慢性肝障害合併肝癌の治療適応決定のための肝炎・肝硬変DNAチップの開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301139A
報告書区分
総括
研究課題名
慢性肝障害合併肝癌の治療適応決定のための肝炎・肝硬変DNAチップの開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
森 正樹(九州大学生体防御医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 宇都宮徹(九州大学生体防御医学研究所)
  • 井上 裕(九州大学生体防御医学研究所)
  • 三森 功士(九州大学生体防御医学研究所)
  • 渡邊五朗(虎の門病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 肝炎等克服緊急対策研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国の肝癌罹患者では8割以上に慢性肝炎・肝硬変が併存しており、肝癌治療にあたっては常にその併存肝疾患の重症度を正確に把握することが必要となる。従来より肝機能(予備能)評価法としてChild分類や臨床病期分類などが汎用されてきたが、いずれもその正確性において一定の限界があり客観的な評価法とはなり難い。そこで本研究ではDNAマイクロアレイ法を用いて、より正確・客観的で標準化可能な肝炎活動性や肝線維化などの評価法を確立し、個人レベルで併存肝疾患に応じた適切な肝癌治療法選択に役立てることを目的とする。
研究方法
研究は3年計画で行い、平成13年度は肝癌患者からの非癌部切除標本及び臨床データ収集とDNAマイクロアレイ法の実践応用を行った。平成14年度からは、ラットを用いた基礎的検討と非癌部切除標本を用いた臨床的検討の実際を開始した。平成14年度は、基礎的検討を中心に行った。0.05% thioacetamideの自由飲水3ヶ月間によるラット肝硬変モデルを作製し肝線維化率をAZAN染色による面積比で算出した。cDNAマイクロアレイ法(14,815遺伝子)を用いて遺伝子発現を解析した。20頭のtraining sampleにおいて肝線維化率と相関の強い上位95遺伝子の発現パターンにより算定された肝線維化予測値は、肝線維化率実測値と極めて良く相関した(R=0.910, P<0.001)。6頭のtest sampleにおいても、本法によるスコア化の妥当性が実証された(R=0.908, P<0.05)。以上より、肝線維化関連遺伝子の発現パターンのみを検索することにより肝線維化の程度を評価できる可能性が示された。平成15年度は、平成14年度に得た基礎的検討結果を踏まえ臨床的検討を中心に研究を進めた。当研究所、虎の門病院、飯塚病院、広島日赤病院、大分日赤病院の5施設において倫理委員会の承認及び患者インフォームドコンセント取得のもと非癌部切除標本の採取を行ってきた。非癌部切除標本のDNAマイクロアレイ(12,814遺伝子)解析を行った。臨床的肝機能評価は、GPT値、ICGR15値、プロトロンビン時間、IV型コラーゲン・7S、ヒアルロン酸等の血液検査と病理所見を用いた。臨床例においても肝線維化率をAZAN染色による面積比で算出した。更に、新犬山分類に則り、2人の病理医によりStaging (F0~F4)とGrading (A0~A3)を決定した。同一症例での非癌部切除標本と肝生検標本におけるDNAマイクロアレイ解析も行った。(倫理面への配慮)当研究は「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(平成13年3月29日)」に厳密に従い、十分なインフォームドコンセントを得た患者から新たに採取された組織、血液について遺伝子発現解析を行っている。当該研究施設にはすでに倫理委員会が設置されており、十分な審議を得ている。また施設内に患者情報管理者を置いており、患者の個人情報と遺伝子発現解析結果は管理者のもとに厳重に分割管理され、情報の漏洩防止には十分の配慮を払っている。
結果と考察
(1) 基礎的検討:ラット肝硬変モデルを作製し肝線維化率と相関の強い上位95遺伝子の発現パターンにより算定された肝線維化予測値(定量化スコア)は、肝線維化率実測値と極めて良く相関することをsupervised lening法にて実証した。すなわち、年齢・性・肝障害の要因などを統一した肝硬変モデルにおいては、肝線維化関連遺伝子の発現パターンのみを検索することで肝線維化の程度を評価できることを実証した(特願:P0188T)。
(2) 臨床的検討:肝がん74例の非癌部切除標本を用いてAZAN染色を行い、実測線維化率を測定した。本線維化率は9視野(弱拡40倍視野)の平均であり、1cm2以上の広範かつ十分量の切除肝組織によってのみ決定される指標であり、肝生検組織など他の評価法では到底決定できない肝線維化の程度を評価する教師値としての指標である。DNAマイクロアレイの解析結果と実測線維化率との関連より「support vector regression法と変数増加法を組み合わせた解析法」を用いて27個の肝線維化関連遺伝子群を決定した。これら27遺伝子を用いて算出した肝線維化の定量化スコアは実測線維化率と良く相関した(R=0.94)。suppervised leaning 法であるleave-one-out法を用いてもR=0.84と良好であった。同様の症例において、実測線維化率と既存の肝機能検査(肝線維化マーカーを含む)との相関係数をみると、良好な順に、IV型コラーゲン・7S:0.65、ICGR15:0.53、PT:0.51、アルブミン値:0.45、血小板数:0.38、ヒアルロン酸:0.36、ヘパプラスチンテスト:0.28であった。以上の如く、教師値としての実測線維化率を最も良く反影する既存の指標はIV型コラーゲン・7S:0.65であるが、遺伝子発現パターンに基づく定量化スコア:0.94を用いることで格段に精度を向上できることが明かとなった。一方、肝炎活動性の指標の一つであるGPT値と非癌部切除標本のDNAマイクロアレイ解析結果より「support vector regression法と変数増加法を組み合わせた解析法」を用いて5個の肝炎活動性関連遺伝子群を決定した。これら5遺伝子を用いて決定した肝炎活動性の定量化スコアはtraining sample 46症例においてGPT値と良く相関した(R=0.61)。leave-one-out法を用いてもR=0.59と比較的良好であった。また、全く独立する12症例においてもR=0.61と良好な相関を示した。更に、もう一つの肝炎活動性の指標である新犬山分類に基づいて決定したGrading (A0~A3、2人の肝臓病理医のGrading scoreの平均値を用いた)と肝がん51例の切除非がん組織のDNAマイクロアレイ解析結果より「support vector regression法と変数増加法を組み合わせた解析法」を用いて5個の肝炎活動性関連遺伝子群を決定した。これら5遺伝子を用いて決定した肝炎活動性の定量化スコアはtraining sample 41症例において組織学的なGradingと良く相関した(R=0.64)。leave-one-out法を用いてもR=0.61と良好であった。また、全く独立する10症例においてもR=0.76と良好な相関を示した。臨床応用を考慮したとき標本の採取は肝生検によることが想定される。同一症例の非癌肝組織より18G、20Gの生検針にて肝組織を採取し、切除組織と遺伝子発現パターンを比較した。Rosetta Luminator 1.0 (Agilent社製解析ソフト) による解析で有意差を認める約2000遺伝子において、生検組織と切除組織での相関係数はR=0.95、一致率は99%であった。クラスター解析でも一つのクラスターに分類された。20Gの肝生検針(ACECUT)にて15.3±1.4μgのtotal RNAを採取可能である。 われわれは平成15年12月以後、Agilent社製オリゴアレイ(約17000遺伝子搭載)へ全面的に切り替えてDNAマイクロアレイ解析を行っているが、解析に必要なtotal RNA量は0.05-0.5μgである。現在22Gと23G(受注生産のため現在納品待ち)の肝生検針にて検討予定であるが、極細の肝生検針にて採取した極く微量の組織にて非癌部切除標本にて得られた解析結果と同様の評価が可能であると確信している。現在の肝生検による病理学的評価では、病理医の主観が入り決して客観的評価とはなりえない。新犬山分類の場合4ないし5段階の評価(単なるグルーピングで定量性に劣る)であり、例えば同じF2でもF1に近いF2とF3に近いF2では大きく異なる。我々の定量化スコアを用いれば客観的かつ詳細な数値として肝障害度(線維化や肝炎活動性)を評価できる。更に、肝生検ではある一定以上の組織(通常、非癌肝組織の評価では18G以上の針を用いる)が必要であり、これは科学の進歩によっても改善の余地は少ない。一方、分子遺伝学的手法を用いた我々の定量化スコアでは従来では考えられないような極細の針で低侵襲下に組織を採取し解析
可能であり、このことは今後の科学の進歩によって更に改善(精度、解析時間、コストなど)されることが期待される。臨床応用に関しては、最終的に絞り込んだ数十の遺伝子のみの解析で安価に評価する方法の開発を企業との共同で進めている。
結論
本研究では、客観的かつ正確で標準化可能な肝機能評価法として肝炎・肝硬変DNAチップを開発することを最終目標とする。平成14年度は、ラット肝硬変モデルを用いて肝線維化関連遺伝子の発現パターンのみを検索することにで肝線維化の程度を評価できることを実証した。平成15年度は、臨床的に非癌部切除標本においても同様に評価できることを示した。特に、既存の血液検査で最も精度の高かったIV型コラーゲン・7Sと比べても格段に精度が高いことを示した。新犬山分類などの病理学的評価は病理形態をそのままの形で評価できるという利点があるものの肝障害度を評価するには客観性・定量性の面で限界がある。遺伝子発現に基づく定量化スコアは、組織をホモジナイズするため形態は無視することとなるが、客観性・定量性の面では勝る。極細の肝生検針にて採取した極く微量の組織にて評価可能となれば、現在世界中で行われている肝生検の既成概念を大きく変化させるものと考えられる。

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