食品を介する家畜・家禽疾病のヒトへのリスク評価及びリスク管理に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301183A
報告書区分
総括
研究課題名
食品を介する家畜・家禽疾病のヒトへのリスク評価及びリスク管理に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
山田 章雄(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 品川邦汎(岩手大学)
  • 春日文子(国立食品医薬品衛生研究所)
  • 中澤宗生(動物衛生研究所)
  • 岸本寿男(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(食品安全確保研究事業)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
BSEのような新たな疾病の出現、食品の流通規模の拡大、加工食品需要の増大、また医療の進歩や急速な社会の高齢化に伴う免疫機能不全を有するヒトの増加といった近年の状況を背景に、食品を介した感染症の更なる防止に努めることは食品衛生上の喫緊の課題となっている。と畜場および食鳥処理場で処理される獣畜あるいは家禽が保有する可能性のある疾病について、ヒトへの健康危害防止の視点に立って科学的リスク評価を改めて行い、食肉、食鳥肉の安全性確保のための施策に資することを目的とした。また、Vero毒素(志賀毒素)産生大腸菌のウシ、ブタでの保菌状況、食品・環境におけるリステリア菌汚染の実態把握も目的とした。同時に、昨今噂が絶たない生卵及びマヨネーズのQ熱病原体による汚染が公衆衛生上問題になる程度に生じているか否かを明らかにすることも目的とした。
研究方法
PubMedを用いた文献検索と、教科書等を用いと畜場法、食鳥処理法で規制されている83の感染症についてヒトへの感染の報告があるかどうかを調査した。ブタの糞便から大腸菌の分離、PCRによるVero毒素遺伝子の検出及び、逆受身ラテックス凝集反応により毒素の型別を行った。ウシの糞便からは免疫磁気ビーズ法で、排菌期間、排菌数を調査した。
結果と考察
と畜場法の対象となる82疾患の病原体がヒトに感染するかどうかを検討したところ、38疾患がヒトへも感染する病原体によるものであることが明らかになった。82疾患のうち家畜伝染病予防法との関連あるいはと畜場法等で既に屠殺・解体禁止、全部廃棄処置が講じられている34疾患を除いた48疾患では18疾患がヒトにも感染する病原体による疾患である。一方食鳥では28疾患中13疾患がヒトにも感染性を有する病原体によるものであり、既に規制が行われている疾患を除いた場合には、9疾患中1疾患がヒトに感染性を示す病原体によるものであることが明らかになった。
豚におけるVero毒素産生性大腸菌(VTEC)の保菌実態を調査し、豚由来株のzoonotic riskを評価するために、分離株の性状を調べた。供試した糞便411例中45例(10.9%)からVTECが分離された。その内訳はA県112例中13例(11.6%)、B県100例中9例(9.0%)、C県99例中18例(18.2%)およびD県100例中5例(5.O%)であった。分離されたVTEC 45株について血清型別を行ったところ、4株(8.9%)が3菌型に型別されたが、残りの41株(91.1%)は型別不能であった。型別された4株はO112ac:H-が2株、0126:H-およびO157:H7が各1株であった。また、VTEC 45株について毒素型別を行ったところ、27株(60.0%)がVT2を、17株(37.8%)がVT1を、1株(2.2%)がVT1とVT2の両毒素をそれぞれ産生していた。
STEC O26の排菌期間は0?2週と短く、排菌数も3?2400 cfu/10gと少なかったのに対し、STEC O157の排菌期間は0?10週と牛により異なり、その排菌数も4?>110,000 cfu/10 gと様々であることが明らかとなった。STEC O157保菌牛では、14頭中11頭に間欠的な排菌が見られた。更に、パルスフィールドゲル電気泳動により分離菌株の遺伝子型別を行ったところ、排菌期間中に分離された菌株は同一型あるいはsubtypeの範囲内であることが明らかになった。
わが国のリステリア汚染状況を食品ならびに環境についてまとめた。その結果、国内で市販されている食肉およびready-to-eat食品においてリステリア菌による汚染が見られることが確認された。食肉では牛肉、豚肉、鶏肉いずれも加工度の高い薄切り肉と挽肉への汚染率が高かった。ready-to-eat食品ではナチュラル・チーズをはじめ一部の食品に汚染が確認された。また、食品加工工場周辺の環境にも汚染がみられた。
Q熱に関する研究では、鶏卵からのQ熱病原体の検出方法が確立されていないことから、簡便で精度の高いQ熱病原体検出法を開発することを目指した。鶏卵からの病原体検出方法の検討の前に、基本的な検出系の精度確立のため、各種条件をさらに追加して行う必要があったため、RT-PCRによる検出法の感度、特異性の検討を行ったところ、十分応用可能であることが判明した。次にこれをもとにした鶏卵へのスパイク試験を行い、感度検定を行った。鶏卵へのスパイク試験の検討については、抽出法の検討として、detergentの濃度、塩濃度、DNA抽出キットおよび検体として用いる卵黄の量の検討を行い、最も感度の高い方法を模索した。その結果、鶏卵の卵黄は約15mlなので、その1/30量にあたる卵黄500ulから、RealTimePCR反応の35サイクル以前で、1,000個の菌の検出が確実に陽性となり、100個および10個についても36サイクル以降で陽性となったが、非特異反応との区別が難しいと思われたので、保留あるいは擬陽性とした。今後も、さらに検討が必要である。
結論
今日問題となっている食品媒介性感染症の中には20年前には知られていなかったものが存在していることを鑑みれば、現在ヒトへの病原性が明らかでない病原体がヒトに危害を及ぼす可能性は完全には否定できない。このような視点での調査研究は現在のみならず将来に向けた食の安全性確保のためのリスク評価、リスク管理に重要だと考えられる。
今回分離されたVTECのzoonotic riskを推定するために、血清型および毒素型を調べたところ、分離率は低いものの、ヒトの症例由来株と共通するO126:H-、VT1産生株やO157:H7、VT2産生株が分離されたことから、豚も潜在的な保菌源であることが明らかとなった。これまで、豚からのO157:H7の分離報告は世界的にも少なく注目度は低いが、豚VTEC株のzoonotic riskを念頭に置いた食肉の生産・供給体制が必要であると考えられた。
STEC O157保菌牛の排菌期間はSTEC O26保菌牛に比してより長期間にわたり、またその排菌数も多いことが明らかになった。また、STEC O157では一度排菌陰性となっても、1?3週目に再び排菌を開始する、間欠的排菌が見られることが明らかとなった。その場合でも、排菌されたSTEC O157の遺伝子型は排菌期間を通じてほぼ同一であり、一度牛消化管内に侵入、定着したSTEC O157は長期間にわたって牛消化管内に存在し、排菌されると考えられる。以上の結果より、STEC O26に比してSTEC O157は長期間にわたって保菌牛から排菌され、種々の経路を通じて食品および環境を汚染し、ヒトSTEC感染症を発生させる危険性が高いと考えられる。
日本国内におけるリステリア汚染率は欧米諸国と比較してほぼ同レベルといえる。薄切り肉や挽肉など食肉の汚染率が高かったが、これらの食品では摂食前に加熱調理することから、これらの食品を介して感染する危険性はそれほど高くないと思われる。動物からの分離率は低いレベルであったことおよび、と畜場の環境からの分離率が高かったことから、加工過程で食肉がリステリアに汚染されている可能性が考えられた。
ready-to-eat食品の汚染率は、加工過程の多いシュレッドタイプチーズやハンバーグ、ハムサラダなどの肉製品で高かった。これらの食品は加熱をしないで摂食するものであるので、汚染を予防することが感染を防ぐためには第一であると考えられる。
卵及びマヨネーズについては回収率の向上により感度上昇が可能となったが、この方法を用いた限りにおいて市販の卵及びマヨネーズがコクシエラ菌によって高度に汚染されているとは考えられなかった。

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