産業中毒の予防と診断のための生体試料中有害物質及びその代謝物・付加体の超微量分析手法の開発研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301153A
報告書区分
総括
研究課題名
産業中毒の予防と診断のための生体試料中有害物質及びその代謝物・付加体の超微量分析手法の開発研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
坂井 公(独立行政法人 労働者健康福祉機構 東京労災病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
産業中毒は科学技術の進歩に伴い多様な形態で発生し、微量の化学物質による健康影響に悩む人が多い。特にホルムアルデヒドや接着剤成分、有機リン系殺虫剤などによる化学物質過敏症に悩む相談や受診・検査を希望者する人が多く、体内の超微量の有害物質を特定・分析する手法の開発研究が必要となっており、労働安全総合研究事業の重要な課題と考えられる。本研究の目的は新規多品種物質に慢性的に曝露される作業者や過敏症患者などにおいてその原因物質の超高感度検出とその体内動態の解明を行い、健康障害の予防と治療に役立つ検査法を開発することである。本研究の成果は、産業現場での化学物質過敏症などの健康障害の診断と治療に役立つ情報を提供し、起因物質の曝露低減化に寄与している。これは勤労者の快適作業環境形成および有害物質取り扱い作業者の不安と健康問題の解決に寄与し、勤労者の保健・医療の向上に貢献するものである。本研究の第2年度は ①除草剤中毒患者でメコプロップおよびその代謝物の尿・血清中での測定法を確立し、病態把握に役立てた。②重金属曝露に関しては、金属水銀(Hg)作業者の尿中に検出された未知ポルフィリン分画を生物学的影響モニタリングとして応用し、マンガン(Mn)作業者の曝露評価を目的として血中Mnの分子型について検討した。③有機溶剤(ベンゼン、トルエン、キシレン、ヘキサン)作業場における低濃度曝露に対応する生物学的モニタリング項目を明らかにした。④ホルムアルデヒド職場として新築の病理検査室の曝露状況を調査した。⑤イソシアネート類(トルエンジイソシアネート、TDI)の尿中代謝物の検索を行い簡便に高感度測定する方法の確立を目指した。 
研究方法
①除草剤(メコプロップ、MCPP)中毒患者の血清・尿により中毒起因物質を確定するため、血清はアセトニトリルによる除蛋白、尿は蒸留水による希釈の後、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による吸収スペクトルと液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)によるマススペクトルにより同定と定量を行った。②Hg曝露によるポルフィリン代謝への影響をみる研究では、蛍光灯工場の金属Hgに曝露する作業者42名と非曝露者35名のヘパリン血とスポット尿を試料とした。血中・尿中Hgは誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)により測定、尿中・血中ポルフィリンは、蛍光HPLC法によった。全血中Mnの測定はICP-MSにより、血中Mnの化学型分析にはMn投与ラット血液を用い、HPLC-ICP-MSによった。③低濃度有機溶剤曝露作業者としては、仏壇漆器製造業における労働者(男性33名、女性29名)を対象とした。使用するホワイトガソリンにベンゼン、ヘキサンが含まれ、塗装にトルエン、キシレンが使用されていた。個人曝露濃度とあわせ尿中代謝物t,t-ムコン酸(t,t-MA)、ベンジルメルカプツール酸、総メチル馬尿酸をHPLC法により測定した。2,5-ヘキサンジオンは加水分解の有無の両方をGC法により測定した。④病理検査室のホルムアルデヒド調査ではパッシブサンプリングを行い、一部アクティブサンプラーも併用した。個人曝露濃度測定は病理検査に係わる3名と、対照者2名であった。アルデヒド誘導体をアセトニトリルにより抽出し、HPLCにより分析した。⑤尿中2,4-TDAおよび2,4-TDI代謝物のLC-MS分析による検索ではこれら物質を腹腔投与したラット尿を用いた。尿をアセトニトリル抽出と分取HPLCにより前処理して、LC-MS分析を行った。
結果と考察
①除草剤メコプロップ(MCPP)中毒患者の血清と尿のHPLC分析では、MCPP以外にそれぞれ4本、2本の未知ピークが検出された。このうち6.8分に溶出するピークaは比較的高いピ
ークであった。MCPPとピークaのUVスペクトルは殆ど同一で、230および280 nmに吸収極大を示した。MCPPのLC-MS分析ではm/z 213 ([M-H]-)が検出され、ピークaについては[M+16]-の質量を示し、MCPPに酸素の付加したものと示唆される。入院時の尿中および血清中MCPPはそれぞれ1050、522 mg/lであったが、両者ともに2相性の減衰を示した。②Hg曝露作業者の尿中ポルフィリンのクロマトグラフでは8C(ウロポルフィリン:UP)~4C(コプロポルフィリン:CP、IとIII)が分離溶出されるが、これら以外に未知ポルフィリンのピーク(Unknown:UK)が5CとCPIの間に観察された。このUK濃度はCPIIIを標準物質として計算した。UPとUKでは曝露群は非曝露群に較べて有意に高値であった(それぞれ9.7±2.9μおよび8.4±2.6μg/gCre、p<0.05(UP)、5.1±2.3および3.4±1.7μg/gCre、p<0.01 (UK))。血中プロトポルフィリン濃度および尿中ALA濃度は曝露群と非曝露群の間で有意差はみられなかった。UKのみが血中・尿中水銀と有意な正の相関を示した(それぞれr=0.407および0.451)。Mnを投与した3群のラットでは用量に応じて血中Mn濃度の上昇が認められた。HPLC(ゲルろ過)-ICP-MSにより分画したクロマトグラフでは、溶出順にA~Eの5本のピークが出現した。このうちピークDに検出されるMn量が全血Mn(Mn-B)と非常によく相関し、溶出位置から低分子の蛋白質に結合したMnの可能性が高い。これが投与したMnを反映する血液中のMnの化学型の可能性が示唆された。③低濃度有機溶剤を使用する仏壇漆器製造工場における、ベンゼン曝露の幾何平均は0.022ppm、幾何標準偏差は5.690であった。トルエン、キシレンも幾何平均で1ppm以下であった。ベンゼン曝露濃度とt, t-MAとの相関係数は0.307~0.490の範囲にあった(p<0.02)。回帰分析からベンゼン濃度をX、t, t-MAをYとした場合、勾配は350.7~411.5、切片は276.6~395.3の直線式が得られた。回帰および相関分析により、本調査の様な低濃度混合曝露下でも、トルエンの曝露指標として尿中ベンジルメルカブツール酸が、キシレンでは尿中の総メチル馬尿酸が優れていることが示唆された。ヘキサンは許容濃度(40 ppm)の半分以下の低濃度曝露であったが、遊離およびtotal 2,5-ヘキサンジオンとも個人曝露濃度との間に良好な相関が認められ、何れも生物学的曝露指標として有効であった。④新築棟の病理検査室における空気中ホルムアルデヒド濃度の検討では、気中ホルムアルデヒドのパッシブサンプリング(y ppb)とアクティブサンプリング(x ppb)は非常によく相関した(y=1.15x-7.31、n=3、r=0.999)。病理検査室内の10カ所のパッシブサンプリングの結果では、切り出し場の1ヵ所で282 ppbと指針値を上回ったが、他の場所ではいずれも指針値以下であった。検査室内の業務時間中の個人曝露濃度では切り出し作業を行った技師1名が147.5ppbとやや高値であったが特定作業場の指針値内であった。旧棟の病理解剖室における作業時の個人曝露濃度は、技師2名が413 ppbと711 ppbであり指針値を上回っていた。⑤2,4-TDI投与ラット尿のLC-MS分析では、2,4-TDAace(4)と2,4-TDAace2が代謝物として同定できた。後者のマススペクトルではm/z 207のピークが2,4-TDAace2に由来するイオンで、m/z 224はその水付加イオンと帰属した。この他に、monoacetylated TDAおよびその水酸化体、カルボキシル体の尿中排泄が推定された。これらの結果より、生体内でのTDIの代謝にはN-acetylationのほか、CH3-oxidation、ring-hydroxylationが関与していることが推定できた。これらの尿中代謝物はLC-MSで容易に直接検出可能であることから、作業者での生物学的モニタリングとして利用可能である。2,4-TDI投与ラット尿ではLC-MSにより2,4-TDAace2が主要な代謝物として検出されたが、その量は加水分解して測定されるTDAの量の10%程度であり、上記以外の代謝物の存在も予想される。
結論
①除草剤メコプロップ中毒患者でメコプロップおよびその代謝物の尿・血清中での測定法を開発し、病態把握に寄与した。②金属Hg曝露者で尿中の未知ポルフィリン分画を生物学的影響モニタリングの指標として利用可能
となった。Mn曝露を反映する血液中のMn結合蛋白質の存在を明らかにし、生物学的モニタリング指標としての利用可能性を示唆した。③ベンゼン、トルエン、ヘキサンなどの低濃度曝露で利用可能な生物学的モニタリングの項目を確立した。④新築棟の病理検査室のホルムアルデヒドについて調査し、おおむね良好な環境にあることを明らかにした。⑤TDIの尿中代謝物として2,4-TDAace(4)と2,4-TDAace2を同定し、これらを容易に高感度測定することが可能となり、作業者の生物学的モニタリングとして利用できることを明らかにした。

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