エイズ脳症の発症病態と治療法に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300554A
報告書区分
総括
研究課題名
エイズ脳症の発症病態と治療法に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
出雲 周二(鹿児島大学医学部難治ウイルス病態制御研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 森 一泰(国立感染症研究センター)
  • 岸田修二(東京都立駒込病院)
  • 船田伸顕(東京都立駒込病院)
  • 馬場昌範(鹿児島大学医学部難治ウイルス病態制御研究センター)
  • 宇宿功市郎(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科)
  • 清島 満(岐阜大学医学部)
  • 高宗暢暁(熊本大学薬学部)
  • 木戸 博(徳島大学分子酵素学研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
44,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本邦HIV新規感染者は増加が続いており、HAARTによる長期生存と合わせて、HIV脳症への対応は緊急の課題である。本研究では「HIV脳症には独立した二つの神経傷害機構が存在する」という視点で、①HAART導入後のHIV脳症等の神経合併症の実態を明らかにする、②発症機序を解明し、病態に則した診断法・治療法の開発を目指す、③HIV感染者の将来の神経系病態を予測し、HIV脳症発症予防の方策を探る、ことを目的としている。
研究方法
本研究組織の柱として、1)エイズ脳症の臨床病態、特に本邦での動向、2)剖検例の神経病理学的の解析、3)動物モデルの開発と発症病態の解明、 4)予防治療薬の開発、5)脳症発症に関連する内的・外的要因、の研究テーマを設定した。岸田らは、HAART導入後のHIV脳症の臨床像の変化では、これまでの臨床像、検査所見が病態把握に有効であるかを検証するために、脳症発症後の患者を対象に臨床像、検査所見を検討した。船田らは駒込病院でのHIV陽性剖検例80例を対象にHAART導入の1996年前の60例、導入後の20例に分けて神経病理像の変化を検討した。出雲はウィーン大学の多数の剖検標本の提供を受け、我国の症例と比較し、HIV感染症における神経合併症の我国の実態と今後の動向を明らかにすることを目的に解析した。出雲は大脳皮質の変性病態についてSIV感染サルを用いて、免疫不全の程度、ミクログリアの動態、ウイルス感染細胞の同定とウイルス蛋白の発現の有無、細胞死のマーカーの発現動態を検索した。森はNef遺伝子のin vivoにおける機能を探る目的で、SIV感染サルの初期感染期リンパ節におけるnef遺伝子欠損ウイルス感染様式について病理学的手法で解析した。清島らはマウスエイズモデルを用いて、行動薬理学的手法による記憶障害の程度と脳内生理活性物質との関連について検討した。木戸らはHIV gp120/gp160のアポトーシス誘導時における14-3-3蛋白質の役割について解析した。清島らはHIV脳症のマーカー、キノリン酸の蛍光検出器を用いた高感度微量定量法を開発した。馬場は慢性感染細胞からのウイルス抗原産生抑制を指標として、各種薬剤の抗HIV-1効果を検討した。高宗らは脳症発症に関与する細胞外Tat活性抑制を目指して解析をすすめた。宇宿らは発症に関連するウイルス因子、宿主因子の病態への作用をHTLV-I、HIV感染者間で比較し、類似点・相違点を検討した。
結果と考察
臨床病態の検討では、HAART療法不完全例では慢性進行性脳症の経過をとること、治療によりHIVが末梢血液中で抑制され、CD4陽性リンパ球数が回復傾向の例では改善がみられ、血液脳関門が傷害されても脳症の改善は維持されること、HIVが末梢血で抑制されていても免疫の回復が不十分な例では臨床的改善も不十分で、あらたな病変が出現することを明らかにした。HIV脳症の治療後モニターとして、末梢血HIV量とCD4陽性リンパ球数が重要で、HAART導入後の脳症臨床像の解析には縦断的に患者を追跡するシステムを作り、継続的な疫学調査や症例の臨床・病理学的検討が必要であると思われる。今後、エイズ未発症者の神経症状・所見に重点をおいた第2次全国疫学調査を行い、長期追跡によるHAART治療下の臨床的特徴を解析することにより、我国のHIV脳症の全体像を明らかにする。病理解剖例の解析では、HAARTを規則的に受けていた症例は確認できず、HIV脳症はHA
ART導入前後で明らかな頻度の差はみられなかった。また、HIV陽性マクロファージが進行性多層性白質脳症の脱髄巣や悪性リンパ腫の病巣周囲に多数浸潤する例があり、HIV複製を増強する因子が作用していると推察された。日和見感染症ではサイトメガロウイルス脳炎が最も高頻度で、脳悪性リンパ腫も高頻度で、EBウイルスの関与が認められた。また、ウィーン大学剖検例の解析では1987年以降の429例の殆どでHIV脳炎の所見が確認された。大脳白質よりも脳幹、特に橋で多核巨細胞を伴うミクログリア結節が高頻度に確認できた。純粋のHIV脳炎症例20例のパラフィン包埋標本の提供を受け、今後、HIV脳炎の程度と大脳皮質病変の程度とを比較検討し、HIV脳症の2つの病態の存在を検証する。サルエイズモデルでは、SIVmac239感染サルの大脳皮質変性病変で活性化ミクログリアが増加し、サテライトーシスが高頻度に認められた。一部は局所での分裂増殖を示し、EAAT-2を発現し、神経保護作用を示していると考えられた。アポトーシス所見は主にアストロサイトに陽性で、神経細胞には見らなかった。神経細胞変性前にアストロサイト障害が生じている可能性を示唆する所見で、HIV脳症の発症病態に関する新しい視点での研究がスタートした。nef遺伝子欠損ウイルス感染サルのリンパ節傍皮質領域には少数の感染細胞しか見られず、大部分の感染細胞は皮質領域または皮質と傍皮質の境界領域に存在した。Nefの役割はT細胞領域である傍皮質領域に存在する多数のresting T細胞でのウイルスの感染増殖を促進することであると推測された。14-3-3蛋白質については、HIV-1 gp120/gp160が引き起こす細胞死はミトコンドリア経路で制御されており、14-3-3蛋白質はBad、 Bidを不活化する事で、アポトーシスを抑制することが明らかとなった。さらにcytochrome Cの凝集を防ぎ、cytochrome Cを競合的に抑制して抗アポトーシス作用を促進する可能性が示唆された。神経細胞における分子シャペロンとして、HIV脳症の病態に直接、抑制的に関与している分子として注目される。キノリン酸の蛍光検出器を用いた高感度微量定量法を新たに開発した。感度ならびに特異性に優れ、髄液や血清に応用でき、HIV脳症など種々神経疾患のバイオマーカーとして有用であると考えられた。マウスエイズモデルの解析では、Wild typeマウスはウイルス感染により記憶障害を示し、脳内のTNF-α合成は著明に増加し、脳内キノリン酸、TNF-α、PAF濃度は有意に上昇した。それに対し、TNF-α遺伝子欠損マウスでは行動薬理学的異常はみられなかった。また、脳内キノリン酸は上昇が見られたが、PAFの上昇は認められず、脳症発症のメカニズムとして、TNF-αの神経細胞への直接作用と種々の脳内生理活性物質を介した2次的作用が存在する可能性が考えられた。中枢神経障害予防・治療の薬剤の開発については、ナフタレン誘導体JTK-101に非常に強い慢性感染細胞系特異的な抗HIV-1活性を見出した。その機序として、HIV-1遺伝子発現を制御している何らかの宿主細胞因子に作用していることが示唆された。脳症発症に関与するTat分子内に存在する特徴的な構造で、Tatの転写活性に必須の亜鉛結合cysteine-rich 領域を特異的に認識する単クローン抗体を作製し、全長Tatに対する阻害効果を調べた。抗体はウイルス転写活性を濃度依存的に阻害し、アポトーシス誘導を阻害した。細胞外Tat制御のための標的部位として有用である。発症に関連するウイルス要因と病態への関与の解析では、HAMではHCに比べてdN/dS ratioが低く、生体内でのウイルスの複製が抑制されていた。HTLV-Iプロウイルスの変異パターンはほとんどが転位であったが、HIV-1 gag領域においては、G→Cの転換変異も一定の割合で認められ、HIVとHTLV-Iで変異ウイルスの塩基置換パターンの差が認められた。
結論
HIV脳症のモニターとして、長期患者追跡システムを構築し、末梢血HIV量とCD4陽性リンパ球数の縦断的解析が有用である。エイズ脳症ではアストロサイトの障害が神経細胞の傷害に先行し、ミクログリア活性化は神経細胞保護作用を示唆している。脳症発症に重要な慢性持続感染系に
選択的な抗ウイルス活性を持つJTK-101を見出した。Tatの亜鉛結合cysteine-rich domainは細胞外Tat活性発現に重要で、活性制御の標的部位として有用である。

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