変形性膝関節症の生活機能維持・再建に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300672A
報告書区分
総括
研究課題名
変形性膝関節症の生活機能維持・再建に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
守屋 秀繁(千葉大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中村耕三(東京大学)
  • 井上一(岡山大学)
  • 牛田多加志(東京大学)
  • 池平博夫(放射線医学総合研究所)
  • 松本秀男(慶應大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
52,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、1)膝OAの遺伝子学的背景を究明し、2)膝OAの生化学的発症メカニズム(メカニカルストレスとの関連等)を解明し、3)膝OA発症のバイオメカニクス的要因を解明することにより、我が国における膝OA発症の原因を明確にし、4)膝OAの非侵襲的、かつ質的な早期診断法を開発することにより的確な病期診断と初期治療を可能とすることであり、さらに5)軟骨損傷に対する再生医学の基礎検討より応用を図り、6)重症膝OAによる重度破壊関節に対する機能再建術の研究により医療経済上の損失を最小限にくい止め、高齢化社会における国民福祉の向上を目指すものである。
研究方法
1) 膝OAの原因究明・遺伝子学的素因の解明…昨年度、膝関節の靭帯と半月板の切除の組み合わせによって関節不安定性を加えることで、重度の異なる3つのタイプのマウス膝OA 誘発モデル(C57BL/6、8週令)の作成に世界に先駆けて成功した。このモデルを候補遺伝子改変マウスに応用し、OAにおける各遺伝子の関与を検討する。・メカニカルストレスと一酸化窒素(NO)との関連の解明…培養軟骨細胞に対するメカニカルストレス負荷後の遺伝子発現について、マイクロアレイ法による解析を行い、NOの発現に関与するとされるiNOSなどの種々の因子の検討を行なってきた。本年度は軟骨保護作用をもつといわれる炎症性サイトカインであるIL-4の効果をin vitro、in vivoにおいて検討する。・バイオメカニクス的要因の解明…健常人、人工膝関節置換術前後の患者を対象に正座等の深屈曲動作を含めた日本人特有の日常生活動作中の膝関節負荷を、三次元動作解析装置、表面筋電図を用いて計測し、疼痛スコア、X線撮影とあわせて、動作による関節負荷の差を検討した。2) 膝OA症の早期診断法の確立 MRIを用いた組織内成分分析法の臨床実用化に関する研究…MRIを用いて、組織内成分分析法による関節軟骨を中心とした病期診断の臨床実用化をめざす。関節軟骨の基質構成高分子であるGlycosaminoglycan (GAG) は陰性荷電しており、正常軟骨では陰性荷電量が大きいが、軟骨変性に伴い減少する。陰イオン性造影材であるGd-DTPA2-を経静脈投与し、関節軟骨に浸透するまで待機させた後、1.5Tの臨床MRI装置を使用し、T1強調像を撮像する。健常軟骨および変性軟骨のT1値の比較により、関節軟骨のGAG濃度の評価をおこなう。また実際の組織のGAG濃度との比較により本法の有用性を客観的に検討する。3) 膝OAの治療の確立 ・軟骨損傷、破壊に対する再生医学…昨年度は間欠的静水圧負荷により、MAPKカスケードの一つであるERKの活性化がSox9およびType2コラーゲンの発現を誘導し、軟骨細胞の再分化につながることを報告した。本年度は種々の静水圧刺激に対する関節軟骨細胞の応答のメカニズムに細胞内外のCa2+がどのように関与するかを探る。・膝OAによる重度破壊関節に対する機能再建術に関する研究…本年度は疾患の重症度に合わせた手術術式選択を可能とすることを目標に、膝OAに対する人工関節全置換術、高位脛骨骨切り術、鏡視下後内側切離術に関して、どの程度の重症度の罹患膝にどの程度の術後成績が得られるかをX線学的分類と日整会膝治療成績判定基準(JOA score)、visual analog scale(VAS)、Japan Knee Osteoarthritis Measure (JKOM)などの評価法を用いて検討した。尚、本研究において提供された生体試料及び実験動物を研究に使用する部分の倫理面には十分に配慮する。すなわち、採血等、生体試料を用いた実験及び実験動物を用いた実験は、すべてそれぞれの研究班の所属する機関の倫理委員会等
で承認され、患者の同意を得ることを前提としている。また、ヒトゲノム・遺伝子解析研究にあたっては、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針を遵守し、被験者の人権を保護する目的から説明文と同意書を文書の形で残し、説明文の中にDNA研究もしくは遺伝子研究という文書を含むものとする。
結果と考察
1) 膝OAの原因究明 ・遺伝子学的素因の解明…今年度は、全身性に異所性骨化をきたすttwマウスの軟骨にのみ特異的に発現するcystein proteinase inhibitor familyの新規遺伝子cystatin10 (Cst10)に着目した。マウス軟骨細胞用細胞株ATDC5においては分化誘導後、分化進行に伴いその発現量は増加し、またCst10遺伝子導入にてその石灰化能の亢進が見られることを確認した。Cst10遺伝子欠損マウス(Cst10KO)を作成したところ、Cst10KOは野生型との間に全身骨格の形態に差は見られなかったが、成長板下端の肥大軟骨細胞層での石灰化が低下していた。8週齢のCst10KOにOA誘発モデルを作成したところ、関節軟骨の破壊や軟骨細胞の肥大化に影響を及ぼさなかったが、骨棘形成が低下していた。また生理的条件下での膝蓋靭帯などの異所性石灰化も抑制されていた。以上よりCystatin10遺伝子が、骨棘形成が臨床上問題となる病態において有効な治療の標的分子となることが示された。・メカニカルストレスとの関連の解明…まずラット培養軟骨細胞を用いて、伸長ストレス負荷前後の遺伝子発現について、cDNAマイクロアレイ法による解析をおこない、軟骨細胞にアポトーシスを誘導する一酸化窒素(NO)を合成する酵素であるiNOSを含む37遺伝子の発現の有為な増強、46遺伝子の減弱していることを確認した。そこで実際にiNOSの発現が、ストレス負荷で亢進し、IL-4添加により容量依存的に発現が抑制されることを半定量PCR、real-timePCR法にて確認した。さらにWister ratの靭帯切離による膝OAモデルに対し、ラットrhIL-4を連日関節内投与し、術後2週、4週、6週で肉眼的、組織学的に評価した。IL-4投与により軟骨細胞のアポトーシスならびに関節軟骨破壊が有為に抑制できた。・バイオメカニクス的要因の解明…膝OA患者および人工膝関節置換術後患者合わせて30名60膝および健常者20名40膝を計測した。膝OA患者では健常者と比較し深屈曲など負担の大きい動作で大腿四頭筋モーメントが低下しており、歩行中の内反変形の変化と、臨床症状との相関が認められた。深屈曲動作での大腿四頭筋モーメントは人工関節置換術後に増大を認め、患者の術後の良好な機能を示していると考えられると同時にリハビリテーションにおける大腿四頭筋筋力の強化が重要であることが確認された。2) 変形性関節症の早期診断法の確立 MRIを用いた組織内成分分析法の臨床実用化に関する研究…現在までに46症例に対し評価を行なった。造影前のR1 (=1/T1) 値と造影後のR1値の差を用いて求めた軟骨組織内の浸透した造影剤濃度と、実際のGAG濃度に相関関係を認めた。またこの方法によりレントゲンや従来のMRI撮像により異常を捉えられない膝蓋大腿関節障害の症例の早期の軟骨変性を捉えることに成功した。3) 膝OAの治療法の確立 ・軟骨損傷、破壊に対する再生医学…今年度は関節軟骨組織を表層・中層・深層の3つの領域に分類して、軟骨細胞の短時間および長時間の間欠的静水圧刺激に対するCa2+応答の違いを検討した。一過性のCa2+濃度上昇を起こす軟骨細胞の応答率は各層により異なっていた。また各種阻害剤を用いた系によりこの上昇が細胞外液からの流入、機械刺激受容チャネル、IP3系統の細胞内ストアからの流入が絡んでいることが示唆された。一方で長時間負荷をかけた場合、軟骨細胞は周期的なCa2+濃度の上昇下降(オシレーション)応答を示すことが分かった。これらのデータを基に、静水圧負荷下で軟骨細胞を長期培養するシステムを構築する予定である。・膝OAによる重度破壊関節に対する機能再建術に関する研究…単純X線上、脛骨荷重面の骨の摩滅が認められないAhlb?ck分類Grade2までの症例では鏡視下後内側切離術(AAA)と人工膝関節全置換術(TKA)との間で、JOA scoreおよびVASに関して改善スコアおよび最終
臨床症状スコアにおける有意差は認められなかった。以上より、関節裂隙が消失していても、脛骨荷重面の骨の摩滅が認められなければ、AAAが手術療法の一つとして選択されうるものと考えられた。またJKOMを用いた解析では、『術前階段昇降困難度』、『術前立位時疼痛』、『術前しゃがみ込み・立ち上がりでの疼痛』などの項目での重症度がAAAの適応を決定する上で重要度が高いと思われた。
結論
本年度の研究により、膝OAの発症に関わる病態、およびその進行のメカニズムがさらに明らかになった。これらの検討をさらに継続・発展させ、膝OAによる日常生活動作障害の根絶につなげていく所存である。

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