既存添加物等における遺伝毒性評価のための戦略構築に関する研究

文献情報

文献番号
200301181A
報告書区分
総括
研究課題名
既存添加物等における遺伝毒性評価のための戦略構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
林 真(国立医薬品食品衛生研究所・変異遺伝部)
研究分担者(所属機関)
  • 長尾 美奈子(共立薬科大学)
  • 葛西 宏(産業医科大学)
  • 佐々木 有(八戸工業高等専門学校)
  • 太田 敏博(東京薬科大学・生命科学部)
  • 田中 憲穂((財)食品薬品安全センター)
  • 本間 正充(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 中嶋 圓((財)食品農医薬品安全性評価センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(食品安全確保研究事業)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
食品添加物をはじめとする食品関連物質の遺伝毒性試験結果を評価し、解釈するための統一的な戦略を構築することを目的とし、戦略構築のために不可欠なデータを新たな試験を実施することにより入手する。なお、構築された戦略を国際的なものとするため、海外の専門家を含めて議論し、最終結果を国際誌に発表する。その戦略に関し、国際的にコンセンサスを得たものとすることにより、食品添加物等をはじめとする化学物質の遺伝毒性を評価、解釈するための国際調和のためにも中心的な役割りを果たすことが期待されると共に、試験の重複軽減にも繋がることも期待される。
また、具体的な戦略の構築のため、かつて保存料として使用経験があり、天然由来であるため、日常の多くの食品中に含まれている「コウジ酸」をモデル化合物として試験を実施した。
研究方法
日本環境変異原学会に「食品および食品添加物に関する遺伝毒性の検出・評価・解釈」臨時作業委員会と協力し、本研究と合同の定例検討会議を毎月開催した。定例会の課題に応じ、その分野での専門家を招聘し、戦略構築に必要な基礎知識等の蓄積に努めた。本研究班の考えをまとめるためのたたき台を作成し、その原稿を基に議論を重ねた。また、本たたき台の内容が国際的に認められるものとするため、海外で当該分野において指導的立場にある研究者を招聘し、意見交換を行うと共に今後の検討課題ならびにまとめるに当たっての提言をもらった。
また、モデル化合物を用い以下の試験を実施した。
1.ロットの異なるコウジ酸を用い、サルモネラ菌TA100に対する変異原性の有無を検討した。同時にHPLC解析を行い、コウジ酸の同定を行った。
2.トランスジェニックマウスの肝臓の一部を用いてDNA中の8-OH-dGを検出定量した。同時にUV検出器で試料中のdG量を定量し、DNA中の8-OH-dG量を、106 dGあたりの値として算出した。
3. WTK1およびTK6ヒト細胞を用いてコメット法によりDNA損傷性を検討した。
4.コウジ酸の変異原性の検出にはSalmonella typhimurium TA98、TA100、TA102、及びEscherichia coil WP2uvrA/ pKM101の4菌株を用いるとともに、突然変異スペクトル解析にはE. coli WP3101P、WP3102P、WP3103P、WP3104P、WP3105P、WP3106Pの6菌株を用いた。
5.光遺伝毒性を検討するため、プラスミド切断法を実施した。
6. WTK1およびTK6ヒト細胞を用いて細胞毒性、小核試験による染色体異常誘発性を、遺伝子突然変異誘発性を評価した。
7.トランスジェニックウスを用い28日間の混餌投与(1,2および3%)を行い、肝臓におけるlacZ遺伝子での遺伝子突然変異頻度を求めた。
結果と考察
これまでに定例会を毎月行ってきた。ただし、第3回までは日本環境変異原学会の臨時委員会として行った。また、第12回は拡大班会議として、海外からのコンサルタント9名を含め、2月12、13日の2日間にわたって行った。コウジ酸のデータをたたき台とし、総合的評価に何が必要かを含め、本研究班の考え方について議論、提言がなされた。また、実際の試験結果は以下の通り。
1.コウジ酸はいずれのLotも-S9 mix でTA100に変異原性を示し、Lotによる差は認められなかった。また、変異原性を示した画分はHPLC、NMR解析の結果、コウジ酸であることを確認した。
2.トランスジェニックマウスの肝臓から抽出したDNA中の8-OH-dG量は、陰性対照に比べ有意に高かった。
3. TK6、WTK-1細胞を用いたin vitroコメット試験では、代謝活性化系を用いない場合に統計的に有意な泳動長の増大を示した。
4.コウジ酸の変異原性はいずれの菌株においても認められたが、変異原性を示す用量は0.5?1 mg/plate以上であった。S9mixの存在下ではやや変異原性が弱くなる傾向が見られた。また、コウジ酸の変異原性に対して光の影響はないものと考えられた。コウジ酸で誘発される塩基対置換変異のスペクトルは、G:C→A:T変異が最も多く誘発された。
5.プラスミド切断法では、光照射群で用量依存的なDNAの切断が認められた。培養細胞を用いた光in vitro小核試験およびコメットアッセイでは、強い光毒性を示す濃度範囲で遺伝毒性作用を有することが示唆された。
6. TK6、WTK-1細胞とも、遺伝子突然変異頻度、小核誘発頻度の増加が認められた。
7.トランスジェニックマウスを用いた肝臓でのin vivo遺伝子突然変異を検討した結果、コウジ酸処理群での突然変異頻度は陰性対照群と比較して統計学的に有意な増加は認められなかった。
化学物質の安全性評価において遺伝毒性に関する情報は、がん原性および次世代への遺伝的影響の予測において重要な役割を果たしている。遺伝毒性において最も重要な特徴は閾値がないとされていることであろう。この考えに基づき、我々は遺伝毒性物質、とりわけ意識的にさけることの出来るものおよび有用性が危険性を大きく上回らないものを排除すべきとの立場をとってきた。基本的には、医薬品のように有用性が認められる物質についても同様の考えに基づき安全性を評価してきた。がん原性物質であっても遺伝毒性が認められない場合には閾値を仮定することが出来、一日摂取許容量(ADI)が設定可能であると考えてきた。一方、遺伝毒性メカニズムが原因であるがん原性物質に関しては閾値およびADIを設定することは出来ない、すなわち暴露が非常に低くても依然としてリスクを考えなければならないと考えてきた。
理論的に遺伝毒性は遺伝物質と被験物質が衝突する確率論に基づいている。従ってそれは暴露量に関連することになる。すなわち、暴露量が高いときには高い確率で起こり、暴露量が低い時には低い確率で起こる。実際の遺伝毒性試験のデータを見ると、例えば、ほ乳類培養細胞を用いる染色体異常試験において20%の分裂細胞に染色体異常を誘発する被験物質の濃度は大きくばらつくことが知られている。また、弱い染色体異常誘発物質では低い頻度でしか染色体異常を誘発しないが、強いものでは、ほぼ100%の細胞に染色体異常を誘発する。これまでは、強さに大きな差があるにもかかわらず、定量的な情報を無視した形で単に染色体異常誘発性物質として扱ってきた。これは、ほ乳類培養細胞を用いる染色体異常試験のみならず細菌を用いる復帰突然変異試験、げっ歯類を用いる小核試験結果についても同様の取り扱いがなされてきた。しかし、下等なものから高等なものまで全ての生物は、遺伝毒性の最初のステップであるDNA損傷を修復する機能を備えている。この機能により、特に低レベルの損傷は効率よく修復される。従って、遺伝毒性に関しても、少なくとも実質的には、閾値の存在を期待することができると考える。この考えに基づく遺伝毒性評価のための戦略を構築する必要があるものと考える。
結論
食品関連物質の遺伝毒性の評価、解釈をするための戦略を構築するため。日本環境変異原学会の臨時作業委員会と共同し。定例の班会議を毎月開催し。等研究班の統一的な考えについて検討を続けた。また、本戦略を国際的なものとするため、海外から指導的立場にある研究者をコンサルタントとして招聘し、議論、提言を受けた。
本戦略を構築するためのモデルとして、コウジ酸を選択し、評価に必要と考えられる試験を実施し、データの蓄積に努めた。
コウジ酸は多くのin vitro遺伝毒性試験において陽性を示したことから、遺伝毒性物質であることが明らかとなったが、試験濃度を考慮するとその程度は弱いものと考えられた。一方、肝臓においてはわずかな8-OH-dG量の増加が見られたが、突然変異の増加は観察されず、肝臓での腫瘍の誘発を、コウジ酸による遺伝毒性によって合理的に説明することはできなかった。

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