新しい肝がん発症予防法および治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301141A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい肝がん発症予防法および治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
橋田 充(京都大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 岡野光夫(東京女子医科大学先端生命医科学研究所)
  • 米谷芳枝(星薬科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 肝炎等克服緊急対策研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(1)薬物封入肝ターゲティング・ナノ粒子製剤の開発:肝臓への選択的な移行性を示す大豆由来ステロールグルコシド(Sit-G)修飾リポソームへ脂溶性抗癌剤であるピラルビシン(4'-O-tetrahydropyranyldoxorubicin; THP)を封入し、THP封入Sit-G修飾リポソームの肝癌治療薬としての有用性を評価した。(2)高分子ミセルを用いた抗癌剤の安定封入製剤の開発:肝臓癌への受動ターゲティングを達成する高分子ミセルキャリアシステムの構築することを目的に、新規高分子ミセル形成ブロックコポリマーとしてポリエチレングリコール?ポリアスパラギン酸側鎖に疎水性のベンジル基を様々な割合で導入した高分子ポリマーを分子設計し、難水性の抗癌剤(カンプトテシン)を内封することで、放出制御製剤としての有用性を評価した。(3)ガラクトース修飾カチオン性キャリア・pDNA複合体の肝局所動態解析:安全性の高い非ウイルス型肝細胞選択的遺伝子デリバリーキャリアの開発をin situ肝灌流実験系を用いて速度論的解析を行うことで、キャリア・レセプターの相互作用および細胞への内在化過程におけるガラクトース修飾高分子性および微粒子性遺伝子キャリアの動態特性を整理した。(4)ガラクトース修飾カチオン性リポソーム・pDNA複合体の物性制御による肝実質細胞への遺伝子導入効率の改善:複合体の粒子径増大の抑制を目的に、複合体形成時の溶媒中イオン濃度を精密に設定することによって複合体の安定化による粒子径の増大抑制が可能になると考え(電荷制御複合体)、物性を評価すると共に肝臓に対する遺伝子導入効率改善に関し評価した。
研究方法
(1)THP封入リポソームの組成には、精製卵黄レシチン(EPC)、コレステロール(Chol)、Sit-G、オレイン酸(OA)を用いた。これらの脂質成分から成る小さな空の一枚膜リポソーム(粒子径: 約80 nm)を調製し、これにTHPと糖を加え、凍結乾燥後、少量の水で復水してTHP封入Sit-G修飾リポソームを得た。平均粒子径は、電気泳動光散乱光度計を用いて測定し、薬物封入率は超遠心分離でリポソームと未封入のTHPとを分離後、上清のTHP濃度を蛍光光度で測定した。転移性肝癌モデルマウスは、C57BL/6Jマウスにマウス組織球腫M5076細胞を移植して作成した。体内動態の評価には、マウス1匹あたり1×105細胞のM5076細胞を尾静脈から移植後、10日目にTHPとして5 mg/kgを尾静脈内投与し、0.5、1、2、6、24時間後の血清および各臓器中(肝臓、脾臓、心臓、腎臓、肺)の薬物濃度をHPLC法により測定した。肝癌治療効果の評価には、M5076細胞(1×105細胞)を尾静脈から移植後3日目にTHPとして10 mg/kgで投与し、その後の生存日数より延命率を算出した。(2)高分子ミセル形成ブロックコポリマーとしてポリエチレングリコール?ポリアスパラギン酸側鎖に疎水性のベンジル基を様々な割合で導入した、種々の新規高分子ミセルを合成・開発した。これら高分子ミセルにカンプトテシンを封入し、ゲルパーミエーションクロマトおよび緩衝液中での薬物放出実験により封入効率を評価した。(3)モデル遺伝子として、ホタルルシフェラーゼ発現プラスミドDNA (pDNA)を用いた。遺伝子導入キャリアとして、ガラクトース修飾ポリエチレンイミンをLeeらの報告に従って合成した。また、糖修飾リポソームを調製するため、新規ガラクトース修飾カチオン性コレステロール誘導体 (Gal-C4-Chol) を合成し、得られた誘導体とカチオン性脂N-[1-(2,3-dioleyloxy)propyl] -n,n,n-trimethylammonium chloride (DOTMA)と中性脂質、Cholを混合し、約60 nmの糖修飾カチオン性リポソームを調製した。pDNA/キャリア複合体
の物理化学的性質に関しては、動的光散乱により平均粒子径の評価を行った。肝局所動態の解析は、放射標識pDNAを用いて、ラット肝灌流実験系により肝臓内動態を、2-compartment dispersion modelに基づいて速度論的な評価を行った。(4)pDNA/キャリア複合体の物理化学的性質に関して、蛍光共鳴エネルギー移動法(FRET)、平均粒子系の経時変化を評価した。10 mM NaClを含むpDNA溶液とガラクトース修飾リポソームを等容量で混合し、電荷制御複合体(5mM NaCl) を調製した。遺伝子発現実験は、ICRマウス(5週令、雌)に対し、30 ?g pDNAの投与量で300 ?lの複合体を門脈内より投与した。一定時間後、肝臓、肺を摘出し、臓器内でのホタルルシフェラーゼの発光を測定することで遺伝子発現の指標とした。さらに、肝局所動態の解析は、ラット肝灌流実験系により肝臓内動態を評価した。
結果と考察
(1)薬物封入率に関して、OA添加のSit-G修飾リポソーム(EPC: Chol: Sit-G: OA= 7:3:2:1)で約80%の封入率が得られ、その平均粒子径は約340 nmであった。静脈内投与後の血清および各臓器内THP濃度を検討したところ、THP水溶液投与ではTHPは血中から速やかに消失し、心臓、肺、脾臓に分布した。一方、Sit-G修飾リポソーム封入THP投与群ではTHPの分布が大きく変化し、心臓や肺への薬物分布が抑制され、肝臓への集積量が増加した。Sit-G修飾リポソーム封入THPは肝臓でのAUCを約4倍上昇し、心臓でのAUCを約半分に減少させた。また、THP水溶液投与群に比べSit-G修飾リポソーム封入THP投与群において生存日数の延長が見られた。THP投与後のマウスの体重変化を比較すると、THP水溶液群では約10%程度の体重減少を示したのに対し、Sit-G修飾リポソーム封入THP群では体重の減少はほとんど観察されなかった。(2)カンプトテシンの高分子ミセル封入安定性をゲルパーミエーションクロマトで評価した。ベンジル基の導入率を25、44、61%と上げてゆくと封入安定性が高まった。ベンジル基の導入率を75%まで高めた場合も封入安定性は同じであったが、この条件下、リン酸緩衝液中でのカンプトテシンの放出は遅くなり、半減期が24時間という長期間にわたる制御放出を達成できることが示された。(3)瞬時投与されたリポソーム・[32P] pDNA複合体の静脈側流出曲線をモーメント解析した結果、ガラクトース修飾複合体は、未修飾複合体の場合に比べて肝抽出率が高くなることが示された。さらに、ガラクトース修飾複合体は、高い組織結合性および内在化速度定数を示すことが明らかとなった。肝臓実質細胞と非実質細胞との移行比(PC/NPC比)に関しても、ガラクトース修飾複合体のほうが未修飾複合体に比べ約1.8倍高い値を示し、実質細胞選択性が増大していることが示されたが、そのPC/NPC比の絶対値は各細胞の血漿接触表面積比よりも小さく、類洞内皮の透過性が制限されていることが示唆された。一方、より小さな複合体を形成するカチオン性高分子のポリエチレンイミンでは、カチオン性リポソームの場合に比べ高い実質細胞移行性を示したことから、複合体の粒子径が組織移行の重要な因子の一つであることが推察された。(4)グルコースとNaClからなる等張溶液中における各種ガラクトース修飾複合体の粒子径を測定した結果、低濃度(5 mM)のNaCl存在下複合体(電荷制御複合体)の粒子径は最小となり、そのときの平均粒子径は120 nmとなった。また、電荷制御複合体の場合には、グルコースのみからなる溶媒で調製した場合に比べ、生理食塩水で希釈した際の凝集速度が小さくなることが示された。そこで両複合体をマウス門脈内に投与し、肝臓での遺伝子発現を検討したところ、電荷制御複合体では、肝臓での遺伝子発現が20倍増大し、標的の肝実質細胞で特に高い値を示した。
結論
THPをSit-G修飾リポソームに封入することにより肝臓へ送達することが可能となり、肝癌に対するTHPの新たな有用性を見いだすことができた。また、カンプトテシンを安定性高く高分子ミセルに封入することに成功した。また、肝癌に対するIFN遺伝子による遺伝子治療の実現に向けて、肝灌流実験系を用いてガラクトース修飾遺伝子キャリアの肝臓組織での
局所動態を解析し、粒子径の生体内での増大が遺伝子導入効率の障壁であることを明らかにした。さらに、遺伝子導入キャリアの粒子径の増大を制御する新規設計により、肝細胞におけるin vivo遺伝子導入効率を大きく改善することに成功し、IFN遺伝子導入のための新規キャリアシステムに得ることが示された。これらの知見は、今後の新しい肝癌治療法の確立において有益な基礎的情報を提供するものと思われる。

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