病院における医療安全と信頼構築に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301088A
報告書区分
総括
研究課題名
病院における医療安全と信頼構築に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
川村 治子(杏林大学保健学部)
研究分担者(所属機関)
  • 原田悦子(法政大学社会学部)
  • 山本正博(横浜市立脳血管医療センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
主たる研究として4研究を行った。
1.看護基礎教育における医療安全教育に関する研究
昨14年度は、先行研究の看護のヒヤリ・ハット1万事例から新人エラー内容とエラーに至る新人の認知行動特性を明らかにした。本15年度はその成果を受けて看護基礎教育現場で活用できる医療安全教育のツールを作成した。
2.医療への信頼構築に関する研究
COML(コムル)に寄せられた電話相談不満事例を、昨14年度は不満内容を定性的に分析し、医療への不満・不信の構造を明らかにした。本15年度は、不満内容が診療科別、患者年齢で差があるか否かを明らかにするために定量的分析を行った。
3.医療安全・現場教育のためのヒヤリ・ハット報告
インシデント報告の有効性を高めるために報告者の負担が軽く、必要情報を十分に収集でき、かつ報告者への教育的効果のある相互作用的報告フォームの試作と提案を行った。
4.定量的転倒・転落危険度評価スケール作成の試み
Conjoint分析手法を用いて、脳血管障害患者の転倒・転落の危険性を定量的に評価するスケールの作成を試みた。
研究方法
1.看護基礎教育に医療安全教育ツールの作成
新人エラー内容から診療の補助8業務における医療事故防止上新卒者が最低限クリアしておくべき知識と、転倒転落など療養上の世話における事故防止の考え方を『Q&A&C(Comment)』の形でまとめたワークブックを作成した。さらに、視覚的また体験的に看護実務場面に潜む危険要因と新人の危険な行動特性を理解させるために、8つのシナリオからなる教育ビデオを開発し、それによる授業モデルも作成した。
2.医療への信頼構築に関する研究
不満の電話相談事例3,340事例を4カテゴリー18種の不満内容に分けて診療科別、患者年齢層別に定量的分析を行った。
3.医療安全・現場教育のためのヒヤリ・ハット報告
発生数が多く、かつ特性が異なる看護師の注射、チューブ類の管理、転倒・転落事例の報告をモデルとして、4点の特性(①汎用コンピュータ上でのアプリケーションソフトの使用で厚生労働省への報告情報として保存可能 ②報告者の負荷の軽減のために質問項目の種類・順番の変更可能③必要詳細情報の自由記述可能④要因に重点をおいた質問で報告者自らも検討可能)を持つシステムを開発した。
4.定量的転倒・転落危険度評価スケール作成の試み
文献と脳血管障害にかかわる医師、看護師等への調査から危険度評価項目を8項目選定し、各評価項目の仮評価表を作成し、信頼度の検討を行った。さらに、Conjoint分析を用いて各評価項目の相対的重要度と各評価項目の評点を算出し、評価項目の重み付けを行った。
結果と考察
1.看護基礎教育における医療安全教育に関する研究
『医療安全ワークブック』は3部で構成されている。第1部は診療の補助8業務において看護業務や行為の視点で、事故防止上知っておくべき危険とその理由に関する知識を学習させる。第2部は転倒転落など療養上の世話の事故をKYT(危険予知訓練)手法を導入してシートに視覚化し、患者行動や療養環境の危険を予測して対処する事故防止の考え方を学習させる。第3部は計算(注射準備での薬液量計算、酸素ボンベの残量計算)の実践演習を組み込んでいる。また、『医療安全教育ビデオ』では、途中中断や同時業務発生、時間切迫などのエラー発生の間接要因や、その際の新人の取りがちな危険行動パターンを意識化させるものである。これらの教育ツールは、`case oriented'`参加型'`根拠や理由の理解重視'の発想で、看護師の実務に沿った医療安全知識の修得を効果的に行うことを目指した。事故防止のためには単に技術習得ではなく、業務手順に潜む危険とその理由、根拠を理解する知識教育がきわめて重要で、卆前の看護基礎教育が担うべきものである。本教育ツールは臨床感覚の乏しい学生に効果的な知識教育を行う手段となりうる。また、ツールの活用で教員の負担が軽減し、安全教育への取組みを容易にすると思われた。
2.医療への信頼構築に関する研究
不満相談事例の診療科別割合では多い順に内科(40%)、外科(22%)、整形外科(8%)、歯科(7%)、産婦人科(6%)、精神科(4%)、小児科(3%)であった。内科で薬剤、検査と差額ベッド代に、外科では手術、検査と医師の説明に、整形外科では手術とクレーム対応に、歯科では治療経過と医療費に、精神科では薬剤と医師の態度に対する不満が多かった。患者年代別では、40代未満と50代~60代、80代以降では不満内容に差があり、不満の構造には各科の診療内容や特徴と患者年代が反映されていた。
3.医療安全・現場教育のためのヒヤリ・ハット報告
システムの構成はMicrosoft Windows上で動くVisual Basic を利用した自作ソフトである。報告フォームの構造は、報告者の職種で異なるフォームへ枝分れをし、インシデントによって質問の順序や内容が異なること、各選択肢には関連情報の自由記入欄が可能で、選択結果は,プログラムのLogフォルダ内にテキストファイルとして保存され全般コード化情報の各項目への対応を可能にした。現場の試用によりこのシステムの可能性と問題点を今後明らかにする。
4.定量的転倒・転落危険度評価スケール作成の試み
各評価項目の相対的重要度は、バランスの評価、失調(25.5%)転倒歴(7.7%)精神症状(24.8%)ベッドからの移乗能力(6.1%)意識レベル(6.7%)失認(15.1%)介助への心理的抵抗(7.9%)歩行能力(6.2%)であった。スケールの評価者間信頼度、および再試験法による信頼度は良好であった。Conjoint分析を用いた定量的な評価スケール開発手法は転倒対策のための評価で有用な手段となりうると思われた。
結論
1.看護実務の視点で危険薬剤、業務上の危険を意識化する教育ツールを作成した。教育ツールを活用することで医療安全教育への取り組みが容易になると思われた。
2.医療への不満・不信に関しては、診療科、患者年齢層で不満・不信の構造に差があることが明らかになった。
3.試作された相互作用的報告フォームのシステムは、報告者の負荷を軽減し,必要情報の十分な収集を可能にし、報告者自らへの教育的効果のあるものと思われ、今後の発展の可能性が示唆された。
4.Conjoint分析手法を用いた定量的転倒・転落危険度評価スケールは、転倒・転落事故防止のための患者リスク評価手法となりうる可能性が示唆された。

公開日・更新日

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