化学物質リスク評価におけるヒトデータの利用に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301274A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質リスク評価におけるヒトデータの利用に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
杉本 侃(財団法人日本中毒情報センター)
研究分担者(所属機関)
  • 吉岡敏治(財団法人日本中毒情報センター)
  • 波多野弥生(財団法人日本中毒情報センター)
  • 黒木由美子(財団法人日本中毒情報センター)
  • 大橋教良(財団法人日本中毒情報センター)
  • 白川洋一(愛媛大学医学部)
  • 屋敷幹雄(広島大学大学院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
54,120,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、化学物質によるヒトの急性中毒症例を、血中濃度の分析値および中毒臨床医の評価とともに収集する全国的な統一システムを構築し、収集したデータを化学物質のリスク評価に資することを目的とする。
研究方法
研究初年度である本年度は、ヒト急性中毒症例を収集する化学物質の選定、症例データベースの入力項目およびフォーマットの決定、症例収集・報告方法、倫理審査委員会用資料等の作成に重点を置いた。中毒臨床、中毒情報、法医学・中毒分析等を専門とする各分担研究者および協力研究者と数回の会議およびe-メールでの討議を行い、方針および具体的な内容を決定した。Microsoft Accessを用いてヒト急性症例収集のためのデータベースを構築した。2003年11月から全国の医療機関を対象にプロスペクティブなヒト急性中毒症例収集を開始した。各分担研究者は、急性中毒症例や分析に関するレトロスペクティブな調査を行い、その結果を解析した。
結果と考察
1.ヒト急性中毒症例収集・報告統一システムの構築に関する研究(杉本、吉岡)では、以下の事項を決定し、協力依頼のための書類一式および収集・報告方法を完成させた。(1)対象化学物質は、医薬品の催眠鎮静剤、抗不安薬、多剤摂取を除くすべての化学物質とする、(2)協力依頼対象は、救命救急センターをはじめとする全国の医療機関とする、(3)ヒト急性中毒症例データベースの入力項目およびフォーマット、(4)協力医療機関との連絡方法、(5)倫理審査委員会用資料。その上で、2003年11月から全国の救命救急センターを含む医療機関258施設へ文書にてヒト急性中毒症例収集への協力要請を行い、59施設より協力受諾を得て、症例の収集と解析に積極的に取り組む体制が確立された。以上をもとに、プロスペクティブなヒト急性中毒症例収集を開始し、2004年3月までに32症例の分析依頼を受けた。さらに、レトロスペクティブな検討として、自施設における中毒分析を日頃から積極的に行っている救命救急センター6施設へ依頼し、過去のヒト急性中毒症例の収集を実施した。得られた139症例に関して解析を行い、血中濃度と重症度のノモグラムが確立されているアセトアミノフェン、アスピリン、パラコート、グルホシネートについて検討を行った。
2.ヒト急性中毒症例データベースの構築(波多野)では、既存の中毒に関する症例収集フォーマット3種、すなわち、(1)International Programme on Chemical Safety (IPCS)のINTOX Programme Harmonised Data Collection、(2)American Association of Poison Control CentersのToxic Exposure Surveillance System、(3)日本中毒情報センター(JPIC)の急性中毒症例調査用紙におけるデータ収集項目、選択式項目の選択肢を比較検討し、ヒト症例収集における項目を決定した。その結果をもとに用紙版統一フォームを作成した。さらに、Microsoft Accessを用いてヒト症例収集のためのデータベースを構築して、試験運用を開始した。今回構築したデータベースは、ヒト症例から化学物質リスク評価を行うために必要な項目を網羅し、また海外における収集項目とも対応していることが特徴であり、IPCSが進めるリスク評価のためのヒト症例収集事業へも貢献が可能となる。
3.日本中毒情報センターで収集したヒト急性中毒症例に関する研究(黒木)では、JPICに照会のあった症例のうち、血中濃度が判明した521症例についてレトロスペクティブに検討を行った。その結果、原因製品は医薬品以外に農薬、工業用品、家庭用品など多岐にわたり、分析された化学物質数も127に及ぶことから、JPIC収集症例はヒトにおける化学物質のリスク評価を行うための重要な情報源であることが判明した。今後、収集体制の強化および支援が必要である。また、JPIC内部用ヒト急性中毒症例  データベースを構築し、234症例の入力を完了して、血中濃度と重症度のノモグラムが確立されている4物質について解析を行った。その結果、レトロスペクティブな研究では、血中濃度の時間因子が明確でない、発現症状や検査値記載の不備など、様々な問題点があることが明らかになった。今後、プロスペクティブなヒト急性中毒症例収集と評価を充実するためには、収集する化学物質(群)別の収集項目詳細の検討等が必要であると結論した。
4.ヒト中毒症例重症度評価の検討(大橋)では、医療機関からJPICへ照会のあった有機リン中毒、抗うつ剤中毒、エチレングリコール中毒のうち追跡調査が可能であった症例をもとに、IPCSの提唱するPoisoning Severity Score (PSS)による重症度の点数化を行い、その有用性について検討した。その結果、PSSによる点数は個々の中毒起因物質ではきわめて簡便な重症度の指標として有用と考えられるが、中毒起因物質の異なる症例を比較検討する際は、たとえば同じ重症と判定されても質的な違いを考慮する必要があることが判明した。今後、PSSの有効性を検討するにあたり、血中濃度や正確な毒物の摂取量との比較検討、臓器ごとのスコアを記録して各スコアの点数配分とその集計方法を検討することによって、本スコアリングを日本版に改良した、Japan-revised PSSを目指すことが必要であると提案した。
5.ヒト中毒症例の予後推定(白川)では、ヒト中毒症例データベースを利用した予後推定法の開発にそなえ、血中濃度と中毒症状の関連について言及した国内外の最近の文献を検索した。「Medline」および「医学中央雑誌」の1999年から現在までに登録された論文から、(1)ヒトの急性中毒例を扱い、(2)中毒原因物質または代謝産物の血中濃度を測定し、(3)中毒症状と血中濃度との関連について何らかの意味付けをできる可能性があるものを「Medline」で173件、「医学中央雑誌」では158件を抽出し検討した結果、TDMの普及した一部の医薬品については,薬物代謝に影響する因子の研究、あるいは中毒発生時の治療法についての研究へ重点が移っているが、それ以外の中毒原因物質について、血中濃度から予後を推定する手段が確立された(あるいはされつつある)急性中毒はきわめて少数であることが明らかになった。一方、本邦の論文では、農薬に関するものが比較的多く質も高いことが判明し、農薬分野では世界に先駆けてリスク評価を行える可能性が考えられた。
6.ヒト中毒症例の毒物分析評価と分析精度管理(屋敷)では、化学物質のヒトへのリスク評価に利用可能な血中濃度分析データを提供するシステムを構築するとともに、全国の医療機関において精度管理されたデータが得られる分析環境ならびに教育環境の向上に資することを目的に、次の5項目の調査を行った。(1)分析受入体制システムの構築:広島大学において分析試料の収集、分析受託機関への配送、分析試料の保存、分析データの一元管理を行うこととし、3分析機関でパイロット的に本システムを稼働させた。(2)救命救急センターにおける分析実態調査:全国170施設に依頼し、協力の得られた67施設中58施設から分析結果の回答を得た。分析への積極的な取り組みが見受けられるものの、定量値の有効数字、前処理や分析の精度まで吟味して分析している施設は少なく、教育の場の提供が急務と考えられた。(3)分析環境調査:メーリングリストを通じて依頼分析が可能な研究者を募集し、同時に分析関連企業も調査した。JPICから提示された化学物質のうち、40種について分析可能であることが判明した。(4)急性中毒症例の血中濃度分析:本研究期間中に中毒症例として28症例81件の分析依頼があり、(1)のシステムを利用して現在分析を行っている。(5)迅速検査キットの有用性評価:検査キットを医療機関に配布して有用性をアンケートにて調査し、実際の分析担当者への普及活動が必要であることが判明した。
結論
化学物質によるヒト急性中毒症例を曝露状況、症状、血中濃度や臨床検査値、さらに中毒臨床医の評価とともに収集する全国的な統一システムを構築した。今後は、IPCSが推奨するように、(1)倫理的な問題を解決し、(2)リスク評価を行う指標(有害性、曝露評価、リスクの特徴など)を有した、(3)プロスペクティブなヒト急性中毒症例収集事業を推進する。本研究で行う多施設からのヒト症例収集は、国レベルで血中濃度分析値が精度管理され実施される点で、世界初のシステムであり、各国からも注目されている。今後、症例収集協力体制の強化、支援が必要である。次年度は、リスク評価者、基礎毒物学者も協力研究者に加え、ヒトデータを利用する化学物質のリスク評価手法を検討する予定である。

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