血友病の治療とその合併症の克服に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300559A
報告書区分
総括
研究課題名
血友病の治療とその合併症の克服に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
坂田 洋一(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小澤敬也(自治医科大学)
  • 吉岡章(奈良県立医科大学)
  • 長谷川護(株式会社ディナベック研究所)
  • 新井盛夫(東京医科大学)
  • 小林英司(自治医科大学)
  • 北村義浩(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
109,198,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血中凝固第VIII因子(血友病A)、あるいは凝固第IX因子(血友病B)を数%のレベルに維持できれば、血友病で不慮の出血を来すことは殆どない。因子製剤輸注によるcare中心の治療から、cureをもたらす治療として、また因子製剤使用量減少による社会への貢献という点からも血友病遺伝子治療は大きな期待を寄せられている。しかしながら、最近、フランスにおける先天性免疫不全症の遺伝子治療成功例の2例にT細胞白血病様の病態が発症したと報告された。その本態解明は更に進行中であるが、ゲノムにrandom integrationされるベクターの危険性が現実化した可能性が高い。この遺伝子治療全般への警鐘を教訓に、安全性を第一に、ベクターとしては、殆どintegrationされないアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの利用を最優先に考え、血友病遺伝子治療研究を展開する。しかしながら、長期安定発現のためには、integrationされるベクターも不可欠である。その応用と安全性を高めるための検討もすすめる。本年度は血友病A遺伝子治療にAAVベクターを利用できるか否かと、レンチウイルスベクターの、安全性と効率の改善を目指した検討を進める。AAVベクターの搭載可能遺伝子サイズは5kbまでとされ、第VIII因子のcDNAは、必要最低サイズが4.4kbである。安全性を高めるためのプロモータの工夫等をする余地は殆どないが、この壁をいかに乗り越えるかが一つの課題となる。またレンチウイルスベクターの安全性には、それ自体の改良とともに、投与後に除去可能な臓器の選択と標的臓器特異的な投与法の開発なども重要な検討課題となる。血友病Bについては、数年内のヒトへの臨床研究導入を視野に、サルを用いて因子の高効率長期発現法と、安全性の検討を展開する。インヒビタ対策としては、血友病Aマウスを利用して、免疫寛容誘導のメカニズムを明らかにする。また、新生児遺伝子治療の可能性も検討する。
研究方法
1)AAVベクターの血清型の選択:長期発現時の臓器特異性を、SCIDマウスへ第IX因子cDNAを搭載した血清型の異なるAAVベクターを投与して1年間観察した。2)プロモータの検討:安全確保と、臨床利用を考慮して、臓器特異性と、発現調節の2点をキーワードに検討した。本年度はプラスミノゲンアクチベータインヒビター1(PAI-1)の修飾プロモータ(CEPプロモータ)を中心に、CMVプロモータなど広範囲組織発現を目指した既存のものと比較する形でマウス骨格筋、脂肪細胞などを標的臓器に選んでin vivoで検討した。3) 標的細胞:除去可能な脂肪細胞と骨格筋細胞に対して、導入効率の改善と、発現特異性とレスキューの可能性を詳細に検討した。サル免疫不全ウイルス〔SIVagmTYO-1株〕(SIV)ベクター、あるいはAAV-1ベクターに脂肪細胞と血管内皮細胞で特異的に発現するCEPプロモータを搭載した。それぞれに第VIII或いは第IX因子のcDNAを搭載して、安全性の確認されているプルロニック系界面活性剤を添加するなど導入効率を上げるための検討を進めた。また、遺伝子導入後、投与脂肪組織除去によるレスキューの可能性を検討した。4)異所性肝細胞移植:分離肝細胞に遺伝子を導入し、切除可能部位へ移植することにより、生体部分肝移植と同様な治療可能性を検討した。ヒトα1アンチトリプシン(hAAT)のトランスジェニックマウスの肝細胞を採取し、これをNOD/SCIDマウスの腎被膜下に移植して、生着をhAATの血中レベルと組織の観察により確認した。肝切除による増殖刺激の移植片反応性も検討した。5)血友病A:AAVベクターの利用可能性を2つの方
法で検討した。1.搭載可能な短いプロモータ“βactin promotorの一部(150bp)"の利用。2.第VIII因子の重鎖、及び軽鎖をコードするcDNAを別々のAAV-1ベクターに搭載し、発現後、重鎖と軽鎖の結合を期待して血友病Aマウス骨格筋に注入した。6)血友病B:ヒト第IX因子発現AAV-1ベクターをサル骨格筋に免疫抑制剤投与下に注入した。長期発現観察のためにサル第IX因子cDNAにタグを付けた遺伝子を搭載したAAVベクターの作製を試みた。7)遺伝子治療基礎的技術検討:SIVベクターの発現効率に関わるcPPT配列、WPRE配列導入などの基礎的検討を行った。また標的臓器の巾を広げるために、センダイウイルスのエンベロープタンパク質F,HN癒合蛋白を利用した新型シュードタイプの作製を検討した。更に、臓器切除によるレスキューを目的とした肝臓区域内ベクター投与法の検討もブタを用いてすすめた。8)インヒビタ対策:第VIII因子KOマウスにヒト第VIII因子投与により免疫寛容を誘導し、そのメカニズムを抗原刺激による脾リンパ球の増殖とサイトカイン産生レベルを観察することで解析した。第IX因子cDNAを搭載したAAVベクターの、新生仔マウスへの遺伝子導入の効果を成熟マウスと比較する形で免疫寛容遺伝子治療を検討した。〔倫理面への配慮〕:動物実験は、動物倫理面を含めて各大学の動物実験指針規定に沿って行った。厚生労働省霊長類共同利用施設で実施するサルの実験では、国立感染症研究所「動物実験ガイドライン」及び筑波霊長類センター「サル類での実験遂行方針」を遵守して行った。臨床研究を実施する場合は、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針を遵守して、国の倫理指針に準拠する。
結果と考察
血友病A:βアクチンプロモータの一部を用いて、或いは、第VIII因子重鎖・軽鎖を別々に搭載してAAVベクターの利用を図り、それぞれ、短期間35%、および、1-3%の因子発現がえられ、AAVベクター利用可能性が示唆された。脂肪細胞への導入に関しては、無害な界面活性剤併用により顕著な発現増強効果が得られた。血中レベルも長期間、治療量が維持され、投与部外科的除去により全例から投与遺伝子発現は消失し、安全面も確認され、脂肪細胞を標的細胞として確立できた(世界初)。CEPプロモータの使用により血管を中心に特異性の高い発現が観察された。またTGF-β投与により、一過性の因子発現の増強が確認され、プロモータ特異的な発現調節の可能性が示唆された。血友病B:サル骨格筋にヒト第IX因子を搭載したAAV-1ベクターを筋注投与した結果、正常の9%の血中濃度が得られた。免疫抑制剤を併用したが、ヒト型第IX因子に対する抗体が生起しており、12週後には血中濃度の低下が観察された。この間、サルに安全面で問題となる変化は確認できなかった。サルを用いた血友病Bの遺伝子治療実験はヒトへの前臨床として極めて重要である。3ヶ月間ではあるが、安全性の確認がされたことと、骨格筋細胞投与でも十分な治療量因子発現がみられたことの意味は大きい。しかし、臨床研究に入るには、更に長期間の観察が必要と考える。遺伝子治療技術:分離肝細胞を腎被膜下にラミニンとBMM-Gelと共移植したところ、肝細胞は100日を超えて生存し、肝再生刺激により増殖もみられた。患者個人の肝細胞にex vivoで血友病遺伝子を導入し、皮下移植する治療に向けた方法の一部が確立されたものと考えられる。SIVベクターの第三世代化とセンダイウイルスのエンベロープタンパク質を利用した新型シュードタイプのSIVベクターの作製に成功した。また、発現効率改善配列の導入により、ほぼ期待通りの効果が得られた。Integrationされるベクターの検討も目論見通りに進行しつつあるといえる。安全性を目指した、投与法の検討として、ラット、ブタに血管カテーテルを用いて肝選択的に遺伝子を発現誘導する技術が確立しつつある。インヒビタ:世界的に見ても、インヒビタ対策が遺伝子治療の鍵を握ることが強く示唆される。第VIII因子製剤を用いた免疫寛容誘導マウスの脾臓リンパ球には、in vitroで抗原刺激によりIL-2は産生みられるが、IFNγの産生は見られなかった。又、増殖能も観察されなかった。IL-1
2添加により増殖能、サイトカイン産生の回復がみられた。以上より、免疫寛容はIFNγ依存性のT細胞アネルギーに基づくことが推察された。新生仔マウス腹腔内にヒト第IX因子遺伝子導入を試みた例では、インヒビタの産生もみられず、5-10%の血中レベルが長期間観察された。生後10週経過したマウスでは、第IX因子の発現は殆ど見られなかった。今回検討したアネルギー誘導のメカニズムの解析と新生仔マウスの遺伝子治療の予想を上回る結果が、今後の遺伝子治療研究に与える影響は大きい。
結論
これまでの研究により、多くの新知見が得られており成果の学術的意義は高い。技術的にもSIVベクター及びAAVベクターを用いた血友病遺伝子治療に向けた一定レベルの成果が得られた。またいくつかの問題点も明らかとなった。今後は、大動物を対象に安全性の確認、長期発現の工夫、免疫反応対策などを検討していく必要がある。ヒト臨床応用に進むには解決すべき問題点は多いが、彼方に見えた明かりが確かなものになりつつあるというのが現状である。

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