cDNAアレイを用いた新しい乳癌治療体系の構築(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300639A
報告書区分
総括
研究課題名
cDNAアレイを用いた新しい乳癌治療体系の構築(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
藤原 康弘(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺 亨(国立がんセンタ-中央病院 期間:2003.4.1~2003.7.31)
  • 安藤正志(国立がんセンタ-中央病院 期間:2003.7.1~2004.3.31)
  • 福富隆志(国立がんセンタ-中央病院 期間:2003.4.1~2003.7.31)
  • 木下貴之(国立がんセンタ-中央病院 期間:2003.7.1~2004.3.31)
  • 大橋靖雄(東京大学大学院医学系研究科)
  • 関島 勝(三菱化学安全科学研究所)
  • 西尾和人(国立がんセンター研究所)
  • 竹内正弘(北里大学大学院薬学研究科)
  • 長谷川匡(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
55,729,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本邦女性における乳癌死亡者数は約9000人(2000年)であり、胃癌、大腸癌、肺癌、肝癌に次ぐ位置を占めている。さらに大阪府癌登録を例に人口10万あたりの罹患率をみると、乳癌のそれは胃癌を抜いて第1位であり、1960年代に比べて約4.5倍もの増加を示している。このような乳癌患者の増加傾傾向は世界的な現象であり、したがって乳癌治療体系の充実に対する社会的要請は高いものがある。一方、現在の乳癌治療は、H.E.染色(組織異型度の判定)と免疫染色(エストロゲン受容体、プロジェステロン受容体の発現の有無)を用いて病理組織検体を評価した結果と、腫瘍サイズ、患者の年齢あるいは閉経の有無等に関する情報で、その治療方針を決定している。しかしながら、効果・副作用予測を治療前には十分に行えていないのが現状である。すなわち癌遺伝子産物HER2が陽性の乳癌であっても、HER2に対するモノクロナール抗体であるトラスツズマブ治療が奏効しない症例やエストロゲン受容体が陽性であっても抗エストロゲン剤に耐性の症例、あるいは治療前の臓器機能が保たれ全身状態が良好であっても癌化学療法により重篤な副作用が発現する症例も稀ならず経験する。そこで本研究の目的は、乳癌の手術前治療のセッテイング(組織検体の採取が容易)において、治療前後の腫瘍組織及び正常組織(末梢血単核球あるいは手術時切除標本の正常組織部)における各種遺伝子発現量をcDNAアレイ等のファルマコゲノミクス解析の手法を用いて検討し、その結果を臨床経過及び前臨床試験成績と比較・考察することで、既存の効果・副作用予測因子を凌駕するマーカ遺伝子を同定することとした。初年度に引き続き、3つの臨床研究と3つの付随研究が継続進行し、組織の収集、保管、遺伝子発現解析を実施している。
研究方法
1) 対象
乳癌の術前療法において
① ドキソルビシン/ドセタキセル併用化学療法に引き続く週1回パクリタキセル±トラスツズマブ投与 (登録予定50症例)
② 内分泌療法感受性のある高齢者症例に対するアナストロゾールによる内分泌療法 (登録予定20症例)
③ HER2過剰発現のある高齢者症例に対するトラスツズマブ週1回投与法による化学療法 (登録予定20症例)
④ 高齢者症例に対するパクリタキセル 週1回投与 (登録予定50症例)
の臨床第II相試験で治療を受ける患者のうち本研究への参加同意が得られたものとする。
2) 方法
① 検体採取、保管と品質管理
術前療法施行前、及び手術時(術前療法終了後1ヶ月以内)に静脈血(10 ml)、乳癌組織および正常乳腺組織(術前療法施行後は必須とはしない)を採取(藤原、安藤、木下、長谷川ら)。検体(静脈血の場合は単核球分離後)は西尾らにより、RNA保存液中で処理した後に-80℃で保存、約1週間以内にRNAを抽出、核酸の質をバイオアナライザーで評価し、T7Basedの増幅法にて増幅、保管する。その後、関島らによりRIラベルをおこない、西尾、竹内、藤原らにより作製された新カスタムフィルターにハイブリダイズさせる。遺伝子発現を関島らがイメージアナライザーで解析し、数値化した後、西尾、竹内らにより標準化、大橋らにより統計解析を実施する。藤原、渡辺、福富らが、得られた統計データと臨床像(治療効果、副作用、既存の予後因子)との相関性、意義付けに関しての考察をおこなう。
② 測定項目
癌および薬物に関連する約800の遺伝子および、竹内らにより抽出されたホルモン療法関連遺伝子を追加した新カスタムアレイをデザイン、作製する(大橋、西尾ら)。新カスタムアレイを用いて、遺伝子発現を測定、解析する(関島、西尾ら)。新カスタムアレイの信頼性評価として、細胞株のサンプルを繰り返し測定することにより(西尾、関島ら)、カスタムアレイの信頼性、既存アレイとの比較をおこなう(大橋ら)。同時に標準化の方法を確立、評価する(竹内ら)。
臨床サンプルの遺伝子発現解析も開始し、中間解析として、発現データのクラスタリングをおこなう(関島、西尾ら)。
(倫理面への配慮)
本研究における遺伝子発現解析はゲノムを対象とせず、ゲノム解析の範疇に属さない。しかし、当該施設のIRBおよびヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理的指針に準拠して実施する。さらに、同研究過程のすべての実験データは保存し、必要な場合、公表することとする。
結果と考察
乳癌の術前化学療法による病理学的完全寛解及び重篤な副作用出現を予測する因子を同定するために、3つの臨床試験及び3つの附随研究の計6つ(プロトコール)を実施した(藤原、木下、安藤、長谷川ら)。現在で90例を登録、治療を実施し、28例で外科的切除を終了した。これらの臨床試験において患者の末梢血単核球および乳癌組織を採取し、匿名化、核酸精製、品質管理をおこないほぼ良質な核酸が得られた(西尾、関島ら)。初年度の基礎的成果を基に、ホルモン療法予測遺伝子を含む新カスタムアレイを作製し、作製した新カスタムアレイの信頼性に関する検討をおこなった(竹内、西尾ら)。また、アレイデータ標準化法の検討として、同一実験群アレイ間誤差の分散安定化による補正を細胞株および処理法が異なる16種類の各群から得られた遺伝子発現データを分散安定化処理することにより、各2回の実験結果において全てピアソン相関係数0.8230以上が示されることが明らかとなり、Churchillら(2002)による市販アレイおよび通法による発現強度解析相関60-80%の報告を上回る信頼性を得られると考えられた(大橋ら)。カスタムアレイにおける分散成分の推定値を算出することにより新カスタムアレイにおける測定誤差の方が測定誤差を正しく推定可能であった。また除去不可能なスポット誤差を統計学的に取り除くことができる可能性があり、重複遺伝子をランダムに存在させ設計した新カスタムアレイの信頼性向上が統計学的に裏付けられた(大橋ら)。
新カスタムアレイを用いて、臨床サンプルの遺伝子発現解析を行った(関島、西尾ら)。予備的検討において乳癌と末梢血単核球の遺伝子発現プロファイルはクラスター解析により明確に区別され、両者間で発現に差のある27遺伝子を抽出した(西尾、藤原ら)。今後臨床試験が進み、解析結果、効果、有害事象のデータが蓄積するにつれ、それぞれの効果などに関連する遺伝子の選択、薬物投与前後の比較による薬力学的評価が可能になると考えられる。
本研究では、新カスタムアレイを用いた遺伝子発現解析を実施している。現在データの集積が順調にすすんでおり、遺伝子発現解析データの解析をはじめている。これら貴重な臨床サンプル情報を、迅速に解析し、実証し、再現性のある結果を得ることは、世界の研究グループとの競争下にある本研究課題を推進していく中で重要な過程である。本研究では、遺伝子発現解析の統計的解析導入を重要課題の一つに挙げており、現在新しいアルゴリズムの設計と、そのアルゴリズムを用いて、得られている膨大な遺伝子発現情報の解析とその検証を行っている。我々の設計したアルゴリズムが、最新の市販遺伝子発現解析ソフトで用いられているアルゴリズムに比べてすぐれていることがあきらかになりつつある。
今後、本研究の成果として得られる予測マーカーの、生物学的な再現性の実証が必要となる。また、次年度の臨床試験の終了とともに、効果・副作用の予測因子を同定することが可能であることを強く示唆する。その成果で得られるバイオマーカは、乳癌診療体系に対して多大な貢献をすると思われる。作製した新カスタムアレイも、癌化学療法のみならずホルモン療法にまで、その包括する範囲を広げたカスタムcDNAアレイであり、乳癌を巡るヒト検体を用いたトキシコゲノミクス研究に広く活用されることが期待される。また本研究で実施しているcDNAアレイ解析に関する統計学的手法は、バイオインフォーマテイクスの臨床展開に際して大きく貢献するものと思われる。
結論
乳がん術前化学療法による病理学的完全寛解を予測する因子を同定するための臨床試験が順調に症例の集積が進み、新カスタムアレイを用いた遺伝子発現解析も順調にすすんでいる。乳癌の術前化学療法による病理学的完全寛解及び重篤な副作用出現を予測する因子を同定するために、3つの臨床試験及び3つの附随研究を実施し、現在約100例を登録、治療を実施し、28例で外科的切除を終了した。これらの臨床試験において患者の末梢血単核球および乳癌組織を採取し、匿名化、核酸精製、品質管理をおこないほぼ良質な核酸が得られた。初年度の基礎的成果を基に、ホルモン療法予測遺伝子を含む新カスタムアレイを作製し、信頼性に関する検討をおこなった。また、アレイデータ標準化法の検討をおこない、新カスタムアレイの信頼性向上が統計学的に裏付けられた。新カスタムアレイを用いて、臨床サンプルの遺伝子発現解析を行った。予備的検討において乳癌と末梢血単核球の遺伝子発現プロファイルはクラスター解析により明確に区別され、両者間で発現に差のある27遺伝子を抽出した。次年度臨床試験の終了にともない、乳癌の治療効果、毒性の予測マーカの選択とその検証がなされると期待される。

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