アジア・太平洋地域におけるHIV感染症の疫学に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300569A
報告書区分
総括
研究課題名
アジア・太平洋地域におけるHIV感染症の疫学に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
武部 豊(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 有吉紅也(国立感染症研究所)
  • 草川茂(国立感染症研究所)
  • 椎野禎一郎(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
45,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
中国におけるエイズ流行の急速な拡大に代表されるように、アジアにおけるエイズ危機は一層拡大の傾向を示している。このような背景のもとに、本研究班は組織された。本研究班は、アジアにおける流行の最新動向の把握と流行形成のメカニズム、流行ウイルス株の生物学的性質の解明を目的として、次に示す3つの柱からなる研究を推進し、我が国およびアジアでの流行の動向を探ると共に、アジアにおける流行制圧と予防に向けた研究の「科学的基盤」の構築を目指すものである。
(柱I)「アジアにおけるエイズ流行の分子疫学研究」(武部班員)アジア地域におけるHIV流行の分子疫学研究を推進し、この地域における流行形成のメカニズムの全容解明を目指す。また海外共同研究者の協力のもとに東アジアにおけるHIV感染症の遺伝学的サーベイを行い、我が国におけるHIV感染症の新規動向の把握に努める。
(柱II)「北タイにおけるHIV感染者および配偶者コホートの維持と基礎医学研究への応用」(有吉班員)タイ北部ランパン県にて、HIV感染者夫婦を対象としたコホート研究を開発・維持し、HIV伝播機序・エイズ病態生理の解明のための免疫学的・遺伝学的研究を進める。
(柱III)「アジア方HIVヴァリアントに関するウイルス学的研究」(草川・椎野班員)アジアの流行の中で、重要性が急速に増しつつある中国型HIV-1 variantsの感染性分子クローンの分離などアジアに特徴的なHIV流行株に関するウイルス学的解析を進め、将来のワクチン開発の基盤整備を進める(草川班員)。またHIVのゲノム多様性拡大の重要な動因である組換え機構の解析のためのin vitro評価系の開発を目指す(椎野班員)。
研究方法
(柱I)「分子疫学研究」(武部班員)
1.アジア各地域(中国雲南省、ミャンマー、タイなど)の感染者血液から、2.6-kb gag-RT領域およびenv (C2/V3)領域の塩基配列を決定し、近隣結合法による系統樹解析によって遺伝子型を判定した。2.共培養法によってHIV-1株を分離。完全長のHIV-1ゲノムをクローニングして、全塩基配列を決定した。3.各種組換え点解析プログラムを用いて、組換え点の微細マッピングを行い、流行ウイルス株の系統関係、相互関係を検討した。4.東アジア地域(韓国、台湾)の研究協力者の協力を得て、それら地域におけるHIV感染の分子疫学的特徴の解析を進めた。
(柱II)「コホ-ト研究」(有吉班員)
1.ランパン県病院HIV専門外来にて、同外来受診者全員を対象にリクルートし、特にHIV感染した夫婦は、3ヶ月毎追跡、6ヶ月毎に血液検体分離・保存、患者情報のコンピューター二重入力、検証を行った。2.コホート検体を用いてHIV伝播・エイズ病態に関連する遺伝子領域におけるSNIPをPCR-RFLPにより、また、HLA Class IアリールをPCR-MPH (Microtiter plate hybridization) 法により解析、患者データと比較検討した。3. 抗HIV薬1剤および2剤併用療法の治療効果の評価のため、Cox比例ハザートモデルを用いた生存解析を行った。
(柱III)「ウイルス学的研究」(草川・椎野班員)
1.longPCR法によって、中国型HIV-1ヴァリアントの完全長HIV-1クローンを構築、PBMCでの感染性を指標として感染性の分子クローンを樹立し、そのウイルス学的性状を検討した。
2.逆転写酵素のフィンガー・パーム領域の変異が共同して高度多剤耐性をもたらす系を利用し、マーカー遺伝子として制限酵素切断サイトに同義置換変異を導入し、両領域の組換えを高度多剤耐性出現で評価するin vitro系の構築を行った。
結果と考察
柱(I)「アジアにおけるHIV/AIDS流行の分子疫学研究」
1.ミャンマーに分布する多様な組換えウイルス(Unique recombinant forms, URFs)の多くが、中国の流行に重要な役割をもつ2種の組換え型流行株(circulating recombinant form, CRF)(CRF07_BCとCRF08_BC)と組換え点を共有することから、両地域の流行が、同一の起源をもち、相互に密接不可分の関係にあることをはじめて示した。2.雲南省西部に分布するURFの構造解析から、中国型CRFの母体がこの地域に生まれたことを示唆する知見を得た。3.我が国近隣の東アジア諸国(韓国・台湾)のHIV感染症の分子疫学的特徴に関する分析を進め、その結果、これら地域では、日本と同様、欧米型のサブタイプBが強いfounder効果を示しているが、韓国ではアフリカ起源のウイルス (サブタイプA, G), HIV-2の侵淫が見られること。一方台湾では、我が国と同様東南アジア地域に由来するCRF01_AEが、サブタイプBに次ぐ重要な位置を占め、特に女性においてその傾向が著しいことなどの特徴を明らかにした。
(II) 「北タイにおけるHIV感染者および配偶者コホートの維持と基礎医学研究への応用」ランパン県病院エイズ専門外来受診患者およびその配偶者を対象に、免疫学・遺伝学的研究に応用可能なコホート研究を開始し、2年3ヶ月を経た現在の時点(平成14年10月)で、計865名(106名の抗HIV抗体陰性配偶者を含む)を非常に良好な追跡率(93%)を持って追跡することが可能となっている。現在、このコホートを利用して、HIV伝播リスク因子やエイズ発症に関わる宿主因子(コレセプター関連遺伝子やMHCクラスI遺伝子多型など)の解析が、日本・タイの研究者との共同で進行している。また同時に行われているレトロスペクティヴ研究によって、CRF01_AE(サブタイプE)感染者における抗HIV薬の死亡率における影響(抗HIV薬1剤および2剤併用療法は無治療群に比べそれぞれ40%、63%死亡率を低下させること)を始めて定量的に示すなど公衆衛生上有意義な成果が得られた。
(III) 「アジア型HIV-1ヴァリアントに関するウイルス学的研究」中国における流行に重要な役割をもつCRF08_BCに関して性質の異なる数個の感染性分子クローンの樹立に成功した。現在このクローンを利用し、アジア型ウイルスの解析やワクチン開発のための研究試薬の整備・開発が進行中である。
結論
1.組換えウイルスの詳細な構造解析から中国雲南省西部が中国におけるIDU流行の母体となっていること、また中国とミャンマーにおける流行が相互に密接な関連性をもつことをはじめて明らかにした。
2. タイ・ランパンにおけるHIV感染者およびその配偶者コホート研究が高い追跡率をもって行われ、HIV伝播・エイズ発症に関連する遺伝学的・免疫学的因子の解析が進行した。
3.中国におけるエイズの爆発的流行の原因の一つとなっている重要な組換えウイルス株であるCRF08_BCの感染性分子クローンの分離に世界ではじめて成功した。
4.これらの成果は、アジアにおけるエイズ流行形成のメカニズムの解明に重要な手掛かりを与えると共に、今後のワクチン開発に向けた基礎研究の推進のための重要な礎となるものと期待される。

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