個々人におけるモルヒネ作用強度のゲノム解析による予測

文献情報

文献番号
200300644A
報告書区分
総括
研究課題名
個々人におけるモルヒネ作用強度のゲノム解析による予測
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
池田 和隆(財団法人東京都医学研究機構・東京都精神医学総合研究所 分子精神医学研究部門 部門長(副参事研究員)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
4,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
研究要旨: 疼痛は医療現場で極めて頻繁に見られる深刻な病態であるとともに、広く国民のQOLを低下させる重大な要因である。モルヒネ治療を緊急に普及させる必要があるが、モルヒネの深刻な副作用および大きな作用強度個人差が効果的な疼痛治療を妨げている。一方、申請者らの研究成果を含む最近の先端的基礎研究成果により、モルヒネ作用においてμオピオイド受容体(μOR)が中心的役割を果たすこと、およびμORの発現量とモルヒネ作用強度が相関することが示され、モルヒネ作用強度個人差とμOR遺伝子多型の関連が示唆されている。これらの状況を踏まえ、本研究では、個々人におけるモルヒネ作用強度を遺伝子解析によって予測することを大きな目的としている。当該年度は、3年間の2年目として、当初の計画通り、健常人におけるμOR遺伝子多型の統計学的な解析を終了し、疼痛患者における遺伝子多型解析を開始した。前年度までに同定した100箇所以上のヒトμOR遺伝子塩基配列多型に関して統計学的な解析を行った結果、3'非翻訳領域を含む広い領域において数十の多型が完全連鎖不平衡であることが明らかになった。このことは、個人間でμOR遺伝子配列が数十カ所まとまって異なっていることを意味している。また、μOR遺伝子多型が、覚せい剤精神病の発現と関連することを見出し、μOR遺伝子多型が情動発現と関連する可能性を示唆した。さらに、開腹手術を受けた40名以上の患者の協力を得て、疼痛患者におけるμOR遺伝子配列多型と鎮痛薬効果の臨床データとの相関解析を開始した。本研究の最終段階である遺伝子検査キットの開発準備に関しても、計画を前倒しして開始した。特に、本研究成果を基に、μOR遺伝子多型解析によって薬物感受性を評価する方法を開発し、新たな特許を出願した。従って、テーラーメイドモルヒネ治療に向けて計画通り着実に研究が進んでいる。
A. 研究目的
疼痛は医療現場で極めて頻繁に見られる深刻な病態であるとともに、広く国民のQOLを低下させる重大な要因である。激烈な疼痛に対する鎮痛薬としてはモルヒネに代表されるオピオイド類が主に用いられており、ペインコントロールの重要性が認知されてきた最近ではモルヒネ使用量が急激に増加している。それにも関わらず、我が国の医療におけるモルヒネ使用量は欧米諸国の7分の1に過ぎないことから、日本国民はいまだに耐え難い苦痛にさらされながら生き、また死を迎えているといえる。従って、モルヒネ治療を緊急に普及させる必要がある。しかし、モルヒネに精神依存、身体依存、便秘、悪心、呼吸抑制などの深刻な副作用があること、およびモルヒネ作用強度に大きな個人差があることが、臨床上、効果的な疼痛治療を妨げている。本研究では、ゲノム科学の急速な進展を踏まえ、モルヒネ作用における個人差の遺伝子メカニズムを解明し、個々人に合ったモルヒネ治療を迅速・効率的に行うための基盤技術の確立を目的とする。
研究方法
B. 研究方法
マウスゲノム解析および行動薬理学的解析の結果および2001~2002年に出願した特許をもとに、μオピオイド受容体(μOR)遺伝子の多型、特に非翻訳領域の多様性が、モルヒネ作用強度と関連するという作業仮説を立てて研究を進めた。本研究では、個々人に合ったモルヒネ処方へ道を拓くために、次の4つの具体的な目標を定めた。
1) μOR遺伝子の塩基配列における個人間での多様性を解明する。
2) モルヒネ鎮痛効果と副作用強度を簡便かつ定量的に評価するシステムを構築する。
3) μOR遺伝子塩基配列多様性とモルヒネ作用強度との相関を明らかにする。
4) テーラーメイドモルヒネ処方を可能とする遺伝子検査キットの開発準備を行う。
<項目1>ヒトμOR遺伝子配列は、現有の温度勾配対応型PCR機3台および16本キャピラリー式全自動シークエンサーを用いて解析する。完成したヒトμOR遺伝子塩基配列情報を基に、健常人のμOR遺伝子塩基配列を解析し、既知の多型の確認とともに新規多型を同定する。同定された遺伝子多型はArlequin programを用いて統計学的に解析する。
<項目2>臨床医の協力を得て、モルヒネ鎮痛効果・副作用の臨床評価システムを構築する。特に、痛み自体の差異が少ない状況で解析を行う必要があるので、胃切除や肝切除などの術後痛に注目してシステム作りを行う。
<項目3>東京大学医科学研究所附属病院、東邦大学医学部付属佐倉病院などと連携することで研究を進める。まず、研究計画に関して、各施設において倫理審査委員会の承認を得る。研究協力に書面で同意した開腹手術を受けた患者から、口腔粘膜または末梢血液、および臨床データの提供を受ける。ゲノムDNAを抽出し、増幅後にμOR遺伝子多型を解析する。多型と臨床データとの相関を統計学的に解析する。
<項目4>研究成果に関して特許出願するとともに、企業等と連携してキットの開発準備を行う。
(倫理面への配慮)
なお、研究の実施にあたっては、厚生労働・文部科学・経済産業省合同の「ヒトゲノム遺伝子解析研究に関する倫理指針」を遵守した。下記の項目の倫理的配慮を適切に行うために、研究実施計画書を作成し、既に東京都精神医学総合研究所倫理委員会の承認を受け、研究を進めた。
1) 試料等は原則として匿名化、個人情報を機関の外部に持ち出すことを禁止する。
2) 文書にて研究の目的および方法を十分に説明し了解を得た後、提供者の自由意思に基づき書面によるインフォームド・コンセントを得て試料等の提供を受ける。
3) 遺伝カウンセリングの体制を必要に応じて用意する。
4) 研究状況の定期報告・実地調査、半数以上の外部委員で構成される倫理審査委員会での研究計画の事前審査を行う。
結果と考察
C. 研究結果
項目1:前年度に同定した100箇所以上のμOR遺伝子多型について、Arlequin programを用いて統計学的な解析を行った結果、μOR遺伝子の3'非翻訳領域を含む広い領域において数十の多型が完全連鎖不平衡であることが明らかになった。このことは、個人間でμOR遺伝子配列が数十カ所まとまって異なっていることを意味している。次に、Japanese Genetics Initiative for Drug Abuse (JGIDA) の協力により、健常人179名、覚せい剤依存患者128名のμOR遺伝子多型を解析し、覚せい剤精神病に関する臨床データとの相関を解析した。μOR遺伝子多型の1つが、覚せい剤精神病患者で有意に少ないことが明らかになった。さらに、幻覚・妄想の発現時期、持続期間ならびに再現性の有無に関して患者を群に分けて解析した結果、覚せい剤精神病に発症脆弱だと考えられる群では、この多型頻度が有意に低いことなどが明らかになった。
項目2:東京大学医科学研究所附属病院手術部、東邦大学医学部付属佐倉病院麻酔科および外科などの、第一線で疼痛治療を行っている研究協力者の協力を得て、モルヒネ鎮痛効果・副作用の臨床評価システムを構築した。プロトコールは以下の通りである。外科開腹術における麻酔を統一の全身麻酔と胸部硬膜外麻酔とし、術後鎮痛法をモルヒネの持続硬膜外投与とする。鎮痛不足時はペンタゾシンを適量投与する。術後2時間後、第1病日朝、および術後24時間後に、Visual Analog Scales (VASs)を用いてモルヒネ鎮痛効果の評価を行うと共に、嘔気、眠気、呼吸抑制などのオピオイドの副作用の重度を調査する。また、手術終了後24時間内のペンタゾシン必要量を調査する。このプロトコールを用いることで患者への負担および医療関係者への過度の負担をさけることができ、効率的かつ的確にモルヒネ作用強度を評価するシステムが確立した。さらに、既に手術を終えた元患者の協力を得て研究を進める計画を立案した。元患者の鎮痛薬作用強度と副作用の臨床情報は、本人および医療機関の了解を得れば、カルテや看護記録に記載された手術後の鎮痛薬使用量や使用回数、副作用情報により得ることができるので、迅速に研究を遂行できると考えられる。なお、この研究計画は2つの協力病院(東京大学医科学研究所附属病院、東邦大学医学部付属佐倉病院)で倫理審査承認を受け、既に研究を実施している。
項目3:上記の通り、2つの協力病院において研究実施の倫理審査承認が得られた。これらの病院と連携して、開腹手術を受けた元患者に研究協力の可能性を打診し、既に40名以上の元患者から口腔粘膜または末梢血の提供を受けた。研究協力者は増加中である。
項目4:本研究の最終段階である検査キットの開発準備には、企業等との連携が必要である。現在までに本研究における成果に対して、大手製薬会社2社を含む5つの企業から問い合わせがあり、内3社とは既に秘密保持契約を締結した。また、本研究成果をもとに、μOR遺伝子多型の解析により薬物感受性を評価する方法について新たな特許を出願した。
D. 考察
<ヒトμOR遺伝子多型における連鎖不平衡の発見>
前年度までに同定した約100箇所のμOR遺伝子多型に関して統計学的な解析を行った結果、3' 非翻訳領域を含む広い領域に渡って、数十の多型が完全連鎖不平衡であることが明らかになった。このことは、この領域が大きく異なる2種のμORアレルがあることを意味している。つまりヒトでは、1方のみを持つ2群と両者を持つ群に分類できる。このこれらの群間でμORの脳内量が異なり、モルヒネの効果に違いがある可能性が考えられる。さらに、1箇所の多型を明らかにするだけで、他の多くの多型を予測できるので、本成果を活用することで、今後の遺伝子解析量を著しく減少させることができると考えられる。
<μOR遺伝子多型解析による情動発現予測>
当該年度の研究によって、覚せい剤精神病の発現とμOR遺伝子配列多型が相関することを見出した。このことは、μOR遺伝子配列多型を調べることによって情動発現を予測できる可能性を示唆している。
<研究成果の社会還元>
今年度までの研究結果は、μOR遺伝子多型の解析により薬物感受性を評価できる可能性を示唆している。この発明は、個々人のμOR遺伝子多型を調べることにより、その人のモルヒネを含む薬物に対する感受性を予測する方法であり、所属研究所において職務発明に認められ、特許出願を行った。この発明は、本研究課題の最終段階である検査キットの開発準備に繋がる重要なものであると考えられる。実際、この研究成果には5つの企業から問い合わせが来ており、既に3社と秘密保持契約を締結した。これらの企業や新規企業と連携して、研究成果を広く社会に還元することが期待できる。
結論
E. 結論
当該年度は、3年間の2年目として、当初の計画通り、および一部計画を前倒しして研究を行った。前年度までに同定した100箇所以上のヒトμOR遺伝子塩基配列多型に関して統計学的な解析を行った結果、3'非翻訳領域を含む広い領域において数十の多型が完全連鎖不平衡であることが明らかになった。このことは、個人間でμOR遺伝子配列が数十カ所まとまって異なっていることを意味している。また、μOR遺伝子多型が、覚せい剤精神病の発現と関連することを見出し、μOR遺伝子多型が情動発現と関連する可能性を示唆した。さらに、開腹手術を受けた40名以上の患者の協力を得て、疼痛患者におけるμOR遺伝子配列多型と鎮痛薬効果の臨床データとの相関解析を開始した。本研究の最終段階である遺伝子検査キットの開発準備も開始した。特に、本研究成果を基に、μOR遺伝子多型解析によって薬物感受性を評価する方法を開発し、新たな特許を出願した。従って、テーラーメイドモルヒネ治療に向けて計画通り着実に研究が進んでいる。

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研究報告書(紙媒体)

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