組織内の「問題事象」に潜む心理メカニズムの解明に基づく人間特性を考慮した安全衛生管理システムの開発研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301165A
報告書区分
総括
研究課題名
組織内の「問題事象」に潜む心理メカニズムの解明に基づく人間特性を考慮した安全衛生管理システムの開発研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
古川 久敬(九州大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山口裕幸(九州大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の主な目的は、次の5点である。①組織内の各種の「問題事象」に注目し、それらを引き起こす個人やチームの心理メカニズム(看過、隠ぺい、虚偽報告などを含む)を明らかにすること。②問題事象の兆候や、発生した問題事象に対する個人や集団の「とらえ方」(例えば過小評価や過大評価など)や「反応」(例えば警告や告発などのwhistle blowing)に潜む心理的メカニズムを、実証的に明らかにすること。これについては、個人やチームの認知と反応のタイプと特徴を分類し、適切な整理を行うことをめざす。③組織内の問題事象の克服や自浄作用の心理メカニズムについて明らかにすること。これについては、特に、個人や集団による失敗やつまずきの経験とそれの前向きの共有が、その後の問題事象の防止や対応に及ぼす積極的な効果性について検討する。④問題事象の予防、発生に対する個人や集団の心理的反応において、組織風土やマネジメントシステムの特性が及ぼす影響について、リスクマネジメントの視点も参考にしながら、実証的に明らかにすること。⑤上記の研究知見を総合して、人間特性を考慮し、反映させた安全衛生管理システムの試行的開発を行うこと。
研究方法
各種の「問題事象」にかかわる心理メカニズムを解明するために、総合病院に勤務する看護師を対象質問紙調査を実施するとともに,安全管理に関する日常の情報の伝え合いに関する構造化インタビューを実施して内容分析を行った。また、鉄道運輸組織を対象にフィールドワークを実施し,その成果に基づいて質問項目を構成し質問紙調査を行った。さらに,昨年度の検討によって導かれた仮説検証を目的として実験的手法による検討を行った。
結果と考察
本年度は2年計画の2年目であった。組織における「問題事象」の類型とその進行について整理と構造化を行って、問題事象発生後の組織による対応を考慮して構築した効果的な再発防止方策モデル(古川久敬,報告書Pp1-8)を理論的ベースとして,各種の「問題事象」にかかわる心理メカニズムを解明する実証研究を推進した。その成果は,以下のように整理される。
(1)「問題事象」の発生契機とそのエスカレーションメカニズムの検討
鉄道の事故防止や安全確保を例として,問題事象の発生メカニズムを技能習熟との関連を視野に入れて実証的に考察した(山口裕幸,報告書Pp9-20)。また,モラルハザードの発生契機について,企業不祥事の事例分析研究および人の倫理にかかわる判断過程に関する実証的研究によって検討した(田原直美・山口裕幸,報告書21-30;池田浩・古川久敬,報告書Pp31-55)
(2)「問題事象」の兆候とそれについての認知および評価特性の検討
当事者ほど、その事態の重大さを過小評価する傾向があることについて理論的枠組みを提示し,実験的方法によってそれを検討した(上則直子・古川久敬,報告書57-77)。また,知識や認識の水準と現実の行動との乖離現象の発生契機について,看護師を対象に調査研究を行って検討した(山浦一保,報告書Pp79-99)。さらに、鉄道運転士を対象に,組織の持つ文化や風土,組織の方針明示,成員のリスク認知と,運転士の安全認識・安全行動行との関連性について調査研究を行って検討した(三沢良・稲富健・山口裕幸,報告書Pp101-121)。
(3)「問題事象」に対する対処行動に関する検討
問題事象の継続的発生を,未然に、あるいは軽微なうちに防止するための「警告」という意味でwhistle blowingをとらえ,文献的研究とともに、病院組織を対象に,問題事象に対するwhistle blowing行動にかかわる人間意思決定過程の解明に取り組んだ(藤村まこと・古川久敬,報告書Pp123-127)。
(4)「問題事象」の未然および再発防止方略に関する検討
「日常業務の中で、成員が互いに問題事象にかかわる体験(経験)に関心を持ち、それについて意見交換等をより多くしている職場ほど、基本的な職務の学習が進んでいることはもちろん、不定期で突発的な仕事、あるいはトラブルや異常事態に対する対応についても確実な学習が進んでいる」という仮説を立て,調査研究を行って検討した(浦聖子・古川久敬,報告書Pp129-141)。また,病院の看護部を対象として看護の質向上とミスやエラー防止についてどのような伝えあいがなされ,活用されているかインタビューを行って検討した(藤井利江・藤村まこと・古川久敬,報告書143-159)。さらに,鉄道運転現場を対象にしたフィールドワークを行って,安全確保と事故防止に関する組織内コミュニケーションの実態について検討した(稲富健・三沢良・山口裕幸,報告書Pp161-168)。
(5)リスクおよびクライシスマネジメントに関する検討
組織における問題事象の防止や的確な対応の鍵を握る日常的なリスクマネジメントのあり方について,その基本的考え方と関連研究のレビューを行った(山口結花・山口裕幸,報告書Pp169-179)。また,中間管理者のリーダーシップのあり方と問題事象発生との関連性にかかわって仮説の提示を行った(野上真・古川久敬,報告書Pp181-187)。さらに問題事象発生後の信頼回復に向けたマネジメントについて検討した(吉原克枝・古川久敬,報告書Pp181-185)
結論
本研究では,組織内の「問題事象」(不安全、不正、不祥事、反社会性など)に対する個人やチームの「とらえ方」(例えば過小評価や過大評価など)や、「反応」(例えば看過、隠ぺい、虚偽報告など)に潜む心理的メカニズムについて解明を深めた。さらに,効率性追求とコスト削減の続く経営環境の変化が、安全衛生管理体制および作業現場における個人やチームによる知識や経験情報の共有と活用、コミュニケーション、学習、リスク認知、安全意識と行動,ひいては「問題事象」の発生に与えている影響の解明を進めた。今後,これらの研究成果を総合的に活用して,問題事象の発生を防止する人間特性を反映させた安全衛生管理システムの試行的開発へとさらに歩を進める。

公開日・更新日

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