ツベルクリン検査、BCG等に代わる結核等の抗酸菌症に係る新世代の診断技術及び予防技術の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300547A
報告書区分
総括
研究課題名
ツベルクリン検査、BCG等に代わる結核等の抗酸菌症に係る新世代の診断技術及び予防技術の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
牧野 正彦(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 竹森利忠(国立感染症研究所)
  • 荒川宜親(国立感染症研究所)
  • 小林和夫(大阪市立大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
迅速で敏感な結核菌感染の判定を可能にする検査システムを確立する。その第一ステップとして結核菌/BCG特異的遺伝子Ag85aを組み込んだアデノウイルスベクターを作成し、BCG感染マウスを用いてT細胞反応惹起の特異性、感度を検討する。非結核性抗酸菌感染症は結核など抗酸菌感染症の約20%を占めるが、特に、Mycobacterium avium complex(MAC)感染症は非結核性抗酸菌感染症の70-80%を占める。MACは環境菌であるため確定診断は容易ではない。一方、ヒト間での感染はないため「結核予防法」の適応外であるが、多くのMAC感染症患者は結核と同様に取り扱われている。本研究では、MAC特異的細胞壁表層糖ペプチド脂質(GPL)核抗原を用いた迅速・簡便血清診断法の開発を目的とした。さらに、非結核性抗酸菌の鑑別法の確立を目的として、PCR法に比べ容易かつ迅速に遺伝子検査を可能にする等温遺伝子増幅法(LAMP法)を開発する。遺伝子機能の解析を行うために十分な量のらい菌Thai53株シャトルコスミドクローンを分離してゲノム地図上にマッピングし、らい菌特有の遺伝子機能を調べる。抗酸菌感染症の新たな予防・診断および治療の標的とすべき宿主細胞因子の探索を行う目的で、Toll-like receptor 2 (TLR2)とtryptophan aspartate-containing coat protein (TACO)の相互作用について検討を行った。ガンマー線照射BCGのワクチン効果を生菌および加熱死菌で判定する。遅延型過敏症反応と抗菌活性持続期間を検討し、BCG死菌の過剰免疫効果も検討した。さらに、モルモットを用いた噴霧感染実験系を確立する。脂質附加を受ける抗酸菌由来リポ蛋白LpKは樹状細胞を成熟化・活性化するため、LpKのN末端12アミノ酸を含むリポペプチドの免疫学的特性を明らかにする。抗酸菌に対する生体防御反応として、CD4陽性T細胞を中心とした細胞性免疫反応が最も重要である。抗酸菌菌膜を細分画し、高細胞性免疫反応を示す患者血清を用い、T細胞反応を誘導する抗原を同定し、その抗原の免疫学的性状を解析する。
研究方法
BCG接種したBALB/cマウスの脾臓より精製したT細胞とAg85a組込みアデノウイルス感染樹状細胞を培養し、培養上清中のIFNγを測定した。また免疫学的方法を用いIFNγ産生細胞亜群を同定した。診断基準に合致した肺MAC感染症、無症候性MAC感染、M. kansasii感染症、喀痰培養陽性結核および健常者血清を用い、GPL核抗原に対する血清抗体を酵素抗体法により測定した。GPL特異的抗原は標準菌株のMACから分離・精製した。鑑別診断に有用なdnaA領域内に、病原性のM. kansasiiと鑑別が困難である非病原性M.gastriを特定するLAMP法用プライマ-セットを設定し、感度および特異性を検討した。コスミドクローンセットを導入したM. smegmatisをサルシュワン細胞株に感染させ、菌の細胞接着および細胞内生存について検討した。さらに、コスミドクローンを用いて、らい菌株間の多様性を規定するゲノムDNA配列を探索した。マクロファージ内のTLR2やTACOの局在、抗酸菌を感染後のTACOの遺伝子・蛋白発現上の変化を検討し、HEK293細胞にTACOを強制発現させた際のTLR2のシグナルの変化を討した。モルモット(1群5匹)にBCG生菌、ガンマー線照射BCG、加熱死菌を免疫し、8~53週間後にPPDに対する遅延型過敏症を、10~55週間後にin vitroで肺胞マクロファージおよび脾細胞へ結核菌感染実験を行った。感染2日後の上清中のTNFα活性、感染細胞RNAを用いた半定量的RT-PCTによるサイトカイン測定、感染細胞の還元培養による菌量定量を行った。噴霧感
染装置の安全性および性能を調べるため、セラチア菌(赤色のコロニーを形成する株)を用いて噴霧実験を行った。正常健常ヒト末梢血単球より樹状細胞を分化誘導し、リポペプチドLpKおよび抗酸菌で刺激した際の、細胞表面抗原および誘導されるサイトカインを解析した。抗酸菌菌膜を可溶化し、ゲル濾過法で細分画する。樹状細胞に各分画をパルスし、T細胞反応誘導能で抗原性を検索した。同時に、抗酸菌症患者血清を用いウエスタンブロットで各分画を検索し、抗原性の強い分画に共通して存在する抗原を抽出し、そのN-末端アミノ酸配列より抗原性分子を同定した。ヒト材料を用いる場合は、インフォームドコンセントを得た。
結果と考察
以下の通りである。
1) 結核菌/BCG特異的遺伝子Ag85aを組込んだノウイルスは、樹状細胞に感染しBCG接種マウスT細胞を強く刺激した。さらに、BCG接種マウス脾臓細胞に直接感染させても非接種マウスと比較して有意に高い抗原特異的CD4陽性記憶T細胞反応が惹起された。今後ヒト全血細胞を対象として細胞性免疫を利用した結核補助診断法の確立を目指す。
2) GPL核抗原を用いた血清診断法の肺MAC感染症に対する感度はIgA抗体で92.5%、特異度は95.1%、陽性予測力は89.1%、陰性予測力は96.7%であった。また、血清抗体価はMAC感染症の疾患活動性を反映した。
3) M. kansasiiと鑑別可能なM.gastri LAMP法用プライマ-セットを確立した。検出限界はPCR法と同等(ゲノムDNA 10 ng)であった。鑑別診断に要する時間は、PCR法の2時間に対し30分であった。
4) らい菌ゲノム全域をカバーするコスミドクローンセットが得られた。サルシュワン細胞に器質的変化を誘導する遺伝子は特定されなかった。らい菌Thai53株中19箇所のリピート配列でらい菌TN株とコピー数の相違が見られた。
5) HEK293細胞にTLRを発現させリガンドで刺激する系にTACOを強制発現させると、TLRからのシグナルが抑制された。抗酸菌感染マクロファージにおいては、TACO蛋白は細胞膜からファゴゾーム膜へと局在が変化したが、TACOのプロモーター活性、mRNA量、蛋白総量ともに減少した。
6) 免疫から14週間までの遅延型過敏症誘導能はすべてのBCG菌で差が認められなかった。in vitro感染実験はすべての実験が期間内に終了しなかった。噴霧感染装置作動中の菌のもれはなく、装置内チャンバーでのみ菌が回収されることを確認した。
7) LpKのN末端12アミノ酸を含むリポペプチドはTLR2を介し樹状細胞を刺激し、自己T細胞を活性化した。抗酸菌存在下でその効果はさらに増強された。抗酸菌菌膜を検索し、細胞性免疫反応を賦活する因子として、Major Membrane Protein-II (MMP-II)が同定された。分子生物学的に精製したMMP-IIは、樹状細胞をTLR2抗原を介して刺激し、MHC抗原およびCD86抗原などの発現を増強させ、さらにIL-12 p70を産生させた。MMP-IIパルス樹状細胞は、自己CD4陽性およびCD8陽性T細胞を活性化させIFN-γの産生を誘導し、同時にCD45RA陽性ナイーブT細胞を刺激してIL-2の産生を誘導した。
結論
新規結核感染診断法の開発に必要となるAg85aを組み込んだアデノウイルスを作成し、その特異性、感度を検討した。高感度にBCG感染マウスのT細胞反応を惹起でき、ヒト結核菌感染判定診断薬としても有用である可能性が示唆された。MAC特異的抗原を用いた迅速・簡便血清診断法を開発した。血清抗GPL核抗体の測定はMAC感染症の診断や疾患活動性の評価に有用である。安全、迅速、簡便、かつ、多検体処理が可能であり、MAC感染症の診療に有用である。高価な温度制御装置を必要とせずかつ迅速に鑑別する新たな遺伝子診断法が開発可能となった。らい菌ゲノム全域をカバーするシャトルコスミドによる整列クローンライブラリが得られ、らい菌株間で相違を示すゲノム領域が同定された。抗酸菌感染細胞において、宿主の生体防御に関わる因子(TLR2)と菌の細胞内潜伏に寄与する因子(TACO)が、シグナル伝達や発現量調節を介して拮抗している可能性が示され、両者のバランスが感染後の予後を決定する一つの因子として特定された。モルモットに結核菌を噴霧感染する実験系を確立した。リポペプチドLpKは、樹状細胞の抗原提示能を増強する新たな抗酸菌症免疫療法剤である可能性が示唆された。抗酸菌に対する生体防御反応として重要なT細胞の活性化に関与する菌由来抗原としてMMP-IIが同定された。ワクチン開発に直接的に繋がると想定された。

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