HIVによる新しい宿主免疫回避機構に関する基礎研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300574A
報告書区分
総括
研究課題名
HIVによる新しい宿主免疫回避機構に関する基礎研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
草野 秀一(聖マリアンナ医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 粕壁 隆(埼玉県立がんセンター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Tat はHIV及び宿主細胞の遺伝子発現の調節や宿主細胞のアポトーシスの阻害などの機能をもつ、HIVの感染に必須なタンパク質である。PL-Scramblaseは、がん、アポトーシス状態などの不要な細胞の細胞膜の非対称構造を破壊しフォスファチジルセリン(PS)を細胞表面に提示する酵素である。PL-Scramblaseによって提示されたPSは、マクロファージによる貪食の標的となり、それら不要な細胞は生体内から排除されることになると示唆されている。我々は、TatがPL-Scramblaseと細胞内で特異的に複合体を形成することを他に先駆けて見いだした。持続的な感染を示すHIVのタンパク質であるTatが、生体内における不要な細胞の排除に関与するPL-Scramblaseと相互作用することは非常に興味深く、HIVが感染細胞においてPL-Scramblaseの機能に影響をおよぼすことで、宿主の免疫機構を回避し、感染を持続させている可能性が示唆された。そこで、本研究では、HIV Tatタンパク質がPL-Scramblaseとの相互作用を介して、宿主の免疫機構に及ぼす影響を分子生物学的に解析することで、Tatによる新しい宿主免疫回避機構を明確にし、エイズ発症機構の解明に貢献することを目的とした。
研究方法
以下のin vitro、in vivo実験により行った。1.in vitro実験(1)TatとPL-Scramblaseとの相互作用に必須なTat内のアミノ酸領域の同定-野生型(72アミノ酸)、アミノ末端11アミノ酸欠失(12-72アミノ酸領域)、アミノ末端21アミノ酸欠失(22-72アミノ酸領域)Tatと野生型ヒトPL-Scramblaseをともにヒト上皮細胞株であるHEK-293細胞株で発現させ、免疫沈降法により細胞内における複合体形成能を検討した。(2)TatとPL-Scramblaseとの相互作用に必須なPL-Scramblase内のアミノ酸領域の同定-野生型(318アミノ酸)、白血病誘導型(119-318アミノ酸領域)、システインに富む領域の欠失(148-154、181-189、214-240アミノ酸領域を欠失させた3種)、カルボキシル末端のEF-hand領域欠失(1-271アミノ酸領域)ヒトPL-Scramblaseを野生型のTatとともにHEK-293細胞株で発現させ、免疫沈降法により細胞内における複合体形成能を検討した。(3)TatがPL-Scramblaseの細胞内分布及び安定性に与える影響の解析-野生型Tatと野生型ヒトPL-ScramblaseをコードするHEK-293細胞株で発現させ、細胞分画法により、細胞質、膜、核の各々の画分を調製した。そして、TatとPL-Scramblaseの細胞内分布および各画分における安定性をウェスタンブロッティング法により検討した。(4)PL-Scramblaseが薬剤の感受性におよぼす影響の解析-野生型のPL-Scramblaseが発現しているMm-S1細胞およびPL-Scramblaseを欠損したSublineであるMm-P、Mm-A細胞のHygromycin、Puromycin、G418に対する感受性を増殖100%阻止濃度を求めることにより解析した。2.in vivo実験(1)PL-Scramblaseの変異により白血病誘発性を獲得したMm-P細胞株への野生型PL-Scramblase cDNAの導入およびSLマウスへの移植-野生型TatをコードするcDNAをPL-Scramblase欠損マウスMm-P細胞株に導入するための前段階として、ヒト野生型PL-Scramblase cDNAをGFPとの融合タンパク質として発現するようにプラスミドベクターに組み込んだ後、Mm-P細胞株に導入し、薬剤耐性およびGFPの発現を元に細胞のクローニングを行い、野生型ヒトPL-Scramblaseを恒常的に発現するクローンを分離した。得られたヒトPL-Scramblase発現Mm-P細胞クローンをSLマウスに移植し、野生型のヒトPL-Scramblaseがマウスのin vivo実験系において充分に機能するのかどうかを解析した。(2)ヒトPL-Scramblase発現Mm-P細胞株へのTat cDNAの導入-上記解析で、機能することが確認できたヒトPL-Scramblase発現Mm-P細胞株に
Tat cDNAをエレクトロポレーション法およびレトロウイルス法により導入し、Tatを恒常的に発現する細胞株の分離を試みた。
結果と考察
1.in vitro実験(1)TatとPL-Scramblaseとの相互作用に必須なTat内のアミノ酸領域の同定-免疫沈降実験の結果、Tatタンパク質のアミノ末端の11アミノ酸がPL-Scramblaseとの相互作用に重要であることが明らかになった。(2)TatとPL-Scramblaseとの相互作用に必須なPL-Scramblase内のアミノ酸領域の同定-免疫沈降実験の結果、PL-Scramblaseのアミノ末端の118アミノ酸領域、3つのシステインに富んだ領域(148-154、181-189、214-240)、カルボキシル末端のEF-hand領域(272-318)のいずれもTatとの相互作用に必須ではなく、この相互作用には特徴的な配列が関与しないことが明らかになった。(3)TatがPL-Scramblaseの細胞内分布及び安定性に与える影響の解析-Tatの非存在下では、PL-Scramblaseは細胞質および膜画分にのみ検出された。しかし、Tatの存在下では核画分に強いシグナルが検出され、且つ、細胞質画分においてPL-Scramblaseの分解が見られた。(4)PL-Scramblaseが薬剤の感受性におよぼす影響の解析-Tatを恒常的に発現するクローンを選択する際に、野生型のPL-Scramblaseが発現しているMm-S1細胞およびPL-Scramblaseを欠損したSublineであるMm-P細胞において、選択に用いる薬剤であるPuromycinの感受性が異なることがわかったので、Hygromycin、G418という薬剤に関しても感受性の差を調べてみた。その結果、野生型のPL-Scramblaseが発現しているMm-S1細胞は、すべての薬剤に対して感受性が高いことが明らかになった。以上のin vitro実験から、TatがPL-Scramblaseの機能を負に調節する可能性が強く示唆された。また、PL-Scramblaseは、ある種の抗生物質に対する感受性を高める働きがあることがわかった。この結果は、PL-Scramblaseの発現が抗HIV薬の感受性にも影響を与えることを示唆していると考えられた。2.in vivo実験(1)PL-Scramblaseの変異により白血病誘発性を獲得したMm-P細胞株への野生型ヒトPL-Scramblase cDNAの導入およびSLマウスにおける白血病誘導能の解析-薬剤による選択で複数個のヒトPL-Scramblase発現クローンを得た。コントロールベクターおよびヒトPL-Scramblase発現クローンをSLマウスに移植した。白血病誘導によりSLマウスは死にいたるため、生存率を持って白血病誘導の指標とした。その結果、コントロールベクター導入Mm-P細胞を移植したマウスは、14匹中13匹が移植後20日以内に死亡した。しかし、ヒトPL-Scramblase導入Mm-P細胞を移植したマウスは11匹すべてが移植後30日生存し, 移植後70日が経過しても7匹が生存しており、顕著に白血病誘導能が低下していた。(2)ヒトPL-Scramblase発現Mm-P細胞株へのTat cDNAの導入-エレクトロポレーション法によりTat cDNAの導入を試みたが、Tat発現クローンを分離することができなかった。そこで、レトロウイルスベクターを感染させ、Tat発現クローンの分離を試みている。以上のin vivo実験から、ヒトPL-Scramblaseは、Mm-P細胞において、マウスPL-Scramblaseと同様に機能することが再確認された。そして、本研究で樹立した細胞株は、TatによるPL-Scramblaseを介した免疫回避機構の解析に有用であることが再確認された。
結論
本研究からTatはPL-Scramblaseの機能を抑制する可能性が強く示唆された。そして、我々の樹立した細胞株は、これを明らかにすることに有用であることが確認できた。また、TatがPL-Scramblaseを介して薬剤の耐性に関与する可能性を示唆する知見が得られ、新しい研究の方向性が得られた。最後に、本研究で得られた観察結果は、他のどのグループからも報告されてはおらず、われわれ独自のものであり、今後は、本研究で得られた観察結果および研究材料を利用して、速やかにTatがPL-Scramblaseとの相互作用を介して宿主免疫から逃れる機構が明らかにできると思われた。

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