労働者の自殺原因に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301147A
報告書区分
総括
研究課題名
労働者の自殺原因に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
織田 進(産業医科大学 産業医実務研修センター)
研究分担者(所属機関)
  • 東 敏昭(産業医科大学 産業生態科学研究所・作業病態学)
  • 津久井 要((財)労働福祉事業団海外勤務健康管理センター)
  • 中村 純(産業医科大学医学部・精神医学)
  • 寺尾 岳(産業医科大学医学部・精神医学)
  • 西村良二(福岡大学医学部・精神医学)
  • 吉村玲児(産業医科大学医学部・精神医学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
9,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成13年自殺防止対策事業の一環として、厚生労働省安全衛生部は、職場及び家庭において、労働者の自殺防止のために活用できる知見の収集を直接の目的とし、労働者の自殺の危険因子、高危険群、周囲の者が把握していた前兆、自殺にいたる経過、思いとどまる要因(未遂の場合)、連鎖自殺防止のために必要な知見等の調査研究を開始した。        我々は、自殺の原因調査およびその情報提供を目的に、現在まで蓄積した自殺事例、自殺予防関連文献及び図書データベースを拡充し、これに基づいた文献情報についてインターネットを介して公開する。さらに、職種ごとの自殺の実態およびその予防対策について、国内外の文献的調査を継続する。平成15年度は調査研究の成果を公開し、自殺予防の重要性を一般に普及することを目的に自殺に関するシンポジウムを開催する。また、自殺予防対策の海外調査を実施し、今後のわが国における自殺予防対策の参考にする。一方職域では把握困難な事例や情報については、精神科領域の事例を調査することにより、自殺の原因となる抑うつ状態・うつ病の発生要因などを調査し、職域における自殺予防対策に有用な情報提供を実施する。
研究方法
織田班:職種ごとの自殺の実態およびその予防対策について、国内外の文献的調査を継続し、東班と共同で、平成15年度は2年間の調査研究の成果を公開し、自殺予防の重要性を一般に普及すること、また評価を受ける等の目的で、自殺に関するシンポジウムを開催し、自殺の少ないイギリスについて自殺予防対策の海外調査を実施した。東班:自殺文献情報によるデータベースを作成し、それらをホームページ上にて公開することにより、自殺防止に関わる健康保健専門職を対象とした、体系的な学術情報サポートを行う。中村班:現在までに集積した全国の精神科受診中の自殺306例について、生物-心理-社会的側面から国内外で報告されている自殺の危険因子についてその出現頻度を調査した。精神の健康状態と生活習慣および生活習慣病との関連を検討することにより自殺の関連要因および予防対策を検討する。以上、国内外の自殺関連文献データベースを基に、職域からドロップアウトしがちな(ただし連関性の高い)例や大きなインパクトを与える医療職自身の自殺をはじめとする職域ごとの自殺を掘り下げて解析を行う。さらに、自殺事例を多く経験する精神科医と協力することにより、職域での自殺予防対策のより効果的な方法を検討する。
結果と考察
織田班:平成10年以後、わが国の自殺者数は年間3万人を超えており、その理由として健康問題に加えて、経済・生活問題による中高年、特に働きざかりの50歳代の自殺者が増加していることが社会的問題となっている。平成13年から、我々は厚生労働省の科学研究費により職域における自殺の原因調査などを実施してきました。その結果を踏まえて、平成15年11月産業医科大学において、産業医、産業看護職、衛生管理者などを対象に「企業におけるこれからの総合メンタルヘルス対策-働きざかりの自殺をいかに防ぐか-」というタイトルで、シンポジウムを開催した。職域における自殺の現状および自殺予防対策について、専属産業医、経営者、社会医学および精神医学専門家の立場からの講演に対し、200名以上の参加があり活発な意見が出された。英国の電気機器製造業(日本企業の英国法人)および製薬企業(米
国企業の英国法人)について、産業保健活動における自殺予防に対する取り組み等を調査した。さらに、精神科医およびカウンセラーからも、聞き取り調査を実施した。企業としての対策については2社ともにかなり充実しており、参考となったものも多かったが、ほぼ全ての施策について、日本の企業でも多少の差はあるものの、取り組まれているものであり、自殺件数やメンタル不全の発生率に対して大きな格差を与えるほどの違いがあるという印象は受けなかった。また、英国のように家庭医制度が明確な場合、家庭医が軽症・中等度のうつ状態やうつ病を治療できるように研修を受けることにより自殺者が減少したとの報告があったが、わが国では初診から大病院や精神科以外の専門医を受診することが多いため、軽症・中等症のうつ状態やうつ病が見逃されていることが多い。わが国では、労働者や一般市民に日ごろの自分を知っているかかりつけ医(産業医がいる場合は産業医)をまず受診する習慣を定着させ、かかりつけ医に対するうつ状態やうつ病の研修を継続する必要がある。産業医には、医師免許以外に産業医の資格を得るための研修制度を利用して、メンタルヘルス不全の患者の診断・治療、精神科医への適切な紹介などを学ぶことが必要である。精神科医を受診中であっても、自殺することは避けられないが、英国の自殺予防対策マニュアルには、自殺を防止するための病院の構造上の改善、入院中および退院後の患者に対するきめ細かな対応、さらには地域の組織との連携が記載されている。わが国でも、病診連携が推進されているので、このような患者に対しても対応できるシステムになることが期待される。この点で、中村班の報告にあるようにメンタルヘルス不全患者に対するネットワークづくりが急務である。東班:平成14年度は一定のフォーマットに従い、399の英語文献について日本語のデータベースを作成した。文献のタイトルと概要について、インターネットを介してキーワード検索ができる。またホームページには文献以外にも、自殺に関連した重要事項(年齢、性別、人種・民族・文化的側面、職業・経済、家族、社会的側面、自殺手段、精神医学的側面、身体疾患、アルコール・薬物依存、攻撃性・暴力的行為、倫理・宗教・哲学、法的側面、治療・予防、事後介入)につき、COMPREHENSIVE TEXTBOOK OF SUICIDOLOGY(Maris,Berman,Silverman著:The Guilford Press 2000年)の成書をもとに各3,000字程度の概要を掲載し、それに関する文献を参照できるように工夫した。
中村班:自殺の原因調査として、
1)精神科患者における自殺調査:2次調査
精神科患者における自殺調査
全国の大学病院や労災病院等の精神科に受診中に自殺既遂した症例の306名、および自殺者の同年代(±10歳)および診断の一致する(ICD-10にて同一カテゴリー)患者を対照群とした592名にアンケート行い、精神科医による回答を評価に用い、自殺の危険因子等を検討した。その結果、自殺の危険因子として有意なものは、精神科入院歴、自殺企図歴、自殺の家族歴、絶望感であった。また男女別では男性の場合は自殺企図歴、薬物依存歴、B群人格障害、喪失体験 、絶望感であった。また女性の場合は自殺企図歴、自殺の家族歴、絶望感であった。このような自殺の危険因子を調査し、臨床現場で予防的にその要因を改善することができれば自殺者の数は減少していく可能性がある。
2)低コレステロールが勤労者の精神的健康に及ぼす影響:生存曲線を用いた検討
某企業において、最近8年間連続して健康診断を受けた勤労者のうち、生活習慣や精神健康に関する調査票に欠損値がなく、初年度に精神的に健康(GHQ得点が3点以下)であった男性623名、女性526名)を解析した。先行研究の結果から、初年度のコレステロール値が150 mg/dL未満の群とこの値以上の群に2分し、精神健康に影響を与える可能性のある要因(年齢、総蛋白、BMI, アルコール摂取量、喫煙量、コーヒー摂取量、運動量)で補正しながら、Coxの比例ハザードモデル分析を用いて継時的に精神的不健康(GHQ得点が3点より高い)へ陥る勤労者の比率を2群間で比較した。なお、生存曲線においては精神健康を維持できている限り「生存」し、不健康すなわちGHQ得点が3点を超えると「死亡」と便宜上、定義した。
男性の健康診断受診者では、Coxのコレステロールのハザード比=2.05 (95% 1.16-3.60, p<0.02)と、初年度のコレステロール値が150 mg/dL未満の群の方が有意にそれ以外の群よりもおよそ2倍精神的不健康に陥りやすいことが判明した。しかし、女性の健康診断受診者ではそのような有意差は認められなかった。したがって、男性では、低コレステロール血症が精神的不健康の原因のひとつとなる可能性がある。この場合には、コレステロールが低すぎる勤労者はむしろ高める指導をすることがメンタルヘルスには望ましいかもしれない。
結論
自殺関連文献のデータベースを作成し、自殺に関連するキーワード(例えば、性、年齢、職業、経済等)について概説などをインターネット上のホームページで公開可能とした。自殺の原因調査としては、精神科医による自殺事例について、精神科疾患の診断やその他の危険因子について自殺との関連を報告した。今後は、これらの成果等を踏まえ、インターネットでの自殺関連情報の提供を継続し、健診機関や医師会認定産業医の資格を有する開業医等の嘱託産業医と連携し、中小事業場の自殺予防を含むメンタルヘルス対策の普及を図り、さらに、中村班の精神科医のネットワークの活用方法を都道府県の産業保健推進センターなどを通じて中小事業場を含む産業保健スタッフに徹底したい。

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