うつ病を中心としたこころの健康障害をもつ労働者の職場復帰および職 場適応支援方策に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301156A
報告書区分
総括
研究課題名
うつ病を中心としたこころの健康障害をもつ労働者の職場復帰および職 場適応支援方策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
島 悟(東京経済大学)
研究分担者(所属機関)
  • 倉林 るみい(独立行政法人産業医学総合研究所)
  • 秋山 剛(NTT東日本関東病院)
  • 荒井 稔(日本私立学校振興・共済事業団東京臨海病院)
  • 廣 尚典(日本鋼管病院鶴見保健センター)
  • 毛利一平(独立行政法人産業医学総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針(2000年旧労働省)」にのっとり、うつ病などのメンタルヘルス不全者の職場復帰・職場適応の促進のための重層的な支援システムの開発を目標とする。事業場においては、事業場規模など各事業場の特性に合わせて柔軟に取り組める支援ツールの開発を目指す。また、事業場外においては、医療機関、産業保健センター、EAPなど様々な支援サービス資源について、よりよい支援システムの検討を行い、職場と各資源との連携についての提言を行う。
研究方法
上記の目的を踏まえ、「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」に即して、以下のように研究計画を位置づける。
1、セルフケア
職域ですでにうつ病などのメンタルヘルス不全を発症した労働者のセルフケアをはかり、援助していくためには、まず、そうした労働者の実態把握が必要である。質問紙調査・面接調査・事例研究などの方法により、以下の2点についての研究を行う。
(1) 治療途上労働者・復職者における職業性ストレスの把握
(2)うつ病など有病者のリハビリテーション過程の研究
2、ラインによるケア および 3、事業場内産業保健スタッフによるケア
事業場内における職場復帰支援および職場適応促進システムの現状と問題点の把握を行い、最終的には職場でのチェックリストなど支援ツールの開発を含めた支援システムの提唱をめざす。まずは、(1)管理職、(2)人事職制、(3)産業保健スタッフのそれぞれにおける職場復帰、職場適応の支援のありかたや、相互の連携、職場復帰に関する教育の現状をヒアリング調査や質問紙調査を通して把握する。
4、事業場外資源によるケア
事業場外における職場復帰支援および職場適応促進システムの現状把握と、よりよいシステムの提唱が目標である。うつ病等に罹患した労働者の復職や職場適応に関しては、医療機関との連携が重要と考えられる。ことに産業医のいない中小規模事業場において、どのような連携をはかり、どのように外部資源を利用していくかについて、以下の研究課題を通してモデルを提唱する。
(1)医療機関における支援のありかたの研究
1)医療機関における職場復帰援助プログラムの開発
2)リハビリ過程における医療機関と職場との連携
(2)産業保健推進センター、EAPなど様々な外部資源・通信手段による職場復帰支援・職場適応システムの開発
結果と考察
結果
1.「気質が職場ストレスに及ぼす影響」、「職場復帰評価表の有用性」、「職場復帰援助プログラムの国際的な有用性」(分担研究者 秋山 剛):気質は、職場ストレスに大きな影響を及ぼす。特に、対人関係に関連する職場ストレスについては、性別、年令、職位など、従来研究されてきた要因をあわせたものよりも大きな影響を及ぼす。気質によって、職場ストレスの受け方が大きく異なる。スタッフ評価表は、十分な内的一貫性を示した。評価者間で、相関は有意であったが、一部判定差がみられた。参加者の自己評価は、スタッフの評価とあまり相関せず、スタッフの評価より高い傾向がある。職場復帰援助プログラムに類似したプログラムは、欧米には存在しない。
2.うつ病の職場復帰および職場再適応に影響を及ぼす因子に関する検討(分担研究者 廣 尚典):140事例を対象とした検討により、次の結果が得られた。全体の70%以上で、職場因子が少なからず発症に関与していた。発症に関与した職場因子は、人間関係、仕事内容の困難、周囲の支援の不足、仕事の過量、長時間労働の順に高率であった。復職後の経過については、「順調に職場適応している」例が57%であった。「順調に職場適応している」例では、「職場で適切な業務面の配慮がなされた」、「職場異動がなされた」、「充分に病態が改善していた」、「残業時間の制限がなされた」などが、その経過に寄与した因子として、特に重要視された。「職場適応が難航している」または「再び休業になった」例で、「本人の仕事に関する考え方・姿勢が変わらなかった」、「充分に病態が回復していなかった」、「病態が軽症でなかった」、家族の充分な理解が得られなかった」が、その経過に影響を及ぼした因子として重要視された。
3.職域におけるメンタルヘルス上の問題点の概論と自殺予防対策(分担研究者 荒井 稔):心身の健康の維持・増進を試みる一方で、メンタルヘルス不全者数は就労者全体のおよそ1パーセントであり、関係者にとってその経済的損失、心理的負担は計り知れず、適正な対応が必要である。メンタルヘルス不全者の発症の要因の約三分の二は、職場での人間関係の問題、時間外労働が過剰になること、人的支持組織の機能の低下などに関連しており、それらは作業関連障害の一部と位置づけることが適当である。
4.精神障害による疾病休業に関する事業場調査(主任研究者 島 悟):事業場においては、とりわけ精神障害による疾病休業からの復職時における産業医の機能、および主治医との連携において大きな問題のあることが示された。復職のシステムに関して、一定の書式を備えた事業場は少ないが、多くの事業場において、復職前産業医面談など種々の試みが行われている。しかしながら試し出社(リハビリ出社,ならし出社)制度はなお少数であり、その内容にもばらつきが大きかった。我が国における労働者人口の大部分を占める中小規模事業場における精神障害による疾病休業率は0.79%であり、平均休業月数は5.2カ月であった。このデータを用いると、我が国の労働者における精神障害による1カ月以上の疾病休業総人口推定値は47万4000人であり、疾病休業総月数推定値は246万4800月となる。また逸失利益(賃金ベース)推定値は9468億9400万円である。
5.労働者におけるうつ病の発症・再発モデルの検討(主任研究者 島 悟):抑うつ状態の評価尺度であるCESDは女性・高齢者で高得点(心の健康が不良)であり、これは従前の報告と一致する所見である。地域ブロックにおけるCESDと失業率には正の相関が認められたが、昨今のうつ病の増加における経済不況の影響が示唆される。被雇用者では中小企業に働く労働者と無職の者でCESDが高く、心の健康の不良であることが示された。寮などで生活する単身生活者において心の健康が不良である。睡眠時間とCESDの関係から、6時間以上の睡眠の確保が望ましいと考えられた。性別、年齢層、就業の有無、世帯構造の違いによる多母集団の同時解析を行い、これらの属性の違いによるストレス関連因子から抑うつに与える影響の差異を検討した結果、母集団による違いが認められた。
考察
1.「気質が職場ストレスに及ぼす影響」、「職場復帰評価表の有用性」、「職場復帰援助プログラムの国際的な有用性」(分担研究者 秋山 剛):気分障害や統合失調症の病前性格とされる気質が、職場ストレス特に対人関係に関するストレスの受け方に非常に大きな影響を及ぼすこと、気質によってストレスの受け方に大きな差があることが明らかにされた。これは、気質によって、業務起因性精神疾患の発生しやすさに差があること、産業精神保健において、気質を理解しなければ有効な対応が行えないことを意味する。スタッフ評価表の評価者間の差については、さらに検討を進める必要がある。参加者の自己評価は客観的評価より高く、職場復帰を目指す参加者の、自己認識への援助を行う必要がある。職場復帰援助プログラムに類似したプログラムは、欧米諸国にほとんどみられない。カウンセリングとは異なった、生活、作業的な側面への援助方法として、職場復帰援助プログラムが国際的に有用性を持つ可能性がある。
2.うつ病の職場復帰および職場再適応に影響を及ぼす因子に関する検討(分担研究者 廣 尚典):うつ病圏の労働者の職場復帰にあたっては、当該労働者の業務内容を吟味し、必要に応じて軽減措置を講じたり、場合によっては職場異動を検討したりすることが、本人への重要な支援となることが確認された。一方で、本人の個人的要因や家族の問題など、職場以外の因子も職場再適応を阻害する例が少なくないことも明らかになった。これらに対して職場がなしうる働きかけには限界があり、職場と地域の医療機関、支援機関との連携が非常に重要であると考えられる。
3.職域におけるメンタルヘルス上の問題点の概論と自殺予防対策(分担研究者 荒井 稔):現在の職域においては、精神的健康を維持・増進する対策をこうじることが、就業者本人および家族、事業主などの関係者にとって経済的な活性化、日本全体の創造性の向上のためにも急務である。適正な復職判定が行われるためには、体制整備とともに、在職精神障害者のリハビリテーション活動が専門家によって推進され、全国的な展開がなされる必要がある。現在、試行的に行われている「リワークプログラム」の積極的な活用と全国展開のための人的資源および経済的基盤の整備が必須である。
4.精神障害による疾病休業に関する事業場調査(主任研究者 島 悟):事業場において復職に関して種々の困難性があり、それぞれの事業場において数々の取り組みがなされているものの、その内容にはばらつきが大きい。また精神障害による疾病休業による社会的損失は非常に大であり、事業場として、また国として、この問題に対する一層の取り組みの強化が緊急の課題であると考えられる。
5.労働者におけるうつ病の発症・再発モデルの検討(主任研究者 島 悟):性別、年齢層、就業の有無、世帯構造の違いによってうつ病の発症・再発モデルが異なり、うつ病発症・再発予防対策を構築する上で、母集団の特性に注目した取り組みの必要性が示唆された。
結論
平成15年度は、大規模事業場調査による復職をめぐる問題の検討、うつ病者の復職に関する調査、復職に関する性格要因の検討、復職の可否の評価に用いる評価尺度の検討、うつ病発症・再発モデルの検討、復職過程で問題となる自殺予防観点からの検討などを行ったが、復職をめぐる問題がさらに明らかになった。またこれらの成果物は平成16年度に予定されているマニュアル作成のための基礎的材料を提供するものである。平成16年度は、当事者調査、主治医調査、産業保健推進センター・精神保健福祉センター・地域産業保健センター・ハローワークなどの社会的資源に関する調査などを行うとともに、各種病態における復職・事業場タイプ別の復職等に関してマニュアルを作成し、その実用性検討を行って、最終的に事業場等で使用可能なマニュアルを作成する予定である。

公開日・更新日

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