大規模感染症発生時における行政機関、医療機関等の間の広域連携に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300544A
報告書区分
総括
研究課題名
大規模感染症発生時における行政機関、医療機関等の間の広域連携に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
大久保 一郎(筑波大学社会医学系)
研究分担者(所属機関)
  • 藤本眞一(滋賀県草津保健所長)
  • 岩崎恵美子(仙台検疫所)
  • 望月靖(新潟検疫所)
  • 丸山浩(関西空港検疫所)
  • 島津岳士(大阪大学救急医学)
  • 村田厚夫(杏林大学救急医学)
  • 谷口清洲(国立感染症研究所感染症情報センター)
  • 青木節子(慶応大学総合政策学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
地方自治体の保健行政、検疫所、救急医療機関、感染症研究機関、法律専門家の代表となる研究班を組織して、以下の3つを研究目的として、広範囲な観点から分析することとした。1.感染症法施行後の自治体等における対応状況の把握、2.諸外国における感染症法制、テロ対策法制等の実態の把握、3.バイオテロ発生時に対応の検討。
研究方法
研究方法は上記の3つの目的に対応して、以下の方法とした。
1.保健所、地方衛生研究所等の自治体へのアンケートによる調査
2.外国の関連法規の文献検索等、海外での関係者との情報交換
3.(1)SARS,天然痘発生を想定した模擬訓練の実施、(2)自治体や感染症指定医療機関等を含めた広域連携のための会議の開催、(3)感染症指定医療機関及び災害拠点病院へのアンケート調査、(4)参考となるマニュアルの検索及び作成、(5)数理モデルによる天然痘流行状況と介入政策評価。
なお、倫理面への配慮に関しては、個人情報を収集しないため、個人への不利益及び危険性は発生しない。
結果と考察
1.感染症法施行後の自治体等における対応状況の把握
(1)大規模感染症アウト・ブレイクに対する保健所の研修体制に関する研究
大規模感染症アウト・ブレイクへの対応は、保健所の主たる役割の一つとなっているが、そのための研修体制は現在も十分なものとは言えない。今年度は、世界的に注目の集まったSARSへの対応によって、保健所の危機対応能力は向上したが、継続的に研修・訓練を実施するのは難しいという意見もみられた。今後、健康危機管理事例の共有を含め、マニュアルの整備、研修体制の整備が不可欠である。
(2)大規模感染症アウト・ブレイクに対する地方衛生研究所職員の研修体制に関する研究
感染症等の健康危機管理に対する地方衛生研究所の対応を把握する為のアンケート調査を行った。その結果、多くの地方衛生研究所は、他自治体及び他機関との連携や疫学調査等の必要性は認識しているが、その対応は受け身的であり、検査依頼を待つことが基本となっているものと推察された。今後、感染症の危機管理において、地方衛生研究所が効果的な役割を担える方向へ進むための研修体制としては、マニュアルと研修を事件によって検証し、加除しながら一連の過程を繰り返していく方法が効率的である。
2.諸外国及び国際機関における感染症法制、テロ対策法制等の実態の把握
(1)わが国が改正感染症法において一類感染症にSARSおよび天然痘を入れたのは、国際水準という観点から望ましい措置であった。
(2)わが国の感染症法、検疫法は国際水準であるがバイオテロに起因する感染症の予防策、テロが発生した場合の行動計画については立ち後れている。欧州統一ガイドラインを受けた各国の行動計画、米国のバイオテロガイドライン、天然痘ガイドラインなどすべて指揮系統が明確で、行動計画、広報手続き等が非常に詳細である。この点は、日本もガイドライン整備に向けて今後検討すべき点と考える。
(3)IHR改正の方向性として、以下の4点が上げられている。1)国際的報告:これまで黄熱、ペスト、コレラの3疾病のみの報告疾患より、国際的に重要な健康危機事例全般に拡大された。WHOは当該国からの報告のみならず、他の非公式な情報源からの噂についても、当該国に調査を依頼、あるいは介入する機能が付加された。2)上述の報告に関連して、National Focal Pointを2名設定して、24時間連絡が取れるような体制を樹立する。3)国際的に重要な健康危機事例を迅速に探知するために、国レベルで整備すべきサーベイランスと対応体制についての定義が設定された。4)国際的報告をする際の基準を設定し、とるべき方策を示すこと。報告基準に関しては、フローチャートとともに具体的に考慮すべき項目が示されている。
3.バイオテロ発生時に対応の検討
(1)SARS,天然痘発生を想定した模擬訓練の実施及び評価
模擬訓練は滋賀県、名古屋市、仙台検疫所、関西空港検疫所、新潟検疫所がそれぞれの企画計画の中心なって、関係機関との連携の下実施した。その結果以下の課題等が明確となった。
①アイソレーターの課題として、点滴を受けている患者であれば、アイソレーター内におけるそのポジションが低い。アイソレーターに収容された患者の声が、同乗者に聞こえないことが判明した。移送車の振動に伴い、アイソレーターが数㎝程度移動することがある。アイソレーターを移送車のストレッチャーに迅速かつ確実に固定するには、その着脱に熟練していることが必要である。そのため、県職員や医療機関の職員において、その練習を実施することが必要不可欠である。
②対策マニュアルの実効性ならびに関係機関の連携強化を図ることを目的としたが、組織間の情報伝達のあり方が重要課題として明らかとなった。
③患者発生から検疫、同乗者対策までの一連の訓練を行うためには、航空会社をはじめとした関係機関との調整に多くの時間を要するという欠点があった。また、従来の一連の訓練よりも、場面・場面を区切った訓練を反復継続して実施する方法が効果的であることが示唆された。
④SARS流行が想定される冬季の海港における対応に当たっては、空港の対応と異なり、対応のための場所の確保、検疫前までの情報収集及び船舶への指示等が重要な課題であり、各海港における対応方針を事前に想定するとともに、自治体や近隣検疫所との連携が重要であると考えられた。
(2)感染症指定医療機関及び災害拠点病院の対応状況
SARSに対する準備状況はマニュアル、訓練、個人防護設備すべてについて満足できるものであった。しかし、バイオテロの対応に関しては、すべての規模の医療施設で、マニュアルがないこと、訓練も行われておらず、除染設備など、すべての面で極めて不備であることが判明した。また、大規模感染症発生時の情報網の整備の遅れが指摘され、新興再興感染症の大規模感染症発生時における広域医療連携に関して、まだまだ改善の余地があることが示唆された。
(3)参考となるマニュアルの検索及び作成
大規模感染症、バイオテロ、各種災害に対する医療機関の対応計画を作成するため、米国会計監査院(US General Accounting Office)による議会への報告書である"Hospital Preparedness-Most urban hospitals have emergency plans but lack certain capacities for bioterrorism response" (GAO-03-924, August 2003)、および米国テキサス州ダラス市のParkland病院の"NBC Readiness Guidelines (September, 2000)の翻訳を行った。
(4)数理モデルによる天然痘流行状況と介入政策評価
基本モデルでは、全ての場合で追跡接種の方が流行を抑制できる。その際に、集団接種の場合には2000万人分前後のワクチン接種が必要となる。一方で追跡接種の場合での必要なワクチン接種は少ないが、最初に曝露を受けた患者数が多く、R0が高く、曝露から公衆衛生当局からの対応の開始が遅れた場合には、1000万人以上のワクチン接種が必要となる場合もある。
結論
1.感染症法施行後の自治体等における対応状況の把握
(1)保健所が地域の健康危機管理において中心的な役割を果たすためには、このような研修事例の収集を含め、マニュアルの整備、職員研修体制の整備が不可欠と思われる。
(2)感染症の危機管理において、地方衛生研究所が効果的な役割を担える方向へ進むための研修体制としては、マニュアルと研修を事件によって検証し、加除しながら一連の過程を繰り返していく方法が効率的である。
2.諸外国における感染症法制、テロ対策法制等の実態の把握
(1)欧州統一ガイドラインを受けた各国の行動計画、米国のバイオテロガイドライン、天然痘ガイドラインなどすべて指揮系統が明確で、行動計画、広報手続き等が非常に詳細である。この点は、日本もガイドライン整備に向けて今後検討すべき点と考える。
(2)病原性微生物の扱いについては、北東アジアや東南アジア諸国に輸出管理法のアウトリーチ活動を行うことも日本の国際貢献となるであろう。
(3)持続的に世界における感染症発生の情報を収集することは非常に重要であり、また被害国における対策に我が国として協力することは、国際協力の意味のみならず、結果的に我が国の国民を守ることになる。今後も国際的な対応の枠組みに積極的に参画し、協調していくことが重要である。
3.バイオテロ発生時に対応の検討
(1)訓練を通じて交通整理、搬送用アイソレーターや防護服等について様々な課題が抽出された。このように実践的な訓練を実施し、きちんと評価することは、実際の患者発生がなくても、とても有効な手段と考える。
(2)全国救命救急センターおよび災害拠点病院におけるバイオテロ対策に関してのアンケート調査の結果、特定機能病院など一部の医療機関を除いて、全く対応準備がなされていないことが明らかとなった。行政からの資金援助を含め、早急な対応策が必要であることが示された。
(3)対応計画を作成するための手引きの作成を行った。この手引きでは、対応計画作成のための院内組織づくり、計画において考慮すべき事項、教育と訓練、計画の評価と改訂という発展的な手順が示されており、ソフトウェア面での充実を図る上での有用性が期待される
(4)対策としてのワクチン接種の方法(追跡接種VS集団接種)の有効性は、最初に曝露を受けた患者数、R0、また、曝露から公衆衛生当局からの対応が開始されるタイミングなどに影響を受け、それに従ってワクチンの必要量も違ってくることが判明した。

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