免疫難病のシグナル異常と病態解明・治療応用に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300674A
報告書区分
総括
研究課題名
免疫難病のシグナル異常と病態解明・治療応用に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
田中 良哉(産業医科大学医学部第一内科学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 梅原久範(京都大学大学院医学研究科臨床生体統御医学講座臨床免疫学)
  • 駒形嘉紀(東京大学医学部附属病院アレルギーリウマチ内科)
  • 坂口志文(京都大学再生医科学研究所生体機能調節学分野)
  • 高柳広(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
  • 竹内勤(埼玉医科大学総合医療センター第2内科)
  • 田村直人(順天堂大学医学部膠原病内科)
  • 西本憲弘(大阪大学大学院生命機能研究科免疫制御学講座)
  • 野島美久(群馬大学医学部第3内科)
  • 針谷正祥(東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科/臨床試験管理センター)
  • 南康博(神戸大学大学院医学系研究科ゲノム制御学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
免疫難病である膠原病は多臓器病変を特徴とする全身性自己免疫疾患である。代表的膠原病である全身性エリテマトーデスSLEだけでも6万人余の特定疾患医療費受給者数を数え、患者総数と医療費支給額は増大の一途を辿る。しかし、免疫難病の治療は、ステロイド薬中心の副作用の多い非特異的免疫療法に終止し、長期予後やQOLの向上に繋がる治療法の開発は途上にあり、病態解明と疾患特異的な新規治療開発は社会的にも急務である。SLEの発症過程には、自己反応性T細胞のシグナルの異常が関与する事が解明されてきた。本研究では、膠原病の病因や病態形成に本質的に関与する免疫シグナルの異常な賦活化、及び、免疫抑制性シグナルの機能異常を究明し、免疫シグナル異常の是正という視点から疾患制御を追求する事を主目的とする。平成14年度には、膠原病の病態形成に於いて、CD40L等の共刺激分子やIL-6を介する活性化シグナルの異常亢進、並びに、TCRζ鎖等の制御性シグナルの異常低下の存在を解明した。平成15年度は、SLE患者、動物のT細胞のTCRと共刺激分子を介するシグナルに焦点を絞り、賦活化シグナル、並びに、抑制性シグナルの異常に関与する分子、遺伝子の同定を試みた。また、昨年度明らかにしたIL-6を介するシグナルを制御する事を目的として、血管炎を呈する難治性膠原病にIL-6R抗体を投与するパイロットスタディを開始した。
研究方法
膠原病の病因や病態形成に直接関与する、自己免疫系シグナルの過剰賦活化、免疫抑制性シグナルの機能異常を同定する。その際、①リンパ球の細胞間相互作用を担う細胞間シグナル伝達分子の質的、量的異常、②リンパ球の活性化、細胞死、サイトカイン産生などを担う細胞内シグナル伝達分子の質的、量的異常、③これらの異常に関与する細胞内外のシグナル伝達分子の蛋白質レベル、或は遺伝子レベルでの特定を行う。膠原病患者検体のみならず、基礎的エビデンスを確立するために、正常リンパ球、リンパ系細胞株、動物モデルを用いた研究を駆使する。さらに、大阪大学附属病院先進医療審査会の許可の下に、治療抵抗性難治性血管炎患者を対象にヒト化抗IL-6レセプター抗体による探索的治療研究を行った。
結果と考察
自己免疫疾患の発症には、免疫担当細胞のシグナル伝達異常による免疫自己寛容の破綻が関与し、その過程に於いてT細胞受容体(TCR)を介する抗原シグナルと細胞膜共刺激分子シグナルの共存が中心的役割を担う。坂口は、ヒトのリウマチ様関節炎を自然発症するSKGマウスの疾患原因遺伝子を同定し、TCR特異的シグナル分子ZAP-70の一塩基突然変異である事を突き止めた。また、トランスジェニックマウスを作製し、SKGマウスに正常ZAP-70遺伝子を発現させた結果、関節炎の発症は阻止された。さらに、SKGマウスT細胞に於いて、TCRを介して刺激した場合、TCRζ鎖やZAP-70等のシグナル分子のチロシンリン酸化は全て低下していた。このZAP-70遺伝子異常は、胸腺におけるT細胞の選択に異常をもたらし、自己反応性T細胞を誘導し、全身性自己免疫疾
患が発症する可能性が示された。これらの結果は、ヒト膠原病の発症原因のひとつとしてもZAP-70を介するTCRシグナル伝達異常が重要であり、シグナル異常の是正に基づく新しい治療法の可能性が考えられた。竹内は、SLE患者T細胞にTCRζ鎖のエクソン7を欠く変異、及び、short 3'-UTR変異を見出した。エクソン7は、TCRζ鎖のシグナル伝達機能に必須のITAM3のN末端-チロシン残基を含み、TCRζ鎖欠損マウスT細胞ハイブリドーマMA5.8に、short 3'-UTR変異を遺伝子導入すると、TCRζ鎖の発現を低下させた。以上、SLEに特徴的なTCRζ鎖変異はTCRからの抑制性シグナル伝達に重大な欠損を及ぼす点が示された。斯様なSLEの発症に関与する制御性シグナルの欠損は、CD47/SHPS-1シグナル系の制御(野島)、T細胞特異的TGF-β導入(駒形)、Stat1- Runx2による制御(高柳)などにより回復し、治療応用への可能性を示した。一方、SLEの発症に於いて、自己反応性T細胞のシグナル賦活化には、TCR共刺激分子が関与する。田村、針谷、南は、この点を検討し、SLEのT細胞では、代表的な共刺激分子であるCD28の減弱、乃至、消失、並びに、CD40Lの量的、質的な増強を見出し、正常T細胞と異なる刺激伝達系の存在を示した。さらに、田中は、活動期SLEのT細胞に於いて、β1インテグリンを介するシグナルが量的、質的に亢進し、CD40L等の他の共刺激分子やIL-2等の発現誘導を介して、共刺激分子として中心的役割を担う事が解明された。血管炎を伴うSLEに於けるVLA-4の高発現を認めた竹内らの報告と併せ、β1-FAKを介する賦活化シグナルの亢進は、CD28非依存性の共刺激として作用し、自己反応性T細胞の過剰な活性化、ループス腎炎などの臓器病変を齎す可能性が示された。梅原は、SLE患者T細胞におけるラフトの集積、増強を明らかにし、TCR/共刺激を介するシグナル増強が裏付けられた。また、活性型PKC thetaは、TCR/CD28への刺激を必要とせずに、SLE患者T細胞の共刺激分子シグナル伝達の下流に於いて、治療の標的遺伝子として、分子レベルでの修復、病態の正常化に有用と思われた。一方、SLEの臓器障害は、T細胞依存性に活性化されたB細胞より過剰に産生される自己抗体の沈着と免疫複合体による補体の活性化により齎される。IL-6およびそれを介するシグナル伝達系は、自己反応性T細胞と抗体産生性B細胞の活性化の双方に必須である。西本は、IL-6トランスジェニックマウスでは、血管周囲に炎症性細胞浸潤を生じ、抗IL-6R抗体により完全に抑制できる事を示し、血管炎の発症に於けるIL-6の関与を明らかにし、関節リウマチやキャッスルマン病に対して、ヒト化IL-6R抗体が新しい治療法となり得ることを示した。これらの結果を踏まえ、膠原病の中でも特に難治性病態とされる治療抵抗性血管炎の2症例に対して、ヒト化抗IL-6R抗体を使用し、種々のサイトカインの体内プロフィールやリンパ球サブセットの変化を解析、血管炎に対する治療効果の検討を行った。2症例とも、ヒト化抗IL-6R抗体(MRA)200mg/週を点滴静注使用した結果、血中IL-6の低下に伴い発熱、紅斑、皮膚潰瘍などの臨床症候、頚動脈の血流、CRP値の速やかな改善が得られた。治療によりIL-6の低下に加え、血中TNFαの一時的増加もあった点より、IL-6阻害治療の効果は単に抗炎症作用によるのではなく血管炎の根本に作用している可能性が示され、IL-6阻害治療は血管炎を伴う難治性SLE等の膠原病の新しい治療法となりうることが示唆された。
結論
SLE患者、及び、モデル動物に於いて、TCR特異的シグナル分子ZAP-70遺伝子変異が自己免疫性関節炎を齎す原因遺伝子であること、並びに、SLE患者に特徴的な遺伝子変異としてTCRζ鎖の部分的欠失が認められ、TCRを介するシグナル欠損を齎す事を明らかにした。斯様な制御性刺激シグナルの欠損は、自己反応性T細胞活性化を齎し、膠原病を引き起こすことを解明した。また、SLE患者自己反応性T細胞では、インテグリンβ1の質的、ないし、量的増強が、CD28非依存性に共刺激シグナルの賦活化を齎し、CD40LやIL-2等の発現誘導を介して、自己反応性T細胞活性化、ループス腎炎などの臓器病変に寄与する可能
性が示された。一方、IL-6トランスジェニックマウスでは、血管炎病態を形成し、抗IL-6R抗体により完全に抑制できる事を示した上で、治療抵抗性血管炎の症例に対して、ヒト化抗IL-6レセプター抗体を使用した。IL-6阻害治療により、臨床症候や検査成績が速やかに改善し、血管炎を伴う難治性SLE等の膠原病の最も有力な治療法となりうることが示唆された。

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