熱媒体の人体影響とその治療法に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301173A
報告書区分
総括
研究課題名
熱媒体の人体影響とその治療法に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
古江 増隆(九州大学大学院医学研究院皮膚科学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 赤峰昭文(九州大学大学院歯学研究院歯内疾患制御学分野)
  • 飯田隆雄(福岡県保健環境研究所保健科学部)
  • 飯田三雄(九州大学大学院医学研究院病態機能内科学分野)
  • 石橋達朗(九州大学大学院医学研究院眼科学分野)
  • 石丸忠之(長崎大学医学部産婦人科)
  • 今村知明(東京大学医学部附属病院企画情報運営部)
  • 片岡恭一郎(福岡県保健環境研究所管理部情報管理課)
  • 片山一朗(長崎大学医学部皮膚科)
  • 岸 玲子(北海道大学大学院医学研究科予防医学講座公衆衛生学分野)
  • 古賀信幸(中村学園大学栄養科学部)
  • 辻 博(北九州津屋崎病院内科)
  • 徳永章二(九州大学大学院医学研究院予防医学分野)
  • 中西洋一(九州大学大学院医学研究院附属胸部疾患研究施設)
  • 中山樹一郎(福岡大学医学部皮膚科学)
  • 長山淳哉(九州大学医学部保健学科)
  • 古谷博和(九州大学大学院医学研究院神経内科学分野)
  • 増田義人(第一薬科大学)
  • 宮村紀毅(長崎大学医学部歯学部附属病院眼科)
  • 山口直人(東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二教室)
  • 山田英之(九州大学大学院薬学研究院分子衛生薬学分野)
  • 吉村健清(産業医科大学産業生態科学研究所臨床疫学)
  • 吉村俊朗(長崎大学医学部保健学科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(食品安全確保研究事業)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
120,360,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
油症事件発生から36年を迎えようとしている。多くの患者では油症の症状は徐々に軽快しつつあるものの、依然として、症状が残存している患者もいる。一方で、患者も高齢化し、症状が悪化した場合や、もしくは新たな症状が生じた場合は、それが油症と関連のある症状なのか、それとも高齢化に伴うものなのか判別が困難な状況になりつつある。この段階で再度、患者の症状、検査値など、様々なデータを検討することによって、現在の油症患者の状態を的確に把握する必要がある。油症の原因は、油中に含まれるPCBであることは以前から知られており、その後PCDF等のダイオキシン類も混入していたことが明らかになり、現在ではPCBとPCDFの混合中毒であることはよく知られている。患者体内にあるPCBの濃度は比較的早期に定量できたが、PCDF等のダイオキシン類は体内に存在することは証明できても、微量であるために、定量することは困難な状況であった。しかし、班内での、測定技術の進歩により、一昨年度の福岡県検診より検診での測定を開始し、昨年度は全国で測定を行った。今年度も引き続き測定を行った。患者の症状、診察所見、検査値などと、血中ダイオキシン類濃度の相関を検討し、PCDF等のダイオキシン類やPCBが油症の症状形成にどのように寄与したのか検討する必要がある。さらに、その検討をもとに、油症診断基準を検討し、再評価する必要がある。また、最近は年々検診受診患者が減少し、検診を受診していない患者が検診受診患者を上回る状況であり、患者の全体像を的確に把握するのは困難であった。最近検診を受診していない患者の状況を把握し、整理することが望まれている。PCDF等のダイオキシン類やPCBが、曝露後長期経過した場合にどのような影響を人体にもたらすかは明確になっておらず、少なからず健康に不安を持つ患者は多い。そのような悩みを理解したうえで、的確な健康管理の指導が必要である。以上のことをふまえながら、現在の患者像を把握し、それに基づいて健康を増進することが求められている。
研究方法
班長が担当する研究:1.班の総括と平成15年度の研究班会議開催2.油症検診の実施(各都道府県に委託)と検診結果の全国集計(福岡県保健環境研究所管理部情報管理課 片岡恭一郎課長に委託)。3.油症診断基準の再評価 「油症診断基準再評価委員会」を開催し、PCDF類を含むダイオキシン類と、患者の所見、症状、検査値との相関を検討する。その知見をもとに、現在の油症診断基準の再
評価を行う。4.油症パンフレットの改訂、ホームページの改訂。 今までに作成されたパンフレットに、新たな知見を加え、改訂を行う。5.油症相談員の派遣 現在もなお症状に悩む患者や、原因物質の影響を心配する患者の健康相談や、健康管理指導を行う。また、最近検診を受診していない患者の健康状態を調査する。6.全国班診定委員会の開催 昨今の油症に対する社会的関心の高まりを反映し、認定をうけていない検診受診希望者が増加している。原因の油を摂取した可能性を持つ希望者に対し検診を行い、得られた所見、検査値等を総合的に評価し、診定を行う。7.検診項目の見直し 患者の症状の変遷にあわせて検診科目も変化させる必要がある。また、神経科、内分泌科、等の専門的、かつ医学的にも質の高い検診も望まれている。昨年度から開始された、長崎県と福岡県での婦人科問診を引き続き行う。8.Yusho-Yucheng international meetingの開催 日本の油症事件が発生した10年後に、台湾において、食用油にPCBと、PCBが加熱されることによって生成された化学物質が混入し、その食用油を摂取した人々に皮膚症状をはじめさまざまな症状が出現する、という日本の油症事件と同様の事件が発生した。日本、台湾でさまざまな研究が現在も精力的に行われているが、相互の情報の交換はほとんど行われていなかった。お互いの持っている情報を交換し、お互いの研究をより高め、究極的には、それにより得られた知見が現在もさまざまな症状に苦しむ患者に還元されることを目的として、Yusho-Yucheng international meetingを開催する。・.九州大学油症治療研究班と長崎油症研究班が行う調査、治療および研究:1.検診を実施し、油症患者の皮膚科、眼科、内科、歯科症状について詳細な診察を行い、従来の症状との比較を行うとともにデータを統計学的に解析し、経年変化の有無や変化の傾向につき調査する。また、婦人科については昨年度より問診を開始した。これについても引き続き解析を行う。2.油症患者血液検査(総コレステロール、中性脂肪、アルドラーゼ、CK、NK細胞活性、甲状腺ホルモンなど)、尿検査、神経学的検査から健康影響を調査する。3.油症患者体内に残存するPCBs、PCQやPCDFを含めたダイオキシン類を把握するために、血中濃度分析を行う。4.油症原因物質などの体外排泄促進に関する研究を行う。5.油症発症機構に関する基礎的研究として、PCBsが気道上皮に与える影響、TCDDの生殖毒性を検討する。TCDDの消化管に及ぼす影響について検討する。PCBの主要な代謝物であるメチルスルフォン体についても検討を加える。
結果と考察
油症患者検診結果:平成15年度の検診受診患者は284名であり、昨年度の304名と比較すると減少したものの、近年の受診状況と比較すると高い状態である。ちなみに今年度の未認定検診受診者は76名であった。データベースの構築に伴い、検診時にデータベースを用いることが可能になった。患者を診察しながら過去の検診所見、検査値を直ちに参照することができ、よりきめ細やかな患者指導ができるようになった。2003年度のデータベースには1986年度から2002年度検診までの検診受診者1043人が登録された。福岡県における油症一斉検診時に歯科を受診した油症認定患者を対象に歯周炎ならびに口腔内色素沈着の罹患率を調べた結果、いずれも健常者に対して高い割合を示した。口腔内色素沈着の発現率は引き続き高率であったが、昨年度と比較すると減少していた。眼科では昨年度と同様に、自覚症状として眼脂過多を訴えるものが多かったが、その程度は軽く、油症の影響とは考えにくかった。他覚所見としては、慢性期の油症患者において診断価値が高いとされる、眼瞼結膜色素沈着や、眼瞼腺チーズ様分泌はほとんど観察できず、臨床所見は徐々に軽くなってきてはいる。しかしながら、今後とも慎重な経過観察が必要である。皮膚科では、全体的には症状は軽快傾向にあるものの、一部にはいまだに油症に特徴的とされる所見が認められ、それによりQOLが著しく損ねられている患者もおり、今後とも注意深い経過観察が示唆された。生殖機能への影響を検討するため、
昨年度より婦人科問診を福岡県、長崎県で開始した。今年度も問診を引き続き行った。調査項目それぞれにつき、油症患者における頻度と、文献的に報告されている頻度を比較した。月経異常(月経不順、過多月経、月経痛)、婦人科疾患(子宮筋腫、子宮内膜症)が認められたが、その頻度は日本人女性の一般頻度と比較して高くなかった。一方、妊娠分娩の異常のなかで自然流産の合併率についてははっきりと結論付けることができず、今後の課題として、油症患者の婦人科検診数を増やすとともに、ダイオキシン類濃度やPCB濃度と自然流産の合併頻度との解析を行い、相互の関連性について検討を加えることが必要であると考えられた。2.油症相談員の派遣:今もなお症状に悩む患者の健康相談や、昨今のダイオキシン類に関する社会的関心の高まりとともに、原因物質に対する不安を抱える患者の相談を目的に油症相談員制度が設立された。健康相談を行いながら、それに加えて、最近検診を受診していない患者の健康状態の調査も行った。昨年度は長崎県と福岡県の1103名を対象に調査を行った。何らかの形で接触できた患者は846名であった。今年度は、長崎県と福岡県の、昨年度接触できなかった患者、および長崎県、福岡県以外の患者に対して調査を行った。3.油症診断基準再評価委員会の開催:患者が摂取した原因の油にはPCDFも含まれ、現在ではPCBとPCDFの混合中毒であることは広く認められている。実際、患者血液、組織よりPCDFが検出されている。PCBは比較的早期に定量化され、濃度と検査値、診察所見などの相関が検討され、油症診断基準にも取り入れられている。その一方で、PCDFは体内に微量にしか存在しないため、多量の血液が必要であり、定量化は困難であった。しかしながら、検診班内での技術改良により、少ない血液量で再現性のある測定が可能となった。それを受けて一昨年度より福岡県の検診からPCDFを含めた血中ダイオキシン類検査を開始した。血中ダイオキシン類濃度と検査値、検査所見との相関を「油症診断基準再評価委員会」で検討した。一昨年度と昨年度の結果の相同性についても検討したが、最終的な結論を導くには、少なくともさらに1回の検討が必要である。今年度の結果が出次第、再度解析を行い、結論を導く予定である。4.油症パンフレットの改訂:患者の健康管理の確立を目的として平成13年7月にパンフレット初版が作成された。昨年度は、初版に対するさまざまな意見を反映し改定を行った。今後も新たな知見や健康増進に有用な情報が得られるたびに改訂を行う予定である。5.全国班診定会議の開催:最近では診定対象者は年々減少し、福岡県班、長崎県班、広島県班以外の追跡班でその対象となるものはほとんどいなかったが、昨年度は未認定の検診受診者が大幅に増加した結果、福岡県班、長崎県班、広島県班以外で診定対象者は15名、福岡県班でも診定対象者は24名であり、大幅に増加した。今年度も、ほぼ同数の予定である。6.Yusho and Yucheng International Meeting (YYIM)の開催:日本で油症事件が発生した約10年後、ほぼ同様の事件が台湾で発生した。日本、台湾で原因物質や原因物質が生体におよぼす研究が行われ、さまざまな知見が得られた。しかしながら、現在までに研究者間の情報交換はほとんどなかった。お互いの情報を交換し、相補しながら研究をより良いものにし、究極的には、得られた知見が、現在もさまざまな症状に苦しむ患者の健康増進に還元されることを目的として、The first Yusho and Yucheng International Meeting (YYIM)を平成15年11月11日に福岡で開催した。台湾からはDr. GuoとDr. Hsuが訪れ、台湾油症の歴史的経緯と昨今の知見について講演を行った。お互いにさまざまな意見を交換し有意義なものとなった。今後ともこのような意見の交換を行い、お互いの知識を高めることに努める。7.油症患者血液、尿検査、神経学的検査、および腹部超音波検査からの健康影響調査:油症患者の甲状腺自己抗体を測定し、油症原因物質の甲状腺機能に対する慢性的影響について検討した。抗サイログロブリン抗体はPCB高濃度患者の7.0%に認められたが、P
CB低濃度患者にはみられなかった。抗甲状腺マイクロゾ-ム抗体はPCB高濃度患者の10.5%に、PCB低濃度患者の5.2%に認められ、PCB高濃度患者に多い傾向を認めたが、有意差はみられなかった。油症の原因物質による酸化ストレスの影響を評価するために油症患者と正常健常人の尿を用いて酸化ストレスの指標である8-hydroxy deoxyguanosine(8-OHdG)濃度をELISA法にて測定した。対照群と油症患者の間に有意な差を認めなかった。油症患者血中の一酸化窒素代謝物であるNO2(nitrite)が有意に高い事はすでに報告されているが、今回採取がより簡単な尿を用いてnitriteの計測比較検討を行った。前回の報告同様、有意に油症患者が高値を示した。患者検診で、血清クレアチニン・キナーゼ(血清CK)の上昇や血清アルドラーゼ(血清ALD)の低下がしばしば認められる。過去3年間のカネミ油症検診者データを用い、個人の血清ALDの経過と変動、加えて、血清CK、血清ALD、肝機能のそれぞれとの関連性について調査し、血清ALD値の低下の原因について検討した。地域別に血清ALD値を検討すると、地区間で差が認められた。血清ALD値の低下は、測定方法の影響を受けている可能性が示唆された。慢性PCB中毒に合併する末梢神経障害や神経根障害の疫学的検討を行うために、短時間に出来るだけ多くの症例を正確に検討する必要がある。そのために、これまでの筋力検査に加えて、感度の高い円回内筋、回外筋の左右差を検出する方法(LPS)を採用した。LPSは感度が高く、頸部病変では画像上大きな異常の無い症例まで検出してしまうものの、病変レベルの同定が容易に出来る事、その改善経過を追う事で、病変の程度を推測する事が出来るなど、検診等で神経根障害を検出するためには優れた方法であると考えられた。身体所見、臨床検査値、腹部超音波検査所見より、脂質代謝異常と肥満、脂肪肝の関連を検討した。腹部超音波検査では、bright liver群では、そうでない群と比較するとBMI,中性脂肪、βリポ蛋白、血中IRI、HOMAが有意に高かったが、総コレステロール、HDLコレステロール、LDLコレステロール、コリンエステラーゼ、尿酸、空腹時血糖に有意差は認められなかった。8.停留精巣とPCBをはじめとする環境化学物質曝露との関連についての症例対照研究:近年、欧米で停留精巣の発生率の増加が指摘されており、内分泌攪乱物質との関連が疑われている。そこで、症例の母および父の内分泌撹乱物質(有機塩素系殺虫剤、PCB、医薬品、食物性エストロゲンなど)への曝露の有無、種類などを調査し、その因果関係を明らかにすることを目的として、症例対象研究を行った。1990年以降に停留精巣の手術を受けた男児91名を症例とし、停留精巣・尿道下裂をもたない男児106名を病院対照とした。その結果、つわり(OR=1.8 95%CI:0.95-3.5)、異常分娩(帝王切開・吸引分娩・鉗子分娩)(OR=2.3 95%CI:1.2-4.4)、妊娠初期の父のガソリン・ディーゼル暴露(OR=2.0 95%CI:0.9-4.6)、妊娠初期、妊娠中の父の喫煙(OR=1.9 95%CI:0.98-3.5, OR=2.0 95%CI:1.1-3.7)であった。今回の調査からは、父親の喫煙などの化学物質との関連が示唆された。食物由来の化学物質やエストロゲン曝露との関連について、魚の摂取、植物エストロゲン摂取について解析したが、有意な差はみられなかった。さらに調査を継続し症例数を増やし解析するとともに生体資料を用いた直接的な曝露評価が重要と考えられた。9.油症患者体内のPCB,PCQの分析と、PCBの性状とPCQの相関についての検討:油症患者および一般人の血液よりPCBおよびPCB代謝物を同時に分析した。油症患者全血中12 PCBの合計濃度は平均 2.8 ppbで、一般人の2倍程度であった。PCB118濃度(0.08 ppb)は一般人よりも低かったが、PCB156 濃度(0.28 ppb) は一般人の8倍程度であった。4-OH-PCB146, 4-OH-PCB187 および PCPを油症患者の血液よりはじめて検出した。4-OH-PCB146 および 4-OH-PCB187 濃度(0.2 ppb)は一般人より少し高い程度であったが、PCPは一般人よりも低かった。油症診断基準の一つである油症患者の血液中PCBの性状とPCQ濃度, その関係は油症の診定にとって,重要である.それ故,PCB
及びPCQ分析は高感度,高精度を要求される.本研究班では、キャピラリーカラムを用いる分析方法により良好な結果が得られており、また、精度管理にも十分配慮している。さらに、油症患者の血液中PCBの性状とPCQ濃度の関係について, 2002年度及び2003年度の検診受診者を対象に検討した。調査対象者数は64名(Aパターン7名,Bパターン7名,C又はBCパターン50名)であった.総じて,血液中PCBの性状の決定因子であるピーク高比とPCQ濃度について,相関が見られた.特にPCQ低濃度領域では,5/2値との相関が高い傾向を示した.しかし,一方で,一部の受診者では,PCQが0.1ppb以上であるにもかかわらず,PCBの性状が健常者と見分けができないパターン(Cパターン)に判別されるケースも少数例観察された.10.油症患者血中ダイオキシン類濃度と検査値、所見との相関:昨年度での検討では、PCDFをはじめとして数種のダイオキシン類が油症患者に高値を示すことが明らかになった。今回は、2001年度と2002年度のPCDF値を測定した油症患者の内科検診、血液検査等検査、皮膚科検診、歯科検診、眼科検診とPCDF値の相関関係の有無を検討した。その結果、2001年度と2002年度の検定の結果に大きな隔たりがある事が判明し、現時点では、症状や検査とPCDF値と関連が深いと考えられる項目は、「PCB関連項目及び歯肉の性状や部位に関する項目」であった。さらに検討を継続する必要性が示唆され、結論が導かれるのは、少なくとも2003年度の検討が終わった後となる。11.ダイオキシン類異性体測定値による油症患者と一般住民の区別の可能性について:油症認定患者297名、油症未認定者94名、一般住民152名のダイオキシン類異性体測定値のデータを用い、測定値の再現性を調べるとともに、異性体測定値が油症患者と健常人の区別に有効であるか検討した。2001年度と2002年度の2回測定された油症認定患者60名と未認定者1名では、2,3,4,7,8-PeCDF、 1,2,3,4,7,8-HxCDF 等が級内相関係数 0.9 以上の極めて高い再現性を示した。2002年度認定患者279名と一般住民の測定値を比較すると、2,3,4,7,8-PeCDF の測定値の分布に差が見られた。また、同 PeCDF 血中濃度は油症患者に特有なPCBパターンと高いPCQ濃度の両方に関連があった。12.油症原因物質等の体外排泄促進に関する研究:動物実験では、食物繊維と葉緑素にダイオキシン類の体外排泄促進作用が示されている。そこで、食物繊維と葉緑素を多量に含む栄養補助食品である玄米発酵食品ハイ・ゲンキ葉緑素入り(FBRA)がダイオキシン類の体外排泄促進作用があるか、9組の夫婦の協力により検討した。摂取群と非摂取群を比較すると、2年間の摂取により、油症の主要な原因物質である2,3,4,7,8-PeCDFの体外排泄が約1.8倍高まることが認められ、患者の健康障害改善に有効と考えられた。13.油症発症機構に関する基礎的検討:1)PCBやダイオキシン類暴露による細胞内分子動態に関する研究;PCB/ダイオキシン類曝露による気道上皮細胞の細胞内分子動態に関して検討を行った。TCDD曝露により気道上皮の細胞周期は進行することが示された。細胞周期に関する各種蛋白の発現を検討したところ、RB蛋白のリン酸化レベルの変化が認められた。2)ダイオキシン曝露ラット胎仔におけるステロイド生合成に関わる因子およびステロイドホルモンレセプターの発現変動;ダイオキシン類による後世代影響について、その機構を明らかにするため検討を行った。ダイオキシン類の毒性は、多岐に亘る事が知られているが、中でも妊娠中に 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) に曝露された母獣より生まれる胎仔において、性成熟の遅延や性行動不全、さらに精子数の減少といった異常が現れることが明らかとなっている。この機構を明らかにするため、TCDD 曝露胎仔の精巣および副腎におけるステロイドホルモン生合成因子およびステロイドホルモンレセプターの遺伝子発現について半定量的 reverse transcriptional-polymerase chain reaction (RT-PCR) 法を用いて検討した結果、TCDD 曝露胎仔雄の精巣において、steroidogenetic acute regulatory (StAR) タンパク質、CYP11A1、CYP17 および CYP
11B1 の各 mRNA 量が有意に減少することが明らかとなった。さらに、ステロイドホルモンレセプターの一つであるestrogen receptor (ER)-α mRNA 量も有意に低下することが明らかとなった。本研究結果より、TCDD によるステロイド生合成因子の発現変動が、後世代影響の発現機構である可能性が示唆された。3)ダイオキシンが消化管に与える影響について;2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) の小腸に及ぼす影響に注目し、形態および機能の両面から検討を行った。TCDD曝露 C57BL/6J マウスの小腸内腔粘膜形態に対する影響を観察した結果、小腸絨毛の上皮細胞における核/細胞比が増加する傾向にあることが明らかとなった。また、小腸の生理的機能の一つであるグルコース吸収能に対する TCDD の影響を検討したところ、TCDD 曝露 C57BL/6J マウスでは、小腸におけるグルコース吸収能が増加することが明らかとなった。その機構として、小腸における糖輸送担体 sodium glucose co-transporter (SGLUT) 1 および glucose transporter 2 mRNA の増加並びに SGLUT1 タンパク質の増加、さらに小腸上部におけるニ糖類分解酵素ラクターゼおよびマルターゼ活性の増加が関与する可能性が示唆された。これらの変化は、TCDD 曝露 DBA/2J マウスでは観察されなかったことから、arylhydrocarbon receptor 依存的な機構により惹起されている可能性が示唆された。グルコース吸収促進はダイオキシンによる体内の糖利用効率低下を相補するための生体応答と考えられた。4)小腸、腎でのPCBメチルスルホン体生成酵素の検索;4-メチルチオ(MeS)-CB70および4-MeS-CB101を用いて、ラットおよびモルモットの小腸および腎におけるS-酸化活性を調べ、肝Msと比較した。その結果、4-MeS-CB70はラットおよびモルモット小腸9000xg上清により4-メチルスルホキシド(MeSO)体へと酸化されたが、4-メチルスルホン(MeSO2)体の生成は全く認められなかった。しかしながら、4-MeS-CB101はMC前処理モルモット小腸で活性は低いものの、4-MeSO2体まで酸化された。一方、腎9000xg上清では、ラットとモルモットいずれでも4-MeSO体の生成がCB70およびCB101の両方で見られた。なお、4-MeSO2体の生成は小腸の場合と同様に、MC前処理モルモットにおいて、4-MeS-CB101で見られ、活性は小腸の4倍高いものであった。免疫染色により、モルモット腎における4-MeSO2体の生成酵素として、チトクロムP450であるCYP1A1あるいはCYP1A2が重要であることが示唆された。
結論
引き続き油症検診を通して患者の現在の状態を抽出し、原因物質との相関を検討した。一昨年度と昨年度の結果からは結論を導き出すことができず、さらに少なくとも一回検討を加える必要が示唆された。受診者数は多く、油症に対する社会的関心の高まりが依然続いていることが示唆された。同時に研究班としての社会的役割も重大であり、このことを念頭に検診や検査データの解析、基礎的研究を通して患者の健康障害の改善、健康管理の確率を目指す必要がある。
台湾油症の研究者と情報交換を友好的に開始することができた。相補的に油症に対する知識を高め、今後発展的に情報を交換する必要がある。

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