国内での発生が稀少のため知見が乏しい感染症対応のための技術的基盤整備に関する研究

文献情報

文献番号
200300543A
報告書区分
総括
研究課題名
国内での発生が稀少のため知見が乏しい感染症対応のための技術的基盤整備に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
山本 保博(日本医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 蟻田功(国際保健医療交流センター)
  • 大久保一郎(筑波大学)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所)
  • 川井真(日本医科大学)
  • 桑原紀之(自衛隊中央病院)
  • 佐多徹太郎(国立感染症研究所)
  • 志方俊之(帝京大学)
  • 島崎修次(杏林大学)
  • 角田隆文(東京都立荏原病院)
  • 徳永章二(九州大学)
  • 中村修(慶應義塾大学)
  • 原口義座(国立病院東京災害医療センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
感染症法の改正に伴い、重症急性呼吸器症候群(病原体がコロナウィルスによるものに限る:以下SARS)と痘そう(天然痘)が追加された。そこで、「感染症の患者の移送の手引き」の改訂を行ない、行政、保健所、各関係医療機関に配布し、広く情報を提供することを目的とした。
研究方法
感染症の患者の移送の手引きの作成にあたり、対象疾患を、今回追加になったSARS、痘そうに限らず、(1)一類感染症、二類感染症の移送の実際、(2)移送後の標準的消毒方法、(3)移送に携わった者の健康診断および健康観察、(4)移送に必要な標準的機材、(5)移送に必要な体制について、多角的に検討し、その指針を策定する。
結果と考察
(1)SARS、痘そうに関して、感染症の患者の移送の実際、a)重症急性呼吸器症候群(病原体がSARSコロナウイルスであるものに限る)、2002年末より2003年前半にかけて中国本土、香港、台湾、ベトナム、シンガポール、カナダ(トロント)などで原因不明の重症肺炎が多発したため、世界保健機関(WHO)はSARS : severe acute respiratory syndrome(重症急性呼吸器症候群)という一つの疾患概念を提唱し、地球規模で警戒すべき原因不明の呼吸器感染症とした。WHOが2003年7月までにまとめた集計によると、世界各国で29の国と地域で、8,098件報告され、うち774例が死亡している。我が国おいて各医療機関から届けられた症例の報告総数は平成15年7月15日現在68例であり、その内訳は「疑い例」52例、「可能性例」16例である。現在までのところ死亡例はなく、そのほとんどが軽快退院している。わが国では厚生労働省に、SARS対策専門委員会が設置され、届けられた症例をその後の経過も含めて検討しているが、68例については、除外規定(1.他の診断によって病状が説明できるもの。2.標準の抗生剤治療等で3日以内に症状の改善を見るもの:細菌性感染等抗生剤反応性疾患の可能性が高い。)に一致し、SARSが否定されている。SARSは、SARSコロナウイルスを病原体とする新しい感染症である。感染経路は、主に飛沫感染、接触感染によるヒトからヒトへの感染が中心であると考えられている。糞便からの糞口感染,空気(飛沫核)感染の可能性なども、完全に否定することはできないがその頻度は低い。潜伏期間は、多くは2~7日間、最大10日間以内と考えられている。感染期間は、無症状期における他への感染力はゼロ、あるいはあったとしてもきわめてその可能性は低いと考えられている。前駆期に相当する発熱・咳嗽期の患者は、感染力は弱いが、十分な警戒が必要である。感染力は、肺炎の極期に、そして重症者ほど強いことから、これらの患者を取り扱う従事者の感染対策は重要である。b)痘そう(天然痘)痘そう(天然痘)は紀元前より、伝染力が非常に強く死に至る疫病として人々から恐れられていた。その後、天然痘ワクチンの接種、すなわち種痘の普及によりその発生数は減少し、WHOは1980年5月痘そうの世界根絶宣言を行った。以降これまでに世界中で痘そう患者の発生はない。我が国では明治年間に、2~7万人程度の患者数の流行(死亡者数5,000~2万人)が6回発生している。第二次大戦後の1946(昭和21年には18,000人程の患者数の流行がみられ、約3,000人が死亡しているが、緊急接種などが行われて沈静化し、1956(昭和31)年以降には国内での発生はみられていない。しかし米
国疾病管理センターが痘そうを、特に危険性が高く最優先して対策を立てる必要がある「カテゴリーA」の生物兵器として位置づけるなど、生物テロによる被害の発生が懸念されている。感染経路は飛沫・接触感染による。しかし空気感染が疑われる事例もある。およそ12日間(7~16日)の潜伏期間を経て、急激に発熱する。臨床症状は、前駆期には、急激な発熱(39℃前後)、頭痛、四肢痛、腰痛などで始まり、発熱は2~3日で40℃以上に達する。小児では吐気・嘔吐、意識障害なども見られることがある。麻疹あるいは猩紅熱様の前駆疹を認めることもある。第3~4病日頃には一時解熱傾向となる。発疹期には、発疹が紅斑→丘疹→水疱→膿疱→結痂→落屑と規則正しく移行する。発疹は顔面、頭部に多いが、全身に見られる。水疱性の発疹は水痘の場合に類似しているが、水痘のように各時期の発疹が同時に見られるのではなく、その時期に見られる発疹はすべて同一であることが特徴である。治癒する場合は2~3週間の経過であり、色素沈着や瘢痕を残す。痂皮が完全に脱落するまでは感染の可能性があり、隔離が必要である。天然痘ウイルスは、低温、乾燥に強く、エーテル耐性であるが、アルコール、ホルマリン、紫外線で容易に不活化される。(2)移送に携わった者の健康診断及び健康観察。a)重症急性呼吸器症候群(病原体がSARSコロナウイルスであるものに限る)患者を移送した場合患者と接したときに、どういう防御をしていたかによって感染の危険性が全く違ってくる。また、実際の場合は、その患者の症状によっても危険性は微妙に違ってくる。ア)適切な個人防御用具を用いずに移送した場合。(1)接触から10日間は、毎日2回体温を記録し、厳重な健康監視下に置く。(2)症状がない場合は日常の生活を続けてよい。(3)バランスのよい食事をとり、無理のない生活を心がけるなど、体力の維持に努める。(4)自分用にサージカルマスクなどを着用する。(5)接触から10日以内に発熱、呼吸器症状など、なんらかの症状が発現すれば、ただちに外来診療協力医療機関を受診させる。イ)適切な個人防御用具を用いて移送した場合(1)通常どおり業務に就いて差し支えない。(2)接触から10日間は健康状態に留意する。(3)接触から10日以内に発熱、呼吸器症状など、なんらかの症状を出現すれば、ただちに外来診療協力医療機関を受診させる。b)痘そう(天然痘)患者を移送した場合。移送にあたるヒトは,最近種痘(痘そうの予防接種)済みであることが望ましい。また、痘そう患者を移送した場合は、17日間の健康監視下に置く。天然痘ワクチンを未接種の場合は、直ちに接種を実施する。(3)航空機による移送。感染症患者の航空機による移送としては、移送手段として回転翼(ヘリコプター)、固定翼(いわゆる飛行機)の両者が考えられる。各々特徴があるが、移送に当たっての基礎となる考え方は、移送車によるものと類似の点が多い。すなわち、1)病原体の特性に応じた感染拡大防止の実施、2)人権への配慮、3)適切な資機材による移送、4)移送従事者の安全の確保、のこれら移送のポイント4項目を考慮する必要がある。ここでは、これらの項目を中心に、更に空輸の際の特徴・注意点を補足する。感染拡大防止の観点からは、航空機内部をビニール等で防護する方法とアイソレータを使用する方法の2つの方法(あるいは併用)が、考えられる。使用可能であれば、両者を併用する方がより信頼度が高いと考えられるが、飛沫感染であれば、ビニール等による防護のみでも十分な防護が可能である。準備すべき適切な資機材は、以下のとおりである。機材としては、航空機飛行中の病態の急変(原疾患の悪化を含む)に対応する準備と、飛行中であることによる環境の変化(気圧の変化の問題等)に対する準備が必要である。陰圧を前提とするアイソレータ使用時も圧の変化に対応できる準備を要する(圧の変化に対応できる準備の具体例:圧差の確認、アイソレータ内の医療機器の機能が保たれていることを確認するなど)。現在広く知られている移送用アイソレータは大きく、重量もあり、運ぶことが可能な航空機は機種が限られる。また、同アイソレータ
は航空機移送を想定して設計されていないため、より軽量・小型なもの(袋形も含めて)が現在開発されつつある。なお飛沫感染については、患者にマスクを着用させビニール等で包み込む方法により、より簡便な方法で感染防御が可能である。移送中の医療従事者の安全確保にあたっては、直接患者に接する医療者と運転にあたる者(パイロット)に分けて考える必要がある。前者(直接の医療担当者)については、汚染源となる患者に密着した位置での医療対応が求められることから、感染症の分類基準・感染経路にもとづいた防護服(personal protective equipment:PPE)を正しく装着した上での対応が必要である。特に、SARSおよび痘そう等の飛沫感染する感染症については、N95マスクを用いたPPEを考慮する。また、痘そう患者の移送に際しては、ワクチン接種を受けた者を優先的に従事させることが望ましい。なお、使用する備品は容易に破損するので、交換備品/部品を十分数準備しておく。また、航空機を使用した移送は基本的には短時間(1時間以内程度)であれば可能であるが、長時間になる際は、移送医療チームにとっても発汗・呼吸苦など負担が増えるので、交代を考えるなど別個の準備を要する。ただし、長時間の移送は、未解決な問題も多く避けるべきである。一方、後者のパイロットに関しては、特に現在使用される可能性の高い回転翼(ヘリコプター)では、しっかりとした防護服の着用は操縦に不向きと考えられ、またパイロット席と客席(患者収容スペース)との間の空気の流通を完全に遮断することは構造上多くは困難と考えられることから、ゴーグル、N95マスク、overallの防護着程度とやや低い防護レベルとなる。この他、特に空輸にあたっては、緊急移送用車両、あるいはストレッチャー・担架などからの搬入・搬出に関しても体制を準備しておく必要がある。これらを含めた、平時よりの実技訓練・シミュレーション実施による確認が必要である。なお、今回一類感染症に追加されたSARS、痘そう(天然痘)に関しては、まだ完全に確定していないが、ともに感染形態としては飛沫感染と接触感染が主で、空気感染に関しては、否定的である。機内における空気はフィルターを用いた空気清浄が行なわれているが、乱流の発生が想定され、また湿度は10%前後であり、高度乾燥状態にあるため、主として飛沫感染であるがより注意が必要である。感染症の患者の移送の手引きを改訂するに伴い、各一般医療機関での患者対応、医療従事者の防護、一般医療機関から感染症指定医療機関への患者の移送、移送後の消毒など、手引きとしてガイドラインを提示することができたが、理解を広げるためには、ビデオ・DVDなど映像を用いて、マニュアルを作成し、配布することが重要である。特に、感染防護服、ゴーグル、マスクなどの装着の仕方、脱着方法などは、映像化することによる効果は大きいと考える。さらに、移送・患者対応の訓練は模擬訓練を重ねることが重要ではあるが、時間的や、人員的、金銭的にも問題があることは想像に難しくない。そこで、机上訓練を中心としたシミュレーション実施のためのマニュアルを作成し、広く配布することも、重要な手段である。そこで、現在それらの準備を行なっている。
結論
感染症の患者の移送の手引きの改訂をおこなった。今回新たに追加されたSARS、痘そうについて、検討し、また移送手段を陸路のみならず、航空機を用いた空路にも広げた。

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