心疾患及びがん疾患遺伝子のSNPs解析とECAチップによる遺伝子診断システムの確立

文献情報

文献番号
200300622A
報告書区分
総括
研究課題名
心疾患及びがん疾患遺伝子のSNPs解析とECAチップによる遺伝子診断システムの確立
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
池田 康行(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 落合 淳志(国立がんセンター研究所支所)
  • 竹永 啓三(千葉県がんセンター研究局)
  • 赤木 究(埼玉県立がんセンタ-研究室)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(ナノメディシン分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、新しい電気化学的活性を持つDNA二本鎖特異的縫い込み型インタ-カレ-タ-(FND:ferrocenyl naphthalene diimide)を用いるECA (electrochemical array) チップを完成させるために必須のソフトウエア、つまり診断にどのような遺伝子を候補とするかを、心疾患およびがん関連遺伝子群から選択し、選択した遺伝子の変異の同定または遺伝子発現を定量できる条件を決定し、ECAチップの実用化を目指すことである。心疾患関連遺伝子の場合、ECAチップを用いて、多種のリポ蛋白リパーゼ(LPL; lipoprotein lipase)遺伝子変異を同時に検出できる多種変異同時検出法(SMMD: simultaneous multiple mutation detection)の確立を目的とする。がん関連の場合は、抗がん剤に対する薬剤代謝関連遺伝子(TPMT:thiopurine S-methyltransferase)のSNP(single nucleotide polymorphism)解析をECAチップを用いて可能とするプロトコールの確立と乳がん・肺がん転移能の予測に有効な遺伝子の選択を目的とするものである。
研究方法
肺がんおよび乳がんの転移能に関連する遺伝子候補選定のための基礎実験:(1)肺がんの転移能に関与する遺伝子の検索:がん細胞の低酸素下における転移能に関与する遺伝子を検索するために、ルイス肺がん由来の低転移性細胞株(P29, P34)、中転移性細胞株(C2, D6)および高転移性細胞株(A11)を用いた。低酸素下培養は1% 酸素濃度下で行った。Mcl-1およびBnip3の発現はノーザンブロット法およびウェスタンブロット法により調べた。(2)乳がんのセンチネルリンパ節への転移能に関与する遺伝子の検索:乳がんセンチネルリンパ節18症例29リンパ節(病理診断による陽性検体9例、陰性20例)および63症例134リンパ節(病理診断による陽性検体17例、陰性117例)を対象として、mRNA抽出を行った。CEA, CK19, E-cadherin、HER2, Muc1の遺伝子発現量をLightCyclerを用いた定量PCR法で解析し、転移陽性と陰性を区別する為のcut off値の設定を行った。
LPL遺伝子とECA-SMMD法の確立: リポ蛋白リパーゼ(LPL)は、血清トリグリセライド(TG)値を制御する重要な酵素である。LPL遺伝子異常による高TG`血症は、動脈硬化への危険因子として認識されている。それ故、LPL遺伝子異常の早期診断法の開発は、高TG血症のテーラーメイド予防において重要である。現在、日本人からLPL機能を失う変異(SNP)として、我々の見出した17種類を含む22種類が報告されている。これらの変異は、W-14X, N43S, Int2/5-dss/g(+1)a, Y61X, G105R, G154V, G188E, I194T, V200A, D204E, A221-del (Arita), C239X, R243C, R243H, A261T, F270L, C278R, N291-del, S323C, A334T, W382X, Int8/5-dss/t(+2)cの22種類である。この内、モデル系として、7種類のLPL遺伝子変異(Y61X, V200A, A221-del, R243C, A261T, A334T, W382X)を用いてECA-SMMD法の確立を行った。ECA-SMMD法によるLPL 変異の解析方法は次の通りである。変異あるいは多型を含むターゲット遺伝子を第1PCR増幅にて増幅し、増幅DNAをテンプレートとして、自己ループ形成に必要な人工配列を含む特殊なプライマーを用いて第2アシンメトリック(A)-PCRを行う。第2A-PCR増幅産物を金電極に固定した正常および変異配列を含むプローブとハイブリし、ライゲイション後、インターカレーターを含む電極液中にて電流応答を測定する。完全マッチの場合、ライゲイションされDNA二本鎖構造が形成される。一方、ミスマッチの場合、ライゲイションされないために、DNA二本鎖構造は形成されない。二本鎖DNA 構造にインターカレーターが入り込み、電流を測定することができる。正常プローブのみからの電気応答は、正常/正常のホモ、変異プローブのみからの電気応答は、変異/変異のホモ、両プローブからの電流応答がある場合、正常/変異のヘテロ接合体と判定する。
TPMT遺伝子多型とPCR条件:薬物代謝酵素である TPMTは、小児白血病の抗がん剤である6-メルカプトプリン(6MP)をメチル化し、解毒的代謝を行う。TPMT酵素は、その多型により酵素活性が失活することが知られている。TPMT3C(719A→G)のホモ接合体ではTPMT活性がほぼ失活する。それ故、TPMT酵素の多型解析は、個々人に対しての6MPの使用量を決定することができるテーラーメイド医療として重要である。従って、遺伝子多型を予め調べることにより薬剤の副作用を回避することができる。 ECA-SMMD 法の検証のために、TPMT3C多型をモデル系として用いた。変異を含む領域を適切なプライマーを用いて、第1PCR を行い、このDNAをテンプレートとして、第2A-PCRを95℃5分後、95℃ 30秒 68℃ 30秒 を30回行い、反応終了後4℃に保存した。
結果と考察
(1)ルイス肺がんにおける浸潤・転移の予測を可能にする遺伝子マーカーの探索と転移のメカニズム(竹永):ルイス肺がん細胞の高転移性細胞株と低転移性細胞株を用いて、低酸素誘導アポトーシス抵抗性遺伝子(Mcl-1)の関与を検討した結果、Mcl-1遺伝子が高転移性細胞で、高発現していることが判明した。また、低酸素で誘導されるアポトーシス促進遺伝子Bnip3は、転移能に関係なく高発現していた。Mcl-1はミトコンドリア内でBnip3と結合し、細胞のアポトーシスを抑制し、結果的にがん細胞が高転移能を獲得している可能性が示唆された。
(2)ヒト乳がんセンチネルリンパ節を用いてのがん転移能に関与する遺伝子の選択(落合):ヒト乳がんセンチネルリンパ節29症例(転移陽性9症例と陰性20症例)の病理標本からRNAを抽出し、定量PCR法にて、がん転移に関与する遺伝子CEA, CK19, E-cad, HER2, Muc1の5種の発現量を比較検討した。それぞれの遺伝子発現量のROC曲線を作成し、判定基準値を決定した(スコア値として、1から5の5段階)。5種類の遺伝子発現量から得られるスコア値の合計が4以上の場合、陽性9例中8例を陽性と判定でき、陰性20例は、全て陰性と判定できた。この基準値(スコア値の合計が4)を用いて、乳がんセンチネルリンパ節63症例(陽性17例、陰性117例)について検討した結果、陽性17例中15例を陽性に、陰性117例を全て陰性に判定できた。これらの結果から、CEA, CK19, E-cadherin, HER2, Muc1の5種の遺伝子発現量を定量することにより、乳がんの転移を、病理組織学的診断と同程度に判定できることが判明した。
(3)ECAチップによる多種変異同時検出法(ECA-SMMD法)を用いた遺伝子診断システムの確立とLPL遺伝子変異解析(池田):モデル系として、1塩基置換のLPL遺伝子変異6種類{エキソン3のY61X (438のT→A)、エキソン5のV200A (854のT→C)、エキソン6のR243C (982のC→T)、A261T (1036のG→A)、エキソン7のA334T (1255のG→A)、エキソン8のW382X (1401のG→A)}と1塩基欠失の1種類{エキソン5のA221-del (916のGが欠失)}、計7種類を用いて、これら変異のホモ、ヘテロ、正常の3群を区別できるECA-SMMD 法を確立した。確立したSMMD法を用いて、臨床検体50例に2例のLPL変異ホモ(A221-del, R243C)と6例のLPL変異ヘテロ(Y61X, V200A, A221del, A261T, A334T, W382X)を含め、ブラインド試験によるLPL変異検出を行った。期待通り、全て8例の変異を検出することができた。これらの結果からECA-SMMD法は臨床検査に使用できる可能性が示された。
(4)ECA-SMMD法によるTPMT遺伝子のSNP解析(赤木): 日本人に認められる1塩基置換のTPMT3C多型について、ヘテロ接合体3例を含む132例の臨床検体を用いて、ECA-SMMD法による遺伝子診断のブラインド試験を行った。その結果、期待通り、3例のTPMT3Cのヘテロ接合体を同定することができた。
結論
肺がんの転移能には、Mcl-1とBnip3遺伝子が関与していることが明らかとなった。乳がんの転移能は、5種類の遺伝子(CEA, CK19, E-cadherin, HER2, Muc1)の発現量を同時に解析することにより可能であることが判明した。LPL遺伝子診断システムの確立を目的とし、モデル系として、7種類のLPL遺伝子変異(Y61X, V200A, A221-del, R243C, A261T, A334T, W382X)を用いて、これら遺伝子のホモ、ヘテロ、正常の3群を判別することが可能なECA-SMMD法の確立に成功した。確立したECA-SMMD法の評価は、ブラインド試験にて臨床検体50例から目的のLPL変異が検出されるか否かにて行われた。期待通り、全て目的のLPL変異が検出されることにより、ECA-SMMD法の精度が100%であることが証明された。また、TPMT3C(719A→G)をモデル系として、ECA-SMMD法の評価を132例の臨床検体を用いてブラインド試験にて行った結果、期待通り3例のヘテロ接合体が検出された。これらの結果から、ECA-SMMD法は、SNPs検出において日常臨床検査への応用が期待される。

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