アトピー性皮膚炎の既存治療法のEBMによる評価と有用な治療法の普及(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300665A
報告書区分
総括
研究課題名
アトピー性皮膚炎の既存治療法のEBMによる評価と有用な治療法の普及(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
古江 増隆(九州大学大学院医学研究院皮膚科学分野教授)
研究分担者(所属機関)
  • 秋山一男(国立相模原病院臨床研究センター・アレルギー呼吸器科センター長)
  • 大矢幸弘(国立成育医療センターアレルギー科医長)
  • 金子史男(福島県立医科大学皮膚科教授)
  • 幸野 健(市立吹田市民病院皮膚科部長)
  • 佐伯秀久(東京大学皮膚科学講師)
  • 柴田瑠美子(国立療養所南福岡病院小児科医長)
  • 高森建二(順天堂大学医学部附属浦安病院皮膚科学教授)
  • 竹原和彦(金沢大学皮膚科学教授)
  • 野瀬善明(九州大学大学院医療情報学教授)
  • 秀 道広(広島大学医学部皮膚科教授)
  • 溝口昌子(聖マリアンナ医科大学皮膚科教授)
  • 諸橋正昭(富山医科薬科大学皮膚科教授)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我々は平成11・13年度の厚生科学研究において、アトピー性皮膚炎の既存治療の有効性と適応の再評価を行い、治療ガイドラインの作成に関わってきた。初版である治療ガイドライン1999は2001年版に改訂された。このガイドラインが作成されたことで、当時ともすれば混乱していた本疾患の治療に一定の目安が確立されたことは高く評価されている。この間、日本皮膚科学会の治療ガイドラインも大筋において共通する主旨の上に作成され、ステロイド外用薬のランクについても統一が図られた。しかしこれらのガイドラインはいずれもその治療の骨子をまとめたもので、個々の治療を詳述したものではない。このガイドラインを今後も改良していくことが重要であることはいうまでもないが、それと並行して個々の治療の有用性をevidence-based medicineに基づいて評価しまとめた解説書(データブック)が必要と思われる。一方、我が国では世界に先駆けてタクロリムス外用薬が市販され、その高い有用性が認められるにつれ、タクロリムス外用薬とステロイド外用薬との使い分けについても世界的に注目されるつつある。
本研究では、前年度に引き続き、食物アレルゲン除去食療法、抗ヒスタミン薬・抗アレルギー薬、バリア機能・スキンケア、ステロイド外用薬、タクロリムス外用薬、シクロスポリン内服、紫外線療法、漢方療法、環境アレルゲン除去療法、合併症(細菌・ウイルス感染、眼病変)、民間療法などについてEBMに基づいた解説書あるいはデータブックを作成することを目的とする。
研究方法
(1)EBMに基づく治療法の評価
以下の各項目についてのRCT(randomized controlled trial)を中心に検索、その一覧表を作成し、それらの結果から得られたエビデンスについてまとめる。
1) 解説書の作成・総括(古江)
解説書の作成を総括する。
2) 食物アレルゲン除去療法のEBMによる評価(柴田)
3) 抗ヒスタミン薬・抗アレルギー薬・痒みのEBMによる評価(溝口)
4) バリア機能・スキンケアのEBMによる評価(秀)
5) ステロイド外用薬のEBMによる評価(大矢)
6) タクロリムス外用薬のEBMによる評価(佐伯)
7) シクロスポリン内服のEBMによる評価(竹原)
8) 紫外線療法のEBMによる評価(高森)
9) 漢方療法のEBMによる評価(諸橋)
10) 環境アレルゲン除去療法のEBMによる評価(秋山)
11) 合併症(細菌・ウイルス感染、眼病変)のEBMによる評価(古江)
12) 民間療法のEBMによる評価(金子)
13) 研究全体の統計学的な評価(野瀬) 
(2)EBM解説書の公表と普及(古江)
治療ガイドラインとEBM解説書(データブック)は出版するだけでなく、ホームページに掲載し、広く国民に公表する。
結果と考察
1) EBMに基づく治療法の評価
今年度までの成果をまとめた解説書(データブック)の第2報を作成した。
2)食物アレルゲン除去療法のEBMによる評価
食事療法介入試験について7つのRCTが検索された。3つで治療効果があると結論しており、効果があった症例は卵や牛乳誘発歴または感作の確認された乳幼児が中心であった。治療効果なしとした論文は4つだった。妊娠中からの母親の除去食による発症予防効果について6つのRCTが検索された。そのうち2つで一時的な発症率の低下が指摘されているが、4つは全く予防効果がみられていない。生後の除去食指導と発症予防効果について6つのRCTが検索された。そのうち3つで効果がみられている。
除去食療法の検討では、乳幼児、幼児で、食物アレルゲン感作や誘発がある例では、除去食療法の皮疹改善効果がみられるものが多かった。除去期間中より、非除去期間における皮膚炎悪化で脱落例があることからも、除去による有害事象はみられていない。効果なしとする論文ではさらに脱落率が高く、non-selectiveな対照での除去食効果はみられないが、これらの中でも介入効果例では食物アレルゲンの関与が示唆されている。リスク児における母子の除去食によるアトピー性皮膚炎予防効果についてのRCTは多い。妊娠中の予防効果のエビデンスはみられておらず、欧州小児アレルギー学会や米国小児科学会ではこの時期の除去を勧めていない(米国でピーナッツのみは妊娠中からの除去が勧められている)。生後授乳期間における除去食と母乳、分解乳では、リスク児の予防効果が評価されている。米国では、リスク児での授乳期の卵、牛乳、魚、ナッツ除去が勧められているが、欧州ではこの授乳期の予防効果に対し充分なエビデンスがないとし、離乳開始を5ヵ月以降に遅らせる以外は除去を勧めていない。
3) 抗ヒスタミン薬・抗アレルギー薬・痒みのEBMによる評価
23のRCTが検索された。抗ヒスタミン薬・抗アレルギー薬の効果に肯定的なものは17報告、否定的なものは5報告、安全性の検討が1報告あった。有用性を示す文献のうち、塩酸フェキソフェナジンの効果に関する1報告と塩酸セチリジンの安全性に関する1報告を除き、エビデンスのレベル1に属する報告はなかった。一般に抗アレルギー薬の開発の段階で蕁麻疹に対する効果は二重盲検法で確認される場合が多いが、アトピー性皮膚炎に対しての効果を開発時に確認した薬剤は少ない。市販後もなかなか大規模なランダム化比較試験ができないのが実情であろう。
抗ヒスタミン薬・抗アレルギー薬のアトピー性皮膚炎に対しての有用性は、個々の薬剤によって異なり、ひとまとめに論じることは難しい。また、今までの報告でも統一された評価法がなく、メタアナリシスが困難である。比較的多くの文献でそう痒に対するVisual analogue scale(VAS)が用いられていたが、このような評価法を含めて評価法に一定の基準ができれば、これらの薬剤の有用性についてまとまった見解をつくる礎になると考えられる。
4) バリア機能・スキンケアのEBMによる評価
尿素製剤について、4つのRCTと3つの非RCTがあり、ほとんどの報告で皮膚の乾燥症状は有意に改善した。それ以外で臨床的効果を評価されたのは、尿素製剤、乳酸アンモニウム、グリセリン、擬似セラミド含有クリーム、ヘパリン類似物質、ヒノキチオールであった。亜鉛華軟膏、白色ワセリン、ビタミンE軟膏、ビタミンA軟膏、ツバキ油は、有効性の証明はなされていない。
アトピー性皮膚炎のスキンケアにおいては、必ずしもどの保湿外用薬を用いるかが重要なのではなく、ステロイド外用薬などの強力な抗炎症性治療にどのように併用して再燃の予防、あるいは症状のコントロールを行っていくかがより重要である。
5) ステロイド外用薬のEBMによる評価
多くのRCTが検索された。ステロイド外用剤は一部の弱いものを除けば大半がプラセボとの間に有意な効果の差があり、アトピー性皮膚炎の治療に有効であった。ステロイド外用剤同士の比較は多いが、論文ごとに使用条件が異なっているため、臨床効果に基づくランキングは不可能であった。1日の塗布回数は1回でも複数回でも有意差はなかった。連日塗布では皮膚の菲薄化などの副作用が生じるが、強いステロイド外用剤でもおのおの1日2回週3日あるいは週2回以下の間欠塗布であれば寛解を維持し副作用の回避が可能であった。ステロイド外用剤に抗生剤を添加してもアトピー性皮膚炎に対する治療効果は有意に改善はしなかったが、抗真菌剤の添加には効果が認められたという報告があった。ウェットラップ法で使用した場合の効果は有意であったが、ウェットラップ法自体の効果についての高いエビデンスはない。他の外用剤との比較では、タクロリムスを除けばステロイド外用剤に匹敵するような治療効果を確認できたものはなかった。
ステロイド外用剤がアトピー性皮膚炎の治療に有効であることのエビデンスのレベルは高い。しかし長期投与による副作用の回避や寛解維持に関する論文は少ない。週2日や3日といった間欠投与によって副作用の回避と寛解維持が得られる可能性が示唆されており、臨床現場で経験則に基づいて行ってきた使用法にエビデンスが与えられつつある。しかし、連続塗布を数週間続けた場合、副作用が生じる確率は高く、漫然と連日塗布している患者には警鐘を鳴らす必要がある。今後はさらに具体的な使用法や使用量を検討する詳細な臨床研究の実施が望まれる
6) タクロリムス外用薬のEBMによる評価
多くのRCTが検索された。その有効性に関してはプラセボやステロイド外用剤との比較試験また長期試験により十分に証明されており、また同様に施行された大規模な安全性調査の結果から、現在までに本剤との因果関係が証明された副作用として一過性の灼熱感がほぼ全ての研究結果により示されているものの、全身性の重篤な副作用は無かった。小児に対する安全性も高かった。
タクロリムス外用薬は発売以来約4年が過ぎ、全世界的にAD患者に使用されるようになった。今後はステロイド外用薬との組み合わせなどにより、安全性を確保しながら、タクロリムス外用薬の有効性を最大限引き出す治療法などに関しても、EBMに基づいて検討がなされていくものと期待される。
7) シクロスポリン内服のEBMによる評価
8のRCTが検索された。腎障害や高血圧などの副作用に注意が必要だが、短期投与および長期投与に関しての有用性が明らかになった。また間歇投与法は漸減療法よりも有効であった。また小児に対する有用性も示された。
シクロスポリンは比較的新しい免疫抑制剤であり、従来のデータでは乾癬と同様に有効性が確立しているが、中止による再燃は乾癬と同様であり、シクロスポリン単独にて治療するには間歇投与を繰り返す長期投与を行わざるを得ない。長期投与の際には、血中トラフレベルの測定、血圧、腎機能のチェックが重要である。また、長期投与に伴う免疫抑制状態の持続により、発癌や種々の感染症の合併も問題となる。従って、紅皮症化など急性増悪の危機を乗りきる目的で使用するのが最も適しており、皮膚症状が軽快したら通常の外用治療に切り替える、即ち寛解導入を目的とした使い方が望ましいと考える。
8) 紫外線療法のEBMによる評価
8つのRCTが検索された。その結果①PUVA療法は重症アトピー性皮膚炎に対してUVB療法より優れた効果を発揮すること、②UVB療法は中等症アトピー性皮膚炎には有効であること、③Narrow-band UVB療法は中等症から重症アトピー性皮膚炎に有効であること、④High-dose UVA1療法は急性増悪したアトピー性皮膚炎に対しステロイド外用薬と同等の効果を示すこと、⑤紫外線療法には発癌性があり、特に有棘細胞癌とメラノーマの発症は照射回数、総照射量に依存すること、が示された。しかしながらエビデンスのレベルは低かった。
従来の治療法に抵抗を示したり、ステロイド外用剤の副作用が発現した場合、紫外線療法、特にPUVA療法は効果を発揮する。しかしPUVA療法を有効とした報告のほとんどがRCTではなく、エビデンスのレベルは低いものだった。今後、紫外線療法と発癌の関係について、人種差、スキンタイプ、性差、部位差、照射回数、総照射量などについて大規模なRCTを行い、PUVA療法のガイドラインを作成する必要がある。一方、新しい紫外線療法であるUVA1療法などではRCTが行われている。紫外線療法には発癌の問題があり、その適応にあたっては慎重に対処することが必要である。
9) 漢方療法のEBMによる評価
5つのRCTが検索された。Zemaphyte (PSE101)と小柴胡湯に対する有用性が示された。
漢方薬に対する研究はケ―ス・コントロール・スタディーがほとんどであり、症例数も100例以上のものは認められなかった。しかし、漢方治療の特殊性を考慮した場合、一般によりエビデンスの高い評価法を用いた大規模な試験には様々な制約があり、漢方独自の新しい評価方法を導入した小規模のケ―ス・コントロール・スタディーであっても十分に質の高いエビデンスが得られる可能性が示唆された。
10)環境アレルゲン除去療法のEBMによる評価
5つのRCTが検索された。アレルゲン除去療法の効果については、有効が3論文、無効が2論文で、特にエビデンスのレベルが1の論文は2/3が無効と結論しており、長期的視点での検討を含め今後のさらなる検討が必要と思われる。
近年、環境中のmajor allergenの定量が可能となり、より客観的な指標を基に評価を行なった研究が報告されてきている。しかしながら環境中の吸入アレルゲン除去療法は必ずしも有効ではないという報告が増えている。今後は家塵や寝具塵といったアレルゲン量の測定のみではなく、皮膚局所での暴露アレルゲン量の測定等の実際の反応の場でのアレルゲン量の推移をモニタリングすることで、より正確な比較が可能になると思われる。またアレルゲン除去療法と薬物療法との併用効果や長期効果等についての検討も必要だと思われる。
11) 合併症(細菌・ウイルス感染、眼病変)のEBMによる評価
カポジ水痘様発疹症の治療としてはアシクロビル、バラシクロビルが有効であり、伝染性軟属腫の治療としては自然治癒を待つよりも摘除したほうがよく、また一部の外用剤が有効とした報告もあった。伝染性膿痂疹の治療に関して、外用抗菌剤はプラセボよりも有効であり、また一部の外用抗菌剤は内服抗菌剤よりも有効なものもあった。白内障についてはステロイド外用剤が使用される前と比較して、その合併頻度に差がないことから、必ずしもステロイド外用剤による副作用とは考えにくいと思われる。しかしながらエビデンスのレベルは低いものが多く、今後の検討課題である。
12) 民間療法のEBMによる評価
3つのRCTが検索された。それらのエビデンスの質は低かった。
民間療法にはもともと定められた使用法がない場合も多く、また古くから伝えられた医術として解釈される場合もあり、このために科学的評価が困難であるという考え方も多い。しかし補助療法として確立されるためには今後科学的な検証による裏づけが欠かせない。またときに民間療法の中には現代の西洋医療を排除する傾向が見られる場合も存在するのも事実であり、今回の検討においてもステロイド外用剤を主体とする現代医療を排除する不適切療法が多数認められた。しかし、民間療法はあくまでも補助療法であることを認識すべきであると考えられる。またこのような不適切な治療法に関しては現在も増え続けていることも再認識すべきである。
13) 研究全体の統計学的な評価
信頼に値するエビデンスを構築するより適切で精緻な統計解析を行なうために、生存時間解析を用いる臨床試験において、現状の生存時間解析が抱える問題を提起し、改善に向けての考察を行なう。患者背景のばらつき(不均一)が無作為割付群間で一致しない(不均衡)ことが、(層別)ログランク検定のサイズを増大させることを、その不均衡の程度を測る指標(VQ)を考案し、シミュレーションによって確認した。層別ログランク検定のexactなサイズは、不均一の程度に関わらず、VQが1以下のとき5%以下で層別ログランク検定は適用可能であるが、 VQが1を超えるとき5%を超えてしまうので、群間の不均衡を修正する工夫をする必要性があることが分かった。折れ線コックス回帰法のような柔軟で有効な回帰モデルが用いられるべきであると考えられる。
(2) 治療ガイドラインとEBM解説書の公表と普及
ホームページを作成し、アトピー性皮膚炎治療ガイドライン2001を見やすく掲載した。その後、改訂版であるアトピー性皮膚炎治療ガイドライン2002も掲載した
(http://www.kyudai-derm.org/atopy/atopy.html、http://www.kyudai-derm.org/atopy/)。
また、今年度の本研究の成果を「アトピー性皮膚炎の治療 ーEBMのための文献データ集ー」の第2版を作成した。
結論
アトピー性皮膚炎の治療のEBMに基づいた評価を本邦ではじめて開始した。質の高い臨床研究は比較的少ない。そのような文献だけでなく、症例数は少なくても貴重な論文と思われるものを本研究班における評価法を取りいれてまとめ、一目でスクリーニングできるような文献データブックの作成が必要である。
倫理面への配慮
本研究の過程で取り扱った個人情報については、漏洩することのないように主任研究者が責任を持って保護致します。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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