化学物質リスク評価の基盤整備としてのトキシコゲノミクスに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301271A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質リスク評価の基盤整備としてのトキシコゲノミクスに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菅野純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 江馬眞(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 北嶋聡(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 井上達(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 漆谷徹郎(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 山中すみへ(東京歯科大学・衛生学)
  • 矢守隆夫(癌研究会癌化学療法センター・分子薬理部)
  • 小野宏((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 本間正充(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
237,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は化学物質リスク評価の基盤整備として、網羅的な遺伝子発現変化解析法を毒性学に適用するものであり、網羅的遺伝子発現プロファイリングを基にした化学物質トキシコゲノミクスデータベースを構築することにより、インフォマティクス技術を活用した化学物質の安全性評価の為の、より迅速、正確且つ安価な評価システムを構築することを目的とする。これにより、従来、人への外挿の際に採用してきたLD50や安全係数(不確実係数)の概念が持つ不確実性を補い、毒性発現メカニズムに基づいた、より正確な毒性評価システムの作成を目指す。
研究方法
概要:本研究の目的のために約100化学物質を選択し、3年間の研究期間に於いて小型実験動物(マウスを主体とする)を用いた暴露実験を行い、肝を主標的として発現プロファイルを可能な限り多数の遺伝子について採取する。これらのデータを逐次、電子ファイリングし、遺伝子プロファイルデータベースを構築する(データベース生成研究)。平行して基盤研究を実施し、既存知識と基盤研究により得られる知識を合わせ、インフォマティクスを構築し、既知機能クラスターを基にした予測システムを形成する。また、同時にインフォマティクス情報から未知機能クラスターを抽出し、その機能を検討しリレーショナルデータベースに還元する事で、その機能と精度を継続的に向上させて行く。
データベース生成研究:
小型実験動物暴露
本年度は初年度であり、データの蓄積に加え、化学物質暴露システム及び遺伝子発現プロファイル生成システムの安定化を図った。その結果、詳細且つ厳密なプロトコールに基く暴露システムを完成するに至った。また、我々の開発した遺伝子発現値絶対標準化システム(Percellome)を用いた品質管理システムを完成させることに成功し、他に例の無い高品質のデータを得ることが可能な遺伝子発現プロファイル生成システムを構築することができた。実験システム開発と平行して進めたデータベース生成実験により、本年度データが得られた化合物は25種類に至った。
化学物質の選択
マウス肝臓を標的臓器に定め、肝臓に対する作用を有する物質を中心に化学物質の選択を行った。第一候補物質として100種類以上の化学物質を選び、アセトアミノフェン、フェノバルビタール、イソニアジド、ペンタクロロフェノール等を今年度の化学物質に決定した。
評価システムの構築と基盤となるアルゴリズム開発
本研究で構築するデータベースでは、化合物毎に濃度、処理後時間を振った16群からなるデータが登録される。また、同時に測定する遺伝子の種類は約4万であり、生成されるデータが多群且つ多層データとなる。このような多群多層データを解析できるソフトウェアは市販されておらず、データ解析を行うためにソフトウェアの開発が急務であった。今年度は、類似度によるクラスタリング解析に必要なソフトウェア開発を先行させ、アンスーパーバイズド(教師なし)クラスタリング解析を実現するインフォマティクスシステムの開発及び導入を行った。その結果、“MF surface"を始めとするデータ解析ソフトウェアの開発に成功し、スーパーバイズドクラスタリング解析を効率的に行う環境を整備することに成功した。また、NTT comware社への委託研究によって、アンスーパーバイズドクラスタリング解析を実現する環境の整備にも目処がついた。
遺伝子発現プロファイル生成方法
ゲノムの全遺伝子発現解析を目標とし、Affymetrix社のGeneChipシステムを用いた。今年度は本システムの安定化及びデータ品質検討システムの開発を行い、スパイクRNAデータに基く品質検定法を確立することに成功した。アレイ間のばらつき及び定量性に対する監視機構として実施予定とした定量的PCR(いわゆるTaqMan PCR)については、測定対象とする遺伝子を約300種類選び、測定用のprimerの最適化を始めた。
基盤研究(探索的研究):以下の各個別研究を実施し、基盤研究とした。
・ ジブチル錫生殖毒性に関わる毒性発現メカニズムの解析(江馬)
・ サリドマイドによる血管新生、TNF-α産生修飾を指標とした発生毒性に関わる遺伝子発現変動解析(北嶋)
・ フリーラジカルなどの活性酸素種(ROS)について、細胞内カルシウム上昇、過酸化水素の発生及び細胞増殖反応などに関与する関連標的遺伝子の発現を中心に観察を行う。ADF(チオレドキシン)の過剰発現動物での遺伝子発現変異をリファレンスアレイとして発現データプロファイリングの特殊化を行う(井上)
・ ASK1ノックアウトマウスにおけるストレス応答シグナル系の解析研究(漆谷)
・ アリル炭化水素受容体及びグルココルチコイド受容体を介する胸腺毒性に関わる分子メカニズム研究(山中)
・ ヒト培養細胞アレイによる毒性インフォマティクス研究(矢守)
・ 系統差に主眼を置いたマウス培養細胞による毒性メカニズム研究(小野)
・ 典型的な遺伝毒性物質(ジエチルニトロサミン、ジプロピルニトロサミン、エチルニトロソウレアを含む数化合物)に関する、多臓器での遺伝子発現データを蓄積しつつ実験手技を含めた標準的プロトコールの検討を行う(本間)
結果と考察
結果=
データベース生成研究
小型実験動物暴露
本年度は初年度であり、データを蓄積することに加え、安定したデータの出る暴露システム及び遺伝子発現プロファイル生成システムを構築することを念頭に置いて研究を進めた。暴露システムとしては、実験マウスの搬入、飼育から化学物質投与溶液調製、サンプリング位置に至るまで詳細且つ厳密なプロトコールを完成するに至り、サーカディアンリズムに則って発現変動する遺伝子が実験間で相違の無い極めて質の高いデータを得ることが出来るようになっている。遺伝子発現プロファイル生成システムとしては、我々の開発した絶対標準化システム(Percellome)を用いた品質管理システムを完成するに至り、発現値のばらつきが個体差を反映するものか、データの質の低さによるものかを判定することが可能となった結果、質に問題があるデータは発現データ測定をやり直すことで全体として高品質のデータを得ることが可能となっている。本年度実施し、データが得られた化合物は、25種類である。
化学物質の選択
本研究で目標としている予測システムの構築に当たり、我々はマウス肝臓を標的臓器に定めている。そこで、肝臓に対して作用する物質を中心に化学物質の選択を行った。第一候補物質として100種類以上の化学物質を選び、実際にデータを得るものを絞り込んでいる。今年度は、アセトアミノフェン、フェノバルビタール、イソニアジド、ペンタクロロフェノール等を選んだ。
評価システム開発の基盤となるアルゴリズム開発
本研究で取得する多群且つ多層データを解析できる市販ソフトウェアが存在しない状況を受け、今年度は必要なソフトウェアの開発を急いだ。まず、発現パターンの類似度によるクラスタリング解析に必要なソフトウェア開発を先行させ、“MF surface"を始めとするデータ解析ソフトウェアの開発に成功した。具体的には、1)Scal:発現シグナル値を絶対値に変換すると同時にデータの質を評価するソフト、2)MF surface:多群多層データを遺伝子毎に表示し、発現パターンの類似した遺伝子を抽出するソフト、3)MF filter:抽出した遺伝子リストを編集するソフト、などの基本ソフトウェア開発に成功した。それにより、スーパーバイズドクラスタリング解析を効率的に行う環境を整備することに成功した。次に、アンスーパーバイズド(教師なし)クラスタリング解析を実現するインフォマティクスシステムの開発及び導入を、NTT comware社への委託研究によって進め、アンスーパーバイズドクラスタリング解析を実現する環境の整備にも目処がついた。
遺伝子発現プロファイル生成方法
ゲノムの全遺伝子発現解析を目標とし、Affymetrix社のGeneChipシステムを用いた。今年度は本システムの安定化及びデータ品質検討システムの開発を行い、スパイクRNAデータに基く品質検定法を確立することに成功した。アレイ間のばらつきに対する監視機構として実施予定とした定量的PCR(いわゆるTaqMan PCR)については、測定対象とする遺伝子を約300種類選び、測定用のprimerの最適化を始めた。
基盤研究
江馬眞:ラットでしか検討されていない塩化ジブチル錫(DBTCl)による着床阻害効果のマウスの実験系への適用性に関して検討するため、C57BL/6Crマウスの妊娠初期にDBTClを投与し、着床阻害作用についての発現条件及び用量設定試験を行った。その結果を基に、遺伝子発現プロファイル解析に用いる投与、サンプリング条件を設定し、ジブチルスズ3.8mg/kgを妊娠4日の単回投与6時間後の子宮とすることに決定した。
北嶋聡:「サリドマイド」を投与したadultマウス肝臓由来のRNAサンプルを用いて、GeneChip(Affymetrix)を用いた網羅的遺伝子発現を検討した。発現が増加しているものの中には、少なくともストレス応答遺伝子群が見いだされたが、これ以外にも、興味深い遺伝子群が見いだされた。
井上達:酸化的ストレスによって発現の惹起される遺伝子群のプロファイリングを、まず野生型マウスを用いてベンゼン曝露条件下でのそれを求め、既知の結果と比較し、確認した。浮上した遺伝子の普遍性を確認するため、他の方法による検証を進めることとした。
漆谷徹郎:発現解析に用いる予定のASK1ノックアウトマウスをSPF化したのち繁殖を始めた。マウスが使用可能になるまでの間,正常マウスを用いたASK1関連遺伝子発現解析の対照実験,MPTP誘発性Parkinson病の条件検討を行った結果、酸化ストレスを惹起することが知られている化学物質により,ASK1関連遺伝子が共通して発現変化を示すことが認められた。
山中すみへ:in vivoとin vitroの両面からサンプルを得、発現解析を行うために、必要な実験的検討を行った。<in vivo検討結果>雌性マウスにダイオキシンの5μg/㎏及び20μg/㎏を投与した群は、初期に体重減少の傾向がみられたが、5日目以降は回復して対照群との差は全く認められなかった。また行動や外観、糞尿にも異常所見は認められず、投与後3日目の剖検でも各臓器に異常はみられなかった。しかし9日目の剖検では、20μg/㎏投与群のマウスでは、肉眼的にも明らかな胸腺の萎縮が観察された。胸腺重量を比較した結果、投与3日目では大差なかったが、9日目には20μg/㎏投与群は対照群の約1/3と明らかな萎縮が認められた。<in vitro検討結果>正常リンパ球T細胞と白血病T細胞(Molt-3細胞)におけるCD-4陽性及びCD-8陽性、IL-2・R陽性の抗原発現をフローサイトメトリーで検索し、非特異的マイトーゲン作用の強いPHAとの接触では、両細胞ともにCD-4及びCD-8、IL-2・Rのいずれも陽性細胞が明らかに増加したが、水銀やダイオキシンとの接触では細胞の差がみられた。すなわち正常T細胞では、水銀及びダイオキシンとの接触で、CD-4陽性細胞、CD-8陽性細胞及びIL-2・R陽性細胞のいずれについても減少の傾向がみられた。しかしMolt-3細胞では、水銀とダイオキシンによりCD-4陽性細胞の減少とCD-8陽性細胞の増加を示したが、IL-2・R陽性細胞では水銀では増加、ダイオキシンでは減少の傾向であった。水銀では細胞死のみられる5ppm濃度での変化であったが、ダイオキシンとの接触では、細胞死のみられない5ppb程度の低濃度から免疫細胞への影響が認められた。
矢守隆夫:本年度は、GeneChipを用いた解析等、毒性分子機構の解析を行う毒性化学物質の選択を目的とし、毒性化学物質約30種類を39系のヒトがん由来細胞株からなるがん細胞パネルで評価した。調べた毒性化学物質のうちがん細胞増殖を直接は阻害しないものが見られた。これらについてはがん細胞パネルでは評価不能である。一方、約6割の毒化学物質ではがん細胞増殖阻害が見られFinger Printが得られた。COMPARE解析の結果、多くの場合毒性化学物質は既存の抗がん剤とは異なるFinger Printを示した。これは、毒性化学物質の多くが薬物である抗がん剤とは作用機作や分子標的を異にすることを示唆している。さらに、クラスター解析によって毒性化学物質のFinger Print類似性に基づくグループ分けが可能であった。たとえば、ジギタリス剤であるDigoxinやOuabainは非常に緊密なクラスターを形成した。その他にも、CPIP、IPBC、Triazine、IBTAの4者、DTBHQ、Imparamine、2,4-Dinitrichlorobenzenの3者などもそれぞれのクラスターを形成した。
小野宏:マウスの系統による遺伝子発現応答の違いについて検討するために、マウス胎児繊維芽細胞(MEF)を材料とすることとし、in vivoにおけるCd2+による毒性作用の違いが、in vitroであるMEFにおいても再現されるかどうか細胞毒性作用を見ることで検討した。その結果、IC50値は、C3H/Heマウス細胞では15μM、DBAマウス細胞では7.5μMであった。
本間正充:マウスへの処理、臓器の回収はすべて終了した。発現解析は、まずDENに関してGeneChipを中心に複数のマイクロアレイを用いて解析を行った結果、特徴的な遺伝子変化をリストアップでき、相互の比較を行った。
結論
データベース生成研究(網羅的研究)
本年度は、本研究で目標としている100化合物のうち、25化合物についてデータ取得を終了した。これに加え、データ品質管理システムの構築、データ解析を可能とするソフトウェア、ハードウェアの整備にも成功した。これらの成果によって、蓄積されるデータを効率的且つ詳細に解析する必要最低限の環境が整備されたので、今後、本年度得られたデータを更に詳細に解析し、既測定物質間の反応類似性を検討することにより、毒性メカニズム解析のインフォマティクスの基盤を作ることが可能となる。次年度以降蓄積するデータを合わせ、毒性予測精度を向上させていく予定である。
基盤研究(探索的研究)
江馬眞:本年度の研究の結果、発現解析を行うための投与、サンプリング条件として、着床阻害傾向の認められた3.8 mg/kgを投与量に、妊娠4日の単回投与6時間後の子宮をサンプリングすることに決定した。
北嶋聡:「サリドマイド」を投与したadultマウス肝臓由来のRNAサンプルにつき、GeneChip(Affymetrix)を用いた網羅的遺伝子発現解析を検討した結果、発現が増加しているものの中には、少なくともストレス応答遺伝子群が見いだされたが、これ以外にも、興味深い遺伝子群が見いだされた。次年度以降実施予定の胎児サンプルを用いた解析に必要な実験手技についても、RNAの収率、質のcheckについての予備検討を終了した。
井上達:野生型並びにAhR-KOマウスを含む各種遺伝子改変動物を用いて、ベンゼン曝露影響のうち、酸化的ストレスに起因する細胞生物学的変化と遺伝子発現のprofileについての比較検討を行った。この中で、ベンゼンがAhRを介した毒性発現機構を持つという新しい知見を得、既に報告したpreliminary dataと総合して、学術雑誌への投稿準備を進めている。
漆谷徹郎:DNAマイクロアレイ法により、酸化ストレスを受けた組織において、ASK1関連遺伝子の定量的変化をとらえることが可能であることが示された。今後ASK1ノックアウトマウスを利用することによって、この経路の解析を行っていく。
山中すみへ:環境汚染物質として生体影響が問題となっているダイオキシンを中心として、今回免疫毒性影響をin vivoとin vitroの両面から検討した。5μg/㎏及び20μg/㎏のダイオキシン1回の服腔内投与で胸腺の明らかな萎縮が認められ、それとともにT細胞表面抗原のCD-4及びCD-8 alphaなど免疫細胞への影響も観察された。また正常T細胞や急性リンパ芽球性白血病T細胞・MOLT-3を用いたin vitroにおけるダイオキシンの接触では、CD-4陽性細胞やIL-2・R陽性細胞の減少がみられ、免疫機能の低下の影響が考えられたので、今後in vivoの結果との関係から検討していく。
矢守隆夫:本研究により、Gene Chip解析のモデルとなる毒性化学物質及び細胞株の組み合わせの候補を選択することができた。来年度以降はこれら候補についてGene Chip解析と細胞生物学的解析を併用し、毒性分子機構の解明を進める。
小野宏:Cd2+に対し、in vivoでは、C3H/Heマウスは感受性であり、DBAマウスでは抵抗性であるが、in vitroのMEF細胞では逆の結果が得られた。これが事実と考えられる一方、DBAマウス細胞の増殖があまりよくなかったことから、そのことが原因で低濃度でも増殖が阻害されてしまった可能性も考えられた。従って、Cd2+に対するこれらの細胞の感受性の差は、さらに別の実験系を用いて確認する必要があり、遺伝子発現解析に移る前に更に予備検討が必要であると結論した。
本間正充:GeneChipを用いた解析では、マウスの個体差は小さく、定量RT-PCR法の結果とよく一致し、DENに特徴的な遺伝子変化を捉えることができた。また、遺伝子の動きは28日後と比較して、4時間後の方が大きかった。アレイの種類が異なると、同じ遺伝子でも結果が異なる場合があったが、動きの見られたいくつかの遺伝子に関しては比較的共通性がみられた。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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