肝炎ウイルスによる宿主細胞がん化メカニズムの解明に関する研究

文献情報

文献番号
200301125A
報告書区分
総括
研究課題名
肝炎ウイルスによる宿主細胞がん化メカニズムの解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 宣之(岡山大学)
研究分担者(所属機関)
  • 下遠野邦忠(京都大学ウイルス研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 肝炎等克服緊急対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
C型肝炎ウイルス(HCV)の数十年に亘る持続感染が肝発がんに重要な要因であることがこれまでの研究で示されているが、早期の肝がん組織において共通した特定のがん遺伝子やがん抑制遺伝子の異常は認められていない。我々は、細胞にとって異質なHCV感染それ自体が宿主側遺伝子の不安定化や細胞増殖の変化を徐々にもたらすように作用し、最終的な肝発がんに至るのではないかと考えている。また、HCVの持続感染状態を維持するために、HCVが感染に対する生体防御機構である免疫、特にインターフェロンシグナル伝達系の機能低下を引き起こしている可能性も考えられる。そこで、我々は、これらの点を実験的に検証し、肝発がんのメカニズムの解明に迫るとともに、得られた研究成果を肝発がんの予防に役立てることを目的として以下の4つを柱として研究を進めている。(1)HCVが宿主側のDNA修復能を低下させる可能性の追究(2)HCV蛋白質による細胞の増殖変化に関する解析(3)HCVの複製増殖制御機構の解析(4)HCV陽性肝がん組織における変異遺伝子の解析。今年度は(1)~(3)の項目につき研究を展開した。
研究方法
(1)「HCVが宿主側のDNA修復能を低下させる可能性の追究」については、これまでに、ヒト不死化肝細胞を用いてマイクロサテライト不安定性を定量的に測定できる新しいアッセイ系を構築し、HCVコア蛋白質がマイクロサテライト不安定性を増強することを見い出しているので、その分子機序の解析を行う。昨年度構築した8-oxoグアニンに関する塩基除去修復能をヒト不死化肝細胞において定量的に測定できるアッセイ系を用いて、HCV蛋白質の影響を調べる。
(2)「HCV蛋白質による細胞の増殖変化に関する解析」においては、昨年度見い出したコア蛋白質による核内ホルモン受容体の活性化機構を解析する。HCV 1B-2株由来の新規HCVレプリコン細胞株の樹立を試みる。これまでに得られているHCV 1B-1株由来の50-1レプリコン細胞とHCV 1B-2株由来の新規HCV レプリコン細胞をインターフェロンで処理することにより、それぞれの細胞よりHCVレプリコンを排除した「Cured細胞」を作成し、HCVレプリコン細胞とCured細胞間で約10,000遺伝子についてのマイクロアレイ解析を行う。ヒト不死化細胞においてHCV蛋白質を発現させ、細胞周期や細胞増殖能に及ぼす影響を解析する。
(3)「HCVの複製増殖制御機構の解析」においては、昨年度、樹立に成功した9種類のインターフェロン抵抗性HCVレプリコン細胞の性状解析(レプリコンRNAの細胞内レベル、インターフェロンに対する抵抗性の程度など)を行う。インターフェロン抵抗性レプリコン細胞内で増殖しているレプリコンRNAの遺伝子解析を行う。親株のインターフェロン感受性レプリコン細胞と樹立したインターフェロン抵抗性レプリコン細胞間で約20,000遺伝子についてのマイクロアレイ解析を行う。HCVゲノム複製を制御する細胞側因子の解析を行うために、市販されている各種薬剤をレプリコン細胞に投与して、レプリコンゲノムの複製変化を調べる。複製を強く抑制する試薬が見つかった場合に、その試薬の作用機序を指標にして複製の分子機構および複製制御の分子機構の解析を行う。
結果と考察
(1)マイクロサテライト不安定性のコア蛋白質による増強がミスマッチ修復機構に関与する一群の遺伝子の機能低下による可能性を解析した。コア蛋白質を恒常的に発現させたヒト不死化肝細胞を作成してコア蛋白質の影響を調べたが、少なくともhMLH1, hMSH2, hMSH6, hPMS2, hMSH3, hPMS1遺伝子の発現量には変化が認められなかった。従って、コア蛋白質による
マイクロサテライト不安定性の増強効果はミスマッチ修復関連遺伝子の発現低下とは異なる機構で起こっていることが示唆された。人工的に修飾を施した8-oxoグアニンを有するプラスミドを細胞内に導入することにより、塩基除去修復能を定量的にアッセイできる系を用いて、HCV蛋白質の存在による影響を調べた結果、HepG2細胞においてコア蛋白質が塩基除去修復能を低下させる効果があることが分った。このような効果はHCVのNS5Aでは認められなかった。これらの結果はその分子機序は不明ではあるが、コア蛋白質がDNA修復能を低下させる活性を有することを示唆していることから、他のヒト非がん細胞においてもこのような現象が認められるかどうかを検討する必要がある。
(2)異なる量のコア蛋白質を発現する細胞を樹立して、それらの細胞の増殖特性を解析し、コア蛋白質が核内ホルモン受容体を活性化することを昨年度見いだしているが、本年度は、その活性化機構を解析した。コア蛋白質が細胞の転写抑制因子Sp110bの機能を阻害することを示唆する結果を得た。このことは、Sp110bによる他の転写因子の機能をもコア蛋白質が変化させる可能性を有することを示唆する。そこで、Sp110bによる細胞内転写因子の抑制作用を調べた。その結果、核内ホルモン受容体以外の転写因子の機能も抑制されることがわかった。このことからコア蛋白質が細胞内の各種転写因子の機能をSp110bを介して制御していることを示唆された。
HCV 1B-2株を感染させたヒト不死化肝細胞よりHCVゲノムのNS領域をコードするcDNAを回収して、それをもとにして新規HCVレプリコン細胞株、1B-2R1を樹立した。HCVレプリコン1B-2R1の性状解析を行い、細胞内で効率よくレプリコンの複製が起こっていることを確認した。
昨年度樹立したHCV 1B-1株由来のHCV 50-1レプリコン細胞と今年度樹立したHCV 1B-2R1レプリコン細胞をインターフェロン-αで処理することにより、それぞれの細胞よりHCVレプリコンを排除した「Cured細胞」を得た。これら2種類のHCVレプリコン細胞とCured細胞間で約10,000遺伝子についてのマイクロアレイ解析を行った。その結果、これら2組の比較解析で共通してHCVレプリコン細胞において2倍以上発現レベルが上昇する2遺伝子と1/2以下に低下している6遺伝子を同定した。今後、これらの遺伝子の発現レベルがHCVレプリコンにコードされているどの蛋白質によるものなのかを解析する必要がある。
ヒト不死化細胞にNS5B蛋白質を発現させると、インターフェロン-βが産生され、S期進行阻害が引き起こされることが観察された。このような現象は、HeLaやHuh-7などのヒトがん細胞では認められなかったことから、自然免疫系が正常に働く細胞系においてのみ認められる現象であることが示唆された。
(3)昨年度得られた9系統のインターフェロン抵抗性レプリコン細胞のインターフェロン抵抗性の程度について解析した。その結果、インターフェロンに部分的抵抗性を示す5系統とインターフェロンに完全抵抗性を示す4系統に分類することができることが分った。これらのレプリコン細胞はインターフェロン-αとインターフェロン-βの両方に抵抗性を示した。インターフェロンに抵抗性を示すレプリコンRNAの塩基配列を解析した結果、NS4B領域に単純継代培養を12ヶ月間行っても出現しないアミノ酸置換が1箇所、すべてのインターフェロン抵抗性レプリコンに認められた。それ以外には、インターフェロンに完全抵抗性を示すレプリコン RNAにのみNS5A領域にそれぞれの系統に特異的なアミノ酸置換が認められた。親株の50-1レプリコン細胞と樹立したインターフェロン抵抗性レプリコン細胞間で約20,000遺伝子についてのマイクロアレイ解析を行い、インターフェロン抵抗性レプリコン細胞において10倍以上発現量が高進している10遺伝子と10分の1以下に低下している6遺伝子を特定した。
市販の薬の中にHCVゲノム複製を阻害するものがあるかをレプリコン細胞を用いて解析した。約100種類の薬についてHCVの複製に及ぼす影響を調べた結果、インターフェロン-αおよびインターフェロン-βに加えて、サイクロスポリンAに強い抗HCV複製効果を見いだした。サイクロスポリンAと類似の免疫抑制剤であるFK506にはこのようなHCVゲノム複製抑制能は観察されなかったことから、サイクロスポリンAの免疫抑制能以外の働きがHCVゲノムの複製阻害に重要であると考えられた。さらに解析した結果、免疫抑制能がないサイクロスポリンの誘導体でもHCVゲノム複製抑制能が存在することを確認した。
結論
(1)コア蛋白質によるマイクロサテライト不安定性の増強効果はミスマッチ修復関連遺伝子の発現低下とは異なる機構で起こっていることを示した。コア蛋白質が塩基除去修復能を低下させることを示した。
(2)コア蛋白質が核内ホルモン受容体を活性化する機構として、コア蛋白質が細胞の転写抑制因子Sp110bの機能を阻害することを示した。新規HCVレプリコン細胞株、1B-2R1を樹立した。HCVレプリコンの存在により発現量に変化を受ける遺伝子群をマイクロアレイ解析により特定した。NS5B蛋白質を細胞内で発現させると、インターフェロン-βが産生され、S期進行阻害が引き起こされることを明らかにした。
(3)インターフェロン抵抗性レプリコン細胞はインターフェロンに部分的抵抗性を示すものと完全抵抗性を示す2種類存在することを明らかにし、レプリコンゲノムにも特徴的な遺伝的変異が認められることを示した。サイクロスポリンAに強いHCVゲノム複製阻害活性を見いだし、その作用機序を解析した。その結果、免疫抑制能以外の働きによることを明らかにした。
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