若年婦人におけるHIV感染状況およびHIV感染と生殖医療との関連(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300558A
報告書区分
総括
研究課題名
若年婦人におけるHIV感染状況およびHIV感染と生殖医療との関連(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
田中 憲一(新潟大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 岩下光利(杏林大学医学部)
  • 花房秀次(荻窪病院)
  • 高桑好一(新潟大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
46,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
第1の研究は、HIV感染男性非感染女性夫婦に対する体外受精-胚移植に関する基礎的,臨床的研究である。従来よりこのような夫婦の妊娠については,妻の二次感染の危険性があることから妊娠しないよう指導されることが通例であった。これに対し,夫精液からHIVウイルスを除去する方法を用い精子浮遊液を作成し,これを体外受精-胚移植に使用することにより,妻の二次感染をほぼ0とし,妊娠しうるような臨床応用を進めているが,その有用性および安全性を明らかにすることを目的としている。また,体外受精-胚移植に比較して簡便である人工授精を実施するためには,精子回収率の高率化が必要であり,その際に多量の精子存在下でもPCRにより,わずかなHIVウイルスを検出することが可能か否かは重要な問題である。そこで,基礎的研究として,この点を明らかにすることを目的とした。第2の研究は,HIV感染とSTDとの関連性に関する研究であり,若年婦人におけるSTDおよびHIV抗体の陽性率を把握すること,HIV陽性婦人におけるSTD感染の実態を明らかにすることを目的とした。
研究方法
HIV感染者の体外受精に関する基礎的・臨床的研究については以下のとおりである。平成12年度から平成14年度の厚生労働科学研究「エイズ対策研究事業・妊産婦のSTD及びHIV陽性率と妊婦STD及びHIVの出生児に与える影響に関する研究」において,1copy/mlを検出しうるPCR法の改良に成功した。今年度からの研究では,この改良PCR法を用いて,HIV陽性男性から得られた精子浮遊液中のHIVウイルスが検出されないことを確認し,HIV感染男性非感染女性夫婦に対し,体外受精-胚移植を実施した。事前に十分な説明およびカウンセリングを行い,同意を得て実施した。HIV陽性婦人のSTD罹患状況に関する検討については以下のとおりである。最初に全国のエイズ拠点病院産婦人科施設に対して調査を行った。調査項目は,(1)HIV陽性婦人の診察を行ったことがあるか否か,(2)HIV陽性婦人で各種STDおよび子宮頚部スメアテストを実施したことがあるか,(3)HIV陽性婦人について前方視的にSTDの検討を行う場合協力してもらえるか否か,である。(2)で該当症例が存在する場合にはその概要を報告してもらった。これらの施設でHIV陽性婦人に対し,何らかのSTD検査または子宮頚部スメアテストを実施されている症例が72例あった(平成14年度にすでに回答されていたものを含む)。HIV陽性婦人に対する前方視的なSTDの検索は十分な説明のもと、同意を得て実施された。多施設共同による若年婦人におけるSTDおよびHIV抗体の陽性率に関する検討については,東京都,神奈川県における開業産婦人科医院203施設を対象に多施設共同研究参加の意志を確認した。その結果26施設が参加した。これらの施設において、30才未満の帯下感,出血などの有症状婦人,STD検査を希望する婦人,人工妊娠中絶術希望者などに対し,十分なインフォームドコンセントを行い,クラミジアDNA、淋菌DNA,HIV抗体の各検査を実施した。
結果と考察
平成12年度から平成14年度の厚生労働科学研究「エイズ対策研究事業・妊産婦のSTD及びHIV陽性率と妊婦STD及びHIVの出生児に与える影響に関する研究」に引き続いて新潟大学医歯学総合病院,杏林大学医学部附属病院および慶応大学医学部附属病院においてHIV感染男性,非感染女性夫婦に対する体外受精-胚移植の臨床応用を実施した。平成13年からの年次別症例数(のべ数)は平成13年5例、平成14年17例、平成15年20例である。30症例に対し34回の胚移植を実施し、19例で妊娠が成立した。このうち2症例は前臨床
的流産に終わったものの17症例において妊娠が継続した(妊娠継続率50.0%)。11例はすでに分娩を終了しており,6例は順調に経過している。したがって対胚移植の妊娠率は55.9%(34胚移植対19例),妊娠継続率は50.0%(34胚移植対17例)であった。対排卵誘発周期に対しては妊娠率は45.2%(42排卵誘発周期対19例)、妊娠継続率は40.5%(42排卵誘発周期対17例)であった。対症例数では30症例中17例で妊娠が継続しており、56.7%であった。17例中7例(41.2%)が多胎妊娠(双胎6例、品胎1例)であった。施設別妊娠継続率については、胚移植を実施した症例に関して新潟大学では100%(10症例対10症例)、慶応大学では36.4%(11症例対4症例)、杏林大学では33.3%(9症例対3症例)であった。胚移植例では,胚移植後3か月間連月にわたりHIV抗体およびHIV-RNA検査を実施しているが,二次感染は認められていない。出生した児についてもHIV抗体およびHIV-RNA検査を実施しているが,二次感染は認められていない。HIV陽性婦人のSTD罹患状況に関する検討の結果は以下のとおりである。何らかのSTD検査または子宮頚部スメアテストを実施されている症例は88症例であった。クラミジアDNA検査が実施された症例は61症例であり、このうち9例(14.8%)が陽性であった。子宮頚部のスメアテストについては76症例で実施されているが、ClassIIIa以上の割合は,28.9%であった。また,HPVについては,23例で実施され,14例(60.9%)に陽性であった。多施設共同による若年婦人を対象としたHIV抗体およびSTD検査の実施についての結果は以下のとおりである。HIV抗体の陽性率については,831名が検査を受けいずれも陰性であった。クラミジアDNAについては386例に検査が行われれ、41例(10.6%)で陽性であり、年齢別陽性率に関しては、19才以下の階層で有意に高率であった。淋菌DNAについては379例に検査が行われれ6例(1.6%)で陽性であり、年齢別陽性率に関しては、同じく19才以下の階層で高率であった。上述のように、我々は平成12年度から平成14年度の厚生労働科学研究から引き続き、HIV陽性男性陰性女性夫婦に対する体外受精-胚移植を実施し、胚移植を実施した30症例中17例(56.7%)で妊娠が継続している。一般の体外受精-胚移植における妊娠継続率はせいぜい30%であり、今回の検討で,極めて高い妊娠率を得ている。また、本治療による妻の二次感染は認められておらず、安全に妊娠しうる優れた方法であると判断している。しかしながら、過排卵刺激による卵巣過剰刺激症候群が認められた症例もあり、体外受精-胚移植による副作用も無視しえないものがある。そこで、今後人工授精も考慮すべき状況であるが、その場合二次感染の予防がもっとも重要な課題となる。また、人工授精を実施するには体外受精-胚移植を実施するよりも多量の精子が必要である。多量の精子を得た場合のHIVウイルスの測定法が問題となるが、今回基礎的検討も実施し、多量の精子が存在する場合でもHIVウイルスを検出しうる方法を確立した。今後これらの技術を応用して、人工授精実施について検討していくことが重要と判断される。本邦においては一般人口におけるHIV抗体陽性率はいまだ高いものではないが、徐々に感染が拡大していることが危惧されている。HIV陽性婦人では,免疫能の低下から,STD感染を起こしやすいことが指摘されているが,その実態を明らかにするために,平成14年度の厚生労働科学研究において、エイズ拠点病院に対するアンケート調査を実施,後方視的な検討を行い、各種STDの陽性率が高い傾向が示されたが、今年度の研究においては、これら、すでに検査を実施された症例に関する個票によるSTD調査とともに、前方視的な検査を行った。この結果、HIV陽性婦人では,クラミジア、HPVの陽性率が高く、子宮頚部スメアテストにより,III以上の症例が高率であった。これらの結果から,HIV陽性婦人では,より積極的なSTD検査および子宮頚部スメアテストを実施することが,QOLの向上からも重要であると判断された。多施設共同による若年婦人におけるHIV抗体、STDの陽性率に関する研究については、HIV抗体陽性者は認められなかったものの10才代の婦人にクラミジ
ア、淋菌感染が高率に認められた。このような若年婦人におけるSTDの蔓延の状況を考慮すると今後とも検討を行なう必要があるものと判断された。
結論
HIV感染男性,非感染女性夫婦に対するより安全な妊娠機会の提供に関する研究では有意義な結果を得ている。今後さらにその有効性、安全性を確認することが重要であり、人工授精の応用も検討すべきであると考えられる。また、HIV陽性婦人におけるSTD感染の実態調査、若年婦人におけるHIVおよびSTD感染に関する前方視的検討については、STDとHIV感染の関連性をより明確にするために今後も検討を継続することが重要と考えられる。

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