医療安全の評価指標の開発と情報利用に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301026A
報告書区分
総括
研究課題名
医療安全の評価指標の開発と情報利用に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 友紀(東邦大学)
研究分担者(所属機関)
  • 和田ちひろ(特定非営利活動法人楽患ねっと)
  • 池田俊也(慶応義塾大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療技術の成熟、消費者意識の高揚を背景に、医療サービスの質に対する社会の期待は大きくなっている。医療安全は、医療の質の根幹をなすにも係わらず、1999年米国IOM(Institute of Medicine)のレポートの発表、我が国を含めた著名病院における医療事故のメディアでの報道など、比較的最近になって社会的な関心を集めるようにいたった。現状では、医療安全推進のための対策として確立したものはほとんどなく、種々の方法が試行を繰り返しながら模索されている状況にある。本研究は、臨床指標を用いたアウトカム評価の手法の医療安全への応用を試みるものである。アウトカム評価は米国メリーランド病院協会、豪ACHS(Australian Council for Healthcare Standards)などにおいて始められ、病院のベンチマーキング、医療パーフォーマンス評価などに用いられる。現在約200種類の臨床指標が病院の医療機能に応じて用いられている。本研究は、①既存の臨床指標について医療安全の観点からのレビュー、②医療安全関連の臨床指標の日本への導入可能性の検討と、実際の試行を通じての検証、③米国各州および諸外国の医療事故報告制度のレビュー、④医療安全関連の臨床指標を用いることによる医療事故報告制度の精緻化、⑤上記についての情報整備による、医療機関の医療の質改善へのインセンテイブ、患者の合理的な医療機関選択の可能性についての検討、を行なう。
研究方法
本研究は、いくつかの小研究から構成されるが、①米国50州の衛生担当者を対象にしたアンケート調査、②各国で用いられている臨床指標については文献調査及び現地訪問調査、③患者参加についてはインターネットおよび医療機関における調査票配布により、実施した。
結果と考察
①既存の臨床指標について医療安全の観点からのレビュー:現在、世界的には各種のアウトカム評価で約200種類の臨床指標が用いられている。医療の質を測定する上で臨床指標は有力な手法ではあるが、必ずしも万能ではなく、(1)utilization review、(2)チェックリスト、(3)パス、(4)認定、(5)患者満足、などの手法が用途に応じて併用される必要がある。特に医療安全の視点からは、定常的な業務に関するチェックリストの使用、病院機能評価などの認定、臨床指標に基づくデータ収集・解析が重要である。医療安全に関わる臨床指標の代表的なものとしては、転倒・転落、院内感染、抑制などがある。特に重要な安全に関わる事項は、指標としてその数値の多寡を考慮するよりむしろ単一事例の発生でも警鐘事例(sentinel event)として医療機関に報告を求め、専門家による分析、再発防止策の立案・導入を図ることが求められる。②医療安全関連の臨床指標の日本への導入可能性の検討と、実際の試行を通じての検証:一定の臨床指標に基づいてデータを継続して収集し、医療の質改善を図る試みは、日本では東京都病院協会が2002年4月に始めて開始した。主任研究者はその実務担当者でもある。医療安全に関わる指標としては、(1)直接医療安全に関わる指標として、転倒・転落、院内感染、抑制の発生率、(2)間接的に医療安全に関わるものとして疾患・処置別の治療成績がある。東京都病院協会と協同して、2002年度の11491人の解析では、転倒・転落0.76、院内感染1.33、抑制6.06(いずれも入院1000人・日当)であった。今後は、要因の解析、防止策の効果検証が臨床指標を介して可能であるか検討する予定である。③米国各州および諸外国の医療事故報告制度のレビュー:IOMは医療事故の報告制度の確立を提唱し(1999)、(1)重大事故について州政府に強制的に報告するという責任の所在、被害者救済を重
視した制度、(2)より軽微な医療事故について院内あるいは外部に自発的な報告制度を確立し、再発防止を図るとする学習を重視した制度、の2つが導入を図られるべきとしている。米国National Quality Forum(NQF)では、強制的に報告すべき医療事故としてSerious Reportable Eventとして具体案を提案している。州政府に対する強制的な報告制度は1999年には15州が有するのみであった。50州の衛生担当者を対象にしたアンケート調査では、現在は21州が強制的報告制度を有していることが明らかにされた。しかしながら、(1)報告すべき医療事故の定義が州により異なること、(2)NQFでの検討に州政府の代表者が参加していなかったことから由来する不信、(3)連邦レベルでは免責を規定する法制度が未確立なこと(州レベルの免責のみでは不十分である)こと、(4)同様の事例収集を行っているJCAHO(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations)との用語の整合も取れていないこと、から、全50州への普及、医療事故の定義の統一化はいまだなされていない。現在、National Academy for State Health Policyが中心になり用語の統一化に向けた活動を実施中である。④医療安全関連の臨床指標を用いることによる医療事故報告制度の精緻化:各国の文献調査では医療事故報告と臨床指標によるデータ提供を受けている例は、米国JCAHOで一部認められるが、両者のデータはリンクされておらず、十分に利用されていない。個別の事例として、米国VA病院グループにけるデータ活用の調査を実施中である。⑥情報整備による、医療機関の医療の質改善へのインセンテイブ、患者の合理的な医療機関選択の可能性についての検討:患者の積極的な参加による医療安全確保の観点から、患者よりのひやりはっと事例の収集・検討を実施した。患者が治療を受けた際に感じた不安や安全管理への疑問について自由記載による回答を求めた。主に医療機関の協力による郵送調査とインターネット上のウェブ調査により73事例を収集した。安全管理に疑問を感じた事例の半数以上が「診察室・処置室」、「ベッドの上」で起こっており、「点滴」(量間違い、血の逆流、針置忘れなど)と「薬」(量間違い、処方間違いなど)に関する事例が全体の3割を占めた。処置や検査に関する事前の説明不足が患者への不安を助長しており、医療安全においても患者への説明の重要性が示唆された。また患者が気づいた過ちを「医療者に伝えなかった」ものが3割を超え、「伝えても仕方がない」という諦めの心理が見受けられた。今後は、収集事例を更に増やし、患者が安全管理に疑問や不安を感じないための対策の検討と患者の医療参加を促すための方策について検討する。
結論
医療安全の確保を達成するには、種々の方策が同時並行して進められる必要がある。本研究では、(1)utilization review、(2)チェックリスト、(3)パス、(4)認定、(5)患者満足と患者参加、の各手法の医療安全における役割を明らかにした。医療安全では、(2)(3)の比重が大きいとされるが、(5)として患者参加のあり方と可能性についても検討を行い、患者参加による医療安全確保は極めて有望であることを明らかにした。今後は、(1)医療安全を反映する臨床指標の妥当性・入手可能性・感度(安全の改善度合いが指標の変化として反映されるか)についての検討、(2)臨床指標と他の手法との有機的な連携のあり方、(3)特に患者参加を促進する上での臨床指標の活用方法、について研究を進める必要があると考えられる。

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