痴呆性老人の特性に配慮した歯科医療の在り方に関する研究(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
200301096A
報告書区分
総括
研究課題名
痴呆性老人の特性に配慮した歯科医療の在り方に関する研究(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
植松 宏(東京医科歯科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 稲葉 繁(日本歯科大学)
  • 植田耕一郎(新潟大学)
  • 森戸光彦(鶴見大学)
  • 渡辺 誠(東北大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
14,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
痴呆性老人の増加は後期高齢者の増加と共に加速されるものと予測されている。歯科の領域からみると、これら痴呆性老人は歯科治療に対する理解を得ることが困難であったり、作成した義歯に慣れることがなかったりさまざまな問題がある。しかし、口腔機能を保ち、低下させないことは、健康を維持し、ひいては介護予防の面からも等閑視できない。そこで本研究では、痴呆性高齢者の特性を考慮した歯科医療の在り方について多くの病院、大学などで、それぞれの専門性を生かした究明を試みた。
研究方法
1)痴呆性老人の口腔内環境とその対処法については以下の3つのテーマ別に究明した。(1)要支援・要介護1の事例を調査対象とし、自立支援プログラムを実施した同一事例、同一項目で、平成14年10月と12月の2時点で質問紙法により、担当事例のアセズメント結果を比較した。(2)精神病棟の痴呆患者の舌背のCandidaを測定した。(3)市販の電動歯ブラシの先端部分を独自に開発・改良し効果をみた。2)痴呆性老人の口腔内環境の評価法の確立については以下の2つのテーマにて究明した(1)口臭測定のための、水晶発振子を利用した回路を作成した。(2)歯科医療の妨げとなっている因子の究明と対処法の確立については4つのテーマを立てて究明した。(1)痴呆患者の口腔内の所見と要介護度、自立度、食事介助の有無などとの関連を調べた。(2)協力がなくても義歯製作に必要な、下顎位を決めることができる装置の考案を試みた。(3)義歯装着と口腔内所見および精神・身体機能評価の関連を調査した。(4)精神病院に入院中の痴呆老人患者を対象とし、調査対象者の日常生活動作能力、ADLとの関連を評価した。4)摂食機能の実態把握と対処法の確立については7つのテーマを立てて究明した。(1)経管栄養に至る経緯について調査した。(2)栄養状態を反映する指標として考えられる血液検査値を口腔ケア開始時(介入前)および6カ月(介入後)の時点で測定し検討した。(3)全国の老人施設から無作為抽出し、アンケートを行った。(4)介護老人福祉施設利用者を対象に、RSSTと、食事状況を対応させて調査した。(5)摂食・嚥下障害の評価法として嚥下造影検査(VF)が最も信頼度が高いとされているが、判断基準がないのでそのスコア化を試みた。(6)無歯顎の高齢者を対象とし、VF下にて上下総義歯の装着と非装着の2条件で嚥下運動をみた。(7)ビデオ嚥下造影にて一連の摂食・嚥下運動をビデオテープに記録し軟口蓋の役割をみた。5)歯科医療の実践が痴呆性老人のADLを改善させる可能性についての研究は以下の3つのテーマを立てて究明した。(1)健診参加者でMRI画像撮影を希望した健常高齢者を対象とし、歯科パラメータと脳灰白質容積との相関を検索した。(2)健康な若年者と高齢者の2群についてfMRIを用いて咬合刺激による大脳皮質の賦活化、および記憶タスクにリンクした海馬の賦活状態のマッピングとその定量解析を行った。(3)比較的認知機能の維持された者を対象とし、これを無作為に2群に分け、専門的口腔ケア介入群と対照群とした。専門的な口腔ケアを週に1回、1年間いその結果を検討した。4)85名の痴呆性老人を対象に機能的口腔ケアを実施し、簡易舌圧測定器で舌機能の改善をみた。
結果と考察
1) 痴呆性老人の口腔内環境とその対処法については次の事柄が明らかになった。(1)、痴呆性老人の口腔ケアの自立度は、2カ月間で低下した。従って、自立度の低下を想定して先手をうつ口腔ケアを行う必要がある。(2)介助によるケアによりCandidaは経時的に減少し、低いレベルで推移させることができた。口腔ケアに抵抗があっても継続する
価値がある。(3)口腔ケア支援機器による口腔ケア開始後、口腔清掃度は経時的に改善した。2)痴呆性老人の口腔内環境の評価法の確立については次の事柄が明らかになった。(1)各センサの最大周波数変化量を元に主成分分析を用いて解析を行った結果、3種をパターン分離する事が出来た。この結果は高湿度の条件下で口臭の主要な原因である各硫化物の識別が可能な事を示唆している。3)歯科医療の妨げとなっている因子の究明と対処法の確立については次の事柄が明らかになった。(1)痴呆患者の平均残存歯数を全体でみると、むせる群」の方が残存歯がやや多かった。特に咬合支持歯がない場合むせることが最も多かった。従って咬合に役立たない残存歯は却って嚥下に不利益をもたらすことがある。(2)考案した装置と従来の開口度測定器の測定値を比較すると、いずれも高い相関を示した。なかでも相関が最も高く且つ実用的なのは下顎体底部?鼻尖間の距離の測定である。そこで、この測定に適した装置を考案し、すでに特許申請中である。(3)精神機能がNMで20点以上、身体機能がN-ADLで15点以上、生活の自立度がADLで13点以下、BMIが13.5mg/dL以上であれば義歯使用は十分に可能である。しかし、これ以下になると、その低下程度と平行して義歯使用が不可能になってくるものと考えられた。以上の事実を義歯使用の可否の判断材料にすべきである。(4)義歯装着の有無と口腔ADL変化をみると、1年間で大きな変化はなかった。従って、痴呆の有無または義歯の有無という視点だけで痴呆性老人の精神、身体状況を分析するのは限界がある。4)摂食機能の実態把握と対処法の確立については次の事柄が明らかになった。(1)経管栄養管理へ移行となった直接的原因としては、発熱が5名で最も多く、そのうちの3名が誤嚥性肺炎の診断を受けていた。摂食・嚥下障害の重要性は痴呆性老人にとっても深刻な問題であることが明らかになった。(2)研究開始時(介入前)に比較して6ヵ月後(介入後)に血清アルブミン値が改善した。口腔ケアの介入は痴呆性老人においても効果を上げうることが明らかになった。(3)利用者の食物形態を決定する際は、以前の形態通り、あるいはそれを参考にしている施設が72.5%と最も多くかった。しかし、利用者の34.3%が食べにくい、飲み込みにくいと感じたことがあった。従って、機能に応じた食品が選べる指標が必要であり、すでに作成を開始した。(4)従来、主観的な印象のみで評価されてきた重症度を客観的に評価する指標を開発した。(5)義歯装着時とくらべ,義歯非装着時には,舌骨,喉頭の挙上量が増加した。従って、義歯非装着時は嚥下時の運動量が増加し疲労が増加する可能性が考えられた。(6)嚥下の際の軟口蓋の動きを明らかにした。発音発声に有利な口蓋挙上床も、嚥下時には障害となるので使用には注意すべきであろう。5)歯科医療の実践が痴呆性老人のADLを改善させる可能性の研究については次の事柄が明らかになった。(1)口腔状態と脳灰白質容積との相関を検索したところ、それぞれ有意な正の相関が認められた。(2)fMRIを用いて咬合刺激による大脳皮質の賦活化、および記憶タスクにリンクした海馬の賦活状態のマッピングとその定量解析を行った結果、fMRIにて咬合刺激により皮質運動野、体性感覚野、補足運動野、小脳の神経活動の増強が認められた。また咬合刺激により海馬の賦活化が得られ、その程度は年齢に依存することがわかった。以上より痴呆性老人では経口摂取を確保することが重要であることが示唆された。(3)口腔ケア介入群では、対照群と比較し有意にそのQOLの低下が抑制された。(4)口腔ケア介入により口蓋に対する舌の最大押し付け圧の上昇が認められた。軽度痴呆を有する高齢者に対する集団訓練においても口腔機能の改善が認められることを示した。
結論
痴呆性老人の歯科医療の在り方を考える上で最も重要な点は、痴呆性老人に特有の口腔症状、疾病がないことである。現存する症状、疾病は痴呆が発現する以前の口腔ケアの結果であることが通例である。従って先手を打って口腔ケアを行い、よい口腔内環境を保つことが最も重要であると痛感した。また、痴
呆性老人においても、口腔ケアの介入によってADLおよびQOLの改善が認められる所見が得られた。痴呆というだけで無駄と思わず、口腔ケアなど積極的な働きかけを怠らないよう努めるべきであろう。さらに、このような外部からの働きかけを行うことが、メカニズムは未だ不明であるが、本人のADLの向上につながることが明らかとなった。積極的な口腔ケアは痴呆性老人の生活全般に好ましい方向に作用する。病院や施設は歯科医療の過疎地域である。歯科を有する病院が著しく減少しつつある傾向は憂慮すべき状況だである。今後、痴呆になっても、十分な口腔ケアを中心とした歯科医療が受けられるよう、医療の現場に歯科が関わりを保てるシステムの構築が待たれる。

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