診療ガイドラインのデータベース化に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301069A
報告書区分
総括
研究課題名
診療ガイドラインのデータベース化に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
北島 政樹(慶應義塾大学医学部外科)
研究分担者(所属機関)
  • 平田公一(札幌医科大学附属病院外科学第一講座教授)
  • 中島聰總(?癌研究会附属病院副院長)
  • 笹子充(国立がんセンター中央病院第1外来部部長)
  • 上西紀夫(東京大学医学部医学系研究科消化管外科教授)
  • 吉野肇一(慶應義塾大学看護医療学部教授)
  • 北野正剛(大分医科大学第1外科教授)
  • 愛甲孝(鹿児島大学医学部第一外科教授)
  • 佐々木常雄(東京都立駒込病院副院長)
  • 島田安博(国立がんセンター中央病院内科第一領域外来部大腸科医長)
  • 小西敏郎(NTT東日本関東病院外科部長)
  • 鎌倉光宏(慶應義塾大学看護医療学部助教授)
  • 久保田哲朗(慶應義塾大学医学部外科学助教授)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
2年間に渡る班研究により集積・整理された「日本人の特性に配慮した胃がんの診療情報」およびその後発行された文献をもとに、日本胃癌学会で公表予定の2004年8月版「胃癌治療ガイドライン第二版」の根拠となる構造化抄録のデータベース化を目的とした。
研究方法
(1)クリニカルパス
クリニカルパス(CP)導入の効果について、2000年11月までのCP適用169例とCP導入前の背景因子を揃えた117例を比較検討した。
(2)低侵襲治療
505文献を対象にエビデンスのカテゴリー分類(①手術侵襲の指標、②腹腔鏡手術、③胃切除範囲、④リンパ節郭清、⑤他臓器合併切除、⑥再建法、⑦根治術不能胃癌、⑧その他)、勧告度および推奨内容の検討を行った。
(3)郭清
1990年から2003年までにMedline上で検索されうる胃癌外科治療に関する医学論文のうち、D2リンパ節郭清をその他(D1、D3)郭清群と比較した臨床研究を対象とした。これら論文の臨床情報の質をNCCNのエビデンスレベルで分類し、取捨選択してカテゴリー別にその要約を行った。
(4)化学療法
1991年から2003年までに胃癌抗がん剤治療に関する医学論文のうち、臨床試験による臨床評価の行われた論文を「抗がん剤治療/化学療法」、「臨床試験」、「比較試験/第Ⅲ相試験」をキーワードとして選択し、Medlineおよび医学中央雑誌を用いて系統的文献検索を行った。②検索条件に合致した英語論文および日本語論文のうち十分な症例数での検討と考えられる文献を選択した。
(5)構造化抄録データベースの構築
手術および化学療法のevidenceとなる論文の構造化抄録を日本医療技能評価機構と同一のソフトを用いて作成し、URLとしてアップして向後3年間公開することとした。
結果と考察
C.研究結果
(1)クリニカルパス
外科入院期間中の総医療費は、CP導入前から導入後減少傾向を認めた。総医療費の内訳をみると、手術・麻酔に関連する費用は、CP導入前から導入後に有意に増加(P < 0.0001)したが、手術関連以外の総医療費は、導入前から導入後に有意に減少した(P < 0.01)。一日平均の医療費は、導入前からに有意に増加した(P < 0.0001)。
(2)低侵襲治療
1.術中出血量、術後合併症発生率、術後痛、排ガス日、在院日数および末梢血白血球数、CRP、IL-6の推移などが手術侵襲を反映する因子として記載されていた(Ⅲ~Ⅴ)。
2.腹腔鏡補助下胃切除術は開腹手術よりも術後回復が早く明らかに低侵襲である(Ⅲ)。
3.胃全摘術は幽門側胃切除術よりも手術侵襲が大きく術後QOLが不良である(Ⅱ~Ⅴ)。
4.幽門側に局在する癌では、胃全摘術と幽門側胃切除術で予後に差を認めない(Ⅱ~Ⅳ)。
5.D1郭清とD2郭清では予後に差がないとする報告(Ⅰ~Ⅳ)と、症例によってはD2以上の拡大郭清により予後を改善しうるとする報告(Ⅱ~Ⅴ)が相半ばしていた。
6.D1郭清とD2郭清では術後障害の程度やQOLに明らかな差を認めない(Ⅳ)。
7.胃全摘術における脾摘または膵脾合併切除は予後改善に寄与せず、むしろ術後合併症発生率の増加やQOLの低下に関与するとの報告(Ⅱ~Ⅳ)が多数みられた。
8.胃全摘術後の再建法としてパウチ再建例のQOLが優れているとする報告(Ⅰ~Ⅳ)が多かったが、明らかな有用性を認めないとする報告(Ⅱ)もみられた。
9.根治術不能胃癌に対する姑息手術の適応について、慎重であるべきとの報告(Ⅲ~Ⅴ)と、積極的な原発巣切除が余命延長に寄与するとの報告(Ⅳ~Ⅴ)に分かれていた。
(3)郭清
1.80件の胃癌のリンパ節郭清に関する文献が見られた。NCCN分類によりエビデンスレベル1:3例 エビデンスレベル2:2例、エビデンスレベル3:53例に分類された。抽出されたエビデンスのいくつかをエビデンスレベルに応じて列記した。
2.エビデンスレベルⅠの研究はオランダとイギリスから報告された多施設研究で、症例数も400例を超えていた。
3.D2は有意に死亡率、合併症が高く、生存の観点からみてもD2郭清の優位性がないとしている。
4.エビデンスレベルⅡの研究は日本とドイツからの報告であった。手術死亡率は5%以下であり、D1/D2ではD2が、D3/D2ではD3がよいと拡大郭清の優位性を示していた。
5.レベルⅢの報告は日本からのものが17編と最も多く、ドイツ9、イタリア5の順であった。
6.日本とドイツではD2郭清と拡大郭清の比較を行った研究がそれぞれ5例(30%)、2例(22%)にみられた。
7.論文数の少ない国での手術死亡が高く、5年生存率も極端に悪い報告がみられた。
8.日本やドイツではD2あるいは拡大郭清の優位性を示しているのに対して研究報告の少ない国ではD1優位あるいはD1とD2がcontroversialとしているものが多くみられた。
(4)化学療法
1.切除不能進行再発胃癌を対象としたBSC(Best supportive care)と化学療法との無作為か比較試験では、化学療法群が生存期間を2-3倍延長することが検証され、化学療法の臨床的意義は確認されていると判断される。国内でのretrospectiveな調査でもBSC群の生存期間は3-4ヶ月であり、海外と同様であった。(Ⅰ)
2.腫瘍縮小効果を主評価項目とした(併用)第Ⅱ相試験での奏効率は、新規薬剤の登場により向上しているが、有害事象の頻度、種類も変化している。(Ⅱ)
3.生存期間を主評価項目とした第Ⅲ相試験では、従来の7ヶ月の生存期間が徐々に延長しており、最近では10から12ヶ月の報告がある。しかしながら、患者背景は審査腹腔鏡手術や画像診断の進歩により、最小腫瘍量で抗がん剤治療の対象とされる症例の比率が増加しており、結果の解釈には十分な検討が必要である。(Ⅰ~Ⅱ)。
4. 第Ⅲ相試験成績から現在における標準化学療法を特定することはできなかった。しかしながら、5FU系薬剤、CDDP併用療法が一般臨床で使用されており、これらが対照群として採用されている。(Ⅰ)
5.胃癌に特有な病態である腹膜播種に対する有効な治療法も検討されているが、客観的評価法が確立されていないため第Ⅱ相試験では判断出来ない。MTX+5FU併用療法やタキサン系薬剤が使用されているが、臨床的意義は確立していない。(Ⅱ~Ⅲ)
6.新規抗がん剤の中で経口剤であるTS-1は国内で臨床評価が実施された薬剤であるが、未だ第Ⅲ相試験成績は報告されておらず、標準的治療とは言えない。無作為化比較試験の結果が待たれる。(Ⅱ~Ⅲ)
(5)構造化抄録データベースの構築
構造化抄録140編を作成し5月中にはHPにアップし、日本医療技能評価機構および日本癌治療学会のデータベースとリンクし、将来的には日本胃癌学会による胃癌標準治療ガイドラインの構造化ガイドラインとペアで実地臨床医師に公開の予定である。
D.考察
多くの諸家の報告と同様胃癌幽門側胃切除術にCPを導入することにより、入院総医療費は減少傾向を認め、入院日数の有意な短縮を反映して一日平均の医療費は有意に増加した。これは、CP導入後にも病床稼働率が変わらなければ、病院収入が増加することを意味する。
術中因子(手術時間、術中出血量など)、術後因子(発熱時間、合併症発生率、在院期間など)、血液生化学因子(末梢血白血球数、CRP、IL‐6、PMN‐Eなど)は「手術侵襲を反映する」という前提で各術式間の侵襲度の違いを検討する際に用いられてきたが、「手術侵襲を反映し得る因子は何か」という点について検討された報告は非常に少なく、血液生化学因子にほぼ限られていた。それらの中で、IL-6やPMN-Eは手術侵襲を反映しうる可能性があると考えられる。低侵襲手術の普及は目ざましいものがあるが、このうちレベルの高い文献6件中5件はLADGに関する報告で、低侵襲手術という観点からは、複数の因子の幾つかについて検討され、その低侵襲性が確認されていた。しかし術後成績へ及ぼす影響についての客観的検討は困難と考えられた。胃切除範囲については、レベルⅡ~Ⅲの報告7件のうち6件が胃全摘術 vs. 幽門側胃切除術をテーマにしたものであり、いずれも海外からの報告であった。これらの結果から、①口側断端距離が確保できる症例においては胃全摘術を行っても予後改善効果がみられないこと、②QOLに関しては幽門側胃切除術が優れていること、③以上のことに相反するデータを示す報告は見当たらない、ことが解った。リンパ節郭清に関するRCT 10件のうち7件がD1 vs. D2、1件が D1 vs. D3 について検討したものであり、いずれも海外で行なわれたものであった。これらによると、欧米ではD2は合併症発生率と在院死亡率が高いことから忌避されており、D2を標準術式とすることはできないとの結論に達していた。脾または膵脾の合併切除における論点を大別すると、①stageごとに層別して予後を比較しても、すべてのステージにおいて脾摘の効果は認められない、②stage 1, 2では脾摘の効果はなく、stage 3, 4で行うべきである。③膵または脾にリンパ節転移や直接浸潤があった場合には合併切除しても予後改善は得られない。④直接浸潤や明らかな転移を認めた場合には合併切除すべきである。胃全摘術後の再建法として、Roux-en -Y法と Pouch and Roux-en -Y法に関するRCT10件では、術後QOL評価法は異なるが、7件の報告においてパウチ再建の優位性が示されていた。根治術不能胃癌に対する外科手術については、閉塞症状による経口摂取不能進行胃癌症例に対する胃切除術やバイパス術はQOLを改善するという報告を認めた。生命予後とQOLのバランスを考慮することが肝要であった。
イギリス、オランダともに主要の論文のほかには胃癌のリンパ節郭清に関するエビデンスレベルの高い論文は1編も出ておらず、胃癌のD2リンパ節郭清の経験が少ない状況で行われた臨床研究であることが推定され、これが高い術後合併症、致死率につながったと考えられた。エビデンスレベルⅠの報告は、いずれもD2郭清が証明できないと結論付けていたが、そのままこの成績を本邦の胃癌のリンパ節郭清に関するエビデンスとして採用できない。一方、本邦からD2とD1の比較試験に関するエビデンスレベルの高い報告はなかった。しかし、これまでの十分な症例数に基づく全国胃癌登録データが示すリンパ節節転移程度及び転移率とその郭清効果の報告は臨床的には信頼度は高いものと考えられた。
欧米の文献において、化学療法により生存期間の延長が得られるというエビデンスを示すことが出来た。しかし、どの治療法が標準治療となるかについては、第Ⅲ相試験にて確定できていない。最近、TS-1、CDDP、併用、TS-1、CPT-11併用において高い奏効率を得た報告がみられるが、症例数は少なく、今後、有害反応の検討による症例の選択、第Ⅲ相試験などを経て、正確な評価が得られると思われる。
米国ではNCIのHPやNCCNのガイドラインなど誰でもアクセス可能なHPがあり、各癌種に対する標準的治療が公開されている。本研究班のように公費で集積された情報は種々の手段により広く国民に公開されなければならない。本研究班の構造化抄録は5月中にアップされる予定であり、将来は日本胃癌学会の標準治療ガイドラインとペアでアクセス可能になる方法を検討している。
結論
(1)クリニカルパス
胃切除術にCPを導入することにより、入院期間が短縮し、入院総医療費は減少傾向を認め、一日平均の医療費は有意に増加するということは、諸家の報告で一致することである。
(2)低侵襲治療
本研究結果とその問題点を考慮し、日本人の特性および術後長期成績等も加味しながら、本研究班で取り決められた方法に則り、胃癌の低侵襲手術に関する推奨内容を以下に抜粋する。
1.手術侵襲度を的確に表現するためには、術中・術後因子に血液生化学因子(CRP、IL-6など)を加えた侵襲度規定因子の係数化によるscoringを用いて、総合的に評価することが望ましい(勧告度 B)。
2.口側断端距離を確保できる胃癌症例に対しては可及的に幽門側胃切除術を選択すべきである(勧告度 A)。
3.リンパ節郭清のための脾もしくは膵体尾部・脾の合併切除は手術侵襲が大きいにもかかわらず、予後の改善効果は明らかでないため、その適応を限定すべきである(勧告度 B)。
(3)郭清
現時点では治療内容が信用に足りるD1をD2と比較した大規模RCTは存在せず、よりレベルの低いエビデンスに基づくがD2は通常の進行胃がんに対する標準術式である。
(4)化学療法
切除不能再発進行胃癌の全身化学療法について、標準的治療は確立していない。新規薬剤を含んだ併用療法の開発とともに、第Ⅲ相試験を実施して臨床的有用性を評価することが重要である。一般臨床においては、臨床試験参加が可能であれば積極的に症例登録して標準的治療確立に貢献すべきである。参加不可能であれば、第Ⅲ相試験で検討されている治療法を応用することが実際的な対応と考える。(勧告度A)5FU、TS-1、5FU+l-LV、CDDP+CPT-11、TS-1+CDDPなどが選択肢として考慮される。(勧告度B)
(5)構造化抄録データベースの構築
日本癌治療学会データベース委員会では20癌種を目標にデータベースの構築を進行中である。しかし癌種ごとに進行状況がまちまちであり、本研究班による構造化抄録と乳癌学会による構造化抄録が先行して完成し近日中にアップを予定している。将来的には日本医療技能評価機構ともリンクしてひろく日本国民に情報公開すべきである。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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