食品中化学物質の毒性評価に及ぼす諸要因に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301200A
報告書区分
総括
研究課題名
食品中化学物質の毒性評価に及ぼす諸要因に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
広瀬 雅雄(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 白井智之(名古屋市立大学)
  • 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 小野宏(食品薬品安全センター)
  • 大野泰雄(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 佐々木久美子(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 吉池信男(国立健康・栄養研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(食品安全確保研究事業)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
29,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
残留農薬や食品添加物のADI評価は、個々の化合物を対象としており、化合物の複合毒性や個体の病的状態は考慮されていない。本研究では、化学物質の複合毒性や病的状態における毒性発現について実験的に研究し、さらに食品中における残留農薬等の複合汚染の実態について調査研究を行ない、将来的なADI評価上有用なデータを得ることを目的としている。
【広瀬】ヘテロサイクリックアミンIQ の発がん性に対する肝,腎障害の影響について検討し、さらにIQ肝発がんにおける抗酸化酵素、第2相酵素の影響をNrf2KOマウスを用いて検討した。【白井】肝臓に発がん性のあるヘテロサイクリックアミンMeIQxはCYP1A1/2を誘導するcaffeineを投与しても発がんが促進されない。その原因を検討すべく、網羅的な遺伝子発現解析を行った。【菅野】毒性評価における安全係数に包含されている宿主要因を指標化し、分子機序に従って残留農薬等、外来性化学物質の曝露による毒性反応を検討することを目的とし、in silico解析と複合毒性評価・予測のための基本アルゴリズムの開発を進めた。【小野】農薬等食品中化学物質相互のアレルギー増悪作用の有無を検討する。【大野】生活関連物質の薬物動態の関係する相乗毒性をin vitroで予測する。。【佐々木】動物性食品中の残留農薬及びその他の化学物質に関する汚染調査を行い、食を介した複合暴露の可能性を明らかにする。【吉池】「残留農薬基準設定における暴露評価の精密化に関する意見具申」では、食品の摂取重量のみではなく、調理形態や摂取の仕方も考慮するとされている。そこで、農作物の摂取量に加えて、調理形態等、暴露量に影響を及ぼす食事行動因子について検討した。
研究方法
【広瀬】[実験1]F344系雄ラットDEN・DMH二段階発がんモデルを用い、IQを間歇投与し、その間肝、腎障害を発生させるためそれぞれCCl4、葉酸をIQと交互に間歇投与した。
[実験 2]雌雄Nrf-2ノックアウトマウスとその野生型マウスを用いて300ppmIQを52週間投与した。【白井】ラット中期肝発がん性試験法を用いて、MeIQxとcaffeineを同時に6週間投与し、得られた肝の前癌病変であるGST-P陽性細胞巣と周囲肝細胞から選択的にRNAを抽出し、マイクロアレイを用いて解析した。【菅野】前年度までの成果を受け、in silico解析と複合毒性評価・予測のための基本アルゴリズムの開発を進めた。酸化的ストレスに関しては、in vitroとin vivoの差をBALB/3T3細胞とC57Bl/6マウス暴露系について、複合曝露効果に関しては、前年度に得た2-デオキシグルコース(2-DG)とシアン化ナトリウム(NaCN)の複合曝露モデルについて検討した。【小野】in vitroの系では農薬およびフタル酸ジブチル(DBP)をとりあげ、ラットの培養マスト細胞の脱顆粒並びに遺伝子発現変化を遊離β-hexosaminidase 活性 並びにDNAチップ技術(Affymetrix GeneChip)を用いて解析した。【大野】ラットおよびヒト肝ミクロソーム、遊離肝細胞、P450発現系を用いて、除草剤Prometryn (Pm)の代謝と関与酵素を検討した。ヒト型CYP3A4誘導検索系の開発するため、ヒトCYP3A4遺伝子上流を含むレポーター遺伝子の構築し、HepG2細胞に導入し、CYP3A4遺伝子コンストラクト安定発現株を作製した。最大誘導能(Emax)と飽和性(EC50)を考慮したin vivo誘導予測モデルを構築した。ラット腎臓スライス、ラット、サル、及びヒト有機アニオントランスポーター遺伝子導入細胞を用いて2,4-Dの取り込みと排泄を検討した。【佐々木】、超臨界流体抽出(SFE)法では14年度に残留農薬調査を行った食品の試験溶液をGC/MS(SCAN) で再測定し、調査対象外の農薬及びその他の化学物質を検索した。溶媒抽出法では魚介類の汚染調査及び動物性食品群についてマーケットバスケット方式による摂取量調査を行った。【吉池】(1)2001年実施の国民栄養調査データ(4224世帯、12481名分)について、調理・加工形態別の頻度及び摂取量の割合を算出した。(2)2001年以降の国民栄養調査では学校給食等の取り扱い方が変更されたことから、そのことが調理・加工形態別の農作物の摂取量に及ぼす影響について試算を行った。(3)国民栄養調査の新しい食品番号体系に基づいて、個々の農作物の摂取量を推計するために、加工食品等の原材料構成・使用量、調理・加工の状況及び重量変化率等に関する情報をデータベース化した。
結果と考察
【広瀬】[実験1]イニシエーション後のIQ+CCl4群で3匹が途中死亡し、いずれにも肝障害と肝腫瘍の発生が認められ、CCl4による肝障害はIQ肝発がんを促進する可能性が示唆された。実験は40週で終了する。[実験2]雌雄ともIQ投与によりNrf(-/-)ではNrf(+/+)に比べて肝発がんの著明な増加が認められた。同時に測定した酸化ストレスマーカーである8-OHdGには群間に差はなく、発がんの増強は解毒酵素の活性低下によることが示唆された。【白井】27の遺伝子の発現変化がGST-P陽性細胞巣周囲組織で認められ、これらのうちSyndecan2 (Sdc2)は大腸癌でcell cycleを介した増殖に関与することが報告されていることから、cell cycleに関与する遺伝子発現を検討したところ、MeIQxとcaffeineを同時投与したときの周囲肝細胞特異的なp21の発現亢進とMeIQx投与によるCDK4発現亢進をcaffeineが抑制するという結果が得られた。これらの結果により、CYP1A2により代謝活性化されたMeIQxによる発がん性亢進がcaffeineのSdc2発現抑制を介した細胞増殖抑制作用により減弱されたものと考えられた。【菅野】酸化的ストレス物質は毒性発現に新たな遺伝子発現を必要とせず、マイクロアレイ等のゲノミクス手法ではその毒性の捕捉・評価が困難と考えられていたが、in vitroおよびin vivoで二次的影響と見られる遺伝子発現を捕捉することが出来た。複合曝露時の相殺効果はその要因が細胞死誘導の最終段階にある可能性が示された。【小野】ストレス応答遺伝子Gadd 45a、サイトカインであるTNF-αやIL-3の発現が顕著に増加した。DBPと抗原との共存刺激により、転写因子Egr-1やJun-Dが相乗的に発現が増加した。チオファネートメチル(TM)はRBL-2H3
細胞からの脱顆粒反応に有意な影響を与えなかった。CNPとPAPの併用では、CNP単独による増強効果が相殺された。In vivoの系では、PAP、CNPあるいはTMの単独吸入曝露、PAPとCNPとの併用曝露による免疫機能への影響を、BALB/cマウスを用いて検討した。リンパ球幼若化反応では、CNP、PAPの単独および併用曝露群の多くで有意に増強された。プラーク形成試験では、TM曝露群が有意な低値を示した。【大野】Pmの代謝経路とそれに関与するP450分子種を明らかにした。Pmは複数のP450分子種で代謝を受けることから代謝阻害の影響は小さい。ヒトCYP3A4遺伝子導入HepG2細胞株でCYP3A4誘導評価が可能であった。除草剤ジコホールや有機リン系殺虫剤IBPなどの農薬がCYP3A4誘導能を示した。P-450誘導率を予測するための数学モデルを開発した。この方法はCYP3A4の誘導については予測値がin vivo実測値と一致した。2,4-Dの腎近位尿細管取り込みにはOAT1が、排泄にはRSTが関与する。OAT1およびOAT3による輸送の種差を検討し、尿細管分泌についてはサルがヒトの良いモデルとなることを示した。【佐々木】SFE法では、エトキシキン、クロルメホス、フラチオカルブ、シクロエート、チオナゼン、9,10-アントラキノン及びメチルジムロンが散見された。また、ベンゾフェノン、パラジクロロベンゼン、クレゾール及びリン酸トリブチルが肉類及び魚介類から高頻度で検出された。広汎な化学物質について効率的に検索するためには保持時間情報などマススペクトル以外の情報が必要であった。溶媒抽出法では、魚介類から微量のDDT類及びクロルデン類が検出された。摂取量調査ではDDT類の痕跡を認めたのみで、一日摂取量に換算すると、0.5_g未満、その他の農薬については0.1_g未満と推定された。【吉池】(1)70に分類した各農作物の摂取量(全体の頻度及び摂取量、並びに調理・加工別にみた割合)を算出した。(2) 1~6歳(797名)、7~14歳(1171名)の別に、調理・加工形態別の各農作物の摂取量を算出した。(3)計565食品に関して、原材料の構成及びその割合、調理・加工に関する情報を整理し、データベース化した。
結論
・ヘテロサイクリックアミンであるIQの肝発がん性は、肝障害により増強される可能性が示唆された。・抗酸化酵素や第2相酵素が低下する様な病的状態では、IQによる肝発がんに対する感受性が高くなることも示唆された。・caffeineのCYP1A2で代謝活性化されたMeIQxによる発がん性亢進はcaffeineのSdc2発現抑制を介した細胞増殖抑制作用により減弱されることが示唆された。・原理的にタンパク質事象を直接取り扱うことが出来ないマイクロアレイ等のゲノミクス手法でも、酸化的ストレス障害を間接的ながら再現性良く測定・評価可能であることが確認され、より広い応用可能性が示唆された。複合毒性についても、新規アルゴリズム開発が必要であるものの、網羅的な毒性ゲノミクスデータベースの利用により、的確な評価や予測が可能となり得ることが示唆された。・アレルギー増悪作用についてin vitroの実験結果を手がかりに、in vivoで確認を行い、生体に影響するかどうかを調べていくことは環境化学物質の安全性評価に重要であり、本研究で実施してきたin vitroおよびin vivoの実験系はその関連性を検討する手段として有用である。・Pmは代謝に関するする相乗毒性を起こす可能性は少ない。ヒトでCYP3A4を誘導する可能性の高い農薬がある。また、2,4-Dは他の有機アニオンと相互作用を起こす可能性がある。・動物性食品中の農薬残留は、農作物中のそれに比べて、検出農薬数、検出濃度ともに、低レベルであった。・今後、検討の範囲を農作物のみならず、魚介類、獣肉類等に広げながら系統的に行って必要がある。それにより、残留農薬に加え、動物用医薬品、重金属等の食品の汚染物質の暴露評価をより適切に行うことが可能となる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-