シングルセル発現プロフィール解析の毒性評価への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300638A
報告書区分
総括
研究課題名
シングルセル発現プロフィール解析の毒性評価への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
杉本 幸彦(京都大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 田中智之(京都大学大学院薬学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
54,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、シングルセル発現プロフィール解析法を用いてプロスタノイド受容体やヒスタミンの欠損マウスにおける毒性(表現型)の発現機構を明らかにすることで本法の有用性を示すことである。ゲノム情報を活用して薬物の毒性評価を行う上で、網羅的なマイクロアレイ解析は有効なツールであるがマイクログラムオーダーのRNAを必要とし、従って臓器などヘテロな細胞集団を解析しているのが現状であり、有効な情報を得ることが困難であった。従って細胞レベルの解析を行うためには、培養細胞を用いるか、PCRや免疫組織によって特定の遺伝子発現を解析する他はなかった。しかしながら、例えば生殖機能や中枢機能の毒性評価に関しては、卵巣や線条体といった組織単位で解析するよりも、最終的に卵や卵母細胞、あるいは脳内のドパミン神経核といった細胞レベルでのゲノム発現情報が重要となることはいうまでもない。そこで本法を用いてプロスタノイド受容体欠損マウス、ヒスチジン脱炭酸酵素(ヒスタミン)欠損マウスにおける生殖障害やマスト細胞異常を解析し、これにより得られたシングルセルに由来する結果を別のアプローチで検証すること、ならびにシングルセルRNA増幅法を最終段階にまで最適化することが今年度の到達目標である。本法により高解像度のトキシコジェノミクスが可能となり、医薬品の安全性向上に貢献するのみならず、新しい診断法としての応用も考えられる。
研究方法
シングルセルレベルでの解析が困難であったEP2欠損マウスの生殖障害、EP3欠損マウスの中枢性発熱応答の消失機構、さらにヒスタミン欠損マウスのマスト細胞異常を題材として、卵、中枢特定ニューロン、組織マスト細胞を標的細胞として発現解析を行い、得られた発現プロフィール結果から、各障害の分子機構として鍵となる遺伝子を選定し、その遺伝子産物の活性やタンパク質の変化を捉えることを試みた。具体的には、野生型とEP2受容体欠損マウスの受精直前の卵・卵丘複合体を回収し、欠損マウスで発現亢進した因子群が、体外受精の系で受精率に影響を与えるか否かを調べた。またEP3欠損遺伝子には、EP3の代わりにβガラクトシダーゼが発現するので、EP3ヘテロ変異体の視床下部切片を用いて、X-gal染色陽性部位とGABA-A受容体などの候補遺伝子の発現様式を比較した。さらに野生型ならびにヒスタミン欠損マウスの腹腔マスト細胞を回収し、顆粒プロテアーゼ活性の測定ならびにウェスタンブロット法によるプロテアーゼタンパク質の発現量の解析を行った。また種々のシングルセル解析系のために、RNA増幅法の各プロセス(切片調製、細胞回収とRNA増幅)に関してさらに検討を加え、最適化を図った。
結果と考察
EP2欠損マウスの生殖障害、EP3欠損マウスの中枢性発熱応答の消失機構、さらにヒスタミン欠損マウスのマスト細胞異常を題材として、シングルセル解析を行った。昨年度、それぞれの変異マウスにおける卵-卵丘複合体、視索前野EP3陽性ニューロン、組織マスト細胞を標的細胞として発現を解析した結果、それぞれ受精異常、発熱消失、マスト細胞の分化異常の表現型に見合った発現プロフィール変化が得られた。まず第1に、EP2欠損マウス卵丘細胞ではケモカイン遺伝子が亢進するという結果が得られていたので、野生型の卵-卵丘複合体にケモカインを添加して体外受精を行うと、その受精率は顕著に低下したことから、EP2欠損マウスにおける受精障害は、ケモカインの異常産生に起因する可能性が考えられた。第2に、視床下部EP3発現ニューロンをPGE2刺激の有無で発現解析すると、PGE2処理によりGABA-A受容体の発現が
顕著に低下するという結果が得られていた。そこで、EP3ヘテロ変異マウスを用いてX-gal染色像とGABA-A受容体の発現部位を比較したところ、視索前野EP3ニューロンの分布とよく似た形でGABA-A受容体が発現していた。PGE2による発熱応答が、GABA-Aアゴニストで抑制されることを考え合わせると、EP3ニューロンは、GABAによる抑制支配を受け、PGE2-EP3シグナルの活性化によりこの抑制シグナルが解除されるのかもしれない。第3に、野生型ならびにヒスタミン欠損マウスの組織マスト細胞のシングルセル解析の結果、野生型に比べて欠損マウスでは、顆粒プロテアーゼ遺伝子群の発現が低いという結果が得られていた。そこで腹腔マスト細胞を精製しプロテアーゼ活性を測定したところ、実際、各酵素活性の顕著な低下が観察され、タンパク質発現量もまた低いことが確認された。このことは、変異マウスのマスト細胞が未成熟であることを遺伝子発現レベルで裏付けるものであり、ヒスタミンがその分化成熟に関与する可能性を支持するものであった。また方法全般について検討を加え、原法に比べて、再現良く10倍以上の収量をもたらすRNA増幅法が確立した。
結論
本シングルセルRNA増幅法を用いた解析により、遺伝子変異マウスにおける卵・卵丘、特定の中枢神経核、組織中のマスト細胞など、標的とするシングルセルに由来する発現プロフィール変化情報が得られたばかりでなく、これら遺伝子変化が実際に意味を持っていることが確認できた。従って、これら標的細胞における発現変化が、変異マウスの機能異常(表現型)の分子機作を反映している可能性が考えられる。本解析法は、従来調べることの出来なかったシングルセル発現情報を引き出す強力なツールとなりうるものであり、シングルセルでのトキシコゲノミクスにも十分に使用に耐えるものと考えられた。また前年度に引き続き方法論を改善し、汎用性の高いRNA増幅法を確立することが出来た。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-