HAART時代の日和見合併症に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300555A
報告書区分
総括
研究課題名
HAART時代の日和見合併症に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
安岡 彰(富山医科薬科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 源河いくみ(国立国際医療センター)
  • 佐多徹太郎(国立感染症研究所)
  • 中村哲也(東京大学医科学研究所)
  • 竹内勤(慶應義塾大学)
  • 斎藤厚(琉球大学大学院)
  • 河野茂(長崎大学大学院)
  • 北村唯一(東京大学)
  • 古西満(奈良県立医科大学)
  • 池田和子(国立国際医療センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
強力な抗HIV療法(HAART)によりHIV感染症の様相が変化したが、日和見感染症は再び増加の傾向にある。この背景にはHIVと診断されないまま高度の免疫不全に至り日和見感染症を発症する患者が急増していることと、HAART失敗例の存在、さらに高度の免疫不全状態から抗HIV療法を開始した場合数ヶ月以内に日和見感染症を起こす免疫再構築症候群と呼ばれる病態が少なからずみられることがあげられる。このように日和見合併症のコントロールが現在でも重要な研究課題であることから、HAART時代の今日的な日和見合併症への対処を検討することを目的とした。
研究方法
1)日和見感染症の動向と頻度の調査
「日和見感染症の治療に関する研究」研究班(主任研究者:木村 哲、平成12~14年)で行ってきた日和見感染症の動向調査を引き続き全国HIV拠点病院を対象に質問紙送付によるアンケート調査を行った。また日本のHIV感染者の10%弱を診療するエイズ治療・研究開発センター(ACC)のにおいて診療録を用いたretrospectiveな解析をおこなった。
2)難治性日和見感染症の病態解明、治療方針の確立
悪性リンパ腫及びカポジ肉腫はHIVに合併する悪性腫瘍の代表疾患で、HAART時代にも発生頻度が高く適切な治療方法が確立していない。ACCでの治療成績を解析すると共に、日本に見られる悪性リンパ腫の特徴を解析し治療の方向性を検討した。
進行性多巣性白質脳症(PML)はJCウイルスによる脳変性疾患であり、現在の所有効な治療法は確立していない。疑い例の診断をPCRなどを用いて検討すると共に、ハイリスク患者の血液を用いて早期発見を行う試みを開始した。
HIVに好発するクリプトコックス症は発症初期には非特異的所見しかみられず、診断時にはしばしば重症化し治療抵抗性である。同一由来C.neoforomans株で病原性が増した菌から増加した要素を調べることによって病原因子を検討した。またクリプトコックス症での免疫応答を解析し、重症時における免疫療法の可能性についてCpG-DNAを用いて検討した。
3)免疫再構築症候群の病態解明と回避の手段、発症時の対処
高度の免疫不全状態に陥ったHIV感染者にHAARTを導入すると、免疫の回復にもかかわらず開始後数日~数ヶ月以内に日和見感染症が発症/悪化することが知られるようになった。この発生頻度と疾患分布を調査し、併せて検討症例の集積を行いデータベースを作成した。また、臨床例の免疫応答を細胞レベルで検討疾患の定義と診断基準につながる要素を検討した。
4)頻度が高いAIDS合併疾患についての診断・治療の標準化・診断技術移転法の解析
AIDSを発症した患者がHIV専門ではない急性期型病院へ受診する頻度が増しているが、HIVに伴う日和見感染症の診断や治療に関する技術は、HIV診療経験が浅い施設と専門施設との格差が大きい。治療についての症例の収集と専門医による討議を経て、最終的には標準治療集の作成を目標とし、初年度は症例の収集を開始した。また、特殊な診断技術として原虫感染症の診断技術向上のため規模を拡大した講習会を開催すると共に技術移転の方法について検討した。またHIVによく認められる疾患の診断方法がどの程度必要かについての調査を開始した。
5)日和見感染症発症予防のための服薬指導
服薬が困難となり日和見感染症が発症する患者を減少させるためには薬剤の特徴を理解した服薬指導が重要である。抗HIV薬や日和見感染症予防薬の服薬について薬剤の特色やその副作用と服薬率との関連などの基礎的データの収集を行うと共に、効果的な指導方法を検討した。
(倫理面への配慮)HIV感染症は疾患の特殊性から患者のプライバシー保護には特段の注意が必要である。従って症例のデータ収集を行う際にはプライバシー保護に最大限の努力を行い、個人が識別できる可能性がある情報を完全に除去した上での取り扱いを徹底した。臨床研究や臨床検体の採取と利用、患者個人へのアンケートなどを行う際には各施設で倫理委員会に諮って承認を得た上、患者へ文書及び口頭で十分説明を行い任意の参加を得るよう徹底した。
結果と考察
1)日和見感染症の動向と頻度の調査
同一病院からの報告数で比較すると日和見合併症はHAART導入の1997年以降、総数で微増傾向が認められた。個々の疾患比率でみると、特に大きな変動は見られないものの、悪性リンパ腫はこの数年増加していた。最近の日和見合併症発症患者の特徴として抗HIV療法を受けていない例(2002年;87.4%)、HIV診断後3ヶ月以内の例(2002年;79.6%)が増加している点が上げられた。HAART導入例では導入後6ヶ月以内の症例が3割を占め、免疫再構築症候群による発症の割合が予想より高い可能性が示唆された。HAART導入が日和見感染症増加の一因と推定され、今後より重視する必要性があると思われた。
2)難治性日和見感染症の病態解明、治療方針の確立
a)悪性リンパ腫、カポジ肉腫:カポジ肉腫症例25例の検討では進行例の頻度が高く(腫瘍、免疫状態、全身状態いずれも進行と判断されるのが全体の64%)、このうち2例は致死的転帰をとっていた。2例ではHAART導入後に後に増悪が見られ、カポジ肉腫でも免疫再構築症候群が発生していた。治療は非進行例ではHAART導入のみで改善していたが、進行例ではHAART+ribosomal doxorubicinによる化学療法が有効であった。悪性リンパ腫は脳原発を除き12例を解析した。化学療法抵抗性例が多く、完全寛解となったのは手術と化学療法を併用した1例のみで、化学療法単独では一旦改善しても全例再燃していた。悪性リンパ腫の標準療法であるCHOPからHIV合併リンパ腫に有効と報告されたEPOCH療法を検討したが、欧米の報告とは異なり、治療抵抗性であった。日本で見られる悪性リンパ腫はB細胞性diffuse large タイプがほとんどを占め、欧米の症例と病型が大きく異なることが明らかになってきた。EBウイルス抗原陽性でLFA-1(leukocyte function-associated antigen-1)を高頻度に発現しており、高脂血症治療薬のstatinが結合することが報告されていたため、マウスでの治療実験を行ったところリンパ腫のapotosisを誘導することが明らかとなった。治療応用が有望であり今後臨床治験も含めた検討を行う予定である。
b)進行性多巣性白質脳症:進行性多巣性白質脳症(PML)の診断依頼が47件あり、このうち5検体で陽性であった。PMLが進行して死亡した剖検検体を用いた検討では、調節領域の欠失と重複の程度により病変の進行が推測できた。
c)難治性・耐性真菌症:免疫不全状態でのC.neoformans治療を考える上で免疫療法の可能性を検討した。免疫賦活刺激としてCpG-DNAを検討し、実験的感染マウスで生存率の改善が確認された。また、C.neoformansを動物にパッセージすると病原性が増強するが、この現象を利用して病原因子をRNAサブトラクション法を用いて解析し、いくつかの因子を分離した。
3)免疫再構築症候群の病態解明と回避の手段、発症時の対処
免疫再構築症候群の発症頻度調査を行い日和見合併症の4~15%が関連しているとのデータが得られた。8施設で176例のIRS疑い例が認められ、現在これらの症例を詳細に検討してIRSの特徴や診断基準作成を進めている。
4)頻度が高いAIDS合併疾患についての診断・治療の標準化・診断技術移転法の解析
原虫疾患診断のための講習会を開催すると共に、復習可能な教材としてCD-ROMの作成やWeb上でのトレーニングシステム構築を進めている。そのほかの疾患についても症例の集積を進めている。
5)日和見感染症発症予防のための服薬指導 
治療成功のために服薬率の検討を行い、日和見感染症治療薬としてはST合剤でアレルギー発症が、抗結核薬ではHAART薬との相互作用が問題となっていた。HAART失敗例ではmodified DOT(Directly Observed Therapy)を検討し、自己服薬ではコントロール困難な11例中9例で順調なコントロールが得られた。うち2例ではDOTを終了後も良好な服薬習慣獲得が可能となった。
本年度の検討で、HAARTが一般化した後にも日和見感染症や悪性腫瘍が重要な合併症としてHIV感染者の治療や予後に大きな影響を与えていることが改めて明らかとなった。特に免疫再構築症候群が施設によっては合併疾患の15%にも達するということは本症候群のコントロールが従来考えられていた以上に重要であることを明らかにした。本研究では悪性リンパ腫やカポジ肉腫の治療に一定の方向性を見いだしつつあり、またクリプトコックス症にも新しい治療方向を示すものとなっている。今後これらの成果をさらに進めつつ、HIV診療では一般的だが一般病院ではまれな疾患を適切に診断治療する方策についてより具体的な検討を進めていく予定である。
結論
HAART時代の日和見合併症の問題点と特徴を明らかとし、今後の治療指針の策定を検討した。

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