化学物質の胎盤ホルモン産生系・代謝系への影響に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300648A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質の胎盤ホルモン産生系・代謝系への影響に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
中西 剛(大阪大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
4,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医薬品や化学物資の次世代に対する安全性は、その化学物質に対する感受性が高く、またその影響が不可逆的なものになる可能性が高いことから、慎重に行われなければならない。化学物質のin vivo生殖・発生毒性評価には、現在のところ、主に齧歯類を初めとする実験動物が用いられているが、化学物質が成体のみに作用する他の毒性試験とは異なり母児複合体に作用し、多様な作用部位が存在すると考えられるため、一般的に他の毒性試験よりもヒトへの外挿が困難である。その原因の一つとして、胎盤の種差が考えられる。胎盤は、母体から発育に必要な栄養素などを供給したり、外来異物に対する暴露を阻止するのみならず、外来異物の代謝や胎児の器官形成に必要不可欠な種々のホルモンを供給する第2の視床下部-下垂体-性腺複合体としての機能を有していることから、発生毒性における標的臓器となる可能性がある。しかしながら、ヒトの胎盤は、齧歯類などの実験動物とは構造、内分泌機能ともに大きく異なる。したがって、実験動物では毒性が認められなかったにも関わらず、ヒトにおいては毒性を示すような医薬品などの化学物質においては上記のことを考慮したうえでその毒性を再検討する必要があると考えられる。そこで本研究では、ヒトと齧歯類の胎盤由来細胞を用いてdiethylstilbestrol(DES)をはじめとする医薬品等のホルモン様化学物質が、ヒトとラットの胎盤ホルモン産生系および代謝酵素系に与える影響について検討し、胎盤の内分泌機能の中でも、発生毒性に重要な候補を絞りこむことで、それがin vivoにどのように反映されるかについて考察することを最終目標としている。昨年度は、ヒトと齧歯類の胎盤由来細胞を用いてDESや有機スズ化合物をはじめとする化学物質が、ヒトとラットの胎盤ホルモン産生系および代謝酵素系に与える影響について検討を行ってきた。本年度は、これらin vitroにおける結果がin vivoにどのように反映されるかについて検討するために、1)有機スズ化合物などの内分泌撹乱物質のin vivoにおける胎盤ホルモン産生系および代謝酵素系に与える影響についての検討をおこなった。2)またin vivoでの作用は化学物質の移行により生じた結果であるのかを検討するために、有機スズ化合物の妊娠動物における胎盤移行性について検討を行った。一方で、発生毒性においては母体-胎盤-胎児が一つのユニットになっており、これらへの影響が複合的に働くことにより毒性が生じるため、単に実験動物に被験物質を投与するだけでは胎盤機能の修飾に起因する胎児への影響を検討することは困難である。そこで、3)被験物質により変動が認められた胎盤中の遺伝子を、胎盤特異的に発現させて胎児への影響を検討するための前段階として、胎盤特異的に遺伝子を発現させるシステムの構築を試みた。
研究方法
ICR系妊娠マウスにトリブチルスズ(TBT)または、[14C]-トリフェニルスズ(TPT)を腹腔内投与した。遺伝子発現の確認の実験においては、投与後3日後に各臓器を回収し、Total RNAを抽出後、混合oligo dT primerとsuper script II(Invtrogen)を用いて、single strand cDNAを合成した。このcDNAを鋳型として、各 primerおよびQuantiTectTM SYBR Green PCR Master Mix(QIAGEN)を加え混和し、Light Cycler (Roche)を用いて、定量的PCRを行った。また内部標準としてβ-actinを同様に定量し、補正を行った。また体内動態の検討については、投与後、1時間から6日目まで経時的に各臓器、および糞尿を回収し、その放射活性を測定することで評価した。胎盤特異的にレポーター遺伝子を発現するプラスミドは、マウスゲノムを
鋳型としてplacental lactogen(PL) IおよびIIのプロモーター領域をPCR法にて増幅することで作製した。改変型アデノウイルスベクター(Ad)の作製は、Mizuguchiらの報告にある“in vitro ligation法 "にて行った。ファイバー部分の改変は、アデノウィルスファイバーのHIループ をコードする遺伝子配列部分のCsp45IとCla1部位を有したベクタープラスミド(pAdHM15)を両酵素で切断し、この部位にRGD配列を有した合成オリゴDNAを“in vitro ligation法 "で挿入することで行った。遺伝子発現の評価は、レポーター遺伝子にホタルルシフェラーゼを用いた。各ベクターをICR妊娠マウスに静脈内投与または各細胞に遺伝子導入後48時間後に各臓器または細胞を回収し、溶解後、Lucferase Assay System (Promega)またはDual-LucferaseTMReporter Assay System(Promega)を用いて、ルシフェラーゼ活性を測定した。
結果と考察
トリブチルスズを妊娠12日目のマウスに投与し、妊娠15日目に胎盤を回収して、各ステロイドホルモン産生に関わる酵素のmRNA発現量について検討を行った。その結果、昨年度に行ったラット絨毛細胞株Rcho-1を用いたin vitroにおける検討結果を反映して、3?-hydroxysteroid dehydrogenase type I(HSD I)のmRNA発現量が上昇していた。また有機スズ化合物の体内動態について検討するために、[14C]-トリフェニルスズを妊娠11日目のマウスに腹腔内投与し体内動態について検討したところ、投与後1時間で胎盤への移行性が確認され、6時間後に蓄積量がピークに達した後に減少した。このように化学物質が胎盤に移行し、胎盤の様々な遺伝子発現を修飾することが確認されたが、発生毒性においては母体-胎盤-胎児が一つのユニットになっており、これらへの影響が複合的に働くことにより毒性が生じるため、単に実験動物に被験物質を投与するだけでは胎盤機能の修飾に起因する胎児への影響を検討することは困難である。そこで、被験物質により変動が認められた胎盤中の遺伝子を、胎盤特異的に発現させて胎児への影響を検討するための前段階として、胎盤特異的に遺伝子を発現させるシステムの構築を試みた。齧歯類胎盤のgiant cellに特異的発現するPLIおよびIIのそれぞれ転写開始点から上流-280bpと-2643bpのDNA断片をマウスのゲノムからクローニングし、下流にルシフェラーゼ発現遺伝子を連結してレポーター遺伝子を作成した。これらの遺伝子発現をRcho-1細胞とマウス繊維芽細胞株であるL929細胞に発現させて比較検討したところ、プロモーター依存的にRcho-1細胞でのみ高い発現を示すことが明かとなった。比較的に容易にin vivoでの遺伝子導入が可能なアデノウイルスベクター(Ad)を用いて、胎盤機能修飾モデル動物の作成を行うために、Adの胎盤への遺伝子導入効率についても検討を行った。しかし静脈内投与では、野生型のAd(WT-Ad)は、肝臓での発現が顕著に高く、胎盤での発現は肝臓と比較してわずか0.1%程度であったが、この問題を解決するためにウイルスのファイバー部分にRGD配列を持たせた改変型アデノウイルスベクター(RGD-mAd)を用いて検討を行ったところ、胎盤での発現はWT-Adの約100倍に上昇した。これにより胎盤への簡便な遺伝子導入が可能となるものと考えられる。現在、PL-IおよびPL-IIのプロモーターを用いてトランスジェニックマウスを作成するとともに、RGD-Adを用いたin vivoでの発現制御について検討中である。
結論
(1)TBTは妊娠マウスの胎盤において、3?-HSD IとCRBP IIの発現を上昇させた。またこれらの作用は、RXRを介したものであることが示唆された。(2)[14C]-TPTは、妊娠マウスにおいて投与後1時間で速やかに胎盤と胎児へ移行した。また胎盤においては6時間後に蓄積量がピークに達した後、速やかに減少した。一方で胎児では、6日後においてもほとんど蓄積量の減少が認められなかった。さらに[14C]-TPTの体内半減期はわずか24時間程度で、6日目にはほぼ100%排泄されることが確認された。(3)PL-IおよびPL-IIのプロモーター領域をクローニングし、この配列を有する胎盤特異的な遺伝子発現を行うためのプラスミドベクターの構築を行った。(4)Adを用いて
胎盤での遺伝子発現効率を上昇させるために、RGD-mAdを作製し、胎盤への指向性を向上させることができた。

公開日・更新日

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