医療効果・経済効果を目的とした遠隔病理診断の実用化とこれに関する次世代機器の調査・開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301022A
報告書区分
総括
研究課題名
医療効果・経済効果を目的とした遠隔病理診断の実用化とこれに関する次世代機器の調査・開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
澤井 高志(岩手医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 井藤久雄(鳥取大学)
  • 土橋康成(財団法人ルイ・パストゥール医学研究センター)
  • 古谷敬三(愛媛県立中央病院)
  • 小林紘一(慶應義塾大学)
  • 谷田達男(岩手医科大学)
  • 長谷川高志(セコム株式会社)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
13,125,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国の診断病理の現状は、診断病理医の医師総数に占める割合が約0.7%と少なく、常駐する施設にも偏りがあることなどが上げられる。常駐する病理医がいない施設では、外科医が自ら経験した症例の約5%の症例の臨床診断に不安を持ちながら手術を行っているというデータがある。その結果、再手術や癌再発などの問題が取りざたされているが、このことは医療的、経済的にも大きな損失である。一方、最近の情報技術の進歩には目を見張るものがあり、病理診断の分野でもこれを有効に活用すれば、根本的な解決ではないにしろ有る程度の医療の弱点を補うことができる。特に病理診断は画像に依存することが大きいことから遠隔病理診断(テレパソロジー)が発展してきた理由もここにある。患者の病理画像を離れた施設にいる病理医に送って診断してもらい、その内容を治療(主に手術)に還元していくという方式である。そういう意味で、テレパソロジーは診断病理医の不足という現在の医療の欠陥を救う最新の方法であるにも関わらず、今一つ普及のペースが遅い。それにはいくつかの理由があげられるが、大きく2つ、1)テレパソロジーが料金の取れる保険診療に含まれていないこと、2)テレパソロジーに用いる機器が高価であることである。1)は病理医側のやる気をそいでおり、全くの自己犠牲の上に成り立つサービス業務になるため、忙中あえてやろうとはしない。2)は、保険で認められてないのに高い医療機器を購入できないという施設側の考えがある。したがって、テレパソロジーについては、その医療効果は認められながらも、経済的問題が普及を妨げているといっても過言ではない。以上の背景に基づき本研究班では、今年度以下の3点を重点項目とした。1)肺癌に対する胸腔鏡下内視鏡手術(VATS)におけるテレパソロジーの利用、保険導入を目指して 今回は喫煙など社会的問題になっている肺癌を取り上げて検討した。肺癌の手術に対しては、胸部疾患治療で盛んに利用されている胸腔鏡下内視鏡手術(VATS)によって患部を採取し、テレパソロジーを利用して病理医のいる施設に病理画像を伝送し、病理診断を受けて手術の方針を決定するという内容について検討した。2)個人間でおこなうテレパソロジーシステム「P to P」の開発 診断病理医はほとんど顕微鏡とパソコンを個人で持っており、また、インターネットも利用している。これに最近、急速な伸びを見せているデジタルカメラを取り付けてメールで画像を送付すると、もっと個人間での情報交換としてのテレパソロジーが普及するのではないかと考えた。我々は自分たちが個人的に持っている顕微鏡、パソコンとデジカメを利用しておこなうテレパソロジーシステムを「person to person」にちなんで「P to P」方式と名付けた。したがって、今年はこの「PtoP」方式のデジカメとソフト開発を検討することにした。3)新しいテレパソロジーの開発 a) 応用面での活用の拡大 肺癌については、外科医が術式を決める根拠としている肺癌の組織像を表す野口分類による均一性を目指して病理医間で診断にどれだけの違いがあるかを調査した。もう一つはテレパソロジーによる臨床病理カンファランス(CPC)の実現である。平成16年度から始まる医師の臨床研修制度では、2年間の研修の間にCPCを義務づけているため、大学などの病理医の常駐している施設といない研修病院を結んでテレパソロジーを利用したCPCが可能かどうかを検討した。

b) テレパソロジーシステムに関連した機器の開発 ハード面では、特に伝送方式の質(種類)と量に関連した項目が大きく、現在はADSLや光ファイバーが利用されるようになった。今後の課題は、携帯電話で利用されているモバイルのテレパソロジーへの応用である。我が国の場合、山間部や離島を除けばネットワークが整備されており、それほどの必要はないが、世界的にみるとワイアレスの利用範囲が大きく、先進国である我が国においてはこのようなモバイルによるテレパソロジーを実現させておく必要があり、この可能性を検討した。
研究方法
1)肺癌については、肺癌の疫学調査報告(小林)、岩手県をモデルとした肺癌の手術件数、そのうちのVATSの例数の調査(長谷川)、通常の肺癌の手術にかかる費用、さらにVATSによる手術と根治手術の間に術中病理診断を行わないで日を改めて手術を行った場合と、病理診断をいれて連続的に手術を行った場合の経費の比較を行った(谷田、薄田、佐川、小林)。また、VATSにテレパソロジーを応用した病理側からの医療効果、経済効果(古谷)、臨床側からみたテレパソロジーにあたっての問題点を考察した(南方、一ノ瀬)。2) 個人間で行うテレパソロジー方式「P to P」による画像の比較、診断への影響について、画素数や圧縮の程度を変えながら比較した(澤井)。また、この「P to P」の評価方法を提案し(一迫)、さらに、「P to P」の応用として病理診断の統一のために、6人の病理医間で野口の分類について診断の比較をおこなった(黒瀬)。3)新しいテレパソロジーシステムの開発 a)テレパソロジーの応用について システム応用の拡大については、CPC への応用の検討(佐藤)、テレサイトロジー(土橋)、移植医療におけるテレパソロジーの活用(井藤)と問題点の整理を行った。b) テレパソロジーシステムの開発 ワイアレス、ケーブルレスに向けたテレパソロジーの検討(佐藤)、バーチャルスライドについての報告(高松、安田)、これらバーチャルスライドの有用性と圧縮技術の現在段階での紹介が行われた(安田)。c) その他 テレパソロジーの標準化を目的としてベンダー側に対するアンケート調査を行い、問題点の整理を行った(東福寺)。また、インターネットを利用してテレパソロジーを行う際のセキュリティーの問題、webを用いての問題点の指摘(秋山)と医療情報における認証の問題について問題点を分析し、今後のあり方について提言した。(山田)。
結果と考察
1) 最近の肺癌患者の発生は高く、死亡率は胃癌を抜いて増加傾向にある。2) 肺癌手術でのVATS、迅速診断、遠隔病理診断の組み合わせは、迅速診断なしで手術を2度に分けておこなうよりは遙かに経済効果、医療効果が大きい、また、患者の精神的、肉体的負担が軽減される。3) インターネットを利用して個人間でおこなうテレパソロジー「P to P」については、30万の低画素、1/10-1/20のJPEG圧縮でも診断は可能であった。この結果、多数の病理画像が伝送が可能となる。4) テレパソロジーは伝送画像を利用することにより診断の統一性を図ることができる。肺癌領域で臨床医に利用されている野口分類を使って6人の病理医に画像を分類してもらったが、不一致の症例がいくつかみられた。現在、肺癌の手術は野口分類によっては術式も変わるし、予後の評価も異なるためテレパソロジーを利用して診断の統一を図ることが重要である。5)インターネットを利用する場合、伝送容量は、ADSLや光ファイバーを利用してもルーターまでの距離、使用する時間帯によっては、表示されているものに比較し不安定であり、web を利用しても外部からのアタックがあり、セキュリティーをしっかりしたものにしておく必要がある。6) テレパソロジーの応用 a)テレパソロジーは、迅速診断以外にコンサルテーションやカンファランスなどに利用できる。鳥取大学病理学教室では、テレパソロジーによる誤診率は2.6%であり、これは通常、施設内でおこなわれている迅速診断での誤診率と大差がない。b)移植医療では、手術後の骨の機能不全が拒絶反応か、免疫抑制による副作用かを判別し、方針が全く異なる治療への対応が可能となる。c)細胞診につ
いての遠隔診断では、細胞診自体が簡便で検体が多いにも関わらず、指導医の
数が少ないため画像のチェックが大きな負担になっている。d)CPCは、テレパソロジーを利用して病理医の常駐していない病院間で行うことが可能である。7) 日本でテレパソロジー機器のメーカーと思われる会社は8社であり、いずれも採算は合わない状況にあるが、大きな理由は普及率が鈍いことである。電子カルテの普及促進や医療情報の国際化の面からも標準化が課題となるが、これは病理医、ベンダー、政府の3者の協力が必要となる。8)情報化のなかではプライバシーを守るためにもセキュリティーの問題は重要である。簡便さと機密性の維持という矛盾のなかでの妥協点が必要である。9)新しい機器、システムの開発 a) ホットスポットによる中継を利用したモバイルによる画像伝送を行ったが、今回は実証回数も少なく、モニターも小さくて結論には至らなかった。b)バーチャル化については、決して技術的な面で欧米に遅れをとっているわけではない。バーチャルの長所は一端取り込めば、顕微鏡は不要となるが、取り込みまでに要する時間と、ファイリングの容量、遠隔医療に応用するならば伝送容量の増加が必要となり、当面、圧縮が課題となる。
結論
今年度は最初のあげた3項目を重点課題として取り上げた。その結果、病理医が少ない現況においてテレパソロジーは医療にとって有用であると分かっていても経済的な問題で普及できない状況にある。これを少しでも克服して医療に貢献することが今後の課題である。

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