文献情報
文献番号
200300694A
報告書区分
総括
研究課題名
パーキンソン病や癌などに対するAAVベクターを用いた遺伝子治療法の開発とその臨床応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
小澤 敬也(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
- 中野今治(自治医科大学)
- 一瀬宏(東京工業大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 基礎研究成果の臨床応用推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
69,909,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
本研究は、非病原性のアデノ随伴ウイルス(AAV)に由来するベクターを用いた遺伝子治療法に焦点を当て、その臨床展開を図ることを目的とした。非分裂細胞への高効率遺伝子導入、長期遺伝子発現といったAAVベクターの特徴を活かし、臨床応用に向けた研究としては、中脳黒質線条体系ドパミンニューロンの選択的変性によるパーキンソン病に対する遺伝子治療法の開発を第一に推進した。残存ドパミンニューロンを活性化し、病態の進行を阻止するための新規治療用遺伝子の探索から、霊長類のサルを用いた前臨床研究まで、幅広く研究を行った。臨床研究の第一段階としては、病状が進行し、線条体における芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AADC:L-DOPAをドパミンに変換する)の活性の低下のためにL-DOPAの効果が減弱してきた患者を対象とし、AAV-AADCの被殻への注入とL-DOPA経口投与の併用を計画している。この方法であれば、L-DOPAの投与量を調節することによりドパミン産生量がコントロールできるため、安全性が高いものと思われる。本年度は、臨床研究に向けた準備をさらに進めた。基礎研究では、AAVの血清型と組織特異性について検討を進めた。さらに、AAVベクターの特徴に合わせた癌遺伝子治療法の開発研究に加えて、脳血管障害、動脈硬化症、中枢性尿崩症、感音性難聴などについても疾患モデル動物を利用した遺伝子治療実験を実施し、そのフィージビリティと将来性について検討した。
研究方法
1)パーキンソン病に対する遺伝子治療臨床プロトコールの作成: L-DOPAの効果が減弱してきたパーキンソン病の重症例において、線条体(被殻部分)にAAV-AADCを定位脳手術で注入し、その安全性を検証すると共に、L-DOPA経口投与との併用によりドパミンを局所で産生させ、パーキンソン病の症状を改善させることを目的とした臨床研究を計画している。その改訂を検討すると共に、臨床用AAVベクターの供給を受ける予定である米国Avigen社との打ち合わせを行った。2)サルのパーキンソン病モデルの作製と遺伝子治療前臨床研究:カニクイザルにMPTPを慢性投与し、パーキンソン病モデルサルを作製した。臨床プロトコールに沿った方法の有効性を検証するため、このサルにL-DOPAを服用させ、その後にAAV-AADCを被殻に注入した(筑波霊長類セターとの共同研究)。また、AAV ベクターの安全性を高めるため、導入遺伝子をCre/loxP法により取り外すテクノロジーの開発を進めた。3)パーキンソン病のための治療用遺伝子の探索:オーファン核内受容体Nurr1について検討した。PC12細胞に、Nurr1とその転写活性化ドメインを除いた変異体を発現するベクターを導入し、TH遺伝子やGTPシクロヒドロラーゼI(GCH)遺伝子のプロモーター活性の変化を調べた。また、内在Nurr1の活性を制御するメカニズムを検討した。4)AAVベクターを用いた癌その他の疾患に対する遺伝子治療モデル実験:i)各血清型のAAV ベクターを用い、マウス骨格筋、門脈内、及び脳内への投与を行った。免疫反応に関しては、ベクター投与前後の抗体価を比較検討した。副作用については、組織障害・細胞浸潤などを検討した。ii)腫瘍血管抑制や播種・転移の抑制に基づく抗腫瘍効果については、可溶型Flt-1又はIL-10を発現するAAVベクターをマウスに筋注し、VEGF産生卵巣癌細胞株 (SHIN-3細胞)の腫瘍形成に対する効果を検討した。iii)腫瘍内自己複製型AAVベクターの開発では、神経膠腫細胞株U251MGなどに、AAVベクターゲノムの複製に必要なアデノウイルス初期遺伝子群等をAAVベクターやアデノウイルスを用いて導入した。また、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(FK22
8やCHAP31)の併用効果を検討した。iv)脳卒中易発症性高血圧自然発症ラット(SHR-SP)の前脛骨筋にIL-10発現AAVベクターを筋注し、血圧、尿蛋白量、脳卒中発作などを観察した。また、ApoE欠損マウスの前脛骨筋にIL-10発現AAVベクターを筋注し、動脈硬化病変などを観察した。v)中枢性尿崩症モデルのBrattleboroラットにおいて、アルギニン-バソプレシン遺伝子発現AAVベクター(AAV-AVP)を両側視床下部視索上核に注入し、長期的観察を行った。vi)感音難聴に対する遺伝子治療法の開発では、マウスおよびラット蝸牛におけるAAVベクターを用いた遺伝子導入条件や、神経栄養因子遺伝子を用いた治療効果を検討した。(倫理面への配慮)小動物を用いた実験は、動物倫理面を含めて自治医大動物実験指針規定に従って行った。厚生省霊長類共同利用施設で実施したサルの実験は、国立感染症研究所「動物実験ガイドライン」及び筑波霊長類センター「サル類での実験遂行指針」を遵守して行った。
8やCHAP31)の併用効果を検討した。iv)脳卒中易発症性高血圧自然発症ラット(SHR-SP)の前脛骨筋にIL-10発現AAVベクターを筋注し、血圧、尿蛋白量、脳卒中発作などを観察した。また、ApoE欠損マウスの前脛骨筋にIL-10発現AAVベクターを筋注し、動脈硬化病変などを観察した。v)中枢性尿崩症モデルのBrattleboroラットにおいて、アルギニン-バソプレシン遺伝子発現AAVベクター(AAV-AVP)を両側視床下部視索上核に注入し、長期的観察を行った。vi)感音難聴に対する遺伝子治療法の開発では、マウスおよびラット蝸牛におけるAAVベクターを用いた遺伝子導入条件や、神経栄養因子遺伝子を用いた治療効果を検討した。(倫理面への配慮)小動物を用いた実験は、動物倫理面を含めて自治医大動物実験指針規定に従って行った。厚生省霊長類共同利用施設で実施したサルの実験は、国立感染症研究所「動物実験ガイドライン」及び筑波霊長類センター「サル類での実験遂行指針」を遵守して行った。
結果と考察
1)パーキンソン病に対する遺伝子治療臨床プロトコールの作成:モデルサルの実験結果からベクターの投与量を当初の予定の1/10程度に減らせる可能性を議論した。また、米国Avigen社とベクター供給の見通しを話し合った。同社では、NIHのRAC審査ならびにFDAでの審査を受けているが、安全性に関するデータを求められているようである。2)サルのパーキンソン病モデルの作製と遺伝子治療前臨床研究:MPTP慢性投与により作製したパーキンソン病モデルサルを使用して、片側の被殻にAAV-AADCを注入する実験を行った。遺伝子導入前には、L-DOPAを大量投与しても運動障害は改善しなかったが、遺伝子導入2週間後にはL-DOPA常用量の投与で対側の上肢の動きが改善した。昨年度遺伝子導入したサルは1年後にも効果が持続しており、副作用も認めていない。導入遺伝子の制御法では、CreERT2を搭載したAAV-CreERT2、TH cDNAを2つのloxP配列の中に組み込んだAAV-floxed THを作製した。パーキンソン病モデルラットの線条体に、AAV-floxed TH, AAV-AADC, AAV-GCHを注入した。そこにAAV-CreERT2を追加し、4 hytroxy-tamoxifen (4OHT)を投与すると、運動障害の改善が抑えられた。この方法は、万一ドパミン産生が過剰になっても4OHTによりTHの発現を抑制することが可能であることを示している。3)パーキンソン病のための治療用遺伝子の探索: Nurr1発現によるドパミン生合成酵素の発現上昇効果はそれほど大きくないと考えられた。一方、cAMP-PKA経路によりNurr1活性が大きく上昇し、cAMP依存性シグナル系路の重要性が示唆された。4)AAVベクターを用いた癌その他の疾患に対する遺伝子治療モデル実験:i)骨格筋及び門脈内にベクター投与を行った個体では該当する血清型のキャプシドに対する抗体が検出された。組織所見などでは副作用は認められなかった。ii)AAVベクターで可溶型Flt-1遺伝子あるいはIL-10遺伝子を骨格筋に導入したマウスに、卵巣癌細胞を皮下接種した治療モデル実験では、いずれの場合も腫瘍増殖が有意に抑制された。本実験は癌病巣切除後に遺伝子治療を行う方式をイメージしたもので、癌の再発・転移を防ぐことを狙った治療法に発展することが期待される。iii)腫瘍内自己複製型AAVベクターの開発では、AAV蛋白質発現遺伝子やアデノウイルス初期遺伝子群の腫瘍細胞への導入により、AAVベクターが腫瘍細胞内で複製されることが示された。また、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の併用効果を確認した。iv)SHR-SPにIL-10発現AAVベクターを筋注すると、降圧効果、尿蛋白減少、脳卒中発作抑制、生存期間延長が認められた。ApoE欠損マウスの実験では、動脈硬化病変の進行がIL-10治療群で抑制された。MCP-1の血中濃度や局所での発現量が低いことから、炎症機転に作用したと考えられた。v)中枢性尿崩症ラットの治療実験では、AAV-AVP投与による効果が1年間以上にわたって持続した。vi)マウス蝸牛へのAAVベクターを用いた遺伝子導入実験では、3型AAVベクターで内有毛細胞に限局した特徴的な発現が観察された。感音難聴に対する遺伝子治療実験では、GDNF発現1型AAVベクターを蝸牛へ注入したラットで、
カナマイシン投与後の有毛細胞の脱落が少なく、聴力障害の予防効果が認められた。
カナマイシン投与後の有毛細胞の脱落が少なく、聴力障害の予防効果が認められた。
結論
AAVベクターによりAADC遺伝子を線条体に導入する遺伝子治療法の臨床研究実施計画に沿った実験をパーキンソン病モデルサルで実施し、その効果と安全性を確認した。さらに、安全性を高めるため、TH遺伝子を取り除くシステムを開発した。Nurr1によるドパミン生合成酵素遺伝子発現への影響に関する検討では、Nurr1の直接的関与はないと考えられた。その他、AAVベクターの血清型と組織特異性の関係などの基盤研究を進めると共に、癌や脳血管障害、動脈硬化症、尿崩症、感音難聴などに対する遺伝子治療の基礎実験を行った。
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