トランスジェニック・マウスを用いた肝発がんメカニズムの解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301127A
報告書区分
総括
研究課題名
トランスジェニック・マウスを用いた肝発がんメカニズムの解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
小池 和彦(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木哲郎(国立感染症研究所)
  • 塚本和久(東京大学)
  • 森屋恭爾(東京大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 肝炎等克服緊急対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
C型肝炎ウイルス(HCV)は慢性肝炎、肝硬変そして肝細胞癌(肝癌)を引き起こし、我が国における肝癌発生の最大の原因であり、国民にとっての大きな脅威であるとともに、医療社会経済学的にも多大の負担をもたらしている。HCV感染症における肝発癌機序としては、肝炎による炎症説と肝炎ウイルスそのものによる直接発癌作用説の二つが考えられている。しかし、HCV感染症における肝発癌の特徴は、極めて高率な発癌率と多中心性発癌であるが、このことは炎症のみではHCV感染症における肝発癌が説明できないことを示している。
私たちは、HCVが肝発癌に直接的に関与しているとの仮説のもとに、HCVのコードする蛋白が持つ肝発癌活性をトランスジェニックマウスの系を用いて検証してきた。これまでに樹立したHCV遺伝子導入トランスジェニックマウスのうち、コア遺伝子トランスジェニックマウス(以下、コアマウス)は、若齢においてヒト慢性C型肝炎の組織像の特徴の一つである肝脂肪化(steatosis)を呈した後、寿命の2/3を経て肝癌が発生し、ヒトにおける肝癌発生に酷似した病像を示している(Nature Med 4:1065-1068,1998)。すなわち、HCVの直接的な肝発癌活性を証明している。HCVコア蛋白のもつ肝発癌作用を中心として、HCVのもつ肝発癌作用、その機序を明らかにし、慢性C型肝炎患者における肝発癌抑制法の開発を目指す。
研究方法
ヒトHCV関連肝発癌の動物モデルであるコアマウスおよび他のHCV遺伝子トランスジェニックマウスを用いて、HCV感染症における肝発癌機序の解明を目指し、その結果を応用して慢性C型肝炎患者における肝発癌抑制法の開発を目指す。また、マウスで得られた結果をC型肝炎患者においても検討する。
マウスの肝臓における細胞遺伝子発現の変化をマイクロアレイで検討する。また、サイトカイン、サイトカイン受容体、癌遺伝子、増殖因子、増殖因子受容体の発現も経時的に検討する。
ウイルス肝炎、肝発癌において酸化ストレスが重要な役割を果たすことが提唱されている。PAF (platelet activating factor)-AH (acetylhydrolase)は活性型の過酸化脂質を水解することにより酸化ストレスを軽減すると考えられている酵素であるが、一方その水解産物であるリゾリン脂質・酸化脂肪酸が酸化ストレスを惹起する可能性も示唆されている。PAF-AH、SODなどの抗酸化作用を有する酵素が肝炎・肝細胞癌発癌にどのような効果をもたらすかを検討する。
肝のミトコンドリア分画を精製し、プロテオーム解析を行ない、HCV感染症における肝細胞ミトコンドリアの異常について明らかにする。
ヒトC型肝炎患者におけるアポリポ蛋白を含めた脂質代謝異常について詳細な検討を行なう。
結果と考察
肝脂肪化を経て肝細胞癌を発生するコアマウスを用いて研究を行なった。
(1) コアマウスにおいては、組織学的な炎症像なしに活性酸素(reactive oxygen species, ROS)の発生が増加していることが判明した。C型肝炎における肝発癌のメカニズムのひとつと考えられる。また、コアマウス肝とヒト患者肝において、サイトカインTNF-αとIL-1βの発現が増加していることもこの病態に関与していることも明らかとなった。
(2) コアマウスにおいては、組織学的な炎症像なしに活性酸素(reactive oxygen species, ROS)の発生が増加していることが判明した。ROS産生の起源としてミトコンドリアが想定される。ミトコンドリアのプロテオーム解析を行った。細胞増殖への関与やミトコンドリアシャペロンとして働くprohibitinのコア蛋白による発現亢進が明らかとなった。また、antioxidantに関わるMnSOD、電子伝達系を担うcomplex III, ATP synthaseなどの発現変化を見出した。
(3)コアマウスにエタノールを投与し、細胞遺伝子発現、肝発がんに与える影響を検討した。エタノール投与によりROSの産生が著増した。また、細胞増殖に関連する伝達経路であるMAPKの系のうちp38とERKがエタノール投与によって有意に活性化された。
(4) PAF-AHを過剰発現させたマウスの血清から精製したPAF-AHに富んだリポ蛋白を用いて、PAF-AHの1)酸化ストレスによる脂質過酸化に及ぼす効果、2)過酸化脂質によるマクロファージ泡沫化・脱泡沫化に及ぼす効果、を検討したところ、PAF-AHを過剰に含有するリポ蛋白は酸化ストレスに抵抗性を有し過酸化脂質の産生が抑制されること、過酸化脂質によるマクロファージの泡沫化を低下させること、が判明した。以上より、PAF-AHは、酸化ストレスによる生物学的作用を減弱させることが確認された。PAF-AH (PAF acetylhydrolase)を肝臓に強発現させることが、ウイルスによる肝障害に対してどのような効果を及ぼすかを検討した。その結果、アデノウイルスベクターの感染により一般に惹起される肝障害が、PAF-AHを発現させることによりほとんど消失することが判明した。
(5)C型慢性肝炎と2型糖尿病の関連性が示唆されているが、肥満や肝硬変といった要素の存在のため、C型肝炎とDMの明確な関連性は示されていない。コアマウスでは、1?2ヶ月齢の若齢から正常マウスに比べて有意なインスリン抵抗性を示した。インスリン抵抗性は主として肝由来であり、インスリン受容体基質(IRS)-1のチロシンリン酸化の抑制が認められた。HCV蛋白とインスリン抵抗性のダイレクトな関連性が示された。
コア遺伝子トランスジェニックマウスでは、肝において活性酸素(ROS)の産生が増加していた。このROS産生が、肝炎という炎症無しにコア蛋白によって惹起されていることは非常に重要である。コア遺伝子マウスにおけるROS産生の機序としては、ミトコンドリアの機能異常が想定されている。すなわちHCV感染症は、炎症不在のもとで、すでにROSの産生過剰状態なのである。ここへさらに炎症やアルコールが加わると、ROSの更なる過剰発生が起こり、抗酸化系によっても充分にスカベンジされなくなる。このことはC型肝炎における炎症が、他の肝炎、例えば自己免疫性肝炎における炎症とはROSの産生において異なっている可能性を示している。
一方では、コア蛋白は肝細胞核内へも一部が移行し、細胞遺伝子の発現を撹乱している。発現の変化した細胞遺伝子の例としては、腫瘍壊死因子(TNF)-?やインターロイキン(IL)-1?が挙げられる。この下流にある3つのシグナル伝達経路(JNK, p38, ERK)のうち、JNKだけが活性化されている。さらに、最終的に転写因子AP-1による転写を活性化し、癌化等の病原性をもたらしていると考えられる。興味深いことに、ヒトC型慢性肝炎で見られ、培養細胞へのコア蛋白の一過性発現によっても惹起されるNF-kB活性化は全く認められなかった。ヒトC型慢性肝炎でのNF-kB活性化は炎症に付随するものと考えられる。培養細胞においても、持続的にコア蛋白を発現させるとNF-kB活性化は認められないことから、NF-kB活性化はコア蛋白による作用ではなく、急性ストレスに対する細胞の反応と考えるのが妥当であろう。また、アルコール投与によって、これらの細胞内シグナル伝達の変化が起こり、先のROSの産生と相まってHCVとアルコールの肝発がんにおける相乗作用を説明しているのだと考えられる。
このように、HCVコア蛋白は、特異的な肝脂肪化、ROSの産生、細胞遺伝子の転写亢進、細胞内シグナルや転写因子の活性化、等の一連の現象を引き起こす。コアマウスにおいては、組織学的には炎症像は無いが(histological inflammation)、生化学的には炎症が既に起こっている(biochemical inflammation)とも言えよう。すなわち、HCVが感染した時点において、C型肝炎における炎症の質は、B型肝炎や自己免疫性肝炎とは、既に異なったものとなっている。これによって、C型慢性肝炎における高頻度かつ多中心性の肝発癌が説明可能となる。
結論
HCVは、ROSの産生と細胞内遺伝子発現の修飾という二つの経路を介して、肝発がんに直接的に(ウイルス側の因子として)関与していることが明らかとなった。前者においては、肝細胞のミトコンドリアがROS産生において主要な役割を演じることも明らかになってきている。ミトコンドリアを保護する方策をとることによって、C型肝炎における肝発がんを抑制できる可能性が示されたといえる。また、細胞内遺伝子発現、細胞内シグナル伝達の変化も肝発がんにおいて大きな役割を演じることも次第に明らかになってきている。

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