遺伝子診断法ならびに遺伝子診断システムの実用化研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300626A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子診断法ならびに遺伝子診断システムの実用化研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
森谷 冝皓(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 松村保広(国立がんセンター研究所支所)
  • 藤田 伸(国立がんセンター中央病院)
  • 斎藤典男(国立がんセンター東病院)
  • 佐々木博己(国立がんセンター研究所)
  • 永井良三(東京大学大学院医学系研究科循環器内科)
  • 今井 靖(東京大学大学院医学系研究科循環器内科)
  • 永井 啓一(日立製作所中央研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(ナノメディシン分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、生活習慣病であるがんや心筋梗塞、脳卒中に関連する遺伝子多型、変異、発現をプローブによって検出する遺伝子診断法の開発・実用化を目的とし、がんの中でも遺伝子解析の進んでいる大腸がんと心筋梗塞と脳卒中の原因である動脈硬化症を研究対象疾患としている。大腸がんに関しては比較的少量の便の生細胞を分離する方法を確立し、細胞診、DNA、RNAを用いた大腸がんスクリーニング法の実用化を目的とした。
循環器領域の疾患では高血圧・心筋梗塞を含む虚血性心疾患・脳卒中に焦点を絞り、健常人および疾患患者の血液を用いて動脈硬化関連遺伝子の多型性・変異について検討し、そこから得られた知見を元に遺伝子リスク診断のシステム構築を行うこととした。いずれの研究も日立製作所との共同で汎用的で実地臨床に還元される遺伝子診断システムの構築を行う。
研究方法
大腸がんのスクリーニング法は、便中からがん細胞を含む細胞群をストマッカーや磁気ビーズやフィルターなどを用いて効率良く分離することを基盤に置いた方法である。便の前処理の条件設定、便中の生きた細胞に対する細胞診、またDNAあるいはRNAを精製する方法の簡便化を行う。また検査システムの開発としては、検査対象遺伝子の決定とそのmRNAの検出系の開発を行う。循環器疾患の遺伝子検査は、インフォームドコンセントの得られた約1,300症例についてDNAを採取・保存した。その遺伝子検体を活用し心臓血管病への関与が期待される遺伝子群のプロモーター領域およびエクソン領域、イントロンのsplicing関連領域に焦点を絞って約50遺伝子の多型性につき、直接シークエンス法および日立製作所が開発したBAMPER法により遺伝子解析を実施した。
(倫理面への配慮)
本研究の開始にあたり患者サンプルの採取に関するインフォームドコンセントの内容や方法、ならびに本研究にかかる目的や方法などの研究内容は各施設に設置されたヒトゲノム遺伝子解析研究倫理審査委員会(「ヒトゲノム解析研究に関する共通指針」に準拠)において審査・承認されそれに基づいて実施した。
結果と考察
大腸がんのスクリーニング法
便の前処理システムの開発では、最初に約5 gの便を生理食塩水でストマッカーを用いてけん濁後、フィルターを使いろ過によって未消化物を除き、次に磁気ビーズで、ヒト細胞を分離した。蛍光標識したがん細胞と便を混ぜる実験で、便中に絶対数として1000個のがん細胞が存在してれば細胞診で確認できることが判明した。この方法を25例の大腸がん患者便に適応したところ25例中13例でがん細胞陽性であった。その中には3例の右側結腸がんも含まれていた。DukesAは6例でありそのうち5例が陽性であった。計25例のうち手術標本で19例において何らかの遺伝子異常があったが、その19例中18例において便細胞に組織で認められたのと同一の遺伝子異常が同定できた。大腸内視鏡検査にて大腸病変がないことが確認されている健常人便7例すべてにおいて異形細胞は確認できなかった。正常の扁平上皮のみ存在していた。遺伝子異常もなかった。mRNA検出系に関しては7人の健常人と27人の大腸がん患者の便から分離した微量細胞のRT-PCRを行った。5種の遺伝子による結果として、7人の健常人便はすべて陰性であったのに対して、27人の大腸がん患者の便では、全体として60%、beta-Actin mRNAが検出された症例(良好なRNAが回収された症例)では、80%で少なくとも1つの遺伝子が陽性であった。以上により今回我々が開発した方法は早期の大腸がんでしかも全結腸をカバーしているといえる。達成度に関しては、便に含まれる大腸がん細胞の分離方法の技術は固定することができた。ただし最終的に診断に使うサンプルはDNAかRNAあるいは蛋白かは未定である。研究成果の学術的・国際的・社会的意義については、細胞診に適応できるくらい完全な形で便中がん細胞を分離する方法を見出した意義は大きい。世界中で大腸がんの遺伝子診断の開発は行なわれているがそれれは便から直接DNAを抽出する方法なので感度が低すぎる。我々の方法はその感度の高さにおいて臨床の現場に導入可能で現在増加している大腸がんの死亡率を減少させうると考える。
今後便処理の方法から診断までオートメーション化を試みている。がん患者100例正常人100例での解析を行ない臨床導入への道筋をつける。
循環器疾患
(1)HDLコレステロールの生成に関わるABCA1(ATP-binding cassette transporter A 1)遺伝子のMet823Ile多型が日本人においてHDL濃度を有意に規定する遺伝的要因であることが判明した。
(2)MMP1およびMMP3の遺伝子多型は、近接して存在することから互いに連鎖し、その組み合わせからなるハプロタイプが心筋梗塞発症に強く関連することが示された。
(3)β2アドレナリン受容体多型およびそのハプロタイプが冠動脈硬化、特に心筋梗塞発症に強く関連することが示された。
(4)MMP3, MMP9, p21 phoxの遺伝子多型が標的病変の性状で補正した再狭窄発症に有意に関連することが認められた。
(5)心臓血管のリモデリングの制御に関与する転写因子KLF5についての生体内における機能を解明するためにノックアウトマウスを作成したところ、ホモは胎性初期に致死であったが、ヘテロは正常に発育したが心臓血管リモデリングが抑制されることが示された。また転写因子として蛋白-蛋白相互作用における転写調節機構としてSETという制御因子と結合し、それがKLF5の転写抑制に関与すること、血管などの炎症の際に重要な役割を果たす転写因子NFkBと結合し協調的にPDGF遺伝子転写を活性化することも併せて証明した。
(6)複数の遺伝子多型を組み合わせることにより、よりハイリスク症例の峻別が可能になることが示された。
達成度に関しては膨大な症例の臨床データベース構築と心臓血管関連の候補遺伝子の遺伝子多型解析によりいくつかの候補遺伝子の選出が出来た。
しかしながら疾患の有無などといった断面的研究が中心であり、治療反応性あるいは予後といった前向きの検討については追跡期間が高々3年という時間的制約のため、検体収集が不十分であり有用な遺伝的因子の同定に至らなかった。
研究成果の学術的・国際的・社会的意義については、ケースコントロール研究主体の遺伝子多型研究では時として見落とされる可能性のある、遺伝的な臨床事象規定要因の検出に優れていると考えられる。また将来的には有用な遺伝的規定因子を一般的な臨床情報に加味してリスク予測などを行うといった個別化医療の実践を行う基盤がすでに構築されつつある。従って本研究の社会的インパクトは大きく、また国際的にみた場合も先行する欧米人での遺伝子研究がかならずしもモンゴロイドにそのまま外挿できない事実があり、日本人を対象とした本研究の成果はアジア人における臨床においては有益な情報を提供すると考えられる。今後は疾患の発症のみならず治療・環境要因感受性、予後を規定する遺伝的素因を多数同定し、個々人の遺伝的素因と環境要因に適した個別化医療の実践に結びつけていきたい
結論
大腸がんスクリーニングについては右側結腸がんを含む全結腸の早期がんを効率よく発見できる方法を開発した。循環器に関しては包括的臨床情報収集とゲノム解析との統合により、複数の冠動脈疾患発症を規定する遺伝的因子およびその組み合わせを検出した。またその際には日立製作所との共同研究による新しい遺伝子多型解析系であるBAMPER法の有用性も確認された。

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