腰椎椎間板ヘルニアのガイドライン作成

文献情報

文献番号
200301091A
報告書区分
総括
研究課題名
腰椎椎間板ヘルニアのガイドライン作成
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
四宮 謙一(東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 整形外科)
研究分担者(所属機関)
  • 戸山芳昭(慶應大学医学部 整形外科教室)
  • 菊地臣一(福島県立医科大学 整形外科教室)
  • 永田見生(久留米大学医学部 整形外科教室)
  • 米延策雄(国立大阪南病院)
  • 白土修(北海道大学医学部 整形外科教室)
  • 伊藤博元(日本医科大学 整形外科教室)
  • 里見和彦(杏林大学医学部 整形外科教室)
  • 持田譲治(東海大学医学部 整形外科教室)
  • 高橋和久(千葉大学医学部 整形外科教室)
  • 小森博達(東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 整形外科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
椎間板ヘルニアに対して手術を受けた患者に関する各国の統計を見ると、米国では10万人中45-90人、フィンランドでは35人、スゥエーデンでは20人、英国では10人と報告されている。また、米国の統計によれば1980年から1990年の10年間で手術件数は1.5倍になり、その費用は莫大で社会的に大きな問題となっている。本邦においては厚生省統計情報部が発表した最新のデータ(平成10年)によれば、腰椎椎間板症や椎間板ヘルニアで入院している患者は7.4/1000人と報告されている。近年、腰椎椎間板ヘルニアの発症素因、ヘルニアの発症機序、ヘルニアの消退機序などが解明されつつある。これらの科学的根拠から、従来からおこなわれてきた治療法は今後劇的に変化すると考えられる。その一方で、各国での手術頻度がかなり違うことが示すように、現在腰椎椎間板ヘルニアの治療法は絶対的手術適応である急性馬尾麻痺(膀胱直腸障害や高度の運動麻痺)の症例を除き、科学的根拠に基づいた一定の確立した治療法の概念やEBMがなく、この疾患を扱う医師の間においても種々異なった治療法が選択されているのが現状である。また、特に本邦ではさまざまな民間療法が盛んにおこなわれており、中には不適切な取り扱いを受けて大きな障害を残す例も認められている。例えば保険診療では認容されていないレーザー椎間板髄核蒸散法を、いわば医療経営のために厳密に適応を選ばずに行うために症状改善を全く認めず、さらにレーザー熱による脊髄・馬尾神経損傷例の報告もある。また、論理的な裏づけのない民間療法の施療を受け、不幸な結果を受ける例も報告されている。さらに不必要な治療法、特に自然軽快か治療による改善か全く区別のつかないような治療法に多くの医療費が費やされている。
この様な背景を有する腰椎椎間板ヘルニアに対しておこなわれている統制のない診断基準と治療体系を改善し、効率的なガイドラインを作成し、脊椎外科専門医に公開することを今回の一つの目的とする。また、平易に理解できる本疾患のガイドラインを一般臨床医や患者に示すことにより、正しい医療を選択できるように導くことができるようにすることがもう一つの目的である。今回作成される腰椎椎間板ヘルニアガイドラインにより、脊椎外科専門医に現在の治療体系を再認識させるとともに、一般臨床医が欲している最新のガイドラインを示すことができ、有効で効率的な治療が日本でおこなわれることになると考えられる。また患者自身も疾患を知り、適切な治療法を選択できるので、患者の負担の減少および医療費の削減につながり、また不幸な結果を招くことが減少すると考えられる。本疾患が頻度の高い疾病であることを鑑みれば、倫理規定を盛り込んだ研究整備とともに、診断のために必要な検査、診断に基づいた適切な治療法を示すガイドラインを科学的根拠に基づいて作成することは、患者の利益、医療経済、医学発展の観点から必要であるといえる。
研究方法
主任研究者と分担研究者の他に腰椎椎間板ヘルニア診療に造詣の深い医師を委員として選定し、委員会を設立した。委員会で章・項を設定し、文献検索年度・研究デザインによるふるい分け方法、エビデンスレベル・推奨度を決めた。文献検索は腰椎椎間板ヘルニアに関連する英語・日本語の文献検索を行い、それぞれの文献を章別に分類し、委員により抄録の一次選択を行う。論文全部を査読する必要があると判断された論文や、抄録では内容が明確でないので読んでみる必要があると判断された文献を選別し、これらを各章の責任者を中心として構成された査読員(研究協力者)が、文献内容を批判的に吟味していった。以上の結果を収集し、各項目に対して科学的記述を含めた結論と推奨を記載しガイドラインとして完成させた。
結果と考察
分担研究者の他に4名の委員を選定した。章立ては1.疫学(自然経過を含む)、2.病態、3.診断、4.治療、5.予後(長期成績を含む)とし、各章別の責任者を選定したのち、全員で各章別のQ&A項目を選定した。文献検索に関しては英語論文ではMedlineから、日本語論文は医学中央雑誌から1982年以降の腰椎椎間板ヘルニア関連の論文を選択した。英語論文は4396文献が、日本語論文は1494文献が該当した。英語論文は各章別に分類したのち、症例対照比較試験以上の研究デザインの論文だけを選択した。その結果、各章の英語論文数は459、656、1250、1321、672であった。これらの英語論文と選択されたすべての日本語論文の抄録を各章の責任者に配布し、論文の一次選択を行った。その結果、各章別では疫学:106、病態:110、診断:88、治療:206、予後:117、日本語:197であった。章別責任者と日本語論文責任者は研究協力者として論文査読者を選定し査読員会を設定し、採択された論文を査読者に分配し一定の書式に則った形で論文の査読を行った。日本語論文は査読が終了した時点で、症例数が50例以上か、50例未満でも有用な情報がある論文だけに選別し、各章別に分類し章別責任者に分別した。その結果、形式に則った抄録が作成されたのは疫学:109、病態:155、診断:114、治療:281、予後:141となった。これらの論文抄録を元に章別責任者がQ&A項目に回答する形で推称度のついた回答とその回答の根拠を記述し、その内容の吟味を長時間の議論を通じて行った。この過程を経て専門医向けガイドラインは完成し、さらに一般医向け、患者向けのガイドラインを現在作成中である。
腰痛に関するガイドラインはあるものの、椎間板ヘルニアに限定したガイドラインは世界的にも認められなかった。その背景としては、今回の研究からも明らかになった様に、そもそも椎間板ヘルニアとの診断に明確な基準がないことや、椎間板ヘルニアの分類法や治療判定の基準も多種多彩であること、ここ10年間でMRIなどの普及により画像診断法が劇的に変化したことなどの要素があるため、椎間板ヘルニアに関連した論文には英語・日本語ともに質の高いランダム化比較試験が少ない事が一つの要因と考えられる。そのため、ランダム化比較試験によるメタ分析の結果も限定的な結論であることが多く、現状ではエビデンスの高いガイドラインの作成は困難であった。また、本邦の実状とかけ離れた医療内容に対する対応や、医療制度や教育体系が異なる欧米の論文からえられたエビデンスの扱いなども問題であり、その扱いには細心の注意を払右必要があった。
今回の研究過程で明らかとなった多くの課題を解決していくために、学会を中心として倫理規定を盛り込んだ研究を整備してゆき、日本発のランダム化比較試験を今後さらに押し進めることにより、その結果に基づいて数年毎にガイドラインを改訂していく必要がある。
結論
椎間板ヘルニアとの診断に明確な基準がないこと、評価法が多種多彩なこと、ランダム化比較試験が少ないこと、本邦の実状とかけ離れた医療内容に対する対応など多くの問題点がある中で、整形外科専門医向けの腰椎椎間板ヘルニアの診療ガイドラインをEBMに則った手法にて作成した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)