アトピー性皮膚炎の有症率調査法の確立および有症率(発症率)低下・症状悪化防止対策における生活環境整備に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300654A
報告書区分
総括
研究課題名
アトピー性皮膚炎の有症率調査法の確立および有症率(発症率)低下・症状悪化防止対策における生活環境整備に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
河野 陽一(千葉大学大学院医学研究院小児病態学教授)
研究分担者(所属機関)
  • 笠置文善(放射線影響研究所疫学部副部長)
  • 下条直樹(千葉大学大学院医学研究院小児病態学講師)
  • 佐伯秀久(東京大学大学院医学系研究科皮膚科学講師)
  • 池澤善郎(横浜市立大学大学院医学研究科環境免疫病態皮膚科学教授)
  • 森川昭廣(群馬大学大学院医学系研究科小児生体防御学分野教授)
  • 占部和敬(九州大学大学院医学研究院皮膚科学講座助教授)
  • 小田嶋博(国立療養所南福岡病院診療部長)
  • 菅野雅元(広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成12年度~14年度の厚生労働科学研究「アトピー性皮膚炎の患者数の実態及び発症・悪化に及ぼす環境因子の調査に関する研究」(班長:山本昇壯 広島大学医学部皮膚科教授)によって、専門医の健診に基づくアトピー性皮膚炎の疫学調査が行われた。この調査結果を基に、本調査研究は、以下に示す項目の研究により本症のより普遍的な疾患概念・治療概念の確立を支援し、患者のQOLを高め、保健医療、厚生行政に資することを目的とする。
1.アトピー性皮膚炎の有症率の調査法の確立 
専門医の健診によるアトピー性皮膚炎の有症率の調査は多くの経費と労力を伴うことから、それに替わる方法として平成12年度~14年度「アトピー性皮膚炎の患者数の実態及び発症・悪化に及ぼす環境因子の調査に関する研究」において「診断のための質問票」が提案された。しかし、本質問票は診断特異度に問題はなかったが、調査地域間で感度にばらつきがみられた。そこで、本研究では質問票の内容の改良と質問票による調査の妥当性を再検討し、「診断のための質問票」による調査法を確立する。
2.有症率(発症率)の低下・症状悪化防止対策における生活環境整備の有用性の検討
本研究は、1)幼児より学童におけるアトピー性皮膚炎の悪化の可能性、2)乳児と幼児以降でのアトピー性皮膚炎の病態あるいは経過が異なる可能性、3)学校および保育園でのシャワー浴による症状改善の可能性、4)本症の家族歴、呼吸器感染症の既往が発症リスクファクターとして働く可能性、5)表皮組織の傷害はアトピー素因を誘導する可能性などについて、客観的に調査解析することにより発症および症状悪化に関与する要因を明らかにし、具体的な防止対策を提供する。
これらの目的を達成するために行う調査では、調査フィールドの設定ならびに十分なプロトコールの作成が必要である。本年度は、そのため予備調査を行うことを研究目的とした。
研究方法
1.アトピー性皮膚炎有症率の調査法の確立
平成12~14年度厚生労働科学研究班で作成された「診断のための質問票」を改良し、試験的に複数地区においてその感度、特異度を算出する。対象年齢は1歳6か月児、3歳児、小学生とする(河野陽一、下条直樹、小田嶋博、佐伯秀久、占部和敬、笠置文善)。
2.有症率(発症率)の低下・症状悪化防止対策における生活環境整備の有用性の検討
1)乳幼児発症のアトピー性皮膚炎の学童における悪化の可能性を確認するために、学童以上のアトピー性皮膚炎患者の乳幼児期からの症状経過についての質問票(症状経過追跡質問票)を作成し、その有用性を検討する(佐伯秀久、下条直樹)。2)複数の地域の保健所において4か月児、1歳6か月児、3歳児のアトピー性皮膚炎の経過の追跡調査を行い、アトピー性皮膚炎の経過ならびに患者集団の異同、治療法、環境因子の関与などを解析し、本症の疾患概念のよりよい理解の確立を目指す(河野陽一、下条直樹、池澤善郎)。3)小学校および幼稚園・保育園においてシャワー浴をアトピー性皮膚炎の患児に行い、シャワー浴の本症に対する効果を客観的に検証する。加えて、シャワー浴後の保湿剤等の総合的スキンケアの有効性も検討する(森川昭廣、占部和敬)。4)複数の地域において共通の問診表を用い、アトピー性皮膚炎の発症危険因子の1つとしての生後の呼吸器感染の罹患について生後から追跡し分析する(小田嶋博)。5)皮膚の傷害自体がアトピー素因を誘導する可能性が考えられることから、組織傷害によるアトピー素因の誘導の機序を解明し、発症率の低下・症状悪化防止対策の有効性の基礎的解明を行なう(菅野雅元)。なお、これらの調査において、個人情報は漏洩することはなく、倫理面で特に問題となるところはない。
結果と考察
1.アトピー性皮膚炎有症率の調査法の確立 1)平成12年度~14年度の厚生労働科学研究班で実施された小学生アトピ-性皮膚炎の健診結果と質問票からのアトピー性皮膚炎診断率を照合して、質問票を基にアトピ-性皮膚炎の有無を判断できる確率の推定式をロジスティック解析にて算出した。それに基づき、アトピー性皮膚炎の診断の確率を表す質問事項の評価チャ-トを作成した(笠置文善)。2)改訂「診断のための質問票」は乳幼児では感度74%、特異度91%、学童では感度86%、特異度86%であった。これは、旧版質問票による乳幼児での感度68%、特異度95%、学童での感度72%、特異度89%に比較して、特異度はやや低下したが感度は改善されていた。すなわち、改訂質問票の有用性が強く示唆された(下条直樹、佐伯秀久)。今年度の予備調査から改訂質問票の有用性が示されたので、次年度には全国8地域から感度別に4つの地域を選び、乳幼児、学童での改訂質問票の感度・特異度について対象の規模を大きくして調査する予定である。
2.有症率(発症率)の低下・症状悪化防止対策における生活環境整備の有用性の検討 1)症状経過追跡質問票を用いた予備調査により、小学校1年時(6~7歳)の健診でアトピー性皮膚炎と診断された児童の重症度による発症年齢と悪化因子の関与に相違があり、アトピー性皮膚炎の悪化因子としては、低年齢層では食物と汗が、また成長すると汗が重要であることが示された(佐伯秀久)。また、重症度は発症時に比べ加齢とともにやや軽快する傾向がみられた。この点については調査数を増やし、また個別の重症度の推移などを解析する。2)横浜市で行われた同一保健所における乳児のアトピー性皮膚炎罹患の追跡調査から、乳幼児のアトピー性皮膚炎の機序に年齢による差異が存在する可能性が示唆された(池澤善郎)。また、1歳児のアレルギー疾患の発症に影響する因子から、生後の感染症の合併は、アトピー性皮膚炎の発症と関連することが示された。(小田嶋博)。これらの可能性を、複数の地域でのコホート調査により明らかにすることにより、各年齢での発症・悪化因子の同定に基づくより的確な治療選択につながると考えられる。3)思春期アトピー性皮膚炎患者へのアンケートからアトピー性皮膚炎の発症は半数が1歳までに、また80%以上が6歳までに発症していることが判明した。アトピー性皮膚炎の悪化因子として汗は重要であり、スキンケアが有用であることが推測された(森川昭廣)。一方、乳幼児については保育園でのシャワー浴調査を行なうための準備として、保育園の先生を対象としたアトピー性皮膚炎の講演を行ないシャワー浴の実施についての理解を求めている(占部和敬)。次年度には、厚生行政上重要と考えられる乳幼児ならびに学童でのシャワー浴等のスキンケアの有用性が今後の解析から明らかにされると期待される。4)実験動物モデルにおいて、自己の樹状細胞と繊維芽細胞を共培養する際に、Necrosisを起こした繊維芽細胞と共培養した時のみに樹状細胞の活性化が観察されるが、Apoptosisまたは正常な繊維芽細胞の場合には樹状細胞は活性化されないことを明らかとした。すなわち、組織破壊がアトピー発症の要因・悪化因子になりうることが示唆された(菅野雅元)。今年度の解析から汗に代表される自己成分による皮膚の炎症機転を動物モデルを用いて解明することが可能となると考えられる。
結論
本年度の研究により アトピー性皮膚炎の有症率調査に有用な質問票の作成および発症・症状悪化因子の同定を行うことが可能と考えられる。また、今年度から開始したコホート調査・介入研究により、アトピー性皮膚炎発症・増悪防止対策における生活環境整備に関する指針を示すことが可能となることが期待される。

公開日・更新日

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