フロン代替溶剤1-ブロモプロパンのリスク評価(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301161A
報告書区分
総括
研究課題名
フロン代替溶剤1-ブロモプロパンのリスク評価(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
那須 民江(名古屋大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 市原 学(名古屋大学大学院医学系研究科)
  • 上島通浩(名古屋大学大学院医学系研究科)
  • 山田哲也(名古屋大学大学院医学系研究科)
  • 柴田英治(愛知医科大学医学部)
  • 小川康恭(産業医学総合研究所)
  • 毛利一平(産業医学総合研究所)
  • 平田 衛(産業医学総合研究所)
  • 齋藤宏之(産業医学総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1995年、韓国においてフロン代替溶剤として導入された2-ブロモプロパン(2-BP)に曝露された労働者の中に、生殖障害、造血障害が発見されたが、動物実験による原因物質の解明により2-BPの溶剤としての使用は急速に減少した。一方、異性体1-ブロモプロパン(1-BP)が新しいフロン代替溶剤として日本、米国を中心に導入された。1-BPは最近、その使用量が増加しているにも関わらず、許容濃度が勧告されておらず、そのリスク評価は厚生労働行政の観点から重要かつ緊急性の高い課題と考えられる。本研究は、ヒト症例から推測される障害に関する動物実験による因果関係の証明、毒性機序の解明、動物からヒトへの外挿の際に有用な内部曝露マーカーの確立、ヒト調査を行うことによって総合的に1-BPのリスク評価を行い、衛生基準の設定のための科学的基礎資料を提供するものである。
研究方法
1.精巣上体精子および雄生殖器のCK活性に対する影響の評価
ウィスター系雄ラット48匹を12匹ずつの4群に分け、1-ブロモプロパンを200,400,800ppm、1日8時間、14日間曝露を行った。ペントバルビタール麻酔下で解剖し、精巣上体尾部を取り出し細切した後、精子を遠心で集め、凍結保存した。精巣、精巣上体は凍結保存を行った。分析時、凍結した精子および臓器を融解し、ホモジェネートを得た。遠心分離の後、クレアチンキナーゼ活性、クレアチン蛋白アイソザイム発現量ならびに、神経特異蛋白として知られるγ-エノラーゼ、α-エノラーゼ、βS100,αS100蛋白質をサンドイッチタイプのEIA法にて測定した。
2.1-ブロモプロパンが形成する蛋白付加物の解析とCytochromeP450系代謝物の解析(実験1)Wistar系雄ラット36匹を9匹ずつの4群に分け、1-ブロモプロパン50ppm、200ppm、800ppm、1日8時間、14日間曝露し、曝露終了後麻酔下で腹部大動脈よりヘパリンを用いて全血採血を行い、脊髄を取り出した。赤血球からはグロビンを、脊髄からはニューロフィラメントを精製し、蛋白1mgを計量し、6Nの塩酸を加えて、PicoTagを用いて無酸素下で酸加水分解を行った。酸を蒸発させ、トリエチルアミンで中和した。PylTCにて誘導体化後、10mMのHCl200μlに溶解し、LC-MS/MSに導入した。(実験2)24匹のWistar系雄ラットを12匹ずつの2群に分け、1-ブロモプロパン50ppm、一日8時間、週5日、4週間曝露した。各週曝露開始前と、終了後に尿を代謝ケージで採取し、12匹については麻酔下で全血採血した。残った12匹については、引き続き代謝ケージで採尿後、尿中代謝物の減衰を観察した。尿100μlに6NHClを2滴加え、あらかじめ10mMのHClによって処理したOasis-HLBカートリッジ(30mg)にLoadし、10mMHCl、10mMHCl-20%メタノール溶液で洗浄後、メタノールで溶出した。窒素で乾固した後、過剰のジアゾメタンによって誘導体化を行った。5mM蟻酸10%アセトニトリルで溶解、LC-MS/MSに導入した。(CytochromeP450系の代謝物の解析)1)1,2-propanediolの測定:1-ブロモプロパンと肝microsome200μg(蛋白質量)とをインキュベーションした後、反応液をacetonitrile1.0mlにて抽出後、フェニルボロン酸誘導体化剤液を加え、されに脱水の目的で無水硫酸ナトリウム1gを加えた。15分間放置後、上清を濃縮した後、Hexane100μlで抽出し、GC-MSで分析した。2)propionic acidの測定:同じく反応液をethyl acetate1.0mlにて抽出し、無水硫酸ナトリウムにて脱水した。上清を濃縮後、MTBSTFAにて誘導体化し、GC-MSで分析した。
3.モデル動物を用いた代謝活性化メカニズムの解明と内部曝露指標の確立 C57BL6/Jマウス、Balb/Cを1-ブロモプロパン800ppm、1000ppmに曝露し、毒性に対する感受性を調べた。
4.1-ブロモプロパン使用職場調査
(A工場調査)1-ブロモプロパンを洗浄剤として使用している労働者6人および使用していない同じ職場の労働者6人を対象に、面接、神経内科的診察、振動覚検査、神経行動学的検査、下肢末梢神経の電気生理学的検査を行った。
(B工場調査)1-ブロモプロパンに曝露されている22人(男性11人、女性11人)の労働者および、対照群として、性・年齢をマッチさせた非曝露労働者22人の健康調査を行った。A工場と同じ検診項目に加え、血液生化学検査を行った。同時に曝露濃度をパッシブサンプラーによって評価した。
(C工場)1-ブロモプロパンに曝露されている労働者23人ならびに、曝露されていない対照の労働者23人労働者を調査した。いずれも女性で、年齢差2年以内という条件で対照群を選択した。B工場と同様の検査を行い、対応のあるt検定を行い、曝露による影響を評価した。
結果と考察
精巣においてα-エノラーゼはセルトリ細胞に特異的に局在し、α-エノラーゼの増加は、セルトリ細胞における変化を反映していると考えられる。これは、過去の1-ブロモプロパン曝露による雄生殖器への影響の解析(Ichihara2000)において、1-ブロモプロパンは精細管からの精子放出を阻害し、これがセルトリ細胞の機能異常を示唆した。今回の精巣におけるα-エノラーゼの変化は1-ブロモプロパンのセルトリ細胞への影響と関係があるかもしれない。セルトリ細胞を標的とする化学物質は少なくなく、精巣におけるα-エノラーゼがセルトリ細胞への影響マーカーとして有用であることが示唆された。
また、1-ブロモプロパン2週間曝露により、1-ブロモプロパンはグロビンおよび脊髄から抽出したニューロフィラメント蛋白に、Adduct(付加物)を形成し、その量は曝露濃度依存的であった。重金属などとは違い、多くの有機溶剤は比較的Turnoverの早いものが多く、長期にわたる曝露負荷を評価することは困難であった。我々は、赤血球グロビン蛋白の付加物測定量法を確立し、これが長期の内部曝露指標として有効であることを示した。
平成15年度のInVitroの研究では1-ブロモプロパンの代謝においてCytochromeP450系が大きな役割を果たしていないことが明らかとなった。反対に、1-ブロモプロパンはグルタチオンと反応し、グルタチオンを枯渇させることを通して様様な毒性を発揮している可能性が示唆された。
(モデル動物を用いた代謝活性化メカニズムの解明)
Nrf-2ノックアウトマウスは、グルタチオン系代謝酵素を制御している転写因子を欠損しているため、このマウスを用いることにより1-ブロモプロパンがグルタチオン抱合を受けることにより活性化するか、否かが明らかになる。平成15年度においてWild型が予期に反して1-ブロモプロパンに対して強い感受性を持ち、亜急性の曝露により死亡したため、改めて濃度の調節を行った後、再実験をする予定である。
3つの工場で1-ブロモプロパンによる神経影響の有無を調べた。A工場では曝露評価が行われなかったため、曝露量と影響との関係は不明であるが、B工場では、100ppm以下の曝露濃度で明らかな下肢末梢神経の電気生理学的指標の変化はなかった。一方、C工場では50ppm以下の曝露濃度であったが、遠位潜時、感覚神経伝導速度の変化が見られた。B工場とC工場との結果は矛盾しているように見えるが、C工場においては、過去の曝露濃度がもっと高かった(170ppm)時期があり、そのころの曝露影響の結果である可能性も否定できない。さらに、C工場調査における神経行動学的検査結果は、1-ブロモプロパンが中枢神経系にも影響を与えることを示唆している。重心動揺の異常については、一意的な解釈が容易でないが、アメリカの症例において起立、歩行時のよろめきなどが報告されていることから、1-ブロモプロパンによる中枢―末梢神経障害を反映している可能性も否定できない。
結論
α-エノラーゼは精巣においてはセルトリ細胞に特異的に存在し、1-ブロモプロパン曝露によって増加した。α-エノラーゼはセルトリ細胞を標的とする1-ブロモプロパンの毒性影響を評価する優れたバイオマーカーであることが示唆された。1-ブロモプロパンは蛋白に共有結合をつくり、ニューロフィラメントとグロビン蛋白中にS-propylcysteineという形の付加物を形成することがわかった。また、この蛋白付加物は1-ブロモプロパンの長期曝露指標として有効でることが示唆された。職場調査では170ppm以下の曝露濃度で下肢の電気生理学的指標、振動覚、ならびに中枢神経系に影響を与えることが示唆された。

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