デンマーク、ノルウェー等で増加傾向が報告されおり、日本でも、日本産婦人科医会でのモニタリングでは、増加傾向にあると報告されている。しかし、現在行われているモニタリングは、全出生数の1割を把握するに過ぎない上、疾病のリスク要因については研究がなされていないので、今後は一定地域での対象を絞った詳しい疫学研究が不可欠である。実際に、申請者らの班研究では、1985~98年の北海道内における尿道下裂の手術例について詳細に調べたが、手術例では、出生1万人あたり平均3.9人で、増加傾向は認められなかった。一方、停留精巣は、満1歳までは自然下降も期待されるので、わが国では出生時でのモニタリングから除外されている。そこで尿道下裂、停留精巣など生殖器異常に関しては、産婦人科と泌尿器科との協力により、専門医による一定の基準を設けたモニタリングが、真の発生率を把握し、内分泌かく乱物質との関連を明らかにするために不可欠である。尿道下裂、その他の先天奇形の発生率については、神奈川県と比較する。不妊症、不育症など女性の生殖障害についても、疫学的にその原因は解明されていないので、症例対照研究の形で化学物質による感受性との関連を検討する。
本研究は、WHO等で研究の必要性が指摘されながら、科学的な根拠がこれまで乏しかった生殖機能や次世代影響について、日本での前向き研究による疫学データの蓄積をもって応えるもので確実な成果が期待される。
研究方法
地域ベースの前向きコホート研究として、北海道全域の産科施設に参加を呼びかけ、同意の得られた病院で倫理承認後、同意を得られた妊婦を対象に、器官形成期から、分娩時にいたる小児泌尿器系をはじめとする先天異常の成因に関する疫学研究を実施している。詳細な調査票を用いて、内分泌かく乱物質との関連を調査し、母体血、臍帯血を保存し、子宮内発育遅延、尿道下裂、停留精巣、その他の先天異常(マーカー奇形・異常:全58疾患)を有する児と、健常児との内分泌かく乱物質の直接的な曝露量を比較し、リスク評価を行う。また、出生以後の健康状態(身体発達・アレルギーなど)の評価も行い、胎児期の内分泌かく乱物質曝露状況と乳児発達の関連も明らかにする。特に、内分泌かく乱物質の代謝酵素に関する遺伝子多型の解析については、内分泌かく乱物質の曝露濃度の測定や、内分泌かく乱物質の代謝に関する遺伝子(CYP1A1, GSTM1 など)を調べ、化学物質に対する感受性を評価し、予防対策に役立てる。①妊娠を継続する妊婦を対象に、インフォームドコンセントを経て、妊娠12週までに、10ml採血。②妊娠8ヶ月時に、母親から10ml採血。③出産以降に臍帯血32ml採取・母体血12ml採血(PCB、ダイオキシン測定、遺伝子解析用等)。④生後4ヶ月と1年で、調査票を郵送し、児の健康状態の調査。生体試料の解析のために、⑤マイクロアレイを用いた遺伝子多型解析の検討。⑥曝露評価として、有機フッ素化合物、ダイオキシン類についてバックグラウンドレベルの測定の検討。
尿道下裂、停留精巣の症例対照研究として、両親の病歴、職業、生活習慣等に関する質問紙調査と異物、ステロイド代謝酵素の遺伝子多型解析を行い、尿道下裂術後長期例の精巣容積について検討した。
不育症の症例対照研究として、カフェイン摂取、喫煙など食事、生活習慣と異物、ステロイド代謝酵素多型による遺伝‐環境交互作用、免疫学的指標及びIUGRの感受性遺伝子を検討した。
関連研究として、妊娠中毒症の病態、ヒト無精子症の原因遺伝子の検討を行った。
本研究は、北海道大学大学院医学研究科倫理委員会と共同研究施設の倫理規定に従って実施し、インフォームドコンセントは「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」、「疫学研究に関する倫理指針」に基づいた。
尿道下裂、停留精巣の症例対照研究として、両親の病歴、職業、生活習慣等に関する質問紙調査と異物、ステロイド代謝酵素の遺伝子多型解析を行い、尿道下裂術後長期例の精巣容積について検討した。
不育症の症例対照研究として、カフェイン摂取、喫煙など食事、生活習慣と異物、ステロイド代謝酵素多型による遺伝‐環境交互作用、免疫学的指標及びIUGRの感受性遺伝子を検討した。
関連研究として、妊娠中毒症の病態、ヒト無精子症の原因遺伝子の検討を行った。
本研究は、北海道大学大学院医学研究科倫理委員会と共同研究施設の倫理規定に従って実施し、インフォームドコンセントは「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」、「疫学研究に関する倫理指針」に基づいた。
結果と考察
平成16年1月までの参加妊婦人数は、2245人であった。平成15年11月までに回収済みの妊婦1262人の調査票を対象として、北海道における妊婦の属性について集計した。栄養補助剤(サプリメント)を服用している妊婦の割合は、80.1%と高率であった。また、服用開始時期は、葉酸、鉄剤については、妊娠がわかってから服用した割合が高かった。妊娠前の妊婦の喫煙率は、38.5%であり、妊娠初期も喫煙している割合は12.5%と高率であった。夫の喫煙習慣については、妻の妊娠中も喫煙している割合が66.3%であった。妊娠初期に何らかの職業性化学物質曝露をうけている妊婦は15.0%、夫は29.8%であった。妊娠13週未満の723人について血清葉酸の測定を行ったところ、全妊婦の平均血清葉酸値は、7.5ng/mlであり、非喫煙群と比較して、喫煙群の血清葉酸値は有意に低かった。
尿道下裂・停留精巣の症例対照研究では、尿道下裂患児の母親のCYP1A1遺伝子MspI多型のヘテロ型では、尿道下裂のオッズ比が有意に低下した。また、有意ではないが、停留精巣の母親のCYP1A1ヘテロ型でもオッズ比の低下傾向が見られた。尿道下裂患児では、SRD5A2遺伝子のL89V多型は有意ではないがVアリルを多く持つ程、低下傾向が認められ、HSD17B3遺伝子のG289S多型では、Sアリルを多く持つ程、増加傾向を示し、S/S型では有意のリスク上昇(オッズ比3.91、95%信頼区間1.16-13.2)が認められた。このような多型は、胎生期にアンドロゲン環境の変化をもたらすことが示唆された。さらに、尿道下裂術後長期例の精巣容積では、精巣容積曲線の-2SD以下の萎縮精巣が14例中1例、28精巣中2精巣(7.1%)で認められた。
不育症の症例対照研究では、不育症例で、対照に比べカフェインを多く摂取する傾向がみられた。CYP1A2遺伝子のCYP1A2*1F(C731A)多型のAA型(活性上昇型)において、カフェイン摂取量が多くなるにつれて、不育症のリスクの上昇がみられ、1日当たりの平均カフェイン摂取量が300mg以上で、オッズ比5.22(95%信頼区間1.02-26.2)の有意のリスクの上昇がみられ、遺伝‐環境交互作用が示唆された。また、不育症例の免疫学的特性、IUGRとCYP17遺伝子多型との関連を明らかにした。
異物代謝酵素群及びその調節因子の遺伝子多型を一度に解析するために、新規マイクロアレイを作成し、検討を行った。
内分泌かく乱作用の報告のある有機フッ素化合物(PFOS、PFOA)の測定を母体血-臍帯血15組で行ったところ、PFOSで有意な関連がみられた。また、ダイオキシン類の微量検体測定法により、バックグラウンドレベルの曝露状況を検討した。
尿道下裂・停留精巣の症例対照研究では、尿道下裂患児の母親のCYP1A1遺伝子MspI多型のヘテロ型では、尿道下裂のオッズ比が有意に低下した。また、有意ではないが、停留精巣の母親のCYP1A1ヘテロ型でもオッズ比の低下傾向が見られた。尿道下裂患児では、SRD5A2遺伝子のL89V多型は有意ではないがVアリルを多く持つ程、低下傾向が認められ、HSD17B3遺伝子のG289S多型では、Sアリルを多く持つ程、増加傾向を示し、S/S型では有意のリスク上昇(オッズ比3.91、95%信頼区間1.16-13.2)が認められた。このような多型は、胎生期にアンドロゲン環境の変化をもたらすことが示唆された。さらに、尿道下裂術後長期例の精巣容積では、精巣容積曲線の-2SD以下の萎縮精巣が14例中1例、28精巣中2精巣(7.1%)で認められた。
不育症の症例対照研究では、不育症例で、対照に比べカフェインを多く摂取する傾向がみられた。CYP1A2遺伝子のCYP1A2*1F(C731A)多型のAA型(活性上昇型)において、カフェイン摂取量が多くなるにつれて、不育症のリスクの上昇がみられ、1日当たりの平均カフェイン摂取量が300mg以上で、オッズ比5.22(95%信頼区間1.02-26.2)の有意のリスクの上昇がみられ、遺伝‐環境交互作用が示唆された。また、不育症例の免疫学的特性、IUGRとCYP17遺伝子多型との関連を明らかにした。
異物代謝酵素群及びその調節因子の遺伝子多型を一度に解析するために、新規マイクロアレイを作成し、検討を行った。
内分泌かく乱作用の報告のある有機フッ素化合物(PFOS、PFOA)の測定を母体血-臍帯血15組で行ったところ、PFOSで有意な関連がみられた。また、ダイオキシン類の微量検体測定法により、バックグラウンドレベルの曝露状況を検討した。
結論
北海道の産科施設に通院する妊婦1262人では、栄養補助剤(サプリメント)を服用している妊婦の割合は8割であった。妊娠前の妊婦の喫煙率は、38.5%であり、妊娠初期も喫煙している割合は12.5%と高率であった。夫の喫煙習慣については、妻の妊娠中も喫煙している割合が66.3%であった。妊娠13週未満の妊婦723人の平均血清葉酸値は、7.5ng/mlであり、非喫煙群と比較して、喫煙群の血清葉酸値は有意に低かった。尿道下裂患児の母親のCYP1A1遺伝子MspI多型のヘテロ型では、尿道下裂のオッズ比が有意に低下し、停留精巣患児の母親でも同様の傾向が見られた。尿道下裂患児のHSD17B3遺伝子のG289S多型ではSアリルを多く持つ程、増加傾向を示し、SRD5A2遺伝子のL89V多型ではVアリルを多く持つ程、低下傾向が認められた。不育症例ではカフェインを多く摂取する傾向がみられ、CYP1A2遺伝子のCYP1A2*1F(C731A)多型のAA型(活性上昇型)において、カフェイン摂取量が多くなるにつれて、リスクの上昇がみられた。有機フッ素化合物PFOS濃度は、母体血-臍帯血間に有意な関連がみられた。今後、前向きコホート研究では、血清葉酸値・喫煙・その他の環境要因・遺伝子多型による感受性素因と、児への影響(奇形、子宮内発育遅延、出生時体重、在胎週数など)を評価する予定である。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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