トキシコゲノミクス手法を用いた医薬品安全性評価予測システムの構築とその基盤に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300634A
報告書区分
総括
研究課題名
トキシコゲノミクス手法を用いた医薬品安全性評価予測システムの構築とその基盤に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
長尾 拓(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 漆谷徹郎(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 土井邦雄(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 遠藤仁(杏林大学医学部)
  • 若林敬二(国立がんセンター研究所)
  • 菅野純(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成18(2006)年度
研究費
690,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、網羅的遺伝子発現プロファイリングを基にした化学物質安全性データベースを作成し、インフォマティクス技術を活用した創薬過程における安全性の早期予測システムを構築することを目的とする。
従来、実験動物における毒性をヒトに外挿することによって医薬品の安全性の予測を行ってきたが、それには科学的な限界があり、確実なものでなかった。より安全で近代的な医薬品の開発には、従来の方法が持つ限界の克服が必要である。一方、今までの創薬の現場においては、その過程で得られた毒性データが体系立って蓄積されることはなく、その様なデータの蓄積と利用に対しては潜在的な要求が創薬の側からも、安全性確保の側からも存在していた。本研究の到達目標は、in vivo及びin vitroのモデル系において、化合物の暴露により誘発される遺伝子発現の網羅的なプロファイルをデータベース化し、これを基に、化合物の安全性を従来の毒性試験よりも正確かつ詳細に予測するシステムを開発することにある。本研究の遂行によって、ヒトにおける副作用の早期予測、臨床における医薬品の予期せぬ副作用発現率の低下、及び、より安全性の高い医薬品の創製、またそれによる創薬の効率化(迅速化、経済化)が期待される。
研究方法
本プロジェクトは国立医薬品食品衛生研究所を核とした「産学官連携」の形態を取る大規模プロジェクト(プロジェクトリーダー:長尾)である。その運営は、被検物質暴露実験及びデータベース・インフォマティクス開発等の委託を含め、主任研究者(長尾)・分担研究者(漆谷)を主体とする本研究班と参加企業との協調・協議の上で進められる。本研究の目的のために選択された約150化学物質(合議により選択)を対象に、小型実験動物(ラットを主体とする)を用いた暴露実験を行い、肝・腎を主標的として、発現プロファイルを可能な限り多数の遺伝子について採取する。同時に得られる、遺伝子発現データと個別対応の付いた古典的毒性学データ(病理組織、血液生化学データなど)、更に関連する化合物情報、文献情報等も解析の上整理する。これらのデータを逐次、電子ファイリングし、毒性統合データベースを構築する。また本プロジェクトの特徴である「臨床開発段階で動物実験では予測し得なかった副作用のために開発を中止した薬物」の参加企業からの提供も開始された。インフォマティクス関係では、遺伝子発現・病理・化合物情報統合データベースの初期バージョンが完成し、解析エンジンの一つである大規模クラスタリングの試用が開始された。以降、得られたデータの解析結果を基に、基盤的分担研究の成果を取り入れつつ安全性評価予測システムの構築に向かって行く。
結果と考察
平成14年度に確立した手法を基に、本年度は着実にデータの蓄積がなされた。用量設定試験を含めて、in vivoの実験に着手した化合物は約60,うち、発現データが得られているものは約30である。in vitroの実験は、ラット初代肝細胞の実験完了が約10,ヒト初代肝細胞の実験は、ちょうど本試験を開始したところである。
現在in vivoデータのうち、単回投与・連続投与、血液学・生化学データ、病理データのフルセットが統合データベースに格納されたのは、25化合物である。遺伝子発現データに関して、その再現性、定量性、普遍性を検討したところ、非常に良好な結果が得られ、データベース中のデータの品質が、かなり高いことが確認された。
また本年度末に、統合データベースのバージョン1.5の試用が開始された。大量の遺伝子発現データと関連する情報を検索の上、解析のためにダウンロードする機能、および大規模クラスタリングの機能が装備され、以後の年度におけるデータ解析に大きな力となろう。以後、初期データを用いて、毒性予測システムのプロトタイプを構築し、解析・予測アルゴリズムの開発・改良を行っていく予定である。
本プロジェクトで完成予定のデータベースは、その質と量に関して、世界に例をみないものである。現在、トキシコゲノミクス関係のデータベースは、世界的には2つの方向性を持っている。一つは、世界中の種々の機関に別個に存在しているデータを結びつけて巨大なネットワークを構築し、これを解析することによって安全性予測を達成しようというものであり、もう一方は、一機関で得られる限定されたプロトコールのデータのみを集積するというストラテジーである。しかしながらこれらにはそれぞれ問題があり、予測性の向上に苦慮しているところである。これらに対し、本プロジェクトで構築を目指しているデータベースにおいては、約150種類の化合物それぞれについての遺伝子発現解析に、ラットへの単回投与3用量4時点、連続投与3用量4時点、更にラットとヒトの培養肝細胞における3用量4時点という、充実した実験プロトコールを採用し、かつ生化学・病理学データも対応したものを得ている。これにより、種々の毒性プロファイルをもつ化合物についても対応が可能となる。更に、計画された化合物は、毒性学上古典的なものを殆ど含んでおり、これほどの完全なデータセットが揃っている場所は世界に類をみない。まさに、医薬品安全性学上の標準的アーカイヴとして、貴重な財産となるにちがいない。
更に本プロジェクトの特長として、遺伝子発現解析における強力な標準化戦略の実施が挙げられる。これは、従来の「発現比」に依らず、細胞当たりmRNA絶対量の測定を可能としたものである。今年度、その実用性・有用性を更に確認することができた。
これまでに実験プロトコール・化合物選択基準を確定させ、データ取得とその格納が軌道に乗り、データベース構築に関しては順調に進行している。今後は、その蓄積されたデータを基に、安全性評価予測システムの構築が課題となる。そのためには、プロジェクトで得られたデータばかりでなく、基盤的分担研究で得られた先端的な成果を取り入れつつ、毒性発現機序解析に支えられたシステムを作り上げて行かねばならない。この目的から、毒性研究者とコンピュータ科学者が共同で解析・研究するワーキンググループを設置したところである。
本プロジェクトは産官共同プロジェクトである性格上、プロジェクトの成果に関して、具体的データの対外発表は差し控えていた。しかしながら、社会に対する貢献・説明責任を果たすために、本年度以降は、積極的に対外発表を推し進めていくという路線を決定した。
分担研究としては、以下のような成果が得られた。
(1)薬物誘発ラット肝病変の発現機構と遺伝子発現プロファイルに関する研究(土井)
PCNおよびPB投与により、母体肝・胎盤・胎児肝にそれぞれ特徴的な病理学的・生化学的変化が認められ、薬物代謝酵素関連遺伝子発現のそれぞれに特徴的な変化が見いだされた。また5AzC投与妊娠ラットの胎児終脳ventricular zone (VZ)において、 5AzCがS期の神経上皮細胞に取り込まれた後にDNA傷害を起こし、p53を介したp21による細胞周期停止(G1期)やアポトーシスを惹起することを示唆する所見が得られた。このとき、アミノ酸関連遺伝子、細胞分裂関連遺伝子、p53転写標的遺伝子、細胞周期関連遺伝子、増殖関連遺伝子、免疫関連遺伝子、細胞外基質、血管関連蛋白遺伝子、HIF-1の転写標的遺伝子、解糖系酵素遺伝子等、多くの遺伝子の発現変動が観測された。また、T-2 toxin投与妊娠ラットの胎児終脳ventricular zone (VZ)でも、神経上皮細胞のアポトーシスが観測されたが、シグナル伝達関連遺伝子、脂質代謝関連遺伝子、酸化ストレス関連遺伝子、MAPKシグナル伝達系、アポトーシスおよび増殖関連遺伝子等、多くの遺伝子の発現変動が観測された。NMDA、HU、およびAra-Cについても、胎児中枢神経および胎盤毒性の性状とその発現機構の一部を明らかにした。
(2)化学物質による腎臓発現遺伝子の制御と機能調節に関する研究(遠藤)
データベースより有機アニオントランスポーターOAT1 類似配列を見い出し、ヒトOAT7cDNAの塩基配列を決定した。種々の解析によりOAT7は肝細胞側底膜に存在する有機アニオントランスポーターであり、外来性異物やステロイドホルモンの硫酸抱合体を主に輸送基質とするものであることが明らかとなった。
前年度の研究において同定した新規アミノ酸トランスポーターLAT3の塩基配列を用い、データベース検索を行った結果、LAT3類似の新規配列(LAT4と命名)が得られ、腎及び胎盤でのアミノ酸型薬物、毒性化合物の輸送に関わることが示唆された。
LAT1は、正常組織における発現が脳、胎盤、骨髄、精巣等に限られ、胎児肝において強発現するが、成体肝において発現は検出されない。LAT1 の部分配列は、機能未同定の癌関連配列TA1としてすでに報告されていた。そこでヒト腫瘍細胞株及びヒト悪性腫瘍組織での発現を検討したところ、多種のヒト腫瘍細胞株や悪性腫瘍組織で発現が亢進しており、LAT1が腫瘍細胞に発現の亢進するシステムLの分子実体であることが明らかになった。更に、古典的システムL抑制薬 BCH及び LAT1 特異的なアンチセンスオリゴ DNAは、検討したヒト腫瘍細胞株(30種類)のほとんどに対して、その増殖を濃度依存的に抑制した。また、癌移植マウスにおいてBCH やLAT1アンチセンスオリゴ DNAにより腫瘍抑制効果が得られた。構造活性相関の解析に基づき化合物デザインを行い、BCHに比しLAT1への親和性が約1,000倍高い2種の新規化合物KYT0193及びKYT0206を得た。両者ともにアミノ酸取り込み阻害活性に相当する増殖抑制効果、抗腫瘍効果を示した。
(3)大腸の前がん病変及び腫瘍における遺伝子変化の解析に関する研究(若林)
PhIP、IQ、MeIQ、Glu-P-1、MeIQx, Trp-P-2を、「短期投与法」によりラットに投与すると、前5者はACFを誘発した。投与開始後、3及び6週での大腸粘膜での遺伝子発現を網羅的に解析したところ、HCAにより発現量が抑えられた遺伝子が多かったが、これはHCAの肝毒性の反映と考えられた。大腸発がん物質に特異的に発現変動している遺伝子の探索を行い、特異的な10個の遺伝子を見いだしたが、これらは代謝関連遺伝子や転写因子、細胞増殖や炎症反応に関与している遺伝子であった。
ラット小腸上皮細胞由来IEC-6細胞では、IL-1βやLPS刺激をしてもiNOSの発現はほとんど認められない。この細胞に、K-ras遺伝子のコドン12番の変異体を導入し、IL-1βやLPSで刺激時するとiNOSが顕著に誘導されることが明らかとなった。軟寒天培地でのコロニー形成は、IL-1βやLPS刺激により増加し、これはNOS阻害剤によって減少した。
(4)恒常性維持機構を標的とした毒性に関する研究(菅野)
恒常性を維持する機構の一例として、circadian rhythmについて解析を行った。代表的なcircadian遺伝子でrhythmが観測できたが、この解析を「各時間におけるvehicle controlに対する比」を用いて行うとrhythmはみられなくなることから、Percellomeによる解析法の利点が明らかとなった。次に、ダイオキシンレセプター(Ahr)を介するTCDDにより発現が誘導される既知の遺伝子について解析したところ、多くの遺伝子について特徴的な時間依存的・用量依存的発現パターンを検出することができた。
癌細胞を低酸素とE2またはTGFによる同時刺激し、VEGFの発現量の変化をリアルタイムRT-PCRで測定し、特徴的な変化を検出した。
HL60細胞において、レチノイン酸及びDMSO処理により遺伝子発現強度の変化する多数の遺伝子を見いだした。分化した細胞にて発現の上昇している遺伝子には、イムノグロブリン、インターロイキン関連遺伝子、CD44をはじめとする6種の血球膜抗原の発現も亢進した。
8週齢のマウスに関して検討を行った結果、老化促進マウスにて発現の上昇する遺伝子41、減少している遺伝子34を特定した。このうち発現の上昇した遺伝子としては、melanoma antigen、減少した遺伝子としてはtransthyretinが注目された。
結論
プロジェクト本体としては、「5年間150物質」目標達成に向けて、データ取得を行い、データベース構築に力を注いだ結果、ほぼスケジュール通りの進捗が得られている。また、安全性評価予測システムの構築に向かって、インフォマティクスの質的向上のために設置した基盤的分担研究もそれぞれの成果を得ている。今後計画に従って研究を進め、利用価値の高いデータベースの完成と、安全性早期予測システムの構築を達成したい。

公開日・更新日

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