不安全行動の誘発・体験システムの構築とその回避手法に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301144A
報告書区分
総括
研究課題名
不安全行動の誘発・体験システムの構築とその回避手法に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
臼井 伸之介(大阪大学大学院人間科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 篠原一光(大阪大学大学院人間科学研究科)
  • 神田幸治(名古屋工業大学大学院工学研究科)
  • 中村隆宏(独立行政法人産業安全研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
8,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
労働災害を防止するためにはヒューマンファクターへの対策を構築することが危急の課題となっている。しかし人間はエラーをおかすものという見解が今日広く認識され、その観点からの安全教育が徹底されているにもかかわらず、ヒューマンファクターに起因する類似の労働災害が繰り返されていることも事実であり、ここに新たな視点からの対応策を考慮する必要がある。そこで本研究は不安全行動を誘発する事態を実験的にシミュレートし、作業員の不安全行動をパーソナルコンピュータベースの比較的簡便な設備を用いて自ら体験させる、すなわち人間はどのような事態でどのような心理的状況になりエラーをおかすのかを観念としてではなく経験として体験可能とするシステムを開発することを目的とする。研究の初年度である昨年度は、191の労働災害事例の分析から、ヒューマンエラーの背景にある主要な心理的事象を抽出し、さらにそれら要因についての過去の知見を文献的に整理するとともに、本研究課題である体験システムへの適用可能性について検討した。研究の2年目である本年度は、1) 昨年度研究から事故発生の主要な要因であることが明らかにされている「作業の中断(外乱の挿入)」「注意の偏り」「急ぎ・慌て」の各要因を操作した複数の課題を作成し、実験の実施及びその結果分析からヒューマンエラーの誘発状況およびその発生メカニズムを検討すること、2) 個人の日常的なエラー傾向を測定する質問紙を作成し、質問紙結果と実験課題パフォーマンスの関連性を検討すること、3) 実験課題として抽出した心理的事象要因と災害発生の関係を、災害事例の内容分析から詳細に検討すること、以上3点を目的として研究を実施した。
研究方法
次のA~Dの4グループにより、以下の方法によって研究を行った。A.外乱により誘発されるエラーの発生メカニズム解明に関する研究: ある作業系列を実施途中に、作業系列とは別の作業が挿入された場合、本来行うべき作業の一部が省略され、事故やトラブルが発生する場合がある。本研究ではパーソナルコンピュータを用いた認知的弁別課題により構成される一連の課題を構築し、ある法則性を持った外乱課題を挿入させることにより誘発されるエラーの実態及びそのメカニズムを明らかにする実験を37名の被験者を対象に行った。B.「注意の偏り」及び「急ぎ・慌て」要因を考慮したエラー誘発実験の構築と体験システムへの利用可能性: 本研究では、ヒューマンエラーの発生要因となる「注意の偏り」及び「急ぎ・慌て」の要因を考慮した課題(数字刺激呈示による偶奇判断)を、基礎心理学的知見に基づき設定した。そこで、各要因に対するエラーが適切に誘発されうるか、また誘発されるエラーが体験者にとって自覚可能であるかどうか、さらにCFQ(Cognitive Failures Questionnaire:認知的失敗傾向質問紙)によって得られた日常生活での失敗経験の程度と、設定された課題パフォーマンスがいかなる関係にあるか、等を検討するため、39名の被験者を対象に実験を実施した。C.日常的注意経験質問紙の作成と信頼性・妥当性の検討: 本研究では、日常生活の中で経験する注意に関係する出来事への回答から、人間の注意の制御特性を明らかにするとともに、注意経験の個人差について検討することを目的とした、日常的注意経験質問紙を作成した。そして465名を対象として調査を実施し、因子分析等の多変量解析法を用いて結果を分析した。さらに、この質問紙で測定される日常的注意特性と2つの認知的課題
パフォーマンス、すなわちストループ課題およびクレペリン検査結果との関係について実験的に検討し、日常的注意経験質問紙で測定される心理的特性について考察した。D.災害発生原因とヒューマンエラー要因-災害事例からの関連の検討-: 本研究では,上記実験課題で実験的にシミュレートした「作業中断」「注意の偏り」「急ぎ・慌て」要因等が関与して発生した労働災害事例を4事例抽出し、その調査記録書で記述された災害発生状況及び災害発生原因をバリエーションツリー法等を用いて詳細に分析することにより、ヒューマンエラーや違反行動の背景にある心理的事象要因と災害発生の因果関係を時系列的観点から検討した。
結果と考察
A~Dの各グループにより、以下のような成果を得た。A.外乱により誘発されるエラーの発生メカニズム解明に関する研究: 実験結果の分析から、作業中断要因である外乱課題が侵入することにより、外乱課題以降の作業系列でエラー発生率が上昇することが見出された。また、課題遂行時間もエラー発生率と類似の傾向を示し、課題遂行時間がエラー発生メカニズム解明の指標として捉えることが可能であることが示唆された。さらに当エラーは、メカニズム的にはこれまで他の研究者により提唱されているカウンター説やトリガー説では説明が困難であることが実験結果から認められ、本課題のエラー発生メカニズムについて、さらに詳細な検討が必要であることが指摘された。また中断要因となる外乱課題の内容により、エラー誘発のメカニズムは異なることが示唆された。すなわち作業系列の中で、時間的に後に遂行すべき課題が外乱として侵入する場合には、課題侵入直後より、しばらく後で作業パフォーマンスが低下するとの結果が得られた。この結果から、ある作業系列を実行する際には、処理中の課題だけでなく、ある程度先に行うべき課題に対しても心的なモニターが行われており、将来実行すべき課題が外乱として侵入した場合には、一種の緊張体系の解消から、将来行うべきモニター機能が低下し、その結果作業パフォーマンスが低下するのではないか、というエラーメカニズムに関する新たな解釈が提起された。今後は今回得られたエラー発生のメカニズム的知見を明確化するため、条件をさらに精緻化した実験を実施すること、及びそこで得られた結果をいかに体験システム内容に適用させるかについて検討する必要がある。B.「注意の偏り」及び「急ぎ・慌て」要因を考慮したエラー誘発実験の構築と体験システムへの利用可能性: 刺激呈示画面の前方中央部に注意を集中する条件では、中央部、周辺部に呈示される事象の見落とし及び反応の遅れが有意に増大し、注意の偏り事態を実験的にシミュレートすることが確認された。また刺激呈示速度を増大させることにより時間的圧力を高めた結果、見落としエラーは増大したが、その傾向は注意の偏りの設定がゆるやかな条件で、より顕著であった。すなわち、時間的圧力が低い場合には、エラーは対象そのものの性質による影響を受け、時間的圧力が高まると、エラーは課題となる対象の性質に関係なく、急ぎの影響により規定されることが示唆された。失敗確信度は、急ぎ事態、および注意の偏りが大きい事態で得点が高かった。すなわち刺激や時間的圧力のデマンド操作によるエラーが、被験者に正しく自覚されることが明らかになった。CFQは全体的な注意行動の失敗を予測することができなかったが、注意の行動様式を区別することが可能であり、各々の特異な課題結果パターンからの教育的フィードバックが可能であることが見出された。C.日常的注意経験質問紙の作成と信頼性・妥当性の検討: 日常的注意経験質問紙を因子分析した結果、「注意制御不全感」「多重課題遂行能力」「ながら作業傾向」の3つの因子が得られた。また項目分析と信頼性の分析から、そのそれぞれが日常的生活の中で行われる注意制御の3つの特性を測定する尺度として一定の信頼性があることがわかった。次に課題切換を含むストループ課題の成績と、日常的注意質問紙との対応を調べた結果、「多重課題遂行能力」得点と正答率の間に負の相関が見ら
れ、「ながら作業傾向」得点と反応の標準偏差との間に負の相関が見られた。この結果は、多重課題遂行能力因子に関係する項目で測定されるものは、課題遂行能力そのものではなく、被験者が自分自身の多重課題遂行能力についてもつ認知であるとの可能性が示唆された。さらに、作業検査であるクレペリン検査を実施し、その成績と日常的注意経験質問紙の関係を検討した。クレペリン検査の数量的指標や作業量に基づいたクラスター分析では、日常的注意経験質問紙との間に明瞭な関係は見られなかったが、作業量が多く、後期の作業量増大の程度が小さく、各試行における作業量の変動が少ない、という特性を持ったクラスターに属する被験者で、注意制御不全感の得点が高くなることが示唆された。D.災害発生原因とヒューマンエラー要因-災害事例からの関連の検討-: 実際に発生した災害事例の経緯について、被災者や周辺作業者の行動や認知・判断、関係する作業内容や作業環境等を詳細に記述し、そこに潜む要因や問題点を時系列的に分析した。その結果、災害は複数の些細な要因が複雑に絡み合い、様々な条件が積み重なった結果、最終的に発生していることが示され、特にヒューマンエラーや違反行動発生の背景にある当事者の心理的側面とその事態が発生する条件を明らかにし、ヒューマンファクターレベルへの対策の構築を可能とする新たな研究手法の重要性が指摘された。
結論
ヒューマンエラーの発生要因である「作業の中断(外乱の挿入)」に関しては、一定の作業系列の途中で侵入課題を付加することにより、また「注意の偏り」「急ぎ・慌て」要因に関しては、注意の空間的・時間的配分を課題で操作することにより設定した複数の認知心理学的実験を行った結果、各要因に対応するエラーが誘発可能であることが示され、その発生メカニズムについても多くの知見が得られた。さらに被験者は実験中、自身がおかしたエラーをある程度自覚することが可能であることがわかった。また個人の日常的なエラー傾向を測定する質問紙を作成し、調査・分析した結果、日常生活の中で行われる注意コントロール特性を一定の信頼性を持って測定することが出来た。また質問紙結果と実験課題パフォーマンスとの関連性を検討した結果、質問紙で測定されるものは、回答者の課題遂行能力というよりはむしろ、その課題遂行能力について持つ認知であるとの可能性が示唆され、今後の課題とした。以上の結果から、本年度実施した実験課題がエラー誘発・体験システム構築の基礎課題として利用可能であること、また日常的注意経験質問紙が個人の注意傾向を測定し、実験システムで得られた結果と合わせて教育的にフィードバックするツールとして利用可能であることが結論づけられた。

公開日・更新日

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