テロ等による勤労者のPTSD対策と海外における精神医療連携に関する研究班(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301150A
報告書区分
総括
研究課題名
テロ等による勤労者のPTSD対策と海外における精神医療連携に関する研究班(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
金 吉晴(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 廣尚典(日本鋼管病院鶴見保健センター)
  • 倉林るみい(産業医学総合研究所)
  • 仲本光一(外務省大臣官房会計課福利厚生室内科診療所医師)
  • 亀岡智美(大阪府こころの健康総合センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
①NYテロのような突発的な災害、事故における心的トラウマに対して、その従業員への影響と、企業が組織としてどのような対策を取っているのかについての実態調査を行い、望ましい対応について提言を行う。特に、急性期のトラウマ対策について、実用的な指針を作成する。②通常生じ得る職場災害や、業務とは無関係の出来事による勤労者の心的被害が、一般企業においてどの程度に生じているのか実態調査を行い、併せて、通常産業精神医学の制度の中での対応策について提言を行う。③海外におけるNYテロのような危機に際してのトラウマケアにおける、現地の医療機関との連携モデルの作成を行う。
研究方法
①あらかじめ作成した調査票を全国の都道府県精神保健福祉センター49および指定都市12のセンター所長に郵送し、後日その調査票に沿って、電話による聞き取り調査を実施した。必要な場合は関連する資料を請求し、管轄の産業保健推進センタ-への調査も行なった。学校における危機介入については、類似の調査票を郵送し回収した。 調査票は、大項目(事業場で起こった危機の内容について、危機介入の時期と判断について、危機介入時の事業場との連携について、危機介入時の関連機関連携について、危機介入時の援助チーム内連携について)からなり、全部で16の質問から構成されている。②社団法人海外邦人安全協会の会員およびそれに準じる企業全976社の危機管理部門担当者である。海外邦人安全協会(昭和51年設立、平成12年に現名称に改称)は、日本の企業、団体を対象に海外での安全を推進することを専門とするわが国唯一の社団法人として、海外安全情報の提供、海外安全対策の指導・助言、海外安全のための教育や資料の提供を行っている団体であり、本調査を行う対象として適切であると判断された。昨年度の予備調査では、企業の健康管理部門では平時におけるメンタルヘルス対策は担当しているものの、有事における同対策はほとんど行われていないことがわかった。そこで今年度は、企業の危機管理部門を調査対象とした。質問紙は2004年1月に郵送により配布し、郵送またはファクスにより回収した。希望する企業には別紙に連絡先を明記してもらい、集計結果をファクスまたは電子メールで通知した。郵送2週間後に、電話で質問紙返送の協力を促した。③危機事例の対象企業従業員に対して、アンケート調査を施行し、75%の回収率であった。(倫理的配慮)従業員調査については、個人情報が企業並びに第三者に漏洩しないように、ただちに匿名の数値に置き換え、研究班においてデータを管理する。また各企業の取り組みの実態については、結果の解釈並びに好評に当たっては、企業のプライバシー並びに置かれた状況を尊重するとともに、具体的な改善点についての提言を併せて行うこととした。また調査において実際のPTSD患者が見いだされた場合には、相談、治療システムとの連携の上に、十分な救済が行われるように配慮したが、実際にはその様なケースには遭遇しなかった。
結果と考察
①昨年度の調査で、事業場で起こった危機事象に際して、精神保健面への危機介入経験があるとした精神保健福祉センター8箇所に聞き取り調査をし、危機介入時の問題点などについて検討した。その結果、自殺事例などでは、事業場から外部精神保健専門機関への援助要請がむしろ積極的になされていた。一方、事業場の運営体制を揺るがすような大きな事故の場合、事業場からセンターへの援助
要請はなされていなかった。しかしセンターは、周辺地域住民の精神健康被害が大きいと予測された場合、危機介入していた。事業場内の大きな事故への危機介入では、精神保健領域の援助システムと労働局、労災病院、産業保健推進センターの援助システムが別々に機能し、情報の共有や連携が不充分であることが推察された。そのため、事業場従業員の精神保健面への介入が充分になされていない可能性が示唆された。今後は、精神保健領域と産業保健領域が情報を共有し、共同で援助できるための、行政的管轄を越えた、より幅広い援助システムを構築することが重要であると思われた。②海外危機管理における有事のメンタルヘルス対策についての必要性認知として、とても必要(42%)、まあまあ必要(43%)を合わせて85%が必要であると回答した。あまり必要でない、必要とは思わないとしたのは合計8%にすぎず、圧倒的多数が有事のメンタルヘルス対策の必要性を認識していた。必要であるとした379社に理由をきいたところ、複数回答で、「従業員の労務対策として」が379社中の88%、「企業の社会的責任上」が77%を占めた。一方、必要でないとした33社にその理由を尋ねると、「有事には生命や身の安全をはかるのがまず重要で、メンタルヘルスの問題まで配慮する余裕がない」が33社中の58%、「プライバシーとのかねあいが難しい」30%、「メンタルヘルスは従業員個々人で対処すべき問題だ」30%などが複数回答の上位に挙がった。さらに、必要か不要かわからないと回答した31社では、「具体的に何をしたらよいかわからない」が68%と多く、「メンタルヘルスについてこれまで考えたことがない」という回答も26%あった。③海外で法人が遭遇するトラウマ事例について、海外での危機事例を取り上げ、企業従業員の心理的不安の現状と、今後の望ましいサポートについての調査を行った。日系企業駐在員116 名、家族70 名のうち、各々41%が死を意識した。駐在員の94%、家族の96%が目に見えぬウィルスを相手にしていたことにストレスを感じていた。また、新しい病気ゆえ、多くの情報があっても、何が正しいのかわからなかったことは駐在員の93%、家族の94%にとってストレスとなっていた。駐在員の65%、家族の60%が日本から見捨てられた気がしたと回答した。多くの人が不安やストレスを感じていたことが明らかになった。
結論
①「自殺事例にまつわる従業員の精神不安への介入」のように、事業場の運営体制が保たれており、比較的個人的問題に帰すことができるような事象については、事業場から外部精神保健専門機関への援助要請がむしろ積極的に出されていることがわかった。もちろん、このような事例では、平常時から事業場と精神保健専門機関の間に、有機的連携や信頼関係があったであろうことが推察される。一方、事業場の運営体制を揺るがすような大きな事故の場合は、事業場から精神保健機関や自治体の精神保健担当課に直接の援助要請はなされにくいことが推察された。今後、本研究を踏まえて、事業場の大きな危機への介入に際しては、精神保健領域と産業保健領域が情報を共有し、共同で従業員の精神保健面のケアにあたることができるための、行政的管轄を越えた、より幅広い枠組みを構築することが重要であると思われた。②海外での危機時に担当者がメンタルヘルスに関してもすぐに行動がとれるとした企業は少数であり、理念と実際との間に乖離が見られた。すなわち、必要という認識はあるが、実際には十分な対策がとられていないという実態が明らかとなった。今後は、十分な対策がとられていない背景についてさらに調査を進め、危機時に有効かつ各企業で実行可能な対策のモデル提示につなげたい。企業におけるテロなどへの精神医療対策は立ち遅れている。また国内外の医療機関との連携も不十分であり、組織的な対応が望まれる。公的な精神保健福祉センターなどでの、企業に対する危機介入の実態もまだ不十分であり、システムとして稼働していないところが多い。今後のさらなる研究と、支援体制の整備が求められる。③危機における海外従業員の不安への対応として、効果的な情報
開示、日本国内などからの連絡、サポート支援の重要性が明らかとなった。

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