産科領域における安全対策に関する研究

文献情報

文献番号
200301030A
報告書区分
総括
研究課題名
産科領域における安全対策に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
中林 正雄(社会福祉法人恩賜財団母子愛育会総合母子保健センター愛育病院)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤章(福島県立医科大学)
  • 池ノ上克(宮崎大学医学部)
  • 田辺清男(東京歯科大学市川総合病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本の産科医療のレベルは世界的にみても最高水準にあり、妊産婦死亡率、周産期死亡率は激減している。しかし、妊娠・出産を取り巻く社会環境は大きく変化しており、急激に進行する少子化、不妊治療による多胎や高齢妊娠などリスクの高い分娩の増加、産科領域の医療訴訟の増加、深刻な産科医とくに若手産科医師のマンパワー不足など、多くの問題をかかえている。問題点として1、2、3、4があげられる。すなわち1.産科医療では医療訴訟が多く、その賠償額が高額である、2.業務内容が厳しく、QOLが保てないため、産科医とくに若手産科医の人的不足が深刻である、3.中小施設での分娩が高率であり、マンパワー不足による母児の安全性に問題がある、4.周産期医療システムおよび医師の生涯研修システムの整備が不十分である。本研究においては、現在の産科医療の問題点を明らかにし、これからの問題点解決のための新しい周産期医療システムについて提言する。
研究方法
日本産科婦人科学会の全国周産期登録(妊産婦死亡、周産期死亡統計)と、日本産婦人科医会の中小医療施設のインシデント・アクシデント集計より、それぞれの危険因子を抽出した。
結果と考察
A.平成13年(2001年)の妊産婦死亡(総数76件)の主要死因について検討した。主要死因第1位の肺塞栓症は、発症すれば死亡率は高いが、最近の研究により、下肢の機械的マッサージや抗凝固療法を適宜施行することによって、今後はかなりの症例が予防可能となるであろう。肺塞栓症を除くと、胎盤異常(常位胎盤早期剥離、前置胎盤)による大量出血や分娩後出血による出血性ショックと、妊娠中毒症が主要死因を含めており、妊産婦死亡の原因は2001年と1991年(厚生省長屋班)では大差ないといえよう。日本産科婦人科学会周産期委員会の分娩登録から2001年の胎児・新生児死亡(周産期死亡)の主要原因を検討した。全国の116の周産期登録施設から51,650の出生が登録され、そのなかで周産期死亡数は807件(1.56%)であった。致死的奇形(27.1%)を除くと、臍帯脱出・下垂(9.8%)、常位胎盤早期剥離(9.0%)に続いて、分娩時の胎児・新生児低酸素症(2.5%)や胎児・新生児損傷(2.3%)、妊娠中毒症(1.9%)など、現在でも救命率の改善が可能なケースが多くあると考えられる。
B.このような「産科医療の問題点」の解決、そして「妊産婦死亡と周産期死亡」の改善を目指して、新しい周産期医療システムについて検討した。
1.一次医療施設の役割として、産科医1人の診療所は産科領域では妊婦健診を担当し、分娩はできるだけオープンシステム病院を利用する。複数の産科医のいる一次医療施設では、主にローリスク妊娠の分娩管理を行う。産科医1人の診療所の医師としては、短期的には分娩時の安全性が向上し、長期的には1人では習得困難な最新の医療技術をオープンシステム病院で実地臨床として習得することが可能となり、最良の生涯研修となり得るであろうと考える。今後は妊婦のリスク評価を普及させ、妊婦自身が医療施設の機能別に受診する施設を選択していくことも必要であろう。
2.オープンシステム病院の普及は新しい医療システムの構築には必須のことである。地域により、また時期によってその内容は多様性があってしかるべきであるが、現在の地方における産科医不足を考えると、地域中核病院の集約化、再編成、オープンシステム病院化がはじめに行われるべきであろう。それに伴って一次医療施設が利用できるオープンシステム病院が普及していくものと考える。
3.周産期母子医療センターへのハイリスク分娩の集約化は、東京・大阪などの大都会ではすでに進行しているが、地方では総合周産期母子医療センターがいまだに設立されていないところもある。今後地域における周産期医療協議会の活性化を図り、地域に適した周産期医療システムの構築を進める必要がある。そのためには行政、医会、学会が協力し、5年、10年計画の行程表の作成が望まれる。
4.新しい周産期医療システムの構築には、余裕のある医療体制が必須である。すなわち日常の医療行為において、ダブルチェックが可能な人員の確保が必要と考える。
2002年、日本産科婦人科医会が行った調査では、約1万件の分娩のうち、396例のインシデント・アクシデントがあり、そのレポートを分析したところ、8割が「診療に関するもの」(注射、点滴、与薬、検査、分娩、手術)であり、4割(重複あり)が「観察・評価・情報伝達に関するもの」であった。これらのデータを詳細に検討すると、医療レベルの問題というよりは、「思い違い、うっかりミス」などが多く、ダブルチェックシステムが確立されていれば防止可能なものが多かった。
上記のような新しい周産期医療システムの推進には、日本産婦人科学会、医会が協力して産科医の意識改革を行うと同時に、医療経済面からも「安全で快適な出産」のために必要な財源の確保が重要な課題である。そのためには、産科医自身が医療事故減少のための自浄努力をすると同時に、産科医療とくに産科医療経済に関する社会的意識を変える努力が必要である。
C.新しい周産期医療システムにおいて、これからの産院に求められる要件をまとめた(良い産院の10か条)。
1.情報が公開されていること:ここでいう情報とは、自院の分娩のデータや基本姿勢・医療内容など、妊婦が知りたいと思う情報を、ホームページなどで紹介し、妊婦が自分自身のニーズに応じて分娩施設を選択できるようにすることである。
2. 複数の産婦人科医がいるか、高次医療施設やオープンシステム病院との連携が密である:これは新しい周産期医療システムの項で一次医療施設の役割として述べたものであり、今後5~10年後の一次医療施設のあり方を述べたものである。
3.帝王切開・輸血がいつでも速やかにできる(他院との連携を含む):母体死亡のかなりのものが出血性ショックによるものであり、胎児・新生児死亡のかなりのものが速やかな帝王切開によって救命可能であろうと思われる。
4.医師が生涯研修、自己研修に熱心である:外科系である産科医にとって、生涯研修のためには高次医療施設やオープンシステム病院との連携によって最新の医療技術を実地臨床を行いながら習得していくことが必要である。
5.助産師・看護師などの医療スタッフが充実している:医療事故を防ぐためには、医師のみでなく医師と医療スタッフによる医療行為のダブルチェックが行われる必要がある。このような人員を確保するためには、産科医療に対する経済的支援が必要である。
6.小児科医・新生児科医との協力が密である:分娩時は母体のみならず新生児も同時に緊急事態となることが産科ではしばしば起こりえる。その際に新生児科医の協力は必須であり、また児の長期予後からみた分娩管理の是非を知るためにも小児科医との密接な連携は必要である。
7. 安全なお産のための母児モニターが十分に行われている:これからの分娩に際しては当然のことであり、胎児心拍数の変化から児の危険を予測する能力は産科医、助産師にとってもっとも大切なことである。
8.妊婦の意向を尊重し、快適な分娩を心がけている:分娩は医療サイドの都合だけでおこなわれるものではなく、安全性が確保された上で、妊婦の意向を尊重し、快適な分娩を行うことがこれからの産院の役割である。
9.検査、処置に関する説明が十分に行われている:妊婦にこのような説明を行うことにより、妊婦の協力が得られるだけでなく、医療ミスの予防にもつながる。
10.医療安全システムが整備され、院内が清潔で整理整頓されている:最近では医療安全システムの整備が厳しくいわれているが、それが実際に十分機能しているか否かについて、妊婦が知ることは困難である。しかし、院内が清潔に保たれ、物品が整理整頓されていればその施設の従事者の医療安全に関する積極的な姿勢をうかがい知ることができよう。
結論
産科領域の安全対策のためには分娩集約化、オープンシステム病院の普及などの新しい周産期医療システムと、「良い産院の10か条」を満足させる産院の普及が重要である。

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