症状・所見の標準化と診療分析手法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301047A
報告書区分
総括
研究課題名
症状・所見の標準化と診療分析手法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
藤田 伸輔(兵庫医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 木村通男(浜松医科大学)
  • 高林克日己(千葉大学)
  • 加藤公也(医療情報システム開発センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
9,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
診療録記載に使用する症状・所見記載用語の標準化が本研究の目的である。①系統的に過不足無く全身評価する際にも個々の臓器に対して詳しく診察する場合にも症状・所見を効率的に記載できること、②日本全国誰が診察しても同じ形式で症状・所見を記載しこれを理解できること、すなわち病診連携を始めとして複数医師が一人の患者の診療に当たった際にも症状・所見の共有を可能とすること、③治験など多施設間の臨床研究において共通の症状・所見記載を行うことにより病態の変化を分析できること、④特定の症状・所見から該当症例を容易に検索できること、および⑤平成16年度からの医師の卒後研修義務化に伴い標準的症状・所見の記載方法確立すること、以上5点の実現を目指した。これらの目的達成のためには電子カルテの利用が不可欠であり、症状・所見の標準化マスターの作製にあたって電子カルテを前提に構造化した。
研究方法
主任研究者及び分担研究者が協力して1次案を作製し、日本内科学会専門医会と日本プライマリ・ケア学会国際疾病分類研究会において検討を加えて2次案、3次案を作製し、その結果を基に主任研究者分担研究者による整合性と構造チェックを行い4次案=「症状・所見の標準化 第1版」を作製した。具体的には内科及び外科の教科書を元に所見記載用語を収集し、全身所見、バイタルサイン、頭頚部、胸部、腹部、神経、四肢の7分野に分類した。用語を収載するに当たって測定対象、診察手段、基本用語、サブ項目、左右の区別、値、単位、値の範囲、表記用語、収載レベル、コメントといった属性情報を付加して1次案とした。これを日本内科学会専門医会と日本プライマリ・ケア学会国際疾病分類研究会に送付し、それぞれ8回および10回の検討を行い2次案、3次案を作成した。日本内科学会専門医会では内科専門医の立場から、日本プライマリ・ケア学会国際疾病分類研究会では内科医・外科医・小児科医・整形外科医の立場からプライマリ・ケアでの利用を前提に検討を行い、多くの臨床現場で必要とする用語の収集に努めた。症状・所見には標準的に診るべき項目とより詳しく診るための項目があることから、収載レベルを一般的なもの(レベル1)と、専門医レベル(レベル2)に分類した。両学会で検討を終えたものを更に主任研究者と分担研究者により検討を行い、用語の構造化と重複の排除など各分野の整合性をとって4次案=「症状所見の標準化 初版」を作成した。
結果と考察
診察の形態を分析し、何を(=測定対象)、どうやって(=診察手段)診察し、その結果を記載する方式を基本とした。これにより胸部を視診、打診、聴診と順に診察する場合には測定対象を胸部に固定して診察手段毎に診察項目を展開できるようにした。また救急外来のようにまず視診を全身に対して行い、その後個々の臓器の問題を検討する診療手順では診察手段を視診に固定して測定対象を順に展開し、その後問題臓器の診察を行えるようにした。
結果の記載方法は皮疹とか、腫瘤の触知といった基本的対象物(=基本用語)がまず存在し、この基本用語を修飾する部位、大きさ、境界の状態、表面の正常など属性情報(=サブ項目)がこれに伴う。さらに個々のサブ項目には例えば境界の状態では境界明瞭、境界不明瞭といった属性情報の具体的記載(=値)を行った。診察結果はその基本的対象物によって修飾する要素の数が規定される。例えば心臓聴診所見では心音(Ⅰ音:正常・減弱・亢進、Ⅱ音:正常・減弱・亢進、Ⅱ音分裂:なし・あり・Ⅱp亢進・Ⅱa亢進、Ⅲ音:あり・なし、Ⅳ音:あり・なし)といった構造となり、医師はこれらの構成要素を頭の中で確認していくが、カルテ記載の際にはⅡp亢進など問題がある深さでのみ記載し全てのデータ入力を求める電子カルテでは診療に支障を来す。また呼吸音の聴診では呼吸音(聴取部位、呼吸音の種類:気管呼吸音・肺胞呼吸音・気管支呼吸音、呼気の延長:なし・あり、大きさ:正常・減弱・消失、左右差:なし・あり)といった構造になり、心音とは要素数も、要素の項目も異なる。そこで診察結果の構造体を固定せず、心音(正常・異常)の項目をもうけて異常の場合に必要なサブ項目を記入できる構造体を採用した。この構造化は部位や大きさの記載など測定対象や基本用語にかかわらず一定の表現を繰り返す値のセット化にも反映させ、「部位を特定せずに腫瘤を触知した症例を検索したい」、「3cm以上の上肢の皮疹を検索したい」、「右手と左手の熱傷の受傷頻度を比較したい」といった多様な用途にも対応可能とするため、部位記載用語を構造化してセット化するとともに、左右の区別を部位から独立させた。
基本用語をもとに診察結果を診療録に記載する場合には各項目が何を記載したものか特定できる必要がある。すなわち先の例ではⅠ音として記載する場合には「正常・減弱・亢進」から選択すればよいが、診療録をテキストで記載する場合や紹介状を作製する場合にはⅡ音と区別するため「Ⅰ音亢進」と表現する必要がある。これは言い換えればすべてを「あり・なし」、「正常・異常」といった二値表現で記載できる排他的記載ラベルでありこれを表記用語として設定し、その値を評価値として設定した。
値及び評価値にはテキストの場合以外に数値の場合があり、数値の場合には「cmとmm」などメートル法での単位の混乱や「Japan coma scaleとGlasgow coma scale」など名目尺度としての単位の混乱を防ぐ目的で単位を設定した。さらに電子カルテにおいて入力ミスをチェックする目的で値の範囲を設定した。
以上が所見の特性を分析した結果考案したデータ構造である。
診療録は本来初診から疾患の治癒まで一貫して記載可能でなければならないこと、言い換えれば病診連携などによって複数の専門レベルの異なる医療を受けても一貫した記述であるべきことから専門的と考える症状・所見の記載用語であっても積極的に収載した。しかし全ての用語を平板に網羅的に収載すると詳しすぎて入力が煩雑になり、診療で使いにくくなる。この問題を解決するため本標準化では収載レベルの項目をもうけた。すなわち専門的診察に使用する用語をレベル2とし、総合診療あるいは系統的全身評価に必要な項目をレベル1とした。収載レベル設定により電子カルテの通常画面ではレベル1のみを表示し、必要に応じてレベル2の項目を展開して画面の視認性を高めるとともに、レベル1の項目を網羅的に記載することで診察時の見落としを少なくする効果を期待している。このレベル1は平成16年度からの医師卒後研修義務化を考慮したものであり、研修期間中に習得すべき項目としても活用可能なものである。
以上平成15年度は内科外科領域を重点として総合診療レベルから専門レベルまで所見記載の標準化を行った。平成16年度にはこの標準化を眼科・耳鼻科などの分野の専門領域まで拡張し、分野を限定せず医療全般で使用可能なマスターを作製することを目指すとともに、電子カルテプログラムに本マスターを組み込んでその実用性を検証する。
結論
本研究における標準化は診察手順、診察方法、症状・所見の特性をふまえた構造化を行ったこと、および症状・所見を一般的なものと専門的なものの2段階に分類したことが特長である。症状・所見を構造化して標準化したことにより他の医師が異なる電子カルテプログラムで記載した内容を容易に把握可能となる、あるいは他施設での診療経過を含めて患者の病態推移を評価可能となるにとどまらず、特定の症状・所見を発現した患者を抽出して比較検討可能となった。すなわち治験データの収集において特定の項目に絞って報告を求めるのではなく、全ての病態を集めて検討できることから想定外の問題点・副作用も見落とさなくなる、あるいは日々の診療の中で薬剤の効果を各所見毎に比較検討することが可能となり、EBMの推進が期待される。また収載レベルを設定したことで電子カルテの画面を見やすくするのみならず、医療従事者の学習指標として用いたり、わかりやすい薬剤副作用情報とするためなるべく収載レベル1を持って記載したりといった活用が期待される。

公開日・更新日

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