食品中に残留するカドミウムの健康影響評価について(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301197A
報告書区分
総括
研究課題名
食品中に残留するカドミウムの健康影響評価について(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
櫻井 治彦(中央労働災害防止協会)
研究分担者(所属機関)
  • 池田正之(財団法人京都工場保健会)
  • 大前和幸(慶應義塾大学)
  • 香山不二雄(自治医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(食品安全確保研究事業)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
カドミウムは地球上に偏在する元素であり、生体に摂取されると排泄速度が遅く、生物学的半減期が極めて長いという特性を持つ。多くの臓器に蓄積するが、腎臓への蓄積が濃度としては最大であり、一定度の蓄積を超えると腎機能への影響が現れる。ヒトの生物学的半減期は10年程度或いはそれ以上と推定されている。従ってカドミウムへの低濃度長期曝露を受けていると、数十年後に腎臓でのカドミウム濃度が有害レベルに達し腎機能障害を起こす場合がある。更に最近では同程度の曝露レベルのカドミウムが骨粗鬆症の発症要因として関連しているとの報告もある。長期の曝露後に成立するこの種の影響を予防するための曝露限界値を明らかにすることは容易ではなく、いまだに明確な根拠に基づいた曝露限界値は確立されていない。わが国においては過去の鉱業活動及び地質の特性から比較的高い濃度のカドミウムを保有する農業用地が散見され、農業生産物中のカドミウム濃度も高い場合があるため、正確な曝露限界値を設定する必要性が大きいJECFA(WHO/FAO Joint Expert Committee on Food Additives and Contaminants)はカドミウムの経口摂取におけるProvisional Tolerable Weekly Intake (PTWI)として7μg/kg/dayを提案しているが、その根拠として腎皮質における臨界カドミウム濃度の推定値及びトキシコカイネティックスに関する多くの仮定を用いており信頼性に欠ける。最近はより高い安全性を求めより低い限界値を設定するべきとの国際的見解も強まっている。従って妥当な安全性を保証する精度の高い曝露限界値を設定するために、ヒトにおけるカドミウムの曝露量と健康影響の間の定量的関係に関して、未解決の問題点に答えるデータを提供する研究を実施する必要性は極めて大きい。本研究では、上記の目標を達成するために、十分に大きなヒトの集団を対象として、微量栄養素等の栄養状態及びカドミウム以外の汚染化学物質曝露にも配慮しつつ、カドミウム曝露指標と影響指標の関係を明らかにし、更に食品からのカドミウム摂取とカドミウム曝露指標との関連を明らかにすることにより、食品からのカドミウム摂取に関して、従来よりも信頼性の高い曝露限界値を設定することを目的とする。平成15年度には、前年度までに得られた知見を補完する目的で以下の研究を行った。
分担研究者池田は、カドミウムに関する疫学研究でカドミウム曝露指標として一般に用いられてきたクレアチニン補正尿中カドミウム濃度が持つ問題点を明確にし、ことに高齢者におけるその適用の妥当性について検討することを目的とした。分担研究者香山は、第61回JECFAで定められたProvisional Tolerable Weekly Intake (PTWI)を越えるCd曝露を受けている被験者が含まれる集団で、腎機能障害、骨粗鬆症などの健康影響を調査し、より正確な摂取許容量算定に有用なデータを提供することを調査の目的とした。これまで全国5カ所(九州、近畿、関東、東北地方)の農家女性(20歳代から70歳代)の栄養と汚染物質曝露を調査し、加齢に伴う腎機能低下や骨粗鬆症差し引くと、明らかなCd経口慢性曝露による健康影響を見いだすことはできなかった。今年度はさらに曝露の高いと考えられる1地域と、過去に高度の曝露があり現在は大規模な土壌改良工事が行われた1地域および同じ県内のCd曝露の可能性のない1地域とを選定して、加齢変化が栄養摂取の偏りや食品中に微量に含まれるCdなどの環境汚染物質により増悪させられるかどうか検証した。分担研究者大前は、サルにカドミウム含有米を与え、ヒトボランティア実験で行ったInput output balance研究に対応する実験を施行し、サルによるカドミウム体内吸収率を確認し、その後胆汁からのカドミウム排泄量を確認し、体内動態を明らかにする目的で研究を行った。
研究方法
分担研究者池田は、すでに従来の研究で確立したデータ・ベース(全国非汚染地域在住成人女性約10,000人を対象、30歳~60歳女性が中心)を補足する目的で京都府下(非汚染地域)より年齢60歳およびそれ以上の女性約1,000名の協力を求めて血液検体と尿検体の収集およびアンケート調査を行い、前年・前々年と全く同一のプロトコールに従って分析を行った。すなわち朝の一時尿を検体(ミクログロブリン測定用検体はpH調整)としてカドミウム(Cd)・鉛(Pb)ほか計5元素、腎尿細管機能指標としてα1-およびβ2-ミクログロブリン(α1-MG、β2-MG)およびN-アセチル-β-D-グリコサミニダーゼ(NAG)の測定、末梢血を検体としてヘモグロビンおよびフェリチンの測定、アンケート(自記式)調査により月経状況(閉経の有無)および喫煙・飲酒習慣情報の収集を行った。ただし尿中Pb測定数は下記のように全例ではない(非喫煙者計2,932例)。なお調査に際しては書面によるインフォームド・コンセント提出者のみを対象とした。
分担研究者香山は、全国5カ所の調査地域の中の地域E(大館、比内)に隣接し、米中Cd濃度0.2ppm以上の比率がより高い地域F (小坂、鹿角)において、JA女性部の協力を得て、240名の受診者を得て現地調査を終了した。また、過去に高度のCd汚染があり現在は土壌改良が行われた地域J(婦中)の農家女性に同様の健康診断を呼びかけ、156名の受診希望者を得て、11月下旬に調査実施した。また、この地域Jは地域特性が強い可能性が考えられるため、当初の計画には含まれていなかったが、これまでCd汚染および曝露の可能性がなく地域Jと同じ県内の地域K(氷見)を選び、JA女性部の協力を得て、受診者144名を調査した。この地域Kを、地域Jの対照地域として比較解析中である。
分担研究者大前は、8頭のカニクイザルに普通米を継続して15日間投与し、その間の便及び尿を全て回収し、排泄カドミウム量を確認し、同期間中後半7日間のintake-output balanceを得た。その後低カドミウム米を投与、排泄が安定してくるまで、10日間投与を継続し、その後胆管にカテーテルを留置し、術後安定したことを確認した後、比較的高濃度カドミウムを1日投与し、その後胆汁、便、尿を採取した。このことにより全ての排泄経路の検体を採取することになる。尚胆汁中カドミウムは摂取後短期で排泄されるカドミウムも反映するが、主として蓄積カドミウムを反映すると考えられる。
結果と考察
京都市および京都府下の2町を対象に尿検体の収集を行い、それぞれ約400~450検体を得た。これらの事例から喫煙経験が全くなく(never-smoker)、貧血も無い事例のみ(京都市323例、京都府下A町422例、同B町378例)を選択して、既存のデータ・ベースと合わせ、全国より非喫煙女性11,090例(A群)、うち京都市内居住非喫煙女性1,851例(B群)を得た。A群およびB群の年齢、尿中クレアチニン濃度(CR)、尿比重(SG)の算術平均値はそれぞれ50.0と50.8歳、0.99 g/lと0.96 g/l、1.0174と1.0173であった。またCd、Pb、α1-MG、β2-MGの幾何平均値(いずれもクレアチニン補正値)はそれぞれ1.32と1.55 μg/g、1.3と1.7 μg/g(2,115例と817例)、2.58と3.11 μg/gおよび121と126 μg/gで、いずれの値もCd汚染の存在を示唆せず、且つAB両群間で毒性量的に有意な差は認めなかった。尿中CRおよび比重は年齢とともに直線的に低下し30歳の値に比して80歳ではそれぞれ約40%、約70%にまで小さい値となった。尿中Cd、α1-MG、β2-MgおよびNAGは非汚染地域居住者においても高齢になるに従って年齢とともに上昇し、またPbは56歳前後に極大を示す2相性の変化を示すことが明らかになった。Cd、α1-MG、β2-MgおよびNAGの加齢に伴う増加の傾向はCR補正値を用いた場合測定値での変化に比して約2倍強に、また比重補正値を用いた場合には約1.4倍に増幅して表現されることが分かった。このような増幅効果には2相性の濃度変化を示すPbの場合にもほぼ同様に再現された。これらの結果から、年齢が幅広く分布する対象者に対してCR補正値を用いた場合、測定値に基く評価よりも尿中Cdおよび腎尿細管機能指標ともに1.4~2倍上昇している結果となり、誤った判断に導かれる危険があることが示された。なお比重補正値の場合には増幅効果は相対的に小さいことが分かった(池田)。
F地域では農家女性250名が健診に参加した。少数ではあるが、農家が家業でない住民も含まれていたが、ほとんどがこの地域の米を消費する頻度が高いと考えられた。健診参加者が持参した平成15年産米中のCd濃度の分布は、1.0μg/g以上は0%、0.4以上1.0 μg/g未満は9%、0.2以上0.4μg/g未満は32%、0.2 μg/g未満は59%であった。被験者の年齢分布は30?39歳11名、40?49歳44名、50?59歳60名、60?69歳91名、70?79歳33名であった。血中Cd濃度は、E地域およびF地域の比較では、全年齢でそれぞれ3.61μg/dl、4.13、40歳代で3.45と3.42、50歳代で3.43と3.75、60歳代で3.93と4.49であった。50歳代まではあまり差は見られないが、60歳代になるとF地域が高かった。尿中Cd濃度は、E地域およびF地域の比較では、全年齢でそれぞれ4.08μg/g creと6.37μg/g cre、40歳代で3.59と4.35、50歳代で4.01と6.11、60歳代で4.50と7.65であった。尿中Cdは、過去の曝露を表していることから、F地域は曝露が長年E地域より高かったことが明らかとなった。しかし、平均値で比較すると尿中α1-ミクログロブリンおよびβ2-ミクログロブリン濃度はF地域でE地域より高くはなく、特に対照群のA地域と比較しても大きな差は見られなかった。この結果から、平均的にはF地域はE地域より高い曝露を長年受けていたにもかかわらず、加齢による変化を調整すれば、明らかな腎機能障害はない結果となった。E地域とF地域は地理的に隣接し交流はあるが、歴史的文化的には異なる地域であり、汚染源はほぼ同様な鉱山活動による土壌汚染が主体である。F地域被験者の持参した米中Cd濃度は、E地域のそれと比較すると、Cd濃度の高い米の頻度が多少高い程度の差のように見えるが、E地域の米の採取は平成13年米の値であり、平成15年は冷夏のため、水管理が行き届いたため米中Cdは例年になくどの地方でも低いことが報告されている。そのため、今回のF地域の米のCd濃度測定値は例年よりかなり低いことが予想され、これまでの曝露量の推定はさらに高いものと考えられる。それは、長期の曝露量を反映する尿中Cd濃度はかなり高く、平均値で見ると明らかな差はないが、個人データを詳しく解析していけば、過去の高いCd曝露のために腎機能障害がある被験者が少数含まれているものと考えられた(香山)。
8頭のカニクイザルを用いる実験において検体の灰化及びカドミウム濃度測定を継続して行っているところであり、最終報告までに8頭分の結果を得る予定である。現時点で得られている結果は以下の通りである。ヒトボランティア研究で行ったInput output balanceと同様、カドミウム濃度の分かっている米を与え、便、尿からの1日排泄量も得て、吸収量を調べた結果、84.9、87.4、95.7、96.7%カドミウムが吸収された。しかし現時点ではInput output balanceは4頭のみであり、また胆汁中Cd測定値が得られていないことから、今後これらの結果を得て、正確な体内取り込み量と胆汁中排泄との関連が明らかにする。ただし、その報告は残余4頭の結果を待って3ヶ年の最終報告とする。
結論
Cd非汚染地域居住者においても尿中Cd、α1-MG、β2-MgおよびNAGは高齢になるに従って年齢とともに上昇するが、その傾向は、CR補正値を用いた場合測定値での変化に比して約2倍強に、また比重補正値を用いた場合には約1.4倍に増幅して表現されることが明らかになった。また、このような増幅効果には2相性の濃度変化を示すPbの場合にもほぼ同様に再現された。従って年齢が幅広く分布する対象者に対してCR補正値を用いた場合、測定値に基く評価よりも尿中Cdおよび腎尿細管機能指標ともに1.4~2倍上昇している結果となり、誤った判断に導かれる危険があることが示された。なお比重補正値の場合には増幅効果は相対的に小さいことが分かった(池田)。前年度までに行った全国5カ所の調査地域の内、最もカドミウム曝露の高かったE地域に隣接し、米中Cd濃度0.2ppm以上の比率がより高いF地域において調査を行った結果、尿カドミウム濃度等の成績からF地域は曝露が長年E地域より高かったことが明らかとなった。しかし、尿中α1-ミクログロブリンおよびβ2-ミクログロブリン濃度は平均値で比較するとF地域でE地域より高くはなく、特に対照群のA地域と比較しても大きな差は見られなかった。この結果から、平均的にはF地域はE地域より高い曝露を長年受けていたにもかかわらず、加齢による変化を調整すれば、明らかな腎機能障害は認められないことが分かった(香山)。8頭のカニクイザルを用いる実験において検体の灰化及びカドミウム濃度測定を継続して行っているところであり、最終報告までに8頭分の結果を得る予定である。現時点で得られている結果では、カドミウム濃度の分かっている米を与えた場合の消化管からの見かけの吸収率は84.9、87.4、95.7、96.7%となっている。しかし現時点ではInput output balanceのデータは4頭のみであり、また胆汁中Cd測定値が得られていないことから、今後これらの結果を得て、正確な体内取り込み量と胆汁中排泄との関連を明らかにし報告する予定である(大前)。

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